第103話 離れる人望
ユーベル大公フリードはコスモ城にて訪れる外国の賓客の多さに感動していた。
(我が領内にこれほどの賓客が訪れようとは)
世界各地の聖女、大公クラスからの使者、諸侯クラスからの使者、果てはエルフや竜人、魚人まで、普段はユーベルと距離を取っている領主達や種族までもがこぞってコスモ城に訪れ、ひっきりなしにルドルフに声をかけ、挨拶しては、悩みを打ち明け相談している。
ルドルフはそれに対して堂々と自説を並べており、客人達は熱心に頷きながら話に聞き入っていた。
自国より格下の子分からしか訪問を受けたことのないフリードにとってこの光景は信じられないものだった。
フリードにはルドルフの周りを天馬の黄金の羽が漂っているように見えた。
「凄いじゃないか。ルドルフ」
「父上。これはまだ序の口に過ぎませんよ」
「何!? どういうことじゃ?」
「マギア地方の講和は布石に過ぎません。私の最終戦略目標は、マギア地方の分割統治にあります」
「なんと。そんなことが可能なのか?」
「はい。マギア地方の平和は長くは続きません。ですが、それこそが狙い目です。マギア地方の平和のために、コスモの和約を守らせるために、我々は軍事介入するのです。そして、攻撃目標と占領する城もすでに決めております。サブレ城、ラスク城、バーボン城。この3つの城を押さえれば、マギア地方の陸地を3つに分けて統治しつつ、海への進出も容易となることはすでに調査によって分かっております」
「なんと! そこまで考えておったのか」
(才覚持ちだとは思っていたが……、まさかこのような深慮遠謀まで巡らせることができたとは。こやつ底知れぬ。ユーベル3公子の中でもこやつが一番優秀なのかもしれん)
「つきましては父上。お願いがございます」
「おお、なんでも言ってみよ」
「私に兵7万の指揮権をください。一挙にマギア地方の各城を落としてご覧に入れましょう」
「いいだろう。好きにするがよい。お主にすべて任せよう」
「はっ。有難き幸せ」
兵7万はアルベルト率いるユーベル第一軍とリベリオ卿の保持する勢力を引いた、大公国が捻出できるギリギリの兵力だったが、フリードはそれをルドルフに委ねた。
フリードとの話を済ませるとルドルフは再び客人との会談に戻る。
客人達の中でも、特にエルフなど亜人達からの信望が一際厚かった。
彼らにとってはマギア地方で加工される魔石が死活問題であり、マギア地方情勢のキーマンであるルドルフとの繋がりは是非とも維持しておかなければならないものだった。
ナイゼルの支配に内心不満を持っていたカルディの人々は、当初ユーベル大公国に、ひいてはルドルフ代理であるクーニグの統治に期待していた。
だが、カルディ城に兵3万と共に進駐したクーニグには、魔法院による支配体制が理解できなかった。
いや、理解しようともしなかった。
カルディの上級魔導騎士達は、クーニグに魔法院に登院するよう要請したが、クーニグは断った。
それよりもクーニグにはやるべきことがあった。
ルドルフより命令されていたサブレ城への進軍準備である。
クーニグは自身の率いる兵士達に最高の宿舎と寝床を用意するようカルディ魔法院に要求した。
カルディ領内にある最高の施設、それすなわち魔法学院である。
カルディ魔法院の上級騎士による嘆願も無視して、魔法学院をユーベル軍の宿舎とし、中で寝泊まりしている魔法兵や教師、学生を無理矢理追い出した。
クーニグ配下の兵士には素行の悪い者もおり、学院の施設を乱雑に扱って歴史ある建物や備品に傷をつけるほか、図書室の本を無断で売ってしまう者までいる有様だった。
これらのユーベル軍の行動は一気にカルディ魔法院からの評判を悪くした。
マギア地方の魔法院には横の繋がりがある。
カルディにおけるユーベル軍の横暴な振る舞いは、瞬く間にマギア地方全土に広まった。
カルディの上級騎士達は夜毎集まって陰謀を企てた。
ナイゼル公子ベルナルドも進駐してきたユーベル軍の兵数とその振る舞いに警戒と緊張感を強める。
当然、ナイゼル公国とカルディ魔法院は再び接近する動きを見せる。
アノンら5国にもユーベル兵の粗暴さとルドルフ代理クーニグの魔法院を軽視する姿勢は伝わり、再びアークロイ公に接近する動きが加速した。
ルドルフを称揚する声は影を潜めた。
ルドルフの銅像に献じられていた花はいつの間にか撤去され、それまで通りかかる度にルドルフの像に敬意を捧げていた人々は素通りするようになった。