第129話 武者震い
ブラムがサブレ城へと向かう途中にも次々と情報が入ってきた。
アークロイ軍がファーウェル・レイス両方面から侵攻。
ナイゼル海軍は壊滅。
アノン、ネーウェル、リマ、エンデ、サリスの軍がレイス方面に布陣。
シャーフによるノルン城奇襲は失敗。
今やブラムの推測は確信に変わっていた。
(ヤロォ。なんてこと思い付きやがる。コスモ講和会議もマギア分割統治案もすべて罠! 狙いはジーフか。ナイゼルとユーベルを戦わせている間にレイス城を攻略する。それがアークロイの真の狙い……)
こうなってはナイゼルはユーベルと同盟を結んでおいた方が賢明だったかもしれない。
(くっそぉ。やられたぜ。だが、まだだ。まだサブレ城さえ落とせば、タグルト河流域を押さえられるはず)
カルディ城から馬を飛ばして数日。
サブレ城の城郭が見えてきた。
前面にはランバートの築いた塹壕。
側に流れているタグルト河には鎖が渡され、その後ろには錨を下ろした船が並べられている。
船には武装した兵士と馬防柵が施されている。
ランバートは放っていた偵察からの情報でナイゼル軍が近づいてきているのを察知した。
(来たか)
伝令の情報を聞くまでもなく、大気が震えているのを感じる。
この凄まじい威圧感と嫌な空気。
万軍の将が近づいてきている時特有の空気だった。
ナイゼル第二公子に違いない。
ランバートは武者震いする。
(やはりこのまま終わらせてはくれないか)
陸からは数万の兵が一糸乱れず押し寄せ、河からはケルピーが高速で襲撃してくる。
あの嫌な感覚は実際に戦ってみたことのある者にしか分からない。
ランバートも実際に対峙してみて、いつもオフィーリアと戦ってきた将達は、こんな気持ちだったのかと思い知ったものだ。
(今回はオフィーリア様なしであの第二公子と戦わなければならない。できれば戦いたくはなかったが、そういうわけにもいかんだろうな)
「全員気を引き締めてかかれよ。今度の敵はユーベル第三公子とは違うぞ」
ランバートはそう言って部下達に檄を飛ばした。
ランバートの構築した塹壕を見たブラムは、一目でそれが非常に厄介な防衛線であることに気づいた。
ノルン製のゴーレムと魔石銃と組み合わせれば、難攻不落の要塞に思える。
この短期間の間にサブレ城がここまで堅固に固められたことに愕然とする。
だが、側面の河から回り込めば、背後を遮断できるかもしれない。
見えない城の背後に回り込むのは度胸のいることだったが(敵の援軍が即座に来たり、伏兵が置かれていたりすれば壊滅させられる恐れもあるので)、急いでサブレ城を落とさなければジリ貧になることも明らかだ。
ブラムは作戦を決行することにした。
まずブラムは塹壕を正面突破する動きを見せた。
土塁を築いてゴーレムを隠しながら、敵陣に砲撃を浴びせる態勢をつくる。
高台も建てて、敵陣を監視する態勢も作った。
ランバートは正面を警戒せざるを得なくなる。
しばらくブラムが敵陣の動きを監視したところ、サブレ城のゴーレムは約10体、銃兵は500人ほどであることがわかった。
土塁の裏側から敵陣に砲撃する動きを見せると、すぐに向こうも砲撃で応戦してきて、塹壕の裏側でバタバタと銃兵が駆け回る姿が見えた。
正面に敵を引き付けることに成功したブラムは、次の日、裏をかいて河川に狙いを定める。
塹壕の正面から攻撃するように見せかけて、密かにゴーレムを河川の方に移し、鎖の裏側に待ち構えている武装船団に対して、砲撃を加えた後、工兵に命じて、鎖を撤去させた。
鎖を外した後はケルピー部隊を投入。
河川を突破した。
ランバートの対応は遅れて、河川は制圧され、ナイゼル軍はサブレ城の背後に回り込むことに成功する。
その後、ナイゼル軍は河川に船を渡して物資と人員を運びこみ、敵の砲撃と銃撃に晒されながらも、大兵力をサブレ城の背後に回すことに成功し、拠点を作った。
(やはり、平面の勝負では敵うべくもないか)
城を包囲されたことでランバートは塹壕に篭らせていた兵士を背後に割かざるを得なくなる。
城の側面と背後を制圧したことで、ブラムはさらに詳しく塹壕の裏側の様子を窺い知ることができた。
そこからおおよその配置と敵の火線、ゴーレムの配置を把握すると、防御線の弱いところを見つけ、そこに昼夜を問わず突撃をかけて奪取し、攻撃拠点を作ると、工兵を派遣し堡塁を破壊し、堀を埋め、攻防を繰り広げながらも塹壕を奪っていった。
もはや塹壕を守り切るのは不可能と悟ったランバートは、兵力を引き上げ城の中に篭る。
こうしてサブレ城は完全に包囲され、後背地からの補給も途絶えてしまう。
サブレ城の兵士達は不安に恐れ慄いたが、ランバートは城の各所を見回りながら「兵糧と弾薬の備えは怠りないだろうな?」と普段と変わらぬ調子で尋ねるだけだった。