第140話 コンクエスト・オブ・マギア
サブレ城では、此度の戦役を締め括る儀式が行われようとしていた。
すなわちノアが新たに切り取った領地をマギアの各国が承認する儀式だ。
途中、思わぬゴタゴタはあったが、それらも無事収束して、ノアは玉座の間の控え室でオフィーリアと共に儀式の準備が整うのを待っていた。
「ノルン公と口喧嘩したそうだな」
「……はい」
「君はどうもノルン公に対してはムキになってしまうようだね」
そう言うとオフィーリアは恥ずかしそうに俯く。
「ノア様、準備が整いました」
サブレ魔法院の上級騎士が控え室に入ってきて告げた。
「よし。行くか」
ノアは控え室の扉を開けて、玉座の間に入る。
玉座から一段低い場所には、今回の戦役で一際大きな手柄をあげた功臣達が控えている。
ドロシー、ノルン公イングリッド、エルザ、ガラッド、ランバート、クラウス、グラストン、ターニャ。
その後ろには、降伏して新たにアークロイに帰順したナイゼル公、ナイゼル第二公子ブラム、ジーフ公とその家来達、アノンら同盟5国ほか各国魔法院の代表者などが顔を揃えている。
ユーベル第二公子のイアンもいた。ルドルフ解放の条件として参列させられたのである。
オフィーリアは処分中だったので、功臣達の並ぶ列から一段低い所でノアのことを見守っていた。
イングリッドが自分より近い場所でノアから祝福を受けるのは面白くなかったが、変わらぬ忠誠を示すためにも甘んじて受け入れる。
ノアは集まった諸将と降伏した者達に声をかける。
「みんなよく来てくれたな。此度の戦役での皆の働き大義である。皆のおかげで私とノルン公の国際会議での汚名は雪がれた。今やマギアの地で我々の名誉を疑う者は一人もいないだろう。大いに祝おうではないか。そして、降伏にきた元敵国の諸君、君達もよく来てくれた。かつては剣を交わした仲だが、今では憎しみと共に剣を鞘に収めあうことができた。平和のために手を取り合おうではないか。そして共に歩むことができる未来のために新たな一歩を踏み出そうではないか」
玉座の間からは喝采が起こる。
「アークロイ公万歳! ノルン公万歳! マギアの平和が永遠に続きますように。アークロイ軍の栄光が永遠に刻まれますように」
初めの挨拶を終えたノアは今回活躍した功臣一人一人に声をかけ、論功行賞していく。
「細かい褒賞の分配は後にして今回は、特に際立った活躍をした者を表彰していこう。まずはドロシー」
「は」
ドロシーがノアの前に出て跪く。
「ドロシー。中立国を味方に引き込み、敵の同盟を引き裂く外交・謀略の数々見事だったぞ。異文化かつ複雑な国際情勢のマギア地方でバランスを保てたのはひとえに貴殿の外交力の賜物である。貴殿は今回のマギア攻略の勲功第一等とする」
「ありがたきお言葉。私はノア様に献策したにすぎません。情勢を冷静に見極め、果断に兵を動かしたノア様の振る舞いこそ王者に相応しいもの。お見事でした」
「次にノルン公。これだけ広大な戦場と長期間の戦役に耐え抜くことができたのはひとえに貴殿の海軍力のおかげだ。マギアの海を制覇するその力、アークロイの新たな力として歓迎する。これからもよろしく頼むぞ」
「私は主君によってお与えくださった船を使いこなしたに過ぎません。戦艦にゴーレムを搭載するその着想、ナイゼルの海軍に真正面から挑むその勇気、お見それいたしました」
「次にエルザ。マギア地方においても城攻めの上手さは当代随一だった。また、開発した魔石銃も見事だった。間違いなくマギア攻略の突破力を担ったと言ってよいだろう。魔法先進地帯であるマギア地方において、技術力の優位がなければもっと魔導士達に手こずっていたはずだ。君の働きに感謝するぞ」
「ありがとうございます。ノア様におかれましては、このマギアにおいてもノア様に敵う慧眼の持ち主は一人もおられませんでした。今後とも側近としてお側につかせていただきたく」
「次にガラッド。ゴーレム使いとしての手腕、見事だった。君がいなければ、ここまで早期の段階でゴーレム兵をアークロイ軍に組み込むことはできなかっただろう」
「はは。なんかそこまで言われるとこそばゆいな。ま、またゴーレムを使うことがあったら声をかけてくれよ。報酬分は働かせてもらうぜ」
「次に、ターニャ、グラストン。貴殿らはマギア地方の要であるノルン城を内政、軍事の両面から支えてくれた。アークロイ軍による安定した進軍も貴殿らの貢献なしには成し得なかったことだ。礼を言うぞ」
「衰退するノルンに手を差し伸べてくださったこと感謝いたします」
「ノア様がノルンに来てくださり、我々を見出してくださらなければ、我々はノルンと共に歴史の塵に埋もれていたやもしれません。感謝いたします」
「最後にランバートとクラウス。マギアの地でも活躍できることをよくぞ証明してくれた。これで僻地と侮られていたアークロイ兵も天下に名を轟かせることとなるだろう。アークロイ民の面目躍如だな。特にジーフ・ナイゼル戦の大詰めでは目覚ましい活躍を見せてくれた。貴殿らの働きなしには成し遂げられなかったものだ」
「この地まで連れ、仕事を与えてくださったこと感謝いたします」
「敗残の将としてアークロイに埋もれる命運だったところ、名誉挽回の機会をくださったこと心より感謝いたします」
そうして今回の主だった功績ある家臣の表彰を終えたノアは、オフィーリアに目を向ける。
「オフィーリア」
「……はい」
オフィーリアは一段低いところで跪き、畏まる。
「攻めればマギアの強力な魔導士を次々と撃ち破り、守れば二大国を相手にして大立ち回りする。まさしく万夫不当の勇。マギアの地でも君に敵う勇者は一人もいなかった。最後の最後で司令官らしからぬ振る舞いをしてしまったが、君の忠誠心がこんなものではない。そう思って、期待しているぞ」
「は。マギアにもノア様を超える器の領主は一人もいませんでした。弱きを助け強きを挫く。私が忠誠を捧げる価値があるのは世界で唯一人、あなた様だけでございます。次こそは必ずやご主人様のお望みに敵う役割を果たしてみせます」
論功行賞を終えると、聖女カテリナが近付いてくる。
普段と違って儀式用の正装に身を包んでいる。
「ノアよ。跪きなさい」
ノアは神妙に彼女の足下に跪く。
「ノアよ。そなたはバーボン、ノルン、サブレ、ラスク、レイス、ファーウェル、ベルク、ノルド、ドレイヴァン、スピナエの地を切り取った。そなたは神の意志によりこれらの土地の領主となって民を治め、神に誓って外敵からこの地を守らなければなりません。神に代わりこの地を守るため、その身を捧げることを誓いますか?」
「はい。誓います」
「よかろう。では、神の意思によりそなたには、新たにアークロイ大公の名を授ける」
サブレ城玉座の間は盛大な拍手に包まれた。
功臣と家来達、友好国、そして降伏した諸侯達さえも祝福する。
「ゼーテ王、おめでとうございます」
箒に跨った白い影が窓から飛び込んできたかと思うと祝福の言葉を投げかける。
ゼーテの兵士から受け取った取引証書を紙吹雪のように玉座にばら撒く。
「ルーシー! 帰ってたのか」
「ノア、おめでとう。そしてありがとう」
イングリッドが抱きついてくる。
こうしてノアは、魔法院によって治められた小国が乱立し、未だ誰も統一を成し遂げたことのないマギア地方を緩やかにではあるが初めて武力で統一した。
長らく大国の支配を拒んでいたマギアの地に初めて大公が君臨したのだ。
ここにアークロイによるマギアの征服、コンクエスト・オブ・マギアが成し遂げられたのであった。