第122話 謀略戦
水攻めによりナイゼル軍を首尾よく下し優勢に立ったかのように見えたクラウスだが、実際に捕虜1万人を抱えてみると、首を傾げることになった。
レイス城を水浸しにして孤立させるとともに城内環境を劣悪にする算段だったが、レイス城の周囲は水捌けがよく、期待したほど水位は上がらなかった。
敵陣は攻めるのが難しく、持久戦が続くことに変わりはなかった。
そうなってくると補給がものを言うが、ここで同盟軍とナイゼル軍1万人の捕虜が負担になってくる。
レイス城にいるジーフ軍が1万5千人であるのに対し、クラウスの陣地には同盟軍合わせて3万人とナイゼルの捕虜1万人。
単純な必要食料の数だけでみればクラウス側の負担はジーフ側に比べて2倍以上。
戦局は動かず、むしろ水浸しになり動きにくくなった戦場で、ジワジワと傷口が広がっていく。
(なるほど。これが敵将の狙いか)
おまけに折からの土砂降りで、補給が悪化していた。
タグルト河からラスク城までの間は、河川を遡るだけなので、ノルン海軍の力を使えば補給物資を運ぶなど造作もないことだが、ラスク城からクラウスの陣地までの道のりとなるとそう上手くはいかなかった。
荷物を雨から保護しなければならない上、荷車の車輪は泥濘に足を取られ、物資の運搬コストと手間は通常の倍以上かかった。
おまけにラスク城を守る将が事務処理をミスしたため、クラウスの陣地に届ける分の食糧までオフィーリアの前線に届けてしまった。
雨の日はルーシーの飛行能力も低下する。
頼りになるのはサリスからの補給のみだったが、サリスは何かと理由をつけて補給を滞らせていた。
とはいえ、いくら食糧が足りないからといって、ナイゼル兵の捕虜を虐殺するのはまずい。
マギア地方では古くから魔法院同士で捕虜の取り扱いについて取り決めがあり、殺戮は禁じられていた。
きちんと最低限の食糧も配給しなければならない。
だが、このままではレイス城より先に食料がなくなってしまい窮乏する。
そうなればアノンら5国の離反を招きかねない。
実際、すでに同盟軍の間では何やらクラウスのいないところで密談が盛んに行われているようだった。
全員でクラウスに対し撤退を進言するつもりだろう。
いたずらに彼らの要求を跳ね除けて、食料配分の義務を果たせず飢餓に陥れば、同盟軍の離反は止められなくなる。
彼らは元々ジーフ攻めに前向きではなかったのだ。
こっそりと船を出して、レイス城とやり取りを行っている形跡もある。
ジーフ軍と呼応して、反乱するつもりかもしれない。
(さて、どうしたものか)
敵将の策に上手く引っかかってしまった。
とはいえ、謀略値の高いクラウスだからこそ敵の謀略にかかったことに気づけるのである。
これが並の将であれば、戦果をあげたのに戦況が悪化したことに気付かず、なぜかジワジワと不利になっていくことに焦りを覚え、無理攻めからミスを連発してスメドリーに絡めとられるか、同盟軍の離反を招くなどして、自滅してしまうところであった。
不利を悟ったクラウスは、一計を案じた。
捕虜にしたナイゼルの将を呼び付けて、解放してやることにする。
クラウスはナイゼルの将に対して以下のように語りかけた。
「我々は決して貴殿らと戦いたいわけではないのだ。ジーフがノルンに攻め込んでくるから仕方なく防衛のために出陣したに過ぎない。もし、貴殿らがレイス城に帰ってくれるのなら、送還の船はこちらで出そう。貴殿らの体面を損ねないようナイゼルの軍旗も持って帰るといい。貴殿らが報復に来ないよう武器と魔石だけは取り上げるが、武器は奪われても軍旗は守り切ったとなれば、それでナイゼル公子への言い訳も立つだろう。もし、希望するなら戦争終結後、武器と魔石も貴殿らに返還しよう。ここに預かった武具と魔石のリストも控えているから持っていくがよい」
ナイゼルの将はこの思わぬ申し出に感動し、あっさりとクラウスの策に乗った。
「細々とした配慮かたじけない。このご恩は必ずやお返しします」
クラウスは船を出してやり、ナイゼル兵達をレイス城に送還した。
ジーフ軍の側でも同盟軍を追い返すわけにもいかず引き取るしかなかった。
スメドリーは武器を失って役に立たなくなった穀潰しの兵を抱える羽目になるのであった。




