第135話 抗えぬもの
遅ればせながら、ナイゼル攻略戦のマップ作成しました!
本編と合わせてお楽しみいただければ幸いです!
下記リンクの活動報告よりどうぞ。
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聖都サンクテロリアでは、法王が賓客を迎えていた。
「おや、マルシオン大公ではありませんか」
「法王様にあってはご機嫌麗しく……」
マルシオン大公は恭しく頭を垂れる。
マルシオン大公領は代々聖都サンクテロリアに隣接し、聖都の防壁を担ってきた領地だ。
現当主であるコンラート・フォン・マルシオンは、伏魔殿のような聖都と付かず離れずの関係を続けながら、勢力を維持している老練な政治手腕の持ち主であった。
「大公、朗報がありますよ。ゼーテが解放されたそうです。アークロイ公はゼーテ王も名乗ることとなりました。あの若者、うつけと評されていましたが、案外、食わせ者かもしれません」
「アークロイ公ではなく、アークロイ大公と呼んだ方がいいやもしれませんな」
「なんですって!?」
「ジーフはすでに降伏したようです。ナイゼルも時間の問題でしょう」
「なんと……城5つ持ちだったアークロイが、城8つ持ちのジーフと9つ持ちのナイゼルを……」
「マギアの2大国がアークロイに食われる。そうなれば、あの若造はマギア全土をその手中に治めることになるでしょうな」
アノンの魔法院では年配の上級騎士達が気難しい顔で議場を囲んでいた。
アノン軍は、もはや彼ら魔法院の重鎮達でも制御できなくなっていた。
アノンだけではない。
ネーウェル・リマ・エンデ・サリスの軍もそれぞれ魔法院での決議や同盟条約の範疇を逸脱して、クラウス指揮の下、ナイゼル攻めに参加している。
「よもやジーフがアークロイの傘下に降るとは」
「ジーフだけではない。ナイゼルももはや時間の問題だぞ」
「こんなことが許されるのか。こんな……魔法院の決定を蔑ろにする行為が……」
「許すも何も誰が今のアークロイを止められる?」
「しかし、あの乱暴者がマギアを統一すればどうなる?
「凄まじい勢いだ。僻地の覇王がこれほどとは……」
「時代の流れ……なのかもしれんな」
一人の長老が諦念を滲ませながらポツリと言った。
最年長の者の言葉に上級騎士達は動揺する。
「長老、今なんと!?」
「あなたはマギア統一が必然だと、そうおっしゃるのですか?」
「……予兆はいくつもあった」
長老は慎重に言葉を選びながら言った。
「かつてこのマギアは各国魔法院が魔石の採取から加工まですべて行い、強固な独立を保ち、決して大国の台頭を許さなかった。だが、まずノルンがその突出した魔石加工技術でマギアに覇を唱えんとした。次いでナイゼルが海を制して一つに繋ぎ、ジーフが魔石の一大産地を押さえて、大国として台頭してきた。そしてそこに割り込んできたのが僻地を武力で統一したアークロイ公ノアだ。衰退しつつあったノルンの姫を伴ってな」
「……」
「我々はただただ情勢の変化に右往左往するばかりだった。何か人の手では抗えない……『時代のうねり』のようなものを感じぬか? マギアの地は一つになることを望んでおるのかもしれぬ」
上級騎士達は腕を組んで黙り込む。
「心しておかねばならんぞ。僻地の覇者、ノアが真の英雄であれば、このマギアは更なる激動の渦に巻き込まれるやもしれん。マギアの地全土を、いや場合によってはこのギフティア大陸すべてを巻き込んで揺るがすやもしれんぞ」
ナイゼル城ではベルナルドが悪あがきをしていた。
カラスを通してやってくる手紙、これがベルナルドの最後の希望だった。
「ドロシー、俺達友達だよな?」
「友達? そうでしたっけ?」
「何言ってるんだよ。お前がコスモ講和会議で不利な条件を押し付けられていた時、助けてやったじゃないか。アークロイ公に罰せられないよう対ルドルフの秘密条約で面子を立ててやっただろ?」
「そうでしたね。その節はお世話になりました。ただ、今は我々と貴国は戦争中ですゆえ、あまり仲良くするのはお互いのためによろしくないかと。その時のお礼はまたの機会に……」
「いやいやいや。何言ってんだよお前。今、恩を返さずいつ返すって言うんだよぉー! 俺は今、困ってんだよ。今、助けて欲しいんだよ。今、なんとかしろよぉー!」
「そんなこと言われましても。私はノア様の命令を聞くだけの使いっ走りですゆえ。過度な期待をされても困ります」
「この恩知らずが! 私が泣いているお前を助けてやったのを忘れたのか? あまりにも不義理じゃないか」
「えー、でもそれを言ったら、あなたも私を利用して騙し討ちしたじゃないですか。何ですか、あの弟君によるサブレ城への奇襲は。ジーフ公にこっそり援軍を送ったり、ネーウェルの港を急襲したりもしてましたよね?」
「なぁ。ドロシー。お前本当は使いっ走りじゃないだろう? その神算鬼謀といい、ドラゴンテイマーとしての腕前といい、どう見ても下っ端の働きぶりじゃない。少なくともアークロイの最も信頼する側近、そればかりかお前がアークロイを操ってるまであるんじゃないか?」
「どうでしょう? ただ、私にどうしろって言うんです? もはや軍部はナイゼル城に向かっているんですよ? 私の一存ではどうにもなりませんよ」
「頼む。どうにかアークロイの奴を止めてくれ。お前ならなんとかできるはずだろ。このままナイゼルを潰してしまっていいのか? ナイゼルの魔導騎士は皆、誇り高い戦士達だ。国土が焼け野原になる最後の一兵まで抵抗を続けるぞ。戦後統治はどうする気だ? ナイゼル全土がカルディのようになるぞ。いいのか?」
「分かりました。私の方からアークロイ公に進言してみましょう。ただ、それにはお土産が必要です。分かりますよね?」
「……」
この手紙の直後、ブラムからの伝令もやってきた。
目の前の敵はなかなか隙を見せず、転進するのは難しい。
これ以上の抵抗は無意味にナイゼルの国力を損ねるだけ。
もはやアークロイ軍の進撃を止めることはできない。
国力を温存するためにも早めの降伏を。
そうでなければ、ナイゼル全土を焼け野原にしてでも戦い抜く徹底抗戦を覚悟しなければなりません。
私も目の前のアークロイ軍を相手に死力を尽くして戦い玉砕するつもりです。
どうか早めの決断を。
ベルナルドは観念して、アークロイに対し降伏の使節を送ることにした。