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第125話 法王の聴聞

 クラウスがレイス城を巡ってスメドリーと静かな戦いを繰り広げている頃、ノアは法王の聴聞を受けるべく聖都サンクテロリアを訪れていた。


 聖都サンクテロリアはなるほど神聖教会の総本山というだけあって、壮麗な建物が立ち並んでいた。


 世界中の神聖教徒達からかき集められた富がこの街に運び込まれ、教会の権威を保つべくさらに荘厳な建築物が建てられているのだ。


 煌びやかな屋敷と整備された道路に感動する一方で、少しメイン道路を外れた路地裏に目を移せば痩せこけたみすぼらしい格好の子供が、物欲しそうにこちらを覗いている。


 激しい富の収奪によって成り立っている国や都市の例に漏れず、この聖都も貧富の格差が激しいようだった。


 もう一つ気づいたことがあった。


 それは聖都では思った以上に4聖の人気が高いということだ。


 4聖の銅像がまるで聖人と同列であるかのように扱われている。


 一方で、ノアに対する風当たりは良いとは言えなかった。


 役人に訪問を告げると、苦虫を噛み潰したような顔をされる。


 街の住人もノアの姿を見ると、ヒソヒソと噂し合う。


 ノアが4聖と仲が悪いことはすでに聖都中に広まっているのかもしれない。


 あるいはゼーテ奪還のための聖杖を利用しているという悪評が広まっているのかもしれなかった。


 100人のお供を連れて、セレスティア大聖堂にたどり着くと2人の門番が槍を交叉させてノアの行手を阻んだ。


 護衛達は殺気立って剣に手をかける。


 ノアは手をかざして、部下達を制止する。


「私はアークロイ公ノアだ。法王様からの聴聞を受けるためにここにきた。通してもらえるかな?」


「法王様よりお聞きしております」


「これより先はアークロイ公お一人で進むように」


「ふー。いいだろう。みんな近くで待っていてくれ」


 ノアは部下達を鎮めて近くの施設に(たむろ)させ、一人で大聖堂の中へと入ってゆく。




 大聖堂の内部は天界と見紛うほどの美しさだった。


 聖人を(かたど)ったステンドグラス、天地創造を模した壮大な絵画、金によって装飾された調度品、床には天体を思わせる幾何学模様。


 何もかもが豪華な聖堂を潜り抜けて、法王の間に入ると、法王がこれまた豪華な椅子に腰掛けていた。


 隣には眼鏡をかけた神経質そうな司教コルネリオが秘書のように佇んでいる。


 ノアが法王の前に跪くと、すかさず司教は説教してくる。


「まったくとんでもないことをしてくれましたね。アークロイ公ノア」


 司教は開口一番そう言った。


「あなたのおかげで我々がどれだけ大変な思いをしたかわかっているのですか?」


「コルネリオ様、私はゼーテ奪還の任務について聴聞を受けるために呼ばれたのだと思ったのですが?」


「ええ。ですから、ゼーテ奪還の件について。苦言を呈しているのです。その様子だと自分のしでかしたことについて何もわかっておられないようですね。あなたはゼーテを奪還すると嘯きながら、実際にはマギア地方のノルン公を巡る諍いを繰り広げるばかり。つまり聖なる杖と聖なる任務を利用して、領土拡大の野心を満たすことしか考えていない。そうでしょう?」


「お言葉ですが、コルネリオ様。マギア地方への進出は私の個人的な野心を満たすためではありません。ノルン公イングリッドの私の騎士になりたいという依頼を叶えるための行動であり、ナイゼルとの係争はナイゼル公子によるピアーゼ侵攻を誤魔化そうという邪な企てが原因であり……」


「私はそのような建前の話をしているのではないっ」


 机をドンッと叩く。


「問題はあなたの行動がどう見えているのかということです。聖杖を利用して領土的野心を満たす行動を連発している。それが聖都に住む市民から見たあなたの言動ですよ。神聖教会を都合よく利用して自分の利益にしている。これは神に対する冒涜ですよ。冒涜!」


「コルネリオよ。その辺りにしておきなさい」


 法王が宥めるように言った。


「アークロイ公よ。あなたの聖なる任務に対する怠慢は目に余るものがあります。聖なる任務を蔑ろにし、神の命令に背く者を神聖教会は見過ごすわけにはいきません。私は神の名の下にゼーテ奪還に失敗したあなたを破門しなければなりません。しかし……」


 法王はすっと人差し指を立ててかざした。


「もしあなたが態度を改めて心を入れ替えるのであれば、チャンスを与えましょう」


「チャンス?」


「神聖教会に寄付をするのです。その上であなたに名誉挽回のための新たな聖なる任務を与えましょう」


「新たな任務?」


「そう。エルセリア地方が魔族に侵攻されていて兵力が足りないそうです。即刻兵力を派遣するよう要請が来ています。アークロイ公よ。この聖なる任務につきなさい。それであなたは神の冒涜をやめ、改心したとみなされるでしょう」


「アークロイ公、本来貴様は破門にされても仕方のない身なのだぞ。破門に! それをこのように怠慢を不問にした上、神の(しもべ)として面目を保つための新たな任務も寄越してやろうというのだ」


(なるほど。これが神聖教会のやり方か)


 法王はそもそもゼーテ奪還ができるとは思っていなかった。


 誰かに責任を押し付けた上で、神に逆らったという汚名を着せる。


 そうして型に嵌めた上で、寄付という名目で領土と金を巻き上げた上、新たな任務を与え体面を保ってやる代わりに更なる賦役を課して教会のために働かせる。


 こうして信徒や領主を永遠に神のために働かせるというわけだ。


(なかなかヤクザだねー、法王様も)


「私は怠慢などしておりませんよ。これを見てください」


「これは?」


 ノアは聖城ゼーテの守備隊長のサインの入った支援物資受け取り書を法王に見せた。


「ゼーテ城守備隊長による救援物資受取書です」


「バカな。いったいどうやってゼーテに補給物資の運送など」


「それは企業秘密なのでお答えできません」


「しかし、おかしいではありませんか。ゼーテ城は未だ完全に包囲されているはず。水も漏らさぬ包囲を受けているゼーテ城に対して、いったいどうやって支援物資を補給することができるというのです?」


「では、逆にお聞きしますが、なぜ敵に完全に包囲された状態のゼーテが何の補給も受けられないまま、陥落せずに持ち堪えているのです?」


「……」


「アークロイ公、質問しているのはこっちです。神の御前では心のうちを正直かつ誠実に答えなさい」


「私は心のうちを正直かつ誠実に答えていますよ。全てを見通す神ならば、そのこともお分かりになっているはずです」


 ノアはしれっと答えた。


「えっ? それとも全知全能の神の力を疑うんですか?」


(このガキ、次から次へと屁理屈をペラペラと)


「アークロイ公、この聖都を訪れたのならあなたにも分かるでしょう? 4聖の信望がいかに高いものかを」


「ええ。私も彼らと直に話したことがあります。彼らの勇敢さと敬虔な信徒としての態度には私も恐れ入るばかりです」


(チッ。引っかからないか)


 ここでノアが4聖を悪し様にこき下ろそうものなら、聖都でのノアの評判は決定的に悪くなり、かなりの宗教的圧力をかけられる。


 というのが法王の算段だったが、上手くかわされた。


 法王はノアと4聖の仲がすこぶる悪いのをよく知っていた。


「では話は早い。この聴聞は4聖によって提起された疑義をもとに行なっているのです」


「なんと。それは驚きですね。彼らと上手く付き合っているつもりでしたが」


「4聖による神聖教会への素晴らしい貢献ぶりはあなたもご存知ですよね? 私としても彼らから疑義が出された以上何もしないというわけにはいかないのです」


「何か誤解があったのでしょう。私の方で彼らと話し合い、誤解を解いておきますよ」


(こいつ……しれっと言いやがって)


「アークロイ公、神聖教会にも体面というものがあります。それはお分かりですね?」


「ええ、重々承知しております」


「いつまでもゼーテ城に対して兵を起こさないあなたに聖杖を預けておくわけにはいきません。いつまでにゼーテ城に兵を派遣できるのか、期限を定めていただきましょう」


「すでにゼーテ城には救援の兵を差し向けてますよ(一人だけだけど)。この受取書が何よりの証拠です」


「……」


(なるほど。こいつはとんだ食わせ物だな。ユーベル大公が持て余すのもよくわかる)


 法王が次の言葉を探しあぐねていると……。


「法王様」


 ノアは急に怖い顔になってずいっと凄む。


「ゼーテはなんとしても解放しなければなりません。たとえどれだけ金をかけようとも、どれだけ期間をかけようとも、どれだけ人命を費やそうとも……です」


(なんやこいつ。こわっ)


「ゼーテはなんとしてでも解放する。よろしいですね?」


 結局、法王はそれ以上ノアを問い詰めることができず、とりあえずはお咎めなしで解放するほかなかった。




「いいのですか法王様。ノアを解放してしまって。あんな答弁。見え見えの時間稼ぎですよ」


 ノアが下がった後、コルネリオは改めて法王に食ってかかった。


「マギア地方とアークロイ地方なら破門されても凌ぎ切れるとタカを括って舐め腐っているに違いありませんよ。あの辺は我々の影響が及びにくいから。構うことはありません。破門してやりましょう。そうすれば、アークロイでも離反の動きは起きますし、マギアでもジーフとナイゼルが盛り返すはずです。そうなればあのガキも許しを乞うために法王様の足下に跪くはずですよ」


「まあ、もう少し様子を見てみましょう。あの筆跡、間違いなくゼーテの守備隊長のものです。どうやら連絡を取っているのは本当らしい。どうやっているのかは分かりませんが」


「詐欺に決まっています。あいつなら書類の偽造もやりかねないでしょう? 例えばもうすでにゼーテ城は落ちていて、守備隊長は魔軍の手に落ちており、アークロイ公は魔軍と結託して守備隊長のサイン入り書類を作らせているとか」


「そんなことをしても魔族には何のメリットもないでしょう。魔族とて10万の軍の補給線を維持するのには莫大なエネルギーがかかるのですから。ノアのためにゼーテ城を包囲しているふりを続けているとでも?」


「それは……それはその……ゴニョゴニョ」


「まあ、もう少し様子を見てみましょう。それに……」


(少し興味が出てきましたよ。あのノアという若造。どうやらただの血気盛んな武闘派というわけでもないらしい)


 ノアは一泊だけ聖都で過ごして、サンクテロリアを離れマギア地方へと戻る。

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― 新着の感想 ―
というか、救援物資が入っているのを疑うのなら、何故陥落しないのか、を考えるべし。 10万を倒さず、撤退させる。それこそがこの戦の重要な事。兵士の命を軽く見てる証拠じゃん。 補給さえどうにかなれば、…
法王がざまあされるのが今から楽しみですね!w
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