第132話 四聖の失墜
バタバタと忙しなく人が入れ替わるナイゼル公邸で、四聖の面々は机を囲み、額を寄せて話し合っていた。
「アークロイは三方面から攻めてくるみたいだよ」
【黒魔道士】のゾームがトントンと地図上に駒を置いて進める。
「なぁ。ヤバくねーかこれ」
【鉄壁】のブリックが地図を眺めながら言った。
「いや、いくらアークロイが狂犬でも流石に法王様を敵に回すようなことはしねーだろ」
「けど、実際、さっきからこの館の騎士達バタバタしてるぜ」
「ホーカー。どうだった?」
「何か新しい情報は入ったか?」
「どうにも情報が錯綜していますね。アークロイ公が法王様の聴聞を受けたのは確かなようですが……」
「ゼーテを解放したってのは本当なのか?」
「ゼーテ王なんて。アイツの言うことだよ。ハッタリに決まってるよ」
「しかし、法王様の聴聞をお咎めなしでマギアに帰還したという知らせもあります」
「チィ。何がどうなってやがるんだ」
【鉄壁】ブリックは苛立ちしげに拳をガシガシと打ち鳴らす。
「ただ、ジーフ公がナイゼルを裏切ってアークロイ公に与したのはどうも確かなようです」
ホーカーは地図に目を落とす。
ジーフの勢力圏がアークロイ陣営となり、四聖には突然、敵が巨大になったように見える。
【剣聖】マクギルは額に嫌な汗が流れるのを感じた。
(えっ? ちょっと待って。何これ。ジーフがアークロイの傘下に入っちゃったの? しかもゼーテ王を名乗ってる? ってことは聖都の後ろ盾も効かないってこと!? これってヤバいんじゃ……)
ホーカーは言いにくそうにしながらも、咳払いする。
「コホン。マクギル。確かな情報が掴めない中、迂闊に動くのは危険です。ですが、情報を待っていては、手遅れになるかもしれません。手は早めに打っておいた方がいいかと……」
「……」
ベルナルドの下には矢継ぎ早に報告がもたらされていた。
入ってくる情報はすべて悪いものだった。
ノルン艦隊がドレイヴァン港を強襲。
アノンら同盟国軍がサブレ城を救援。
アークロイ軍主力とジーフ軍は、ダーミッシュ方面から破竹の勢いで進撃中。
「殿下。このままじゃマズいですよ」
「アークロイ公に講和の使節を送った方がいいのでは?」
「大丈夫。我々にはクロッサルの四聖がいる。彼らが我が陣営にいる限り法王様はこちらの味方だ。いくらアークロイが僻地から来た乱暴者だとしても、兵士達の信仰心を無視して狼藉を働くことなどできはしまい。我々にはまだ希望がある」
ベルナルドがそう言うと駆け込んでくる者が一人。
「殿下。四聖からこのような言伝が」
「おお。ついに出撃してくれるのか」
ベルナルドはひったくるようにして、伝令から手紙を受け取る。
そこには以下のように書かれていた。
『領地が気になるのでクロッサルに帰ります。
四聖』
ベルナルドは手紙を投げ捨てた。
「ちくしょう。あんなチンピラ共を頼りにした私がバカだった。あの口だけの詐欺師どもを信じたばかりに私の身は破滅だ」
聖都サンクテロリアでは、市民が怒り狂って広場に詰めかけていた。
アークロイ公によるナイゼル侵攻の知らせを受けてのことだ。
「アークロイの奴め。もう許さん!」
「あの野郎、聖なる杖を自分の領土拡大に利用しやがって」
「それだけじゃねぇ。ナイゼルに侵攻! これはもう四聖に喧嘩を売ってるも同然だろ!」
「アークロイに破門を! そうでなければ腹パンを!」
「どちらかと言えば腹パンお願いします」
「法王様が出るまでもねぇ。俺が奴に腹パンをお見舞いしてやるぜ」
「いや、俺だ」
「いや、俺がやる」
「俺にやらせろ」
「誰でもいい。とにかく腹パンだ!」
「「「はーらーパン! はーらーパン! はーらーパン!」」」
「あっ、法王様だ」
「何か、話してくださるみたいだぞ」
尖塔のバルコニーに法王が姿を現す。
市民達は現れた法王を前に一斉に声を上げる。
「法王様! なぜアークロイを破門しないのですか」
「アークロイが四聖を攻撃しているのはご存知ですよね?」
「アークロイに破門を! そうでなければ腹パンを!」
「皆様、静粛に」
法王が手を挙げて静粛を求める。
その厳かな仕草に市民らは黙りこくった。
「聖城ゼーテが解放されました」
「「「「「えっ?」」」」」
「解放した者の名はノア。アークロイ公ノアです。かの神に選ばれた勇者は、その聖なる力でもって邪悪な魔族軍からゼーテを守り、退散させたのです」
「「「「「…………」」」」」
「神の名において宣告します。アークロイ公ノアにゼーテ王の称号を与えます」
「「「「「う、うおおおお!」」」」」
「ゼーテ王ノア万歳!」
「あいつならやると思ってたぜ」
「俺はあいつのこと最初から信じてた!」
「四聖? 誰っすかそれ?」
「四聖とかもう古い。これからはゼーテ王ノアだ!」
「「「「「ノーア! ノーア! ノーア! ノーア!」」」」」
その日、サンクテロリアで新たなゼーテ王ノア祝福と賛辞が鳴り止むことはなかった。
こうして四聖は全てを失って、マギア地方を去ることになるのであった。




