第138話 ベルナルドの懺悔
オフィーリアの罷免が言い渡された直後、アークロイ第一軍内では不満が噴出した。
とある小隊長は言った。
此度の戦役に勝利したのはひとえに我々第一軍がナイゼル・ジーフ相手に踏ん張ったからだ。
ドロシーはコスモ講和会議でもルドルフ押し付けられた不利な条件をなすがまま受け入れて、我々の戦果を台無しにした無能ではないか。
それなのにナイゼル征伐の手柄を我々から取り上げ、戦後処置をあの竜使いの娘が取り仕切るとはいったいどういうことだ。
そればかりか、オフィーリア司令を解任し、我々に恥をかかせるなど言語道断!
かくなる上はクーデターを起こして、アークロイ公に訳の分からぬ讒言を吹き込むあの竜使いの首を討ち取り、ナイゼル城焼き討ちを進言しよう。
さすればノア様も我に返り、ナイゼル併呑を理解してくださるだろう。
アークロイ第一軍麾下の小隊長達は深夜に集まり、武器を持ってオフィーリアの幕舎まで詰めかけ、蜂起を促した。
しかし、オフィーリアはその要請を一蹴する。
「貴様らノア様への謀反を企むとは何事だ。ノア様に兵士として取り立てていただいたご恩を忘れたか。今の我々があるのも、ノア様がアークロイに赴任し、小競り合いばかり繰り返して燻っていた地元騎士をまとめてくださったからではないか。こうして我らアークロイ民がマギア地方に進出できるほど勢威を示せるようになったのも、ノア様がアークロイを統一して国力を高めてくださったおかげだ」
オフィーリアがそう言うと、兵士達は腕を組んで悩ましい顔をする。
「確かに我々がここまで進めてきたナイゼル征伐の後処理をドロシーに委ねるのは癪だが、ノア様には我々の及びも付かぬ考えがあるに違いない。忠誠のための行動ならともかく、謀反を起こそうとするなどこの私が許さん。もし、どうしても我慢ならんと言うのなら、まずは私を斬れ。ノア様の第一の騎士として私が貴様らの相手になってやろう。それができないと言うのなら大人しく解散するがいい。今、すぐ取り下げれば今夜の話は聞かなかったことにしてやる」
オフィーリアがそう言うと、いきり立っていた兵士達もノアへの大恩を思い出し、あるいはオフィーリアと斬り結ぶことを恐れ、トボトボと自分達の寝所へと戻っていった。
こうしてとりあえず、アークロイ兵によるクーデターは未然に防がれたのであった。
オフィーリアは数人の供回りだけを連れて、ノアのいるサブレ城まで向かった。
♢
ナイゼル公子ベルナルドは、ノルン艦隊に護送されながら聖都サンクテロリアへと向かっていた。
ナイゼル艦隊が接収されたため、アークロイ軍に身を寄せる他ない。
ピアーゼ侵攻について法王に懺悔し、アークロイ公に臣従する。
この二つの条件がドロシーによって課された降伏条件だった。
そうすればナイゼル公子としての身分だけは辛うじて保証してやるとのことだった。
ベルナルドとしてはやるせない思いだったが、保身のためには致し方ない。
護送してくれるのがアークロイ兵でなく、ノルン兵なのがせめてもの救いだった。
聖都サンクテロリアに着いた後も、監視兵はベルナルドに付き纏った。
よくやく彼が監視から逃れられたのは、セレスティア大聖堂の門前である。
大聖堂の警備兵によって、ベルナルドは懺悔室に案内される。
懺悔室で待つことしばし。
煌びやかな法衣を身に纏った法王が現れた。
ベルナルドは法王の足下に跪く。
法王は足下にひれ伏す哀れな子羊のために言葉をかける。
「神の裁きは下されたようですね。ピアーゼ侵攻についてどちらの言い分が正しいか。アークロイ・ノルンとナイゼル、どちらの言い分が正しいのか。今一度あなたの口からお聞きしましょう」
「は。すべては私の不徳の致すところであります。この上はアークロイ公の、いえゼーテ王の家臣として傅き、法王様に改めて神の僕として許しを乞いたく存じます。今後は心を入れ替えて誠心誠意神のお導きを受けたいと存じます。法王様におきましては何卒寛大なご処置を」
「いいでしょう。あなたへの罰は……ん?」
突然、バタバタと控え室で人の動く音がしたかと思うと、司教が現れて法王の耳に何事か耳打ちしたあと、書類を手渡す。
法王は書類に目を通して眉をしかめる。
ベルナルドはこんな時にいったい何の知らせだろうと訝しむ。
「ナイゼル公子よ。あなたを赦すわけにはいかなくなりました」
「えっ?」
「今し方入った報告によりますと、ナイゼル魔法院が聖女アエミリアに反乱を起こしたとのことです」
「!?!?」
「いったいどういうことですか? あなたはピアーゼ侵攻の非を認め、アークロイ公の臣下になるとおっしゃいましたよね? しかるに、なぜナイゼルの魔法院がアークロイ地方を管轄する残念聖女に反旗を翻しているのです?」
「えっ? いや、それは……えっ?」
(バカな。どういうことだ? なぜ魔法院が反乱など……。というか、アエミリアって誰?)
「ベルナルド・フォン・ナイゼル。本日をもってあなたのナイゼル第一公子としての身分を剥奪します。この決定に逆らってはなりません。もし、叛意を示すようであれば、あなたを神聖教会から破門します」
こうしてベルナルドは廃嫡を受け入れざるを得なくなり、ナイゼル第一公子の身分はブラムに譲られることになるのであった。