第118話 湖上の城
いよいよジーフ侵攻作戦が始まった。
オフィーリア率いるアークロイ軍3万が、ファーウェル城に向けて進発する。
同時にクラウス率いるアノン、ネーウェル、リマ、エンデ、サリス含めた同盟軍3万が、レイス城方面に向かって駒を進めた。
中でもクラウスのレイス方面侵攻にはいくつもの意味がある。
レイス城のジーフ軍1万5千を牽制すること。
ジーフとサリスを遮断すること。
そして、アノンら5国を巻き込み、ジーフ侵攻を容認させること。
レイス城に立て籠もるスメドリー率いるジーフ軍は、アノンら5国がアークロイの同盟軍としてジーフに攻め込んでいるのを見て驚愕する。
「これは……いったいどういうことだ?」
「アークロイはアノンら5国ともう同盟を結んだと言うのか?」
「バカな。アークロイ公は今、マギア地方を離れているはず。なぜこんなに速く動けるんだ」
ノアはマギア地方を離れており、アークロイ軍とアノンら5国はジーフの奇襲に対して即座に反応できないはず。
そのうちにノルンを攻め落としてしまおうというのが、ジーフ側の作戦だった。
スメドリーはその白髭を撫でながら、目を細めてクラウスの陣容を眺める。
「なるほどな。コスモの和約、きな臭いとは思っていたが、これが狙いだったってわけか」
「……と言いますと?」
「ルドルフをマギア地方に誘き寄せてナイゼル軍と戦わせる。そして、そのうちにアークロイはジーフを攻略する……ってわけだ」
「そんな……」
「では、我々はまんまと嵌められたと?」
(狙いはウチらジーフってわけか。やってるくれるじゃねぇか、アークロイ公。マギア地方を離れたのもわざとか。シャーフの拙速とウチの奇襲好きを見越してわざと隙を作った。チッ。この分じゃノルン方面も期待できねぇな)
「くそっ。どうすれば……」
「オフィーリアだけならともかく、アノンら5国もまとめて相手しなければならないとなれば……」
「我々はここに釘付けにされてしまいます。ファーウェル城方面はオフィーリアによって蹂躙されてしまいますよ」
「今すぐ、仕掛けましょう。オフィーリアのいない目の前のアークロイ軍であれば、我々にも勝機はあります」
「そう慌てんな、小童ども。急いては事を仕損じるって言うだろ?」
スメドリーはニヤッと笑ってみせる。
「レイス城は湖に囲まれた要害堅固な城。いかにノルン製のゴーレムを持っているといえども、落とすことはできん」
「しかし、このままでは……」
「我々は無事だとしても、ファーウェル方面が先に落とされてしまいますよ」
「安心せい。アークロイ軍はそう簡単にジーフに攻め入ることはできん」
「?」
「忘れたのか? もうすぐマギア地方は雨季だ。神速のオフィーリアといえども、進軍は遅れることになる。つまり持久戦になるってわけよ」
「そ、そうか。では……」
「おう、ジーフ名物。地獄の撤退戦術で、アークロイ軍を型に嵌められるってわけよ」
「おお。では……」
「ここを持ち堪えさえすれば……」
「加えて、同盟はまだ完成しておらん」
「?」
「まあ、見てな。むしろここに来てようやく謀略を仕掛けられる余地が出てきた」
(アークロイか。この世代ではナイゼルの鼻垂れが頭一つ抜けてると思っていたが、こんな奴がいたとはな。まったく、歳は取りたくないねぇ。こんな大器を見逃しちまうとは)
スメドリーは不敵な笑みを浮かべる。
(だが、まだ甘い。悪いが大成する前に潰させてもらうぜ、アークロイの若造)
「本国に伝達しろ。ノルン方面の軍を戻すように。ついでにナイゼルにも援軍を寄越すよう要請だ」
クラウスはレイス城から少し離れた丘に布陣していた。
(とりあえず、最初の目標、ジーフとサリスの遮断には成功したな)
サリスの兵士達は他の同盟軍と迂闊に接触できないよう、アークロイ兵とネーウェル兵によって隔離できる場所に陣地を置かせた。
スメドリーの読み通り同盟はまだ完成していない。
サリスは何かと反抗的な態度を取っているし、アノン、リマ、エンデも魔法院の承認待ちである。
クラウスは陣地からレイス城の方を見据えた。
湖に囲まれた城。
とてもではないが、ゴーレムを配置することはできない。速攻や攻囲を仕掛けるのは無謀だろう。
ジーフ軍にも動く気配はない。
(スメドリーは長期戦の構えか。2倍以上の兵力で攻められているというのに落ち着いたものだ。速攻で仕掛けてくれた方がやりやすかったが……。流石にそこまで甘くはないか)
となれば……クラウスの役目は1つ。
ドロシーが各国魔法院を調略して、同盟を正式に結び、各国軍がジーフ侵攻の承認を得るまでこの陣地を保持するしかない。
クラウスは空を見上げる。
すでに黒雲が垂れ込めて、大気にはマギア地方に特有の湿気が入り混じっていた。
地域住民によると、ここら一帯は水没してレイス城への行軍はますます厳しくなるという。
クラウスは長期戦を覚悟した。
船を集め、筏を組むように命じる。
同時に河の水を堰き止めておいて、堰を切ればレイス城を水攻めできるように準備しておく。
アークロイ公がマギア地方を離れた今がチャンス。
シャーフ率いるノルン方面ジーフ軍はそう考え、侵攻を開始した。
前回のノルン城攻略失敗は、アークロイ公指揮によるもの。
ノアが離れた今なら落とせる。
そうしてジーフ軍はノルン城に攻撃したが、実際には前回以上に緻密に構築された防御陣地によってなす術もなく、跳ね返された。
このことから、「前回、防衛指揮してたのもアークロイ公じゃないんじゃね?」と囁かれ始める。
ターニャの名がマギア地方全土に広まるのはこの戦役が終わってからのことだ。
結局、シャーフは城を包囲して持久戦の構えをとった。
海側の包囲はナイゼル海軍を頼ることになる。