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第107話 種明かし

 ナイゼル軍は慌ただしくカルディ周辺の城に集結していた。


 カルディ城のユーベル軍がいよいよ痺れを切らしそうだ。


 ユーベルとナイゼルの間で大規模な戦争が起こるだろう。


 そうして軍を指揮するブラムだが、ダーミッシュの会合で感じた違和感が拭えずにいた。


 あの後、ブラムはどうにかコスモ城講和会議の様子をベルナルドから聞き出そうと色々探りを入れたが、やはりあまり詳しくは教えてくれなかった。


 だが、コスモ城に来ていたアークロイ公の特使と調略した外交官がどちらも女であることはどうにか突き止めた。


(この女はおそらく同一人物だ。スメドリー(エロジジイ)の言う通り、確かに何かがおかしい。普通、こんな動きをするか? 元々、ルドルフに講和の調停を泣き付いたのは兄上だぞ。アークロイ陣営からすれば兄上は一番信用できない人間のはず。それなのに兄上に近づいて共同戦線を持ちかけるなんて。女は講和会議の結果を初めから知っていた? じゃあ、女はルドルフと繋がってるのか? いや、それもおかしい。だったらなんでこんな風にルドルフを追い詰めるように動くんだ?)


 さまざま推測するものの、どの説も矛盾と反論があり、あと一歩辻褄が合わなかった。


(くそ。分からねえ。あと少しですべてが繋がりそうなのに。肝心な部分が見えない。女が鍵を握ってるのは間違いないんだが……。いったい何が狙いなんだ?)


「ブラム様」


 部下に声をかけられてブラムはハッとする。


「出兵の準備完了いたしました」


「ああ、今行く」


(今は目の前の相手に集中だ。ルドルフに負けてナイゼルを潰されたら元も子もねーぞ)


 ブラムはナイゼル城を発って、戦場予定地へと向かった。




 ルドルフはカルディ城から集結したユーベル軍兵士達を見下ろしていた。


 彼は今からまったく大義もなく勝ち目も薄い戦争へと彼らを駆り立てなければならなかった。


 ルドルフは目をつぶって1つ深呼吸すると、演説を始めた。


「兵士達よ。聞け。なぜ諸君らはこのように苦しんでいるのか。なぜ正義の使者として訪れた我らが飢えと反乱に苦しみ、汚名を着せられることになってしまったのか。答えは1つしかない。敵の策略だ! 我々の足下を脅かすカルディ領民の反乱。これはアークロイとナイゼルの陰謀である。この2国はコスモの和約を結び、我々に恭順するふりをしながら、実際にはマギア地方に誘き出して騙し討ちしようとしているのだ。なんたる裏切り。なんたる恩知らず。戦争に負けそうだから助けて欲しいと泣きついてきたのは誰だ。ナイゼル公子ベルナルドだ! 自らの力を制御できず暴走させていたのをこの私によって嗜められ、理性を取り戻したのは誰だ。アークロイ公ノアだ! にもかかわらずこの忘恩の徒共はこうして我々が窮状を訴えても助けを寄越さないどころか、各国魔法院による私への非難決議を黙認し、事実上反乱軍を支援している。これはコスモの和約への明らかな背反行為。コスモの和約は破られたのだ。よってここに私ルドルフ・フォン・ユーベルは、アークロイとナイゼルの2国に宣戦布告する!」


 この声明に対するマギア地方の人々の反応は一言で言えば「ハァ!?」であった。


 カルディで反乱が起こったのは、クーニグが魔法院を閉鎖したからだし、最初にカルディで乱暴狼藉を働いたのはユーベル軍。


 その原因を作った過剰人員もルドルフの失政である。


 ゆえにカルディの反乱はルドルフの責任であり、アークロイ公の陰謀ではない、というのが、マギア地方の人々の見方だった。


 ルドルフのこの演説は、マギア地方の魔法院文化への挑戦とみなされ、人々はルドルフに失望した。


 アノンではルドルフの銅像が撤去され、マギア地方の反ルドルフ感情は頂点に達した。


 ノアとドロシーだけ、当たらずとも遠からずなルドルフの陰謀論にちょっとだけドキリとした。


 こうしてコスモの和約は他でもないその提起者であるルドルフによって破られた。


 ユーベル軍はカルディ城を出発し、サブレ城へと侵攻した。


 サブレ城へ行くためにはナイゼル領を通過しなければならない。




 ノアが本拠地を置くバーボン城では、久しぶりにメイド姿になったオフィーリアがノアとの一時(ひととき)を過ごしていた。


 マギア地方に来てからはノアと離れ離れになって、戦地を転々とする毎日だったが、久々の穏やかな日々だった。


 ノアの好きな銘柄の紅茶を淹れて、彼がその(かぐわ)しい香りを堪能している姿に癒される。


 ノアもノアで久しぶりにオフィーリアの美しい立ち姿と柔らかい笑みを堪能して優雅な一時を過ごせていた。


 今夜は久しぶりに2人で過ごすことができるだろう。


 ノアがオフィーリアをウットリと眺めていると、彼女はイタズラっぽい笑みを浮かべた。


「久しぶりに膝枕しながら本を読んで差し上げましょうか?」


「俺としては久しぶりに虎の鳴き声が聞きたいな」


 そう言うと、オフィーリアはかあっと頬を赤らめて、お盆で顔を隠す。


「もう。ノア様ったら」


 そんな穏やかな空間に無邪気に乱入してくる者が1人。


「おにーちゃーん」


 ドロシーが扉を開いて入ってくる。


 そのあどけない仕草は実年齢よりも5、6歳幼く見えた。


「あのね。いい情報を持ってきたよ」


「おー。いい子だなドロシーは」


「えへへ」


 ノアはドロシーの頭を撫でてやる。


「それで? どんな情報を持ち帰ってきたんだ?」


「あのね。あのね」


 ドロシーはノアの耳元でこしょこしょと囁く。


 その様を見て、オフィーリアはほっぺを膨らませる。


(むぅ。ドロシーめ。まだ妹モードが解けないのか。裏で何をコソコソやっているんだ。ノア様もノア様だ。そろそろ教えてくださってもいいのに)


 ノアはオフィーリアがほっぺを膨らませているのに気付いて苦笑する。


「分かったよ。そうだな。そろそろ今回の謀略の種明かしをしよう」


 ノアはオフィーリアとドロシー以外の人間を退室させた。




「今回の謀略の狙いは単純明快だ。それはユーベルとナイゼルを仲違いさせること。そして両国が戦っている間にジーフを攻略することだ」


(!? 狙いはジーフだったのか)


「蓋を開けてみればなんてことはない。ジーフの国力は城7つ。一方でアークロイは城9つと同盟国5つで合計城14分の国力。サシでやり合えば、およそ2倍の国力で圧倒できるというわけだ。そのために、ルドルフには踊ってもらった。上手く食い付いてくれたよ」


 ノアはマギア地方分割統治案をオフィーリアに見せる。


「なるほど。しかし、あのナイゼル公子ベルナルドがそう簡単にルドルフと戦ってくれるのでしょうか。ルドルフと手を組み、サブレ城に侵攻するという線もあり得るのでは?」


「すでに奴はドロシーが調略済みだ。今ではベルナルドにとって一番の憎っくき敵はユーベル軍とルドルフだ。裏では不戦条約を結び、共同戦線を張ることになっている」


「もうすでにそこまで進んでいたとは。おみそれいたしました」


(そういうことだったのか。しかし、あの3国が拮抗し、ユーベルが介入しようとしていた複雑な情勢化でこれだけの筋書きを瞬時に用意できるとは。しかも、ノア様がほとんど動かずにここまでお膳立てしている。ドロシー、やはり謀略と外交に関しては家中でも随一か)


「狙い通りナイゼルの注意をユーベル軍に向けることができた。問題はルドルフが思ったよりも速くダメになりそうなことだ。あの野郎まさか魔法院まで閉鎖するとは」


「確かに。この作戦ではルドルフにあまりにも速く退場されるのも困りものですね」


(かと言って、ルドルフを援助するのは悪手……か)


 ルドルフはすでにマギア地方の魔法院ほとんどすべてから憎まれている。


 ここでルドルフを(たす)ければせっかく傾いているノアへの信望、アノンら5国との同盟関係を崩すことになってしまいかねない。


「急いでジーフを攻略する必要がありますね」


「だが、大義名分が必要だ」


 コスモの和約が破られたたとはいえ、何の理由もなしにジーフに攻め込めば流石に異論が噴出しかねない。


 しかし、程なくしてジーフとの戦争を開始する絶好のきっかけは向こうの方からやって来てくれた。


 4聖のマギア地方参戦である。

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