第133話 交渉の裏側で
ユーベル第二公子イアンは、講和の申し出のためにナイゼル公国入りするも、なかなかベルナルドと会見することはできなかった。
あからさまに大上段に構えられており、交渉は難航することが予想された。
当たり前のことだ。
向こうからすれば、今、急いでユーベル大公国と講和を結ぶ必要などない。
ユーベル軍は壊滅状態。
ルドルフの身柄はいまだ安否不明(ベルナルドは意図的に情報を秘匿していた)。
イアンはルドルフの安全を最優先に交渉するように命じられている。
交渉は圧倒的に不利だった。
(これは更なるお土産を要求されるやもしれませんね)
講和を結ぶどころか、相手は交渉の席にすら立ってくれない。
ナイゼル公子ベルナルドに取り次いでもらうだけでも、何らかの貢ぎ物を差し出さねばならないかもしれなかった。
イアンは暗澹たる気持ちで交渉の席に臨む覚悟を決めていた。
ところが、突然、ナイゼル側の態度が変わる。
「今すぐ賠償金を払うのであれば、講和を結んでやってもいい」
不審に思ったイアンは、父の命には背く形になるが、急いで講和を結ばずに交渉を長引かせることにした。
相手は苛立ちを隠しきれず、怒鳴り声を上げて恫喝してきたが、イアンはますます冷静になり、交渉を長引かせる。
すると担当者はついつい声を荒げて「我々はルドルフの命を握っているんだぞ」と失言してしまった。
これでイアンはルドルフが生きており、ナイゼル公子の捕虜になっていることがわかった。
次の日になると、さらに相手方は焦りを隠せなくなっていた。
「今すぐ賠償金を払い講和を結ぶのであれば、ルドルフの身柄と捕虜を引き渡してやってもいいぞ」
イアンは拒否する。
こちらにも立場というものがある。
今すぐ、賠償金を渡すわけにはいかない。
まずはナイゼル公子に会わせていただきたい。
話はそれからだ。
すると担当者は明白に青ざめる。
これでイアンにはナイゼル公子が会わないのではなく、会えないことが分かった。
ナイゼル公子は今、何らかののっぴきならない事情により、交渉の席につくことさえできないのだ。
(何が起こっているんだ? ナイゼル公子の身に何が?)
その日、宿に引き上げて就寝しようとすると、窓の外に羽ばたく音が聞こえてくる。
不審に思って窓を開けると、一匹のカラスが足に書簡を掴んで窓辺に降り立ってきた。
「これは……」
『ルドルフは生きておる。
ジーフ公国はアークロイに降伏した。
現在、アークロイ軍が三方からナイゼル城に向かって侵攻中。
まだ、ナイゼル公国と講和を結んではならん』
手紙を読み、イアンの眼鏡の奥がキラリと光った。
ナイゼル公国は現在アークロイとの戦争で窮地に立っている。
まだまだ有利な条件を引き出せる。
次の日、案の定、交渉相手はより有利な条件を出してくる。
「今すぐに降伏するなら、ルドルフと捕虜2万人の身柄を引き渡してやるぞ。ただし、今すぐだ。明日以降は彼らの命は保証しない」
イアンは強気になった。
「ナイゼルさん。あなたそんなに焦っていったいどうしたんです? もしかしてナイゼル公子は足下に火が付いているんじゃないですか?」
相手はあからさまに動揺して、ドギマギする。