第127話 アークロイ公の帰還
「くっそ。また逃げられた」
イングリッドは逃げていくジーフ騎兵を見ながら悔しげに言った。
ノルン方面ではイングリッド率いる陸軍が、シャーフ率いるジーフ軍を追いかけていた。
ジーフ公はすでに降伏を申し入れていたが、ノルン方面には伝わっておらず、まだ戦闘が続いているのだ。
ノルン方面ジーフ軍は、ラスク方面の危機に備えて、人員を割き3万いた軍勢は1万にまで減っていた。
海での任務を果たしたイングリッドは、長年のジーフとの抗争の土地、スピリッツを奪い返す好機とみて、ジーフ軍を駆逐するべく、20門のゴーレムと共に城から打って出ることにしたのだ。
しかし、実際にジーフ軍を追いかけてみると、シャーフの巧みな撤退に翻弄され、補足さえままならない有様だった。
「あーもう、なんでこう上手くいかないのよ」
イングリッドは巧みに退却するジーフ軍にゴーレムの配置が間に合わず、地団駄を踏んだ。
基本的に開けている海と違って、現在、イングリッド達が進んでいるのは、起伏のある陸地だった。
シャーフは撤退しながらも巧みに伏兵を置いて、的確にノルン軍を削ってくる。
また、海と違って陸では物資の運搬も大変だった。
食糧・弾薬の運搬だけで何倍も労力がかかる。
騎兵、歩兵、魔法兵、砲兵など進軍スピードの違う兵科を扱わなければならないのも難しさを増していた。
(兵が全然思い通りに動いてくれない。海と陸ではこんなにも勝手が違うの?)
ガラッドはイングリッドの覚束ない指揮に首を傾げる。
(不思議なもんだな。海ではあんなにポコポコ砲撃を当てていたのに。陸ではてんで的外れな指揮ばっかりしてやがる)
このままではスピリッツの土地を奪い返すどころか、敵にゴーレムを奪い取られかねなかった。
(しゃーない。ここは俺がなんとかするか)
ガラッドは軍帽をかぶり直して気合を入れる。
(アークロイ公には借りがあるし、ゴーレムを奪われるわけにもいかないしな。俺の今後の仕事のためにも)
「ノルン公、このまま闇雲に追いかけるのはまずいぜ」
ガラッドは地図を広げて作戦を伝える。
「敵をここに誘い込めば、こっちから砲撃できるだろ? 追いかけるばかりじゃダメだって。ゴーレムは足が遅いんだから。地形を上手く利用して誘い込まないと」
「なるほど。それもそうね」
流石に砲戦適性は高いので、イングリッドはすぐにガラッドの作戦の要諦を理解した。
囮の部隊を編成して敵を誘い出すと共にあらかじめゴーレムを配置しておく。
シャーフは敵のゴーレム部隊がこちらより低い場所、視界の見える場所を護衛も付けずに移動しているのが見えた。
(あんなところにゴーレムが! これは敵のゴーレムを奪い取るチャンスか? チャンスだろう。チャンスに違いない! 行くぞ!)
シャーフは騎兵部隊にゴーレムを鹵獲するよう指示を出した。
(スピリッツだけは絶対に渡さん! なんとしてでも守り切るぞ!)
ゴーレム部隊はジーフ騎兵が迫ってくるのを見て慌てて逃げ出そうとするが、とても逃げ切れない。
ジーフ騎兵によって蹂躙されるかと思われたが、すぐにアークロイ騎兵が応援に駆けつけて騎兵戦となった。
しばらく丘の上から騎兵戦を見ていたシャーフだが、なかなか決着がつかないのにヤキモキすると痺れを切らして歩兵の応援も繰り出す。
しかし、歩兵が駆けつけたところで死角から砲撃を受ける。
「しまった。囮か! 戻れ!」
シャーフは急いで兵を戻そうとするが、すでに混乱はどうしようもない。
「よし。今だ。いっけぇー。全軍突撃!」
イングリッドは歩兵も投入して、ジーフ軍を散々に打ち破った。
(敵さんもなんかおっちょこちょいだな)
ガラッドは遠い目で壊乱するジーフ軍を見るのであった。
しかし、イングリッドの進撃はそこまでだった。
ドロシーから伝令が来て、ジーフ公が降伏したことが伝えられる。
今後はナイゼル攻めがあるから余計な戦闘はやめて退くようにとのことだった。
イングリッドは歯噛みしながらも、仕方なくノルン城へと引き上げる。
シャーフはその後も頑としてその場を動かず、スピリッツの土地を守り続けた。
やがてジーフ公からの直接の伝令がきてようやく武装解除する。
シャーフはノルン公からスピリッツを守り切った将としてジーフの英雄となるのであった。
聖都サンクテロリアからバーボン城に帰ってきたノアは、ジーフ公が降伏したと聞いて急ぎジーフ城へと駆けつけた。
ラスク城、レイス城を経由してジーフ公国の本拠地へと向かう。
道中で伝令を捕まえては何があったのか事細かに尋ねて、戦争の経緯を把握しようとする。
特にレイス城戦線の経緯についてはジーフ城へ辿り着く前になるべく詳細を把握しておきたかった。
伝令の話をまとめると以下のような感じだった。
クラウスはレイス城を攻めるにあたって、軽率に攻囲を仕掛けず陣地に篭って敵の出方をうかがった。
案の定、敵はわざと負けて兵糧を消費させたり、同盟軍を離反させようとするなど様々策略を巡らせてきた。
これに対して、クラウスは焦って前のめりになるようなことはせず、捕虜を返還するなど戦闘が激化しないように細心の注意を払った。
他にもクラウスは敵軍と同盟軍両方から様々な圧力を受けたが、敵軍を引き付けるという自身の役割に徹し、戦線の維持に努めた。
やがて、局面はファーウェル城方面の方から動き、オフィーリア将軍がジーフ城まで攻め上って優勢に傾くと、同盟軍は不穏な動きをやめクラウスの威光に服した。
同盟と背後を固めることに成功したクラウスは、この機を逃さずオフィーリアに呼応して、レイス城を攻囲する動きを見せ、誘き出したジーフ・ナイゼル連合軍を打ち破り多くの捕虜を得て、レイス方面からもジーフ城へと詰め寄った。
これらのこと聞いたノアは、レイス城方面軍が予想以上の難局に直面していたのを知るとともに、クラウスが上手く乗り切ったことを理解する。
これは急ぎクラウスの下に行って、労わなければならないと思い、新たに手に入れたレイス城の検分もそこそこに、馬を飛ばしてジーフ城へと向かった。
♢
ジーフ城を攻囲しているオフィーリアの陣地に近づくと、ちょうど講和交渉が行われているところのようだ。
オフィーリア旗下アークロイ第一軍の軍旗と、クラウス旗下アークロイ第三軍の軍旗が中央にはためいている。
そして、その側にはドロシーのペットである黒竜が控えていた。
それに続きアノン、ネーウェル、リマ、エンデ、サリスなど同盟軍の軍旗がそれぞれ側に控えている。
一番隅っこにはジーフの旗がはためいている。
ジーフ公の寄越した降伏の使節が、アークロイの陣営に訪れている証だ。
どうやらまだドロシーとジーフの使節との間で細かい交渉が続いているようだ。
ノアはクラウスの陣営へと真っ先に向かった。
♢
クラウスは確かな手応えを感じながら、ジーフ城でオフィーリアの指揮する第一軍に合流していた。
レイス城を巡る戦いは難局続きだったが、まさか自分がここまで上手く同盟軍を回せるとは。
(ノア様はここまで見越して私をレイス方面の司令官に任命したのか?)
そんなことを考えていると、騒めきが聞こえてくる。
アークロイ公がそこにいることを示す家紋の旗が、クラウスの陣地に近づいてくるのが見えた。
クラウスは慌ててノアを迎える準備をする。
♢
「レイス城では大活躍だったそうだな」
「戦線を維持するので精一杯でしたよ」
クラウスは畏っていう。
「結局、オフィーリア司令が攻め上っている間、敵を引き付けることしかできませんでした」
「そう畏まらなくてもいい。詳細を聞かなくても分かる。殻を破ったようだな」
クラウス
統率:B++
武略:B++
外交:B++
謀略:B++
(4つの資質すべてに+がついている。それぞれの資質を高度に組み合わせる局面に直面して、これまで眠っていたポテンシャルが目覚めたってことか)
「俺の鑑定眼には映っているぞ。君の将としての能力が覚醒し、これまでにないポテンシャルを発揮したことが」
(そこまで見抜いておられるのか。やはりこのお方は……)
「まさか自分がここまでできるとは思ってもいませんでした。アークロイ公の鑑定眼、そして適材適所に配置し、育成する手腕おみそれいたしました」
「クラウス、俺はきっかけを与えたに過ぎない。自身のポテンシャルを解放し、発揮したのは君の力だ」
「はい」
ノアの来訪を受けて、オフィーリアとエルザもクラウスの天幕にやってきた。
「ノア様、マギア地方にお戻りでしたか」
「ノア様、おかえりなさーい」
「ああ。今、クラウスの此度の戦役における功を労っていたところだ」
ノアがそう言うと、2人も改めてクラウスに向き直る。
「クラウス、此度の戦役、ジーフを攻略できたのはひとえに貴殿がレイス城のジーフ軍を押さえてくれたおかげだ。今回の戦役の重心は紛れもなくレイス城にあった。我々がファーウェル方面から敵を崩すことができたのも貴殿の働きあってのことだ」
「そうですよー。クラウスさんが敵を引き付けてくださったおかげで私達も楽に攻めることができました」
「お二方からもそう言っていただけるとは。幸甚にございます」
「これからも頼むぞクラウス」
「は。アークロイ公の騎士としてこれからも領地を守れるよう精進させていただきます」
そうしてジーフ攻略が佳境に差し迫った頃、カルディ城方面ではナイゼル兵に捕まったルドルフが、ブラムの前まで引っ立てられていた。