第142話 大局観
「なっ、スパイだと? 俺に祖国を裏切れっていうのか?」
ルドルフは憤然として抗議した。
「別に祖国を裏切れと言っているわけではない」
ドロシーは事務的な口調で淡々と続ける。
「むしろユーベルにとっても悪い話ではないし、お主にとっても利益のある話だ」
「? どういうことだ?」
「我々アークロイ陣営はナイゼルをユーベルとの緩衝地帯とすることにした」
「!?」
「ナイゼルはアークロイに膝を屈したとはいえ、まだまだ侮れん強国。そこでユーベルと同盟を組むことで牽制しようというわけじゃ」
ドロシーは地図を広げてナイゼルとその周辺国を提示する。
陸ではアークロイとユーベルに挟まれ、海ではノルンに拠点を抑えられてその進出を阻まれている。
まだまだ国力は健在で油断できないが、アークロイとユーベルで手を組めば、押さえ込める確率は相当高い。
「そこで我々はすでにユーベルに対してルドルフ解放の条件をいくつか提示した。一つ、ナイゼルのカルディ領有を認めること。二つ、二度とマギア兵を進めないこと。三つ、ルドルフを引き続きユーベルの外交最高責任者に任命し続けること。四つ、ナイゼルと講和を結ばず緊張状態を維持すること」
(なるほど。これがドロシーの描いた絵図か)
オフィーリアは説明を聞きながらようやくドロシーの考えていることが分かってきた。
(ルドルフを引き続き外交責任者にすることで、ユーベルとナイゼルを対立させ続けるというわけか)
魔法院を蔑ろにしたルドルフは、今やマギア全土での嫌われ者。
そのルドルフが外交の要職に就いているとなれば、ブラムとしても迂闊にユーベルに近寄るわけにはいかない。
ルドルフに頭を下げて講和を結ぼうものなら、今度はブラムの方がナイゼル魔法院から吊し上げを喰らってしまう。
かといって、アークロイとユーベル両方を敵に回すのは得策ではない。
自然とナイゼルはアークロイとの同盟を深めるしかなくなるというわけだ。
一方で、ユーベルからしてもナイゼルとブラムは怖いから、アークロイと同盟して挟撃の形を取るしかない。
ノアはナイゼルとユーベルを対立させながら、両国からいい条件を引き出せるというわけである。
(ドロシーめ。小賢しいことを思いく。これがノア様のいう多角的な視点。大局観か)
「ルドルフ、我々がお主に要求することは三つ。一つ、我々の支援の下、ユーベルに帰って再び外交責任者になること。二つ、ナイゼルには負けを認めず、対立を続けること。三つ、アークロイとの融和外交路線を主導し、ユーベルでの支持を取り付けること。この三つができれば、二万のユーベル兵捕虜を返還してやる」
「要職に復帰させた上で、体面を保たせてやるというわけだ。今の貴様にとっては願ってもないことだろう」
(その代わりノアに借りを作れってことかよ)
ルドルフは言葉には出さなかったが、心の中でそう不満を唱えた。
とはいえ、オフィーリアに凄まれるととてもじゃないが不平を言うことなどできない。
「もし、お主がこの案に協力できないというなら、ユーベル第二公子イアンにこの役目を担ってもらう」
「何!? イアンの兄貴に?」
(冗談じゃねーぞ。ただでさえデカい失態をしちまったって言うのに。イアンに手柄を立てられた上、借りを作るなんてことになれば……)
ユーベル大公国での後継者争いは絶望的だった。
「ルドルフ」
ずいっとオフィーリアが怖い顔で凄んでくる。
「うっ」
「選べ。我々と組んでノア様に借りを作るか。それともイアン殿に手柄を取られた上、借りを作るか」
(ぐっ……)
「ちなみに我々は今のところ、ユーベルの後継者争いに絡むつもりはないぞ。お主の働き次第では後継者争いの支援をしてやってもいい(タダではないけど)」
「ぐぬぬ……」




