第143話 小言と叱責
後日、ルドルフは無事ユーベルに送還された。
ユーベルに帰ってきたルドルフを待っていたのは、イアンからの際限のないお小言だった。
「ええ。今回の戦役のために多大な費用を計上しましたよ。戦費の手配にも八方駆けずり回りましたし。何せ七万の兵士の兵糧を集めて輸送しなければなりませんでしたから。来年は国中が質素に暮らすことになりそうですね。他にも縁もゆかりもないマギア地方で何の情報も得られないままナイゼル、アークロイと交渉に臨まなければなりませんでしたし……。失った国富と兵力を賄うために来年の財務のことを考えると今からすでに頭が痛いですよ。それもこれもすべてはあなたがマギア遠征なんていう無謀な計画を強行したからであって……グチグチグチグチ……。だから私は言ったでしょう? あなたの考案した絵図には穴が多すぎると。何度も口を酸っぱくして言ったのに、あなたは一切聞く耳を持たず、向こうみずに戦争を進めましたよね? 挙げ句の果てには父上まであなたの構想に過剰に肩入れして、家臣達に協力を要請する始末。おかげで誰もこの無謀な作戦を止められませんでしたよ。まあ、いいんですけどね? 私がユーベルの内政と回復のために多少徹夜で連日働き詰めになれば済む話ですし。……グチグチグチグチ……」
(うるせー。何回同じ小言繰り返すんだよ)
ルドルフは護送される馬車の中で小言に耐えながら、顔を顰めていた。
(ま、いっか。コスモ城に帰るまでの辛抱だ)
城に帰りさえすればエルフ達が待っているはず。
あの優しく美しい自分に頼らざるを得ないエルフ達が。
しかし、待っていたのはいつになく厳しい顔つきをした長兄アルベルトだった。
「ルドルフ、負け戦からおめおめと帰ってきたか」
「うっ、兄上」
「どのツラ下げて帰ってきた? 弟でなければ、即座に斬り捨てているところだぞ」
「これはこれは。いつになく冷たい態度ですね兄上」
「分かっているのか? 今回、貴様の考案したマギア侵攻により、ユーベル軍は七万の兵が壊滅的な打撃を受けたんだぞ。多くの将兵が命を失った。貴様はこの責任をどう取るつもりだ」
「何ですか? じゃあ、私がマギアの地で無惨に死んでいればよかったと。そうおっしゃりたいのですか?」
「貴様一人の命で済むなら安いものだ。だが、貴様が失ったものはその程度で贖えるものではない」
「……」
「すでにユーベルがナイゼルに完膚なきまでに叩きのめされたという知らせは天下にあまねく広まっている。この恥をどうすすぐ気だ」
「まだ負けたわけではありません。ナイゼル公子ブラムの鼻を明かす方法はすでに考えております」
「何?」
「アークロイと同盟を結び、圧迫するのです。すでにノアとの約束は取り付けております」
「要するにナイゼル公子への屈辱がノアへの借りに変わったというわけか。それで我がユーベル軍の被った醜聞を誤魔化せるとでも思っているんじゃないだろうな」
「……」
「今後、貴様が軍権を握ることは許さん。遠征を企図することも、軍団を招集することもだ。場合によっては、外交責任者としての任を解くことも視野にいれなければならんな」
「なっ、待ってくださいよ。まさか私から外交責任者の地位まで取り上げるつもりじゃないでしょうね?」
「本来ならそうするのが筋だがな。父上の懇願さえなければ、迷わず貴様を要職から追放しているところだ」
「ノアは私を外交特使に指名したんですよ? いいんですか? 今、私を罷免したり、追放したりすれば、アークロイとの仲が拗れますよ。そうなればいよいよユーベルは滅亡の危機だ。アークロイはナイゼルに唆されて、ユーベルに攻め込む算段をつけ始めますよ。そうなってもいいとおっしゃるのですか?」
アルベルトはしばらくルドルフを睨み付けたが、踵を返した。
「今回は温情をくれたノアに免じてこれくらいにしてやろう。だが、ルドルフ、捕虜返還くらいで貴様の罪が許されると思うなよ。分かっているだろうが、マギアで失った兵はその程度の外交成果で取り返せるものではない。とにかく、アークロイとの捕虜返還交渉だけは何としても成功させろ。それまで貴様が軍権を持つことは一切許さん。逆らえば、たとえ弟といえども容赦しないと思え。捕虜返還後のことは追って沙汰を下す」
アルベルトはそう言って立ち去る。
イアンもため息を吐いて、ルドルフに同情的な目を向けながらもアルベルトについていく。
(くっそー。よってたかってここぞとばかりに俺のことを叩きやがって。見てろよ。このままでは済まさないからな)




