第123話 レイス城の不和
捕虜から解放されたナイゼルの将は、意気揚々とスメドリーに面会した。
これ見よがしに奪還したナイゼル軍旗も持って。
その上、自身の手柄を大袈裟に誇張することまでしてしまった。
「捕虜の身からいったいどうやって抜け出して来たのか。不思議にお思いのようですね。いいでしょう。聞かせてあげましょう。絶体絶命の危機を乗り越えられたのは、ひとえに我が知謀の成せる技でした。弁舌と機知、知略でもって巧みに敵将の思考と心理を操り、あたかも我々を解放した方が得であるかのように思わせて、敵に自ら牢獄の鍵を開けさせたのです。所詮はアークロイの田舎将軍。マギア地方の道理と軍規を話して聞かせてやれば、その道理と先進的なことに舌を巻いて、あっさりと私の交渉術に引っかかりましたよ。その甲斐あって見てください。こうして命よりも大事な軍旗も取り返すことができました。一滴の血も流すことなく、ただただ舌を回すだけで私は兵卒らと共にアークロイの陣から抜け出すことができたのです。残念ながら武具装備は取り上げられてしまいましたが、それについても後日、取り返す算段はついています。どうやら敵将は道理をもって正論を説けばあっさりと引き下がる、よく言えば物分かりのいい将軍、悪く言えば腑抜けのようですな。あともう少し揺さぶりをかければ同盟軍からも見放されてあっさりと撤退するでしょう。スメドリー将軍、勝てますよこの戦争」
スメドリーは激怒した。
「バカモン! それは敵の策略だ! お前はまんまと騙されて言いくるめられたのだ」
「えっ?」
常にないスメドリーの激しい形相にナイゼルの将はギョッとする。
「なぜ敵の陣地に居座り続けなかった。敵陣の食糧を食い潰すだけで労せずに勝てたものを! お前達が考えなしに戻ってきたせいで台無しだ! どうしてくれる!」
「えっ? な、何を言っているんです?」
「武器も持たず丸腰のまま帰ってきた役立たずどもが。敵は武器など返してくれんわ。お前達を穀潰しにしてこの城の食糧を奪うのが敵の狙いだ。お前達の食糧は誰が賄うことになる。部下共を湖に飛び込ませて口減しでもするつもりか?」
そこまで言われると、ようやくナイゼルの将も敵の策に嵌ったことに気づいた。
すっかり青ざめて、平身低頭スメドリーにぺこぺこと謝るばかりであった。
スメドリーはガミガミと説教した末に「武器も持たない裸の兵士どもが。食糧が欲しくば、せっせと下働きでもしておけ!」と言ってナイゼル兵達に掃除や給仕をさせて召使いのようにこき使った。
食事はその日の終わりに辛うじて最低限与えるだけで、自分達のやらかしと立場を骨の髄まで分からせる。
そうしてナイゼルの将は初めは申し訳なさそうにジーフ兵の間でヘコヘコと謙るものの、日を追うにつれてだんだん不満を覚えるようになってきた。
クラウスは平和を望んでいるし、自分達を解放し、武器を返還する約束までしてくれたのだから、その通りにしておけばいいのに。
スメドリーの仕打ちはあんまりではないか。
横柄なジーフ兵士に顎で使われる度、ナイゼル兵の不満は日に日に高まっていった。
スメドリーはナイゼルの将を手厳しく非難したものの内心では敵将に感心していた。
(まさかこうも上手く謀略をいなされるとはな。アークロイ軍はオフィーリアだけかと思っていたが、とんだ伏兵がいたもんだぜ。さてはコスモ講和会議とジーフ侵攻を進言したのもこいつだな)
スメドリーは将校達が不安そうにしているのを感じると、安心させるようにいつもの気さくな笑みを浮かべた。
「そう暗い顔をするでない。まだ戦いは始まったばかりだぞ」
「しかし、ナイゼルの援軍がすっかり無力化されてしまいました」
「やはりナイゼル軍を単独で行かせたのはまずかったのでは?」
「そう後ろ向きになるな。まったく成果がなかったわけでもないぜ」
「……と言いますと?」
「敵も補給で困っているのは明らかになった。サリスがまだ参戦に二の足を踏んでいることもな。それにあのナイゼル兵達もまだ使い道はあるぜ?」