第120話 海軍の殲滅
イングリッドはノルン艦隊の先頭に立って、霧の中、船を進めていた。
辺り一面真っ白な濃霧に覆われていて、ほとんど何も見えない。
船の前後でチカチカと定期的に灯るオレンジ色の魔法光だけを頼りに艦隊は霧の中を進んでいた。
この海域を知り尽くしているノルン艦隊だからできる芸当だった。
少しでも進路と進行速度が狂えば、暗礁に乗り上げたり、前後の船で衝突してしまい、大混乱に陥る。
イングリッドは頭の中にある海図と風の感触、背後から知らせてくるオレンジ色の信号、懐中時計の刻む数字だけを頼りに船を進めていく。
なるべく物音を立てないことも重要だ。
霧の突破を敵に読まれて待ち構えられれば、一隻ずつ各個撃破されて、一巻の終わりである。
ノルン艦隊は海流と風に乗って、敵の風と霧を操る魔法兵に気付かれないよう静かに進んだ。
やがて霧が晴れてきて、前方に停泊したナイゼル戦艦の姿がぼんやりと現れる。
イングリッドは後ろの船に信号をやり、舵を切るよう指示した。
船の上で防備に当たっていたナイゼル兵士達は、突然現れたノルン艦隊にギョッとした。
魔法の霧を出しておけば防御に充分だと思っていた彼らは、霧を突っ切ってきたノルン艦隊を前にただただ呆然としたり、慌てふためいたりするばかりだった。
イングリッドは敵の状態を把握すると、舵を切って背後の戦艦のために道を空ける。
いきなり砲撃を浴びせるのも一つの手であったが、敵の状態を見るに咄嗟のことに何も手が付かないようであった。
味方船への連絡や戦闘配備すらまともに取りかかれない。
味方がすべて霧を通り抜けるまでは大きな騒ぎは起こさず、敵の艦隊を射程に捉えながら待つことにした。
イングリッドは停泊している敵船の前を堂々と通り過ぎたが、敵艦はいまだに警笛も鳴らさなければ、戦闘準備もしない。
ノルン艦隊の出現地点から離れた場所にある船は、敵襲にすら気付いていない。
そればかりかバイオリンの音が聞こえてくる。
酒宴を催しているのかもしれない。
敵が慌てて戦闘準備に取り掛かったのは、ノルン艦隊がすべて霧を抜けてからのことである。
イングリッドは砲撃を命じた。
ナイゼル艦隊に横付けしたノルン艦隊から至近距離で砲撃が加わった。
ナイゼル艦隊の混乱ぶりは相当なものだった。
慌てて錨をあげて船を動かそうとするも、互いに互いの船体が邪魔をしあって、身動きが取れない。
イングリッドは炎魔法で燃やした火船を敵艦隊の中央に放つよう命じた。
また、砲弾も威力より焼夷性が高いものに換装されていたので、あちこちで火の手が上がった。
敵兵は戦闘や操船よりも消火作業に人員を割かねばならず、そのことは敵の混乱に拍車をかけることとなった。
ようやくナイゼル艦隊旗艦が全体の統率を取ろうとした時には、すでにイングリッドの船が横付けして、接舷戦に取り掛かろうとしているところだった。
ノルンの海兵隊、白兵部隊が続々とナイゼル艦に乗り移っていき、船の上を制圧していく。
イングリッド自身も魔法銃を手に持って艦橋から敵兵を狙撃していった。
戦闘が始まって1時間も経つ頃には、続々と降伏する船が現れ始める。
どうやらナイゼル軍の主力はほとんどが、上陸して出払っているようだった。
霧を突っ切っての奇襲、砲撃による損害、火魔法による撹乱、おまけに出払った人員不足の船に対して接舷戦まで仕掛けられては、なす術もなく降伏するほかなかった。
こうしてナイゼル艦隊を手中に収めたイングリッドは、ネーウェルの港に上陸して敵陸上部隊の殲滅に取り掛かった。
船からゴーレムを降ろすと、丘に配備し、引き返してくるであろうナイゼル上陸軍を待ち構える。
また、快速船をアノン、リマ、エンデ、サリスに送り、各国魔法院にナイゼル海軍を無力化したことを伝え、対ナイゼル・ジーフ同盟締結と、ナイゼル上陸部隊殲滅のための援軍を要請する。
ナイゼル艦隊は鎖に繋いで、ナイゼル艦の守備兵は独房に入れて鍵を閉めておく。
ネーウェル城を包囲していたナイゼル軍は、艦隊がノルン艦隊によってすべて無力化されたことを知り、慌てて引き返した。
しかし、その時にはすでにイングリッドの命により、ガラッドが上陸して万全の迎撃態勢を敷いていた。
勝負を挑むも、ノルン製の高性能ゴーレムによる重砲撃によって、あっさり撃退され、敗走を余儀なくされる。
船を失ったナイゼル上陸軍は、陸地で孤立し、駆け付けたアノン、リマ、エンデの援軍によって包囲殲滅される。
こうしてノルン艦隊はアークロイ軍の制海権を盤石なものとした。
アノン、ネーウェル、リマ、エンデはアークロイ公国と同盟を結び、ナイゼル・ジーフ同盟に対抗する。
これでアノンら5国のうちでアークロイと同盟を結んでいないのはサリスのみとなった。
この情報はすぐ様、ジーフに侵攻中のオフィーリアとクラウスに伝えられる。




