第139話 聖女の放言
マギア地方の聖女カテリナはサブレ城へと向かっていた。
(ついにアークロイがマギア地方を制してしまったか)
今回の騒乱について、法王は中立の立場をとっていたため、神聖教会としてはどちらにも与せず、様子を見ることにしていたが、あれよあれよといううちにアークロイがナイゼル・ジーフの二大国を破ってしまった。
こうなってはもはやノアに逆らう者は誰もいまい。
カテリナとしては、騒乱を収めるためにもいち早くノアの覇権を確定させ、マギア地方の情勢を安定させなければならない。
そういうわけでカテリナがサブレ城へと向かっていると、白い法衣に身を包んだ者が民衆に説法しているのを見かけた。
(ん!?)
カテリナは思わず馬車から降りて、その聖女アエミリアの方へと駆け寄った。
「神はあなたの罪をお許しになるでしょう」
「おい、アエミリア何をやっておる」
「おや、マギア地方の聖女カテリナではありませんか」
「ここは私の管轄している地方だぞ。なぜ、お主がやってきて教化しておるんじゃ」
「うおっほん」
アエミリアは咳払いを一つすると、勝ち誇った余裕のある笑みを浮かべる。
「聖女カテリナ。あなたの日々の魔法文明圏への布教活動とその努力は私の耳にも入っております。ですが、実際に私がマギア地方を視察してみたところ、少々やり方が手緩いようですね」
「は?」
「まあ、此度の戦役で私の管轄しているアークロイ領があなたの管轄しているマギア地方を支配下に収めたようですし? 今後はまあ、そういうことなのであなたも私を見習って精進いたしますように。言葉遣いや口の利き方もそのようにいたしますように」
「貴様、まさか私の管轄を自分のものにしようというのか?」
「うおっほん。聖女カテリナ。口の聞き方には気をつけるように。アークロイ公がマギア地方全土を征服して、アークロイ領に組み込んだのですから、あなたも今後は私のことを貴様ではなく、アエミリア様と言って声をかけなさい」
「ずいぶん偉くなったもんだなアエミリア。まるで自分がマギア地方を征服したかのような言い草をして。というか、そもそもアークロイ公はマギア地方全土を領土に組み込んでおらん。お主、そんなこと言ってたら、アークロイ公に怒られるぞ」
「アークロイ公が私を怒る? ノンノン。そんなことはありえませんよ。私は彼が追放されてうだつの上がらなかった頃から、衣食住および精神面で支え続け、神聖教会のありがたい教えに導き、この世知辛い戦国乱世を逞しく生き抜けるよう、領主としての在り方と信仰の大切さを教え、育てあげてきたのですから。彼にとって私は聖母のようなもの。今の彼があるのはまさしく私がいるから、と言っても過言ではないのですよ。彼は私への恩義に報いたくて仕方がないはず。今回のマギア征服における論功行賞においても必ず私の名前がいの一番にあがることでしょう」
「よくもそこまで嘘八百をべらべらと並べ立てられるものだな。お主の行く先々で左遷され続けた遍歴と僻地での信望のなさを私が知らないとでも思ったか? 僻地を統一できたのもアークロイ公の手柄に乗っかったからであろう。それまで荒れ放題で地元騎士共が勝手に領主を名乗ってユーベル大公家の意向すら無視しまくっておったところをノアが武力で統一したんだろうが。お主は地域領主共からそっぽを向かれておったのをノアのおかげでどうにか体面を保ち、再度の左遷を免れたに過ぎん。お主は実質ノアの家臣みたいなものでアークロイ公に頭が上がらないのはお主の方だろうが」
「おやおやぁ? 聖女カテリナ、さてはあなた嫉妬していますね? いけませんよ。聖なる職務についておられる方がそのように俗っぽい感情に支配されていては」
「貴様どの口で言っておるのだ。その宝飾品の数々1000グラはくだらんだろう。さてはアークロイ公が留守なのをいいことに贅沢三昧しておるな」
「聖女カテリナがこのような体たらくではマギア地方の方々はさぞや堕落した生活を送られていることでしょう。ここは私がビシッと宗教的指導を行わなければなりませんね」
「おい、何をするつもりじゃ」
「手始めにマギア地方で幅を利かせている魔法院なる組織を粛正しましょう。アークロイ公の影響下にある魔法院はすべて閉鎖。建物はすべてアークロイ風の教会に建て替えることとしましょう」
「おい、貴様いい加減にしろよ」
「私のアークロイ公ならすべて願いを叶えてくれるはず。いっけぇーアークロイ軍。魔法院に突撃よぉ」
このアエミリアの発言は瞬く間にマギア地方全土に広がり、各国魔法院は激怒した。
ノルン、ナイゼル、ジーフ、カルディ、バーボン、サブレ、ラスク、アノン、ネーウェル、リマ、エンデ、サリス、レイス、ファーウェル、ベルク、ノルド、ダーミッシュ、ピアーゼ、ワルティエ、ドレイヴァン、その他ほとんど全ての魔法院で反発を受け、各地で反アエミリア運動が起こった。
一時は魔法兵達が集結し、反乱も視野に入れた集会が決起された。
平和になったマギア地方は一触即発の空気となり、ノアとドロシーは事態を収拾するのに走り回る羽目になる。
各地で魔法兵がアークロイ兵に突っかかる事態になったものの、幸いアークロイ兵は「俺らにあの聖女のことを言われても……」「我々だって何も聞かされてないんだ」「聖女の発言は必ずしも我々アークロイ人の民意ではない」と冷静に対応し、誰もアエミリアを擁護しなかったため、逆に深刻な暴動には発展しなかった。
マギア地方の魔法兵達は振り上げた拳を振り下ろす先を見失ってしまい、とりあえず魔法院で屯しながら、アークロイ公のお沙汰を待とうという空気になった。
アエミリアはサブレ城でノア以下家臣総出で囲まれる中、土下座していた。
「ずみ゛ま゛ぜん゛。許してください」
「まったく。とんでもないことをしてくれましたね」
グラストンが悩ましげに額を押さえる。
「おにーちゃーん。いいこと思いついたよー(マジギレ)」
ドロシーがそう言いながら、ノアの袖を引っ張ってきた。
「法王様への報告だけはどうか、どうか見逃してください」
全員、じとーっとした目でアエミリアのことを見下ろしている。
(これが本当の全方位土下座ってね。って、やかましいわ)
「アエミリア、マギア地方全土がお前に対して反旗を翻しているぞ。どうするつもりだ」
「ずびばぜんでじだ! 私が悪がっだでず! 反省じでばず!! もう絶対にごのようなごどばじないので! どうがお許じを!」
アエミリアは涙を流し、嗚咽をもらしながら許しを乞う。
「何が悪かったのか言ってみなさい!」
「……?」
アエミリアはキョトンとして首を傾げる。
アエミリア
外交:F
「アエミリア、お前はもうマギア地方に来るな」
こうして聖女アエミリアはマギア地方を出禁になった。
騒動の責任は、ドロシーが色々手を回した結果、ベルナルドが取ることになり、公子の座を廃されるという形でおさまることとなった。
アエミリア出禁の報を聞き、魔法院に集まった魔法兵達は武装解除して解散する。