第141話 イアンからの報告
アークロイによってマギア地方が征服された。
その知らせはすぐにマギア地方の外にも広まっていった。
特にマギア地方のすぐ隣ユーベル大公国での衝撃は計り知れないものがあった。
「アークロイが……、ノアがマギア全土を征服した?」
早馬でイアンからの報告を受けたアルベルトは信じられない思いだった。
大公邸に集まった他の家臣達の反応も同様である。
「ナイゼルとジーフが倒れたというのか?」
「バカな。何かの間違いでは?」
「マギア地方全土となれば二十近い城があるはず……」
「魔法兵を束ねる魔法院もだ。いかにアークロイを一年で平定したノア様といえど流石に眉唾では?」
「しかし、イアンからの報告では確かにノアがナイゼルとジーフを降し、属国にしたとある。正確無比な報告をもたらすあのイアンからの報告だ。まず間違いはあるまい。だが、しかし……」
アルベルトは頭を抱えずにはいられない。
ナイゼル公国といえば、ほんの数週間前には若き俊英にして第二公子ブラム・フォン・ナイゼルが、ルドルフ率いる7万近いユーベル軍を壊滅状態に追い込んだばかりではないか。
その名と勢威は天下に轟き、どれだけ緘口令を敷こうとも無駄だった。
ユーベルの宮廷においても、外国においても話題はブラムのことでいっぱいだった。
以前から評判の良かったナイゼルの第二公子。
狼の狡猾さと獅子の心臓を持つと評されていた油断ならぬかの公子。
どうやら彼は本物のようだ。
その将器は紛れもなくマギア随一。
いや、大国ユーベルを破ったことで一躍世界でも有数の名将となるだろう。
兄の第一公子ベルナルドも権謀術数に長けた油断ならぬ次期当主だ。
これからはナイゼルの時代が来るに違いない。
ユーベルは気の毒に。
一筋縄ではいかない厄介な隣人を抱えて夜も眠れなくなるだろう。
いや、ギフティアの他の国もうかうかしてられん。
ユーベルの宮廷に出入りする家臣達も外国関係者らも口を揃えてそう言った。
アルベルトも彼の部下達もナイゼルのことを話題にされるたびに沈鬱な表情で頷くしかなかった。
(そのナイゼルがアークロイに破れたというのか?)
昨日までギフティア随一と誉高い名将が、一夜にして墜落する。
いかに戦乱の世といえど、余りにも早過ぎる時代の流れだ。
目まぐるしく変化する情勢にアルベルトは頭がついていかなかった。
とはいえ、この報告は悲喜交々と言えた。
今後のマギア地方の主導権はアークロイが握ることになるのだ。
ルドルフの身柄も捕虜となったユーベル兵もアークロイ陣営に引き渡される公算が高い。
追放したとはいえ身内のアークロイ相手なら、ナイゼルよりは寛大な処置が期待できるだろう。
とにかくルドルフの命運はノア次第だ。
アルベルトは早くイアンから詳細な報告が聞きたいとヤキモキしていたが、対応を巡る協議をする前にまた急転直下の知らせが入ってきた。
マギア地方の全魔法院がアークロイの聖女アエミリアに対して、反旗を翻したというのだ。
イアンからの知らせによるとマギア中の魔法兵が各国の魔法院に立て籠もり、盛んにアエミリアを非難する演説を行っているという。
ナイゼルやジーフだけでなく、ノアの新たな領土となった魔法院にも波及し、アークロイとアエミリアを非難する声明が続々出されている。
マギアの情勢は再び予断を許さなくなり、ルドルフ返還の交渉も暗礁に乗り上げることが予想される。
そうして再びアルベルトはヤキモキすると共に対応を練り直す必要に迫られたが、またすぐに反乱が鎮静化するとの知らせが入ってきた。
どうも反乱は一過性のもののようだ。
各国の魔法兵達は魔法院での立て籠もりを解除して、アークロイへ帰順する動きを見せている。
ただ、この件の余波でアエミリアはマギア地方を出禁に、ベルナルドは第一公子の身分を剥奪されることになるやもしれないとのことだった。
(ノア、お前……本当に何やってんの?)
余りにもドタバタしたマギア情勢にもはや心配を通り越して呆れのようなものを感じていた頃、イアンがユーベル城へと帰還した。
アルベルトは大公フリードと共にイアンを出迎える。
アルベルトはイアンの変わった様子にハッとした。
それは混沌とした情勢の中で修羅場を潜り抜けてきた者特有の雰囲気だった。
疲れは隠し切れないが、それでもその面構えには貫禄がついていた。
その様子を見ただけで、やはりマギアの情勢は一筋縄ではいかないことが窺えた。
ノアはそんな修羅場の中でギリギリの綱渡りをしているのだ。
「イアン、ようやく帰ってきたか」
「ノアがナイゼルとジーフを降したというのは本当なのか?」
「本当のことです。ノアはマギア地方のほぼ全土を傘下に置いたと見て間違いないでしょう」
「それでどうなのじゃ? ルドルフは?」
「ルドルフは無事です。ただ、身柄引渡し交渉の席に着くために、ノアのマギア征服の儀に立ち会うことを余儀なくされましたがね」
「そんなことよりルドルフはどうなるのじゃ」
(そんなことよりって……今、私結構重要なことを言ったのですが……)
イアンはフリードの態度に若干イラつきながらも顔には出さないようにする。
「あのうつけはいったいどんな条件を出してきたのじゃ」
「ルドルフ返還の条件は三つです。一つ、ナイゼルのカルディ領有を認めること。二つ、ユーベルは二度とマギアに軍事介入しないこと。そして……」
ルドルフは小綺麗な部屋のベッドで横になっていた。
ここはサブレ領の貴族の館の一室。
そこでルドルフは軟禁されていた。
「くそっ」
ルドルフは枕を壁に投げ付ける。
庭を散歩するくらいのことは許されていたが、常にアークロイ兵による監視がついていた。
不自由なことには変わりない。
(いったいどうなってやがる)
どうもここがサブレ領内であることは分かっていた。
護送される途中、馬車の車窓から見た景色が以前進軍した際に見たものと合致していたし、何よりもこの館についてから見張りがナイゼル兵からアークロイ兵に交代した。
とはいえ、まだ戦役の帰趨について知らないルドルフには何が何やらであった。
(いったいどうなってやがる。なんで見張りがナイゼル兵からアークロイ兵に変わったんだ。まさかナイゼルの野郎、俺をアークロイに売り渡したのか?)
ベッドに横たわりながら悶々としていると、外から騒めきが聞こえてくる。
どうやら訪問者が来たようだ。
それもかなりの大所帯。
複数の馬の嘶きと足音からしても相当身分の高い御仁が来たに違いなかった。
廊下をドカドカと大人数で歩いてくる音が聞こえたかと思うと、すぐにルドルフの部屋の前で止まる。
「ここか?」という声が聞こえるとすぐにドアの施錠が解かれて、扉が開く。
「元気そうだな。ルドルフ」
入ってきたのはノアだった。
ドロシーとオフィーリアを伴っている。
「あっ、お前らっ」
ルドルフはベッドから飛び起きた。
「おい、どうなってんだよ。なんで俺はこんな所に連れてこられてるんだ?」
「口を慎め公子ルドルフ」
オフィーリアが剣の柄に手をかけながら凄んだ。
ルドルフはつい怯んでしまう。
「ノア様はすでにアークロイ大公およびゼーテ王に就任なされた」
「何!?」
「公子に過ぎん貴様ごときが、軽々しく口を聞いていい相手ではない」
「ルドルフ殿下、ナイゼルとジーフはすでにノア様に降伏されました」
ドロシーが説明する。
「何だと!?」
(あの悪魔のように強いブラムとナイゼル兵をアークロイが倒したっていうのかよ)
「イアン様はノア様の大公就任式にご出席なされた。ノア様のマギア征服を承認なされたのだ。直にユーベル本国からも同様の発表がなされるだろう」
「くっ」
流石のルドルフも敗北を噛み締めないわけにはいかなかった。
「我々はユーベルと交渉の席に着くことに決めた。殿下と捕虜の引渡しについての条件が話し合われることになるだろう。そこでルドルフ殿下、あなたには我々のスパイになってもらう」




