第111話 サブレ城攻防戦
サブレ城に接近するユーベル軍は見慣れぬ防御陣地に首を傾げる。
ルドルフは哄笑した。
「ははは。なんだあの防御陣地は。あんな浅い堀と低い土塁では踏み越えるのに大した障害にもならんだろ。アークロイ軍は防御陣地の組み方も知らないと見える。梯子を用意しろ。櫓を組め。今日のうちに踏み越えるぞ」
ユーベル軍は柵を設置して敵からの奇襲を避けつつ、梯子と櫓を組み上げ、攻略の準備を進めていく。
ランバートは城の上からユーベル陣営の様子を眺めていた。
事前の偵察から敵軍の数は3万と聞いていたが、どうやらその報告に狂いはなさそうだった。
城を出た時は5万の兵力だったはずだから、残り2万は別方面に向かったとみられる。
おそらくナイゼル軍の方へと。
カルディ城には2万の軍が足止めされているから、すでにユーベル軍は三正面作戦を強いられていることになる。
(こうも簡単に敵軍を三方面に分けてしまうとは。ドロシー殿の外交、謀略は上手くいったということか。なんとも凄まじい)
ノアの家臣は皆、化け物のような天才・鬼才ばかりだった。
ランバートのような凡人はついて行くのがやっとである。
(だが、城を守ることに関してなら。この私でもそうそう負けることはないぞ)
アークロイでは築城に関して並ぶ者はいなかったし、このマギア地方に来てもその自信は揺るぎないものとなった。
(いや、一人だけいたな)
ノルン城を守り切ったターニャ。
ノアから彼女の書いた設計図を見せられた時は思わず唸ってしまったものだ。
火砲と魔石銃を活かす最善の防御陣地。
ランバートが頭の中で朧げながら描いていたものそのものだった。
ただ、すぐにランバートはその仕組みを理解してサブレ城の防御陣地に応用した。
ノアからサブレ城で戦いが起こるから準備しておけと言われ、講和が有効な間もせっせと穴を掘り土を盛って通路を繋げていたのだ。
改めてルドルフの陣営を眺める。
櫓と梯子を使った古典的な攻城方法。
確かにマギア地方でなければお手本と言ってもいい有効な方法だろう。
(だが、魔石が大量に手に入り、補給を滞りなく受けることのできるこのマギア地方においては、通用しませんぞ、ルドルフ殿)
ランバートは櫓の侵攻してくると思われる地点にゴーレムを移動させるよう命じた。
ルドルフは正面から土塁を突破してくるつもりだ。
(ルドルフ様といえば、ノア様の兄上にしてユーベル第三公子。並ぶ者のいない高貴な家柄だが、これも戦乱の世の習い。手加減はしませんぞ)
「よし。ゴーレムを起動させろ」
ユーベル軍の突撃準備が完了したのを見て、ランバートは命じた。
ゴーレムはガションガションと足音を立てながら、土塁の上に登ってその姿を見せる。
目のいいユーベル兵は土塁の上に立っているメタリックな人形を見て「なんだあれは?」と思わず凝視してしまうのであった。
梯子と櫓を組み上げたルドルフは突撃の命令を下した。
「かかれ」
まず歩兵が進み、次いで騎兵が付いていき、その後ろから櫓が進んでいって、上空から土塁の向こう側に籠っている兵士を射撃しようとする。
やや慌ただしいものの、なかなか様になっている突撃だった。
マギア地方の外でなら。
「撃て」
ランバートが命じるとゴーレムから砲弾が放たれて、ユーベル軍の後詰めおよび櫓に向かって砲撃が加えられる。
見慣れぬ遠距離攻撃にそれだけでユーベル軍の後詰めは大混乱し、泡を食って逃げ出す者もいるほどだった。
櫓を押している人間も逃げ惑う兵士に釣られて持ち場を離れてしまう。
2度目の砲撃がくると櫓にも直撃して、せっかく組み上げた骨組みが一撃で木っ端微塵に粉砕されてしまうばかりか、倒れた櫓の骨組みが味方に降りかかる。
前衛を務める歩兵達も悲惨であった。
塹壕から頭だけ出した銃兵によって突撃しているところに集中射撃を受ける。
射程のはるか遠くから射撃されて何が何だか分からないうちからバタバタと兵士達は倒れていく。
ルドルフにも兵士達にも何が起こっているのか一向に分からない。
アークロイ側の銃撃の嵐を掻い潜ってどうにか塹壕まで辿り着いた数少ない兵士達も、塹壕に飛び込もうとした途端、ワイヤーのようなものに引っかかったかと思うと火がつき出す。
炎の魔石を使った魔法、蛇炎を応用した炎の防衛線である。
こうしてユーベル軍の一度目の総攻撃は、多数の被害を出したにもかかわらず、一つも防衛線を超えることなく、ゴーレムと魔石銃、炎線によってことごとく跳ね返されるのであった。
ユーベル軍兵士達は先を争うようにして自分達の陣地に逃げ帰る。




