第138話 貴族の意地と騎士の忠誠
イングリッドは100人の魔導士を連れて、サブレ城へと向かっていた。
戦争は終わった。
ナイゼルの国体は保持される。
あとはサブレ城にてノア本人より戦後処置を言い渡されるということだ。
イングリッドもノアの騎士として見届けることになる。
(終わった。これでノルンもナイゼルとジーフの呪縛から解き放たれるのね)
あのまま魔法院でナイゼルとジーフの火種を抱えたまま、ベルナルドと結婚していればイングリッドは家名剥奪の危機だった。
ジーフ派が蜂起して、ノルンで内戦が発生してもおかしくなかった(ナイゼル・ジーフ共にノルンを掌握した際には、イングリッドを魔法院と政務から遠ざけ、ノルン領をバラバラに解体して自派に報酬として配布するつもりだったのは分かっている)。
ノアに資金面、政治面、軍事面で後ろ盾になってもらい、魔法院を押さえてもらえたおかげで、イングリッドは今も身を保ち、ノルンの勢力を増大させることができたといえる。
アークロイの傘下に入ることにはなったが、ノルン領は保たれ、魔法院内のナイゼル・ジーフ派は退けることができた。
それを思えば、上々の成果と言えるだろう。
馬車でサブレ城へと向かう途中、病苦を押して馬車に乗っているナイゼル公とすれ違った。
ずっとベルナルドに政務を任せていたナイゼル公だったが、こればかりは代理を立てるわけにもいかない。
ベルナルドは今頃、聖都で法王に許しを乞うているところだろうか。
次いで、格子窓付きの馬車に閉じ込められて、護送されているルドルフの姿が見える。
国際会議で一度会っただけだが、太々しい態度は健在だった。
あれだけ大負けしたというのに大したものだ。
このままサブレ城にいるノアに引き渡されるのだろう。
ナイゼル第二公子ブラムの姿も見られた。
今のうちにノアに頭を下げておこうという腹なのだろう。
反乱の意思がないことを示すかのように、数人の供回りだけを連れている。
実際、今、最も立場が危ういのは彼だった。
ユーベルには恨まれ、アークロイからは危険視されている。
有能過ぎるというのも因果なものだ。
イングリッドにとっても他人事ではない。
成り行きとはいえ、海軍提督となり、海で勝ちまくってしまった。
今後は海軍を持つ他の国から危険人物として警戒されることになるだろう。
そんなことを考えながら何ともなしに車窓の風景を眺めていると、異変に気付いた。
(ん!?)
エルザがアークロイ第一軍司令官旗の下で、居心地悪そうにしている。
思わずイングリッドは馬車から飛び出した。
「ちょっと。あなたエルザよね」
「あ、イングリッドさん」
「どうしてあなたが第一軍の司令官旗を持ってるのよ。オフィーリアは?」
「オフィーリア様は本日付けで司令官職を罷免され、ノア様の護衛兵となりました」
「いったいどうして? あんなに戦功を立ててたのに」
エルザは困ったように笑って誤魔化した。
その後もイングリッドは道行く兵士達にことの詳細を聞きまくったところ、どうもドロシーとナイゼルの事後処理に関することで揉めたせいで罷免されたことが分かった。
(何あいつ、罷免されてやんのー)
イングリッドはどうにか吹き出しそうになるのを抑えたが、彼女の姿を見かけた時には得意になるのを抑えられなかった。
オフィーリアは反省中なのもあって数人の供回り連れているのみであり、傍目には100人連れているイングリッドの方が優勢に見える。
「オフィーリア!」
イングリッドが呼びかけると、オフィーリアは眉を顰めながら振り返る。
「命令違反で罷免されるなんて大した忠誠心ね。それでアークロイ公の第一の騎士を名乗ろうだなんて笑わせてくれるじゃない」
「ノルン公か」
オフィーリアはやれやれといった表情でため息をつく。
気が立っている兵士は剣の柄に手をかけようとするが、オフィーリアは手で制する。
「何か勘違いしているようだが、私のノア様への忠誠心はいささかも減じてはいない」
「あんたが忠誠心を保っていてもノアはどうかしら?」
「詐欺まで働いてノルン公の地位にしがみつく貴様には分からんだろうな」
「何ですって!?」
「ノア様と私の絆は貴様ごときに推し量れるような安いものではない」
これにはイングリッドも黙っているわけにはいかなかった。
「あんたに何が分かるってのよ。どんだけ味方が、魔法院の奴らが足手纏いになろうとも、貴族に生まれた以上、家を守るためには何だってやらなきゃいけないのよ。ノアだって、それを分かってくれたから……」
「ノア様はユーベル第四公子の座をあっさりと捨てたがな」
「?」
「ノア様は私のためにユーベル第四公子の身分を捨てて、僻地アークロイにて独立することを選んだのだ」
「……何言ってんの? ノアはうつけと見做されて、実家を追放されたって……」
「表向きはな。だが、実際は違う。ノア様はユーベル大公によって法的にいかがわしい方法で召使いの地位に貶められた私を憐れみ、私が騎士の身分を取り戻せるよう大公と決別する道を選んだのだ(ユーベル大公の暗愚さに見切りをつけたというのもあるが)」
「何よそれ……」
「うつけを装い、追放されるような形でアークロイに赴任したのもすべては謀略。ノア様は私を救うために、身一つで実家を出て、ユーベルに反旗を翻すことを決意したのだ。17もの城を持つ大国にたった一人で立ち向かうことを」
「……」
「司令官を罷免されたとしても私の忠誠心が失われることはない。ノア様が理想の国を作られるまで、私はノア様とノア様の領土を守り続ける」
オフィーリアはそう言って立ち去る。
「何よ。私だって、私だって、ノアは私にだって、色々やってくれてるんだからー」
そうして今戦役の主要人物がサブレ城に集まり、戦争の終結を迎えようとする中、聖女アエミリアがマギア地方入りしようとしていた。