第113話 将器の差
ヴァーノンが全軍でヨルムの後を追いかけると、すぐに囲い込むように周囲にナイゼル兵達が満ち始めた。
同時にヨルムの部隊を魔法の霧が覆い始めて、分断される。
(くそぉ。結局、敵の掌の上か)
パッ、パッと魔法陣が花火のように空中に浮かび上がったかと思うと、それに合わせてナイゼル兵達が集まり、ユーベル兵に纏まって襲いかかってくる。
魔法の発動を合図に襲いかかるよう訓練されているに違いなかった。
フェッツ村の方に向かっていたナイゼル兵も続々やってきて参戦する。
ユーベル軍はナイゼル兵によって完全に包囲されていた。
すぐに四方八方から矢と魔法が飛んできて、ヴァーノンの乗っていた馬に当たり、ヴァーノンは馬上から投げ出されて、地面に転がった。
即座によく訓練されたナイゼル兵に馬乗りにされて剣を突き立てられる。
坂を下るナイゼルのゴーレム兵を追いかけていたヨルムは、いつの間にか自分が濃い霧の中にいることに気づいた。
前後左右どこを見渡しても敵はおろか味方の姿すら見つけることができない。
そして突然、乗っている馬が興奮したかと思うと、暴走し始める。
この霧は幻惑魔法。
馬や人間に幻を見せる効果がある。
ヨルムはどれだけ手綱を引っ張っても馬が制御できなかった。
そのうち森の木の太い枝に頭を強か打ってしまい、落馬して地面に頭を打ちながら引き摺り回された挙句、岩に顔面を強打し額をかち割られてそのまま絶命した。
ルドルフのサブレ城攻略は難航していた。
というか、味方の混乱を鎮めるのに精一杯で何も進んでいなかった。
というのもルドルフ本人が失言してしまったためである。
「態勢を立て直すべきでは?」という進言に対して以下のように答えてしまったのだ。
「態勢を立て直す必要はない」
「損害は軽微である」
「戦況は依然としてこちらが優勢であり、敵は城に閉じ籠ったまま出てくることができない」
「すべて上手くいっており、何も動じる必要はない」
「サブレ城はあと数日で陥落するだろう」
ルドルフのこの発言に対する兵士達の反応は「ハァ!?」であった。
一般兵士だけでなく将校クラスにも離反する動きが見られた。
ルドルフは作戦立案能力はそこそこ高いのだが、生来言動が軽く失言が多いため、兵の心が離れていってしまうのであった。
イケイケの時は天にも昇りかねない調子のよさだが、窮地に陥った場合、どうしてもその将器のなさから軽薄なミスを連発してしまう。
離反の動きを見せる将校達を宥めるのに時間を使ったため、ルドルフはさらに数日を浪費してしまうのであった。
仕方なくルドルフは正面突破から作戦を切り替えることを約束した。
だが、サブレ城攻略について調べれば調べるほど、絶望的な事実が判明してくるばかりだった。
遅ればせながらゴーレムや魔石銃の研究を行ったのだが、そこで初めて魔石銃やゴーレムの弾丸に魔石が使われていることを突き止め、敵から火力を奪うにはタグルト河流域を通じて運ばれる船舶の運行を押さえなければならないことに気づいた。
しかし、そのためには河川の支配権を握らなければならない。
今から船を集めるにも、優秀な船乗りを揃えるにも相当の日数がかかってしまう。
ユーベル軍の補給の方が先に底をついてしまうだろう。
どうしようかと悩んでいる矢先にヴァーノンからの連絡がくる。
ダスカリア城のナイゼル軍に動きあり。
5万以上の軍勢が集結し、近く攻撃してくると思われる。
これ以上、押さえの軍で持ち堪えるのは難しい。
そこで不肖ヴァーノンは、退却して敵を誘き寄せる作戦を提案する。
我々はセルバノまで退却して、ナイゼル軍を誘き寄せるので、ルドルフ率いるユーベル軍本隊にもセルバノまできていただきたい。
その後、合流して、誘き寄せたナイゼル軍を一緒になって叩くことができれば、マギア地方の情勢は我々ユーベル軍に傾くだろう。
ルドルフはこれ幸いとヴァーノンからの提案に飛びついた。
今のルドルフにとって一番欲しいのは目先の勝利である。
自分のことを舐め腐っている魔法院の連中どもを武力で黙らせる。
それにはとにかくナイゼルかアークロイの軍に勝利してそれを喧伝するしかない。
わざわざナイゼルの方からその機会をくれたのだ。
ルドルフは急ぎサブレ城に少数の押さえを残して、ヴァーノンとの合流地点へと向かった。
セルバノまで辿り着いたルドルフは、フェッツ村の方から砲撃音が聞こえてくるのを確認した。
「あれは? ゴーレムの砲撃音か?」
(なぜあんなところから? 戦闘しているのか?)
数日前からヴァーノンからの連絡は途絶えていた。
フェッツ村は駆けつけるにはやや遠い。
(ええい。何が起こっているんだ。ヴァーノンとヨルムは何をやっている? まさかやられたのか?)
ゴーレムの砲撃音が聞こえたら、とりあえず急行して戦闘に参加するのがマギア地方での戦闘の鉄則だったが、ルドルフにはオフィーリアほどの統率力もなかったため、強行軍で駆けつけることもできない。
爪を噛んでしばらく決断できずに連絡を待つばかりだった。
やがて、ヴァーノン率いるダスカリア方面軍がナイゼル軍によって撃滅されたらしいことが伝わってくる。
ルドルフとしては、見過ごすわけにはいかない。
味方の仇を取るべく、そしてナイゼル軍を逃さないうちに、とにかく急いでフェッツ村へと全軍を率いて急行するのであった。
ヴァーノン率いるユーベル軍別働隊を首尾よく撃滅したブラムは、首実検と戦利品、捕虜をまとめると、フェッツ村近くの湖に向かって移動した。
すると、数日経ってからルドルフ率いるユーベル軍本隊がノコノコとやってきた。
(ようやくお出ましかルドルフ。まあ、当然逃げられないよな)
ルドルフとしてはもう後がないはずだった。
ブラムは広々と水を湛えている湖の脇に布陣した。
ルドルフも受けて立つ。
こうしてフェッツ村近郊でナイゼル軍4万とユーベル軍2万5千が激突するフェッツの戦いが幕を開けた。