第136話 司令官の罷免
オフィーリアは3万の軍を率いて、ナイゼル城に迫っていた。
「あれがナイゼル城か……」
(なるほど。大国の本拠地だけあって立派な城だ。だが、兵士のいない城などどれだけ立派でも張子の虎のようなもの)
城からはまったく覇気を感じない。
自慢の海軍はイングリッドに壊滅させられ、隠し球のブラムもクラウスに手こずって引き返すことができずにいる。
今のナイゼル城は城の機能を運用するのに最低限の兵士がいるだけだ。
火力でもこちらが上回っているはず。
一気に攻め滅ぼすこともできるだろう。
「城を包囲するぞ。エルザ、守りの弱い場所に銃兵を配置しろ」
「はっ」
その時、黒い影が空を覆ったかと思うと、オフィーリアの頭上を追い抜いた。
黒い影はカラスの群れだった。
カラスの群れが少しずつ散開したかと思うと、その中心を飛んでいたこれまた黒い塊が、巨大な蝙蝠の羽音と共に地上に舞い降りる。
黒い塊、黒竜の背中には黒いドレス姿のドロシーが乗っていた。
軍団が騒めく。
特に付き添っていたジーフ軍は、黒竜の威容に慌てふためいた。
「ドロシーか。いったい何の用だ」
「オフィーリア、戦争は終わりだ」
「何!?」
「ナイゼル第一公子ベルナルドから正式な降伏の申し入れが来た。ピアーゼ侵攻の罪を認めさせ、ノア様に謝罪するとのことだ。手土産としてルドルフの身柄も我々に引き渡すそうだ」
「そうか」
「おい、待て。どこに行く」
「決まっている。ナイゼル城を焼き討ちにした上で、ナイゼル軍を壊滅させる」
「話を聞いておらんかったのか。戦争はもう終わりだ。今後は外交ですべて解決する。ユーベルにはルドルフの身柄とユーベル兵2万の捕虜を取引材料にして有利な条件で講和を結ぶ。ベルナルドには聖都で法王様に懺悔させる。法王様にも貸しを作れるし、ナイゼルも甘んじて受け入れるというわけだ」
「三方にいい顔ができるというわけか。外交家らしい企みだな。だが、まだ終わっていない」
「何?」
「まだ、我らが主人、ノア様にとっての危険は排除されていない」
オフィーリアは眼光するドロシーを睨む。
「ナイゼル第二公子ブラム。奴の息の根を止めるまでは本当の意味でノア様の安全は確保できない」
「オフィーリア。今後、ナイゼルは外交交渉によって処分する。これはノア様が決めたことじゃ。貴様、ノア様に逆らう気か?」
「ノア様は分かっておられないのだ。ブラムの危険性を。奴は今はまだ未熟なところもあるが、やがて成長すれば必ずや牙を剥き、ノア様とアークロイ公国に惨禍をもたらすであろう。今のうちに息の根を止めておく。ナイゼルも滅ぼしておくのがよいだろう」
「ブラムの将器についてはノア様もよく分かっておられる。だからこそ、これ以上ナイゼルの恨みを買ってはならん。ナイゼルはこう見えて由緒正しき家柄じゃ。根絶やしにするまで滅ぼせば、ナイゼル領民は本気で切れる。泥沼になりかねん。それにもしブラムを国外に逃がすような事態になってみろ。ベルナルドの下では充分に力を発揮できなかったあの狼が他国のより有能な君主に仕えてノア様に牙を剥けばさらに厄介なこととなるじゃろう。ナイゼルは属国にして、ブラムには首輪をしておくのが最善じゃ」
「案ずることはない。奴の首は私が確実にノア様の前に持ち帰ってやろう」
「まあ、待て。ここでナイゼルを滅ぼせば、アークロイの立場はかえって悪くなるぞ」
「何!?」
「ナイゼルを滅ぼせば、ユーベル大公国と直接境を接することになる。そうなればユーベルを刺激することとなる」
「……」
「ユーベル大公フリードはこう思うだろう。ノア様にユーベル征服の野心あり。追放された報復にユーベルを滅ぼしにくるつもりだと。そうなればいよいよユーベルとの戦争は必至じゃ。マギアの情勢も未だ不安定。ジーフ公は変節漢じゃ。いつ裏切るともしれん。アノンら五国も今回の遠征をすべて納得しているわけではない。おまけにナイゼル領民の恨みを買ったまま、ユーベルとの緊張が高まるとなれば……」
「望むところだ。あの愚物どもがノア様とノア様の領土に手を出そうと言うのなら、私がユーベル大公国を地図上から消し去ってやろう。全て焼き払い、更地となった大公邸跡にノア様の玉座を設置するのだ」
「まあ、待て。確かにお主の力ならユーベル大公国も滅ぼせるかもしれん。だが、その結果、我々も滅びてしまうことになる。我が軍は相次ぐ戦役で疲弊しておる。マギア地方も荒廃が甚だしい。本当にヤバイんじゃ。マジでノア様に怒られるぞ」
「ノア様に怒られてもいい。ノア様もやがては分かってくださるはずだ。たとえ主君の不興を買おうとも、主君のために万全を尽くす。それが真の忠誠心というものだ」
「どうしても止める気はないと言うことか」
「ない」
「仕方ないの」
ドロシーは懐から書状を取り出した。
「オフィーリア、お主をマギア地方総司令官の任から罷免する」
「何!?」
「ノア様からの指令書じゃ」
「そんな……ノア様どうして……」
オフィーリアは足下からその場に崩れ落ちる。
「お主にはしばらくノア様の側仕えを命じる。ノア様の膝下でしばらく頭を冷やすがよい」
オフィーリアはその日のうちに総司令官の職を解かれて、後任に引き継がれる。
軍の指揮はエルザと小隊長が執ることとなった。
アークロイ軍が進軍を止めたのを見て、ベルナルドはナイゼル城を出発した。
次の日にはアークロイ軍の陣にその身を投じ、ドロシーとの交渉に応じた。
別方面で戦うブラムとクラウス、イングリッドらにも終戦が伝えられ、ナイゼル陣営は武装解除を確認すると、アークロイ軍はそれ以上の侵攻をやめてその場に待機する。
ようやく涼しくなってきましたねー。
9月もだいたい週1投稿になります。
今後ともよろしくお願いいたします。




