第109話 配置換え
知将クラウスはバーボン城で日課となっている警備の見回りを行なっていた。
ノアがノルンの魔法院で政争を繰り広げ、オフィーリアがタグルト河流域でナイゼル・ジーフ相手に大立ち回りをし、ドロシーがコスモ城講和会議で暗躍し、ルドルフがカルディで苦しんでいる間、彼はずっとバーボン領にてバーボン城の守り、魔法院との中継ぎ、後方支援を担当していた。
(やれやれ。信用されてるんだか、されてないんだか)
バーボン城はマギア地方とアークロイ地方を繋ぐ結節点に当たるため、その守りは重要な役割ではあったが、前線でアークロイ勢が華々しい活躍をしている中、後方支援に甘んじているのは歯痒さを禁じえなかった。
とはいえ、この任務をできるのは自分しかいないのもよく分かっていた。
外交に統率、武略、謀略とバランスよく優れたクラウスは、バーボン城を守りつつ、魔法院との緊張も回避し、アークロイから前線に兵士・兵糧を供給する任務にはうってつけなのである。
事実、彼はこれらの任務を無難にこなしており、バーボン魔法院からの評判も上々だった。
(まあ、元々、私はアークロイ公にとって敵将。地道に役割をこなして信頼を得ていくしかないな)
クラウスは今日も今日とて、趣味の煙管を吸い、物足りない日々を慰めるのであった。
が、転機はすぐに訪れた。
伝令兵がやってくる。
「クラウス様、アークロイ公がお呼びです」
「アークロイ公が? オフィーリア様への定期報告は済ませてあるはずだが?」
「アークロイ公による直々のお呼び出しです。どうもランバート様ほか主だった諸将すべてアークロイ公の御前に集まるよう指令が出ているようです」
(主だった諸将すべて。また大規模な戦争が始まるということか)
数日前、ノルンから旗艦アークロイ号がバーボンに停泊していた。
おそらくノルン公もお呼ばれしているのだろう。
(コスモの和約。あれはいずれ破られるだろうとは思っていたが……。思ったよりも速かったな)
「わかった。すぐに伺おう」
(この情勢。ユーベル第三公子を排除するだけでは済むまい。おそらくマギアの新秩序確立のため、大規模な再編計画を視野に入れた作戦を立案されるのであろう。ジーフ・ナイゼルとも再び戦闘が起こるやもしれんな)
だが、ノアから告げられた構想はクラウスの予想を超えるものだった。
「ジーフを潰す」
会議室にいる者は皆、息を呑んだ。
誰もがノアの思いも寄らない宣言に思考が追いつかない。
「ちょ、ちょっと待って」
イングリッドが慌てて口を挟んだ。
「今はジーフよりもユーベルへの対処の方が喫緊の課題なんじゃないの? カルディにいるルドルフがもうすぐ暴発しそうなんでしょ?」
「ルドルフはナイゼルの注意を逸せるための囮にすぎん。ナイゼルがユーベル軍に食い付いている隙にジーフを攻略する。そのためにコスモの和約を結んだのだ」
イングリッドは絶句する。
「舞台は整った。今こそアークロイの総力を結集して、ジーフを叩く」
(マギア地方にきてまだ半年も経っていないというのに。マギアの雄ジーフを滅ぼすとは。アークロイ公の激しきことよ)
クラウスはノアのアークロイ時代の荒々しさを思い出した。
あの時もしばらく内政に手を入れて大人しくなっているかと思ったら、奇襲された途端、突如目覚めたように3国すべてに逆襲を始め、クラウスの謀略を読み切った上で3つの国を同時に相手し、尽く薙ぎ倒した。
「そして今日、法王から手紙が届いた」
ノアは書状を掲げてみせる。
「ゼーテ城解放の任務怠慢について問い糺したいということだ。おそらくナイゼル・ジーフ陣営の謀略だと思われる。ドロシーによれば4聖がナイゼル陣営に合流したそうだ」
(4聖。奴らがナイゼルに)
オフィーリアとエルザは諸侯会議での屈辱を思い出し、闘志を激らせる。
「敵の思惑としては、俺がマギア地方を離れている間に奇襲を成功させて戦局を有利に進めるつもりだろう。そこでこちらはあえて敵の思惑に乗り、敵に攻撃させ、これを口実に一気にジーフを攻め滅ぼそうと思う。そこで俺がいない間でもジーフ攻略を遂行できるよう配置換えを行い、諸君には新たな役割を与える。まずはオフィーリア、ジーフ攻略の手筈について皆に教えてやってくれ」
「は」
オフィーリアは作戦地図を広げる。
「ジーフ城への侵攻路は主に3つ。ノルン城からの道、ラスク城からの道。ラスク城からはファーウェル城方面とレイス城方面に分かれます。ファーウェル城方面はなだらかですが、城3つを突破しなければならない遠い道です。一方、レイス城方面は城1つ落とせば、ジーフ城まですぐそこの近い道。しかし、レイス城は難攻不落。この城は周囲を湖に囲まれており、火砲付きゴーレムを近づけることもままなりません。また、もうすぐ訪れる雨季には増水して周囲一帯を水浸しにし、攻略はますます困難になると予想されます」
「更に言えば、レイス城はサリス公国とも近い。サリスは同盟5国の中でもジーフ公国との誼が強い国じゃ」
ドロシーが捕捉した。
「サリスとの外交関係に配慮しながら、城攻めすることが求められる」
(外交……か)
クラウスはレイス城方面を見ながら考える。
「全員戦況図は頭に叩き込んだか? よし。それじゃあ実際の配置と役割を指示していくぞ。まず、緒戦は海からだ。イングリッドは敵海軍の出方を窺い、対応すること。敵海軍を無力化した後は海路の補給線を維持」
ノアがそう言うとオフィーリアはムッとして、すかさず異議を挟む。
「ノア様。お言葉ですが、アークロイ陸軍の力をもってすれば……」
「オフィーリア。君が家中で最も俺に対して忠誠心を捧げているのはよく分かっている」
「……」
「それを踏まえて君には別の役割を振りたいと思っているんだ」
そう言うとオフィーリアは溜飲を下ろしたようにため息を吐いた。
「ふー。ま、いいでしょう。緒戦はノルン公に譲ることとしましょう」
「次にファーウェル城方面。ここはオフィーリアに担当してもらう。海での戦いが落ち着き次第侵攻を始めること。今回はこのファーウェル城方面を主攻とする。城3つを攻略してジーフを降伏に追い込むこと」
「かしこまりました」
(ナイゼルがルドルフに注力しているうちに城3つを落として、ジーフを降伏させるか。速さも求められるな)
「ノルン公は海軍でもってオフィーリアの支援だ」
すると今度はイングリッドがムッとして異議を挟む。
「アークロイ公、お言葉ですが我がノルンの海軍をもってすれば、支援だけでなく主攻を担うことも……」
「ノルン公、君が俺の役に立ちたがっているのはよく分かっている」
「……」
「ジーフ公を倒した後も君には役割が残っている。それを踏まえて今回は支援に回って欲しいと言っているのだ」
「ふー。ま、そういうことなら分かったわ。主攻は騎士オフィーリアに委ねましょう」
「騎士ランバート。君はサブレ城の守りだ。サブレ城でブラム・フォン・ナイゼルを押さえ込むこと」
「ブラムを!?」
「サブレ城には今後、ルドルフが攻めてくることが予想される。そして、それを撃退した後はナイゼル軍、おそらくブラムが攻めてくる。アークロイ本軍がジーフを攻略している間、ランバートはサブレ城を死守すること」
(一瞬とはいえ、平面のスピードでオフィーリア司令を上回ったあの男から城を死守……。それもユーベル第三公子との連戦)
相当タフな防衛戦になることは間違いなかった。
「ランバート、ブラムが平面での勝負を仕掛けてきたらどうする?」
「平面での勝負には応じず、高さで勝負します」
「よし。それでいい。頼んだぜ」
ノアはランバートの肩をバシッと叩いた。
「は。全力で守り切ります」
(ランバートはブラムの押さえか。随分、差をつけられてしまったな)
クラウスはため息を吐かざるを得ない。
「そして最後に最も難しい判断を迫られるレイス城方面についてだが……これはクラウス、君に担当してもらいたい」
(!? 私がレイス城方面の攻撃を?)