第104話 馬車での密談
クーニグによるカルディ魔法院を軽視する態度は止まることを知らなかった。
カルディ魔法院はナイゼルとの緊張が高まっていること、カルディ領内でユーベル軍への不満が高まっていることから、クーニグに緊張緩和の外交政策をとり、カルディに進駐しているユーベル軍の人員を削減するよう勧告した。
が、クーニグはそれらを全て無視して、カルディ魔法院を閉鎖した。
また、それに対して抗議した上級騎士達も牢屋に投獄した。
一方でルドルフの命令通り、サブレ城への進軍準備も進めなければならない。
クーニグはカルディ領民に兵糧を供出するよう命じた。
しかし、カルディ魔法院によって施された独自の税制と連携することができず、結果的に二重に税を取り立てることとなってしまった。
カルディの各地で領民達は反乱を起こした。
徴税に訪れたユーベル兵を襲い、逆に装備を奪って野山や森林に立てこもった。
クーニグは反乱軍を鎮圧しようと兵を差し向けたが、カルディの土地勘に明るくないユーベル兵達は、地元民に翻弄されて兵糧の調達もままならない。
ベルナルドは裏でカルディの魔法院と連絡を取りカルディ領民の反乱を支援した。
当然ながら、魔法院はこれをクーニグに知らせずに見て見ぬふりした。
反乱は日に日に勢いを増してゆき、すでに10以上の村落で火の手が上がっていた。
困り果てたクーニグは、ルドルフに援軍を要請した。
ルドルフはこれ幸いとばかりに4万の兵を引き連れて、河を渡り、カルディへと向かう。
マギア地方の人々はそれを見て、「これはダメだ」と思った。
ルドルフに事態を収拾する気はサラサラなく、むしろ問題を悪化させるつもりとしか思えなかった。
マギア地方の人々は、長年大国から狙われ続けた経験から、外交的にスレていて、こういった大国の野心を見抜くのに長けていた。
アノンら5国はますますアークロイ公に接近し、ナイゼルとジーフは軍事と外交の高官が頻繁に接触するようになる。
ナイゼル公子ベルナルドはユーベル軍の動きを警戒して、カルディ城付近の拠点に軍勢を集めるよう指示した。
(おのれルドルフ。あの講和会議はマギア地方の平和のためと言いながら、その実、マギア地方に軍事介入するための口実だったのだな)
思い出されるのは、コスモ講和会議の直後のこと。
ベルナルドがコスモの和約に甚だ遺憾な思いで馬車に乗り込もうとすると、見慣れぬ貴婦人が駆け寄ってきた。
「お待ちになって。乗せてくださいまし」
ベルナルドは断ったが、貴婦人は食い下がった。
「今日中にカルディまで行かなければならないんです。用意していた馬車がダメになってしまって。どうか乗せてください」
ベルナルドは迷惑そうにしたが、その貴婦人はいかにも身分の高そうな貴婦人だった。
せっかくルドルフのおかげで仮初といえども一時的な平和を獲得したのに、ユーベル領内の高貴な婦人を無碍に扱ってルドルフとの仲が険悪になっては元も子もない。
やむなくベルナルドは彼女を馬車に相乗りさせた。
しかし、貴婦人がウィッグを取ると、そこに現れたのはドロシーだった。
ベルナルドはギョッとする。
「このような形で会談の場を設けてしまい申し訳ありません。何分、秘密の話をしたかったものでお許しください」
ベルナルドは顔を引き攣らせながら、ドロシーを引き摺り下ろせと叫びそうになったが、すんでのところで堪えた。
ここでアークロイと険悪になってはやはりせっかくの和平交渉が元も子もなくなる。
ベルナルドは「困りますよ。このような形で接触されては。私にも立場というものがあるのですから」と釘を刺すに止めて、次の中継地点までという約束でドロシーの同乗を許した。
ドロシーは同乗を許されると、声をひそめて話しかけてきた。
「どう思います? 先ほどの講和会議」
「途中から割って入ってきて、あまりにも一方的だと思いませんか? マギア地方の事情を何も知らないくせに」
「こんな和平案じゃ、いつまでも平和は長続きしませんよ」
「こんな条件我が主君にどう報告しろって言うんですか。私も今から気が重いですよ。アークロイ公にこっぴどく叱られるのは確実です。同僚達からも総スカンくらいますよ」
ナイゼル公子はドロシーの話を聞きながら、相手の腹の中を探ろうとした。
いったいこのアークロイ公の家来は、どういう目的でこのように強引な方法で接触してきたのか。
「このまま帰れば、私はアークロイ公によって降格処分を受けてしまいます。そこで、ナイゼル公子、ものは相談なのですが、カルディ城に進駐してくるユーベル軍に対して共同戦線を張りませんか?」
ベルナルドはギョッとする。
「私が思うに今回の和平案、マギア地方の平和と安定のためと言いながら、その実、ユーベルの軍事介入が目的だと思うんですよ」
ベルナルドはまたしてもギョッとする。
(ルドルフはカルディに飽き足らず更にマギアの奥深くまで進出する気だというのか?)
だが、言われてみれば確かにルドルフの考えそうなことではある。
「もし、ナイゼル公子がカルディに対して共同戦線を張ってくださるなら、我々もこれ以上ナイゼル領に侵攻はせず、サブレ城には最低限の人数のみを残して、引き上げることをお約束します」
「なっ、ふざけるなよ。信じられるとでも思うのか。我々はこれまで君達アークロイ勢に散々してやられてきたというのに!」
「ナイゼル公子、私の立場にもなってみてくださいよ。今回の講和会議で一番損をしているのは我々ですよ」
ドロシーはしょんぼりしながら言った。
「こんな講和条件持って帰った日には私は針の筵に座らされるようなものです。アークロイ公からもどのような罰を言い渡されるか、わかったものではありませんよ」
「……」
「ここは一つ。私を助けると思って共同戦線を見越した秘密の同盟を結んでいただけませんか?」
「……秘密同盟を結ぶことはできないが、コスモの和約を遵守するためにカルディにくるユーベル軍の情報を共有するくらいのことはしてやってもいいぞ」
ドロシーはこれをもってユーベルに対する共同戦線成立とみなした。
ドロシーは涙を流して感謝する。
「ありがとうございます。それで充分です。これでどうにか私は首の皮一枚繋がります」
馬車に乗っている間、ドロシーは感謝の言葉を述べ続けた。
(この女、使えるかもしれんな)
これだけ手柄を立てるのに焦っているなら、上手く利用すればナイゼルに都合よく動かせるかもしれない。
あわよくばサブレ城も奪還できるやも。
その後、ドロシーは再び貴婦人に変装して馬車を降りたが、その後もナイゼル公子とドロシーは密かに連絡を取り合う仲となった。
結局、ドロシーの見立ては正しかった。
ドロシーは約束通りサブレ城から最低限の人数だけ残して兵を引いたが、逆にユーベル軍は3万という過剰戦力でもってカルディ城に進駐してきた。
そればかりか、さらに追加で4万の軍が派遣されてくると報告がきている。
今や、ベルナルドにとってサブレ城のアークロイ軍よりも、カルディ城のユーベル軍7万の方がはるかに脅威だった。
カルディ城とベルナルドの本拠地ナイゼル城までには、城3つもない。
ナイゼル軍はカルディ城周辺の防備を固め、戦争の準備を急いだ。