第119話 兵装の切り替え
ノアの命を受けてナイゼル海軍の動きを探っていたイングリッドは、複数の情報源からナイゼル海軍がノルン海軍との直接戦闘を避けて、アノンら5国の港を襲撃するつもりなのを嗅ぎつけた。
これまでノルン艦隊の役割は海上補給であり、襲いくる敵船を迎撃しておけばよかったが、港を襲われるとなればそれだけでは足りないかもしれない。
イングリッドはナイゼル海軍を壊滅させるべく船の装備と兵員を換装することをノアに進言した。
ゴーレムの砲弾も威力を落として、炎の魔石を詰め込んだ焼夷性の高いものに変える。
砲撃後の接舷戦で敵船を制圧できるよう、近接戦闘が得意な船員を多数配備する。
ノアはイングリッドによるこれらの提案を受け入れて、鑑定スキルで新たに海戦適性と近接戦闘適性の高い者を選抜し、海軍に編入した。
イングリッドは新兵に接舷戦の訓練を課し、鍛え上げた。
その一方で、哨戒船を絶え間なく出して海を監視し、ナイゼル艦隊が動きを見せ次第、いつでもノルン艦隊を出撃できるように準備した。
ノルンの哨戒網を潜り抜けるのが難しいと判断したナイゼル海軍は、陽動作戦をとることにした。
艦隊の一部をノルンに向けて発進させ、ノルンへ直接攻撃する気配を見せる。
そのうちに本隊はネーウェルの港に向けて進発する。
イングリッドはうっかりこの陽動に引っかかってしまい、艦隊を出撃させてしまう。
そうして囮の船団を瞬く間に拿捕すると、その船団がもたらされた情報よりも過小な戦力であることがすぐに分かる。
ナイゼルの陽動船団は、自軍が大規模に見えるように様々工夫を凝らしていたのだ。
イングリッドが船団の船長を尋問したところ、どうやらこの艦隊は囮であり、本隊はネーウェルに向けて侵攻していることが分かった。
イングリッドは拿捕した船団と捕虜をノルンへ送還すると、急いでネーウェルへと艦隊を進める。
ノルンの哨戒網を潜り抜けて、ネーウェルの港に辿り着いたナイゼル海軍は、港を制圧すると、すぐに部隊を上陸させて、ネーウェル城へと侵攻した。
ノルンと最も親交の深いネーウェルを屈服させて、他の4国もアークロイ陣営から離反させるのだ。
不意を突かれたネーウェルはナイゼル海軍の奇襲になす術もなく、防衛線を突破され、城に立て籠もることとなった。
ナイゼル軍はネーウェル城を包囲し、他の4国にもナイゼルと同盟を結ぶよう使者を送った。
同時にナイゼル艦隊の守備兵は上陸部隊がネーウェルを侵攻しているうち、船団がノルン艦隊の襲撃を受けないよう海上に魔法で霧を出現させる。
ナイゼル艦隊は濃霧によってその全貌を覆われ、海からは誰も容易に近づけないようになる。
イングリッドがノルン艦隊を率いてネーウェル港近海に訪れた時には、すでに濃い霧が海上全体に漂い、ナイゼル海軍を覆い隠している状態だった。
霧は海風に漂って霧散しながらも、新たに発生し続けている。
ナイゼル艦隊の守備に当たっている魔法兵が絶えず魔法で霧を発生させ続けているに違いなかった。
イングリッドはどうするべきか悩んだ。
取れる手段はいくつかある。
1つはこのまま敵の魔力が尽きて霧が晴れるのを待つこと。
もう1つは別の港から上陸して、アノンらと協力しながら敵の上陸軍を撃つこと。
ただ、どちらの方法もアークロイ艦隊の弱腰を見せてしまうこととなり、アノンらにも見くびられて、陸上の状況次第ではナイゼル陣営に靡かれてしまう恐れがあった。
また、海戦向けの兵士を集めたのに、敵の手に乗って陸上で戦いを仕掛けてしまうのもあまり賢明ではないように思えた。
そこでイングリッドは3つ目の手段を取ることにした。
艦隊で霧を突っ切り、敵艦に近接戦闘を仕掛けて、撃滅する。
そのために船員を近接戦闘仕様に切り替えたのだ。
ノルン艦隊は縦一列になって、霧の中に突入していった。