第124話 離間の計
アークロイ軍の食糧事情を悪化させることに失敗したスメドリーは、今度はクラウスとサリス軍を離間させることを企てる。
サリスの将と密通してみたところ、サリスの将も内心ではこの戦役と滞陣に不服なことが伺えた。
そこでスメドリーはサリスの将に離反を持ちかける。
その内容は以下のようなものだった。
レイス城の補給線に隙を作るから、クラウスに対してレイス城に包囲陣を敷くように進言する。
そしてそのうちにガラ空きになった陣地をサリス軍が乗っ取る。
そうして補給線を断てば、士気の低い同盟軍も続々降伏・離反し、孤立したクラウスも降伏を余儀なくされるだろう。
サリスとジーフは捕虜を手に入れた状態でアークロイ公と交渉することができ、戦後の交渉も有利に進めることができる。
サリスの将はこの提案に飛びつき、早速、本国も巻き込んで工作に動いた。
(よしよし。やはりサリスは不満を持っていたようだな)
これが上手くいけば、サリスを明確にジーフ陣営に引き込むことができる。
そうなれば隣接するアノン・ネーウェル・リマ・エンデも態度を変えることになるだろう。
ラスク城を圧迫すれば、オフィーリアも引き返さざるを得ない。
戦局は混迷を極め、再び難局となるだろう。
(さて、アークロイ軍のクラウスとやらはどう出るかな?)
スメドリーはレイス城の高見からクラウスの陣地を見遣る。
上手く口減らしに成功したクラウスだったが、戦況はまだまだ予断を許さなかった。
レイス城の兵士は2万5千。
一方で、クラウスの陣地は3万。
食糧の消費速度は、まだクラウス陣営の方がやや早い。
かといって、彼らの一部にでも帰陣を許せば、内心ジーフと事を構えたくない同盟軍はみんな帰りたがるに決まっていた。
同盟軍は一度、連帯が緩めば崩れるのは早い。
そういうわけで、食糧を確保しなければならないが、補給を催促しているにもかかわらず、サリス公国もラスク城も返事は鈍い。
ジーフは細いとはいえ補給線が生きている。
その上、ナイゼル兵士達は食糧を絞られているようだった。
偵察に向かった兵士からの報告によると、ナイゼル兵はげっそり痩せこけながらレイス城内でこき使われているという。
同盟軍の機嫌を取らねばならないクラウスには、そのようなことはできない。
(さて、どうしたものか)
そんな折、意外なところから、作戦が進言された。
サリスの将からだった。
レイス城を船で包囲して敵の補給を断とうと言うのだ。
「ナイゼル兵から武器を奪った今ならレイス城を包囲して敵を降伏に追い込むことができるはずです」
さらにサリスの将は続ける。
「実のところ、サリス魔法院はクラウス殿がレイス城を落とすつもりがあるのかどうか疑っている。援助が渋いのもそのためだ。ジーフに勝ったとしても、レイス城が落とせなければ我々サリスとしてはたまったものではない。ジーフの脅威を抱えたまま、恨みだけ買うことになるのだから。だが、レイス城が陥落したとなれば話は違う。クラウス殿がレイス城を攻囲して陥落させる態度を示せば、サリス本国としても援軍を派遣し、補給を本格化させる用意はあるとのことです。ナイゼルから奪った武器を使えば、新規に派遣された補給部隊を武装させることもできるでしょう。クラウス殿が攻囲してくれるのであれば、サリスの援軍がこの陣地の守りについてもいい。補給、陣地の守り、援軍への武具手配、すべて自分達が請け負いましょう」
クラウスはもっともなことだと思った。
サリスからすれば、レイス城を確実に落としてもらわなければ、危険だけ増すことになるだろう。
しかも、ちょうどタイミングを見計らったかのようにナイゼルからの密使がやってきて、内応を持ちかけてきた。
密使によると、スメドリー将軍の我々に対する仕打ちは余りにも酷い。
奴隷のようにこき使われたあげく食糧も満足に支給されない。
この上は、アークロイ軍に内応して、スメドリーに反旗を翻そうと思う。
3日後、スメドリーは大規模な補給船の派遣を行う予定である。
この船には物資を運ぶ人足としてナイゼル兵が多数乗り込む予定だ。
その際、襲ってもらえれば、船内で内応するから、船を奪って補給線を断ち包囲網を完成させてくれ。
クラウスは渡りに船と思う一方で、話が上手すぎるとも思った。
自分が仕掛ける時は、相手も何か仕掛けてこないか警戒するのが、謀略家としての心得だった。
定期的に伝令を届けてくるカラスを通じて、ドロシーにサリスの将とサリス魔法院、レイス城にいるナイゼルの将の内偵を依頼する。
ドロシーからは少し待って欲しいと返事がくる。
そうこうしているうちに、ナイゼル側から持ちかけられた内応の日がやってくる。
サリス始め、同盟5国はクラウスに船を襲い、レイス城の補給線を断つように迫った。
が、クラウスは慎重だった。
(我が軍の役割はあくまで敵の一部を引き付けること。主攻はオフィーリア様の部隊だ。ここは無理に攻めるような局面ではない!)
クラウスは夜陰、手下にこっそり船を燃やさせて出撃できないようにした。
怒ったサリスの将は、アノンら他5国の将らに対して、クラウスの不始末を詰り、反乱を起こすよう呼びかけた。
「奴は戦争をイタズラに長引かせようとしている」
「我々5国に負担だけ強いて弱体化させるつもりではないのか」
アノンら5国のクラウスに対する反感と不信感は強まり、スメドリーの離間工作は一定の成果をもたらした。
一方、ドロシーによる内偵は進んでいた。
ドロシーがカラスを使って、サリスの将とサリス魔法院、ナイゼルの将を監視したところすぐに離間工作の痕跡を突き止める。
ドロシーはクラウスにサリスの将の離反を警戒して、軽率な出撃は慎むように伝えた。
(やはり、サリスはスメドリーと裏で繋がっていたか。我らがレイス城を包囲した隙にガラ空きの陣地を奪うのが狙いか)
クラウスはドロシーにサリスの将を斬っていいか尋ねる。
ドロシーからは「もうちょい待って」と返事が返ってくる。
レイス城とクラウスの陣地ではジリジリとした時間が続いた。
どちらも時限爆弾を抱えながら、相手が失着を打つのを待っている。
局面が動いたのは、オフィーリアの担うファーウェル城方面からだった。
ファーウェル城方面のアークロイ軍は平地で戦えばオフィーリアが敵を蹴散らし、城を囲めばエルザが落としていく。
そうして、ファーウェル城、ベルク城、ノルド城を立ち所に落としていき、ジーフ城を攻囲するまでに迫った。
ここにきてドロシーはサリス魔法院に手紙を送った。
「なぜ貴殿らはいつまでも曖昧な態度を取り続け、クラウスの陣地に補給物資を送らないのか。オフィーリア本隊がジーフ城まで迫っているのに、いつまでもレイス城を攻略できないのは、貴殿らの責任である。アークロイ公はお怒りであるぞ! ジーフを攻略した暁には貴殿らの運命がどうなるか、分かっているだろうな?」
サリス魔法院は慌てて、ジーフに宣戦布告し、クラウスの陣地に補給物資を送る。
サリスの将は更迭され、新しい将が送られてきた。
戦後、このサリスの将はドロシーに敵と繋がった罪を問われ、処刑されることになる。
クラウスの陣地には補給物資が届き、逆にスメドリーのレイス城には本国からの補給物資が届かなくなった。
やがて水が引いてゆき、船がなくとも平地に軍を展開できるようになる。




