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第100話 ルドルフの要請

 ノアはドロシーと共に前線の視察という名目でラスク城を訪れていた。


 ノアが城の前まで来ると、右手にはオフィーリアの束ねるアークロイ軍の精鋭が、左手にはイングリッドの束ねるノルンほかマギア地方の代表が整列している。


 ノアは両者の間に微妙な溝があることに気づいた。


(まあ、当然と言えば当然か)


 アノス、ネーウェル、リマ、エンデ、サリスの5国からすれば、ナイゼルとジーフの秘密同盟を阻止できればそれ以上侵攻する理由はない。


 ノルンからしてもバーボン方面よりもノルン方面を優先して欲しいというのが本音だろう。


 一方で、オフィーリアらアークロイ勢からすれば、主君の立場を脅かすナイゼルをもっと痛めつけたい。


 ノアがラスク城に入城すると、すぐにオフィーリアとイングリッドが進み出る。


 まずはイングリッドが発言した。


「我が主ノアよ。サブレ城とラスク城の入手おめでとうございます。あなたの騎士イングリッドがお祝い申し上げます。マギア地方の魔法院国家はすべからくノア様の統治能力に威服しております」


「我が騎士イングリッドよ、貴殿の活躍については聞き及んでいる。ノルンからこのラスク城まで海路と河川を船で繋ぎ、5万もの軍の補給を満たしたそうだな。その働き、万軍の敵を撃ち破るに値する。大義であった」


 そう言うと、イングリッドは感激したように頬を上気させる。


「はい。騎士としてアークロイ公のお役に立てて光栄に思います」


(ようやくノアの役に立てた。やっぱり私のこと分かってくれるのはノアだけなんだ)


 続いてオフィーリアが進み出る。


「ノア様。アノン、ネーウェル、リマ、エンデ、サリスの5国との同盟締結おめでとうございます。ノア様とアークロイ軍の武名はここマギア地方においても轟くこととなりましょう」


「騎士オフィーリア、貴殿の活躍についても聞き及んでいるぞ。ナイゼルとジーフ、2つの大国を相手にして大立ち回りし、援軍が来るまでの間、このラスク城とサブレ城を前に踏み止まっていたそうだな。此度の戦役の柱はまず間違いなく貴殿だ。褒めて遣わすぞ」


 オフィーリアも感激したようにうっとりとする。


「もったいなきお言葉です。すべてはノア様のお計らいあってのもの。感謝の言葉もありません」


「ノア様」


 イングリッドが更に進み出て進言する。


「進言いたします。ラスク城で捕虜にしたジーフ兵3万を取引材料にスピリッツの土地を返還するよう要求するべきです。スピリッツの土地から採れる魔石資源はアークロイに更なる富をもたらすでしょう」


「ノア様」


 オフィーリアがイングリッドの肩を押し退けて、進み出る。


「ジーフ公国よりもまずはナイゼル公国です。ナイゼルにはオオカミが1匹おります。今はまだ第2公子に甘んじておりますが、成長して勢力を()せば、将来どれほどの惨禍をアークロイにもたらすか分かりません。ここはジーフ公国と和を結び、まずはナイゼル討滅に全力を注ぐべきかと」


 するとイングリッドが再びその細い肩でオフィーリアを押し退ける。


「ノア様、アノンらバーボン周辺国はこれ以上、ナイゼル・ジーフとの戦闘を望んでおりません。ここはジーフの捕虜とスピリッツの交換で手打ちにする外交を」


「ノア様、目先の平和と利益に囚われてはなりません。より遠い未来の安全のために戦い続ける勇気を」


 そうして肩を押し合いへし合いしていた2人だが、相手が折れるつもりのないことを悟ると、ついに顔を見合わせて表向きにっこりしつつも直接舌戦を繰り広げる。


「オフィーリア司令、慣れないマギア地方での戦争でおつかれでしょう? 少し休まれては?」


「ノルン公こそ、慣れない海軍指揮の連続でおつかれでしょう。ここは我々に任せてお国でゆっくり休まれては?」


「あんたバカ? 魔石資源が手に入れば、経済が潤うし、5国との同盟関係が強化されるでしょうが」


「まずはナイゼルの脅威を取り除くのが先決だろうが」


 2人はいよいよ火花を散らし始める。


「この戦闘狂」


「金に目の眩んだ銭ゲバが」


「あ? やんのか? やんのかコラ?」


「やめておけ。この刀の錆になりたくなければな」


「上等だわ。魔法と剣どっちの方が強いか勝負よ」


「2人とも言い争いをやめろ。俺が今、気になっているのはナイゼルでもジーフでもない」


「……と言いますと?」


「俺が今、気になっているのはユーベル大公国第3公子ルドルフの動きだ」


「ルドルフ!?」


「ユーベルがこのマギア地方の情勢に介入してくるとおっしゃるのですか?」


「すでにドロシーが情報収集して策謀に動いている」


「「……」」


 オフィーリアとイングリッドは言い争いをやめて将軍の顔になり思案を巡らせる。


(ベルナルドと金銭の繋がりがあるルドルフが参戦してくる。となれば、ユーベルがナイゼルに加担するのは必至か……)


(あの才子が参戦か。ユーベルがナイゼルに援軍を寄越すとすれば……ちっ。また、戦局は分からなくなるな)


「2人とも事の重大さが分かったか?」


「は。まさかノア様がユーベルの動きまで視野に入れていたとは。恐れ入りました」


「流石はご主人様。ノルンと海軍はご主人様に変わらぬ忠誠を誓い、いつでも出動できるよう準備しておきます」


「たとえ、ユーベルが攻めてこようともあなたの騎士オフィーリアとアークロイ軍は必ずやノア様とノア様の土地を守り抜いて見せます」


「よし。よくぞ言った。2人とも。期待しているぞ」


 ノアは右手でオフィーリアの艶やかな髪を撫で、左手でイングリッドの細く柔らかい髪を撫でる。


 2人は忠誠を示すようにノアの膝に頬擦りする。


 そうしていると、使者が駆け込んでくる。


「ノア様。ユーベル第3公子にしてコスモ城主ルドルフの使者ヴァーノンと申す者が謁見を願い出ております」


「来たか。よし。通せ」




「久しぶりだなヴァーノン」


「は。アークロイ公におきましてはご機嫌麗しゅうございます」


「それで、今日はいったいどういった用件だ? ルドルフからの使いということだが……」


「申し上げます。ルドルフ様はナイゼル公子ベルナルド殿の要請を受け入れました。その要請とは、アークロイ公との和平を調停して欲しいというものです」


「……」


「マギア地方の戦乱については、遠く我らがユーベル領にまで伝わっております。ノア様の武勇についても。ルドルフ様としましてもナイゼル・ジーフ・アークロイによる終わりの見えない戦乱には心を痛めておられ、マギア地方の美しい街々が戦火に見舞われるのを憂いておられます。そこで、ユーベル第3公子としての使命感からも、ナイゼル公子の求めに応じ、三国講和の調停役を引き受け、和平のために尽力する意思を固められました。つきましては、アークロイ公にも講和の要請に応じるべく、コスモ城へ全権大使を派遣していただきたい、とのことです」


「なるほど。コスモ城主の意向はよく分かった。だが、我がアークロイ軍は現在、サブレ城とラスク城を押さえ、ナイゼル・ジーフに対して圧倒的に有利な立場にある。彼らが私と講和を結びたいと言うなら、それ相応の見返りはあるのだろうな?」


「講和の条件についてはこちらの書面に(したた)めております。ご覧下さい」


「ふむ」


 ノアは書面に目を通すなり顔をしかめる。


「ドロシー」


 ノアはドロシーに書簡を渡した。


 ドロシーも書面に目を通すなり難しい顔つきになり、読み終わるとノアと口元に手を当てて、何やらゴニョゴニョ話し始める。


 ヴァーノンは2人の表情からどうにかその心の内を読み取ろうとした。


(クーニグのあの案、ノア様とドロシーの謀略なのか? くっ、ダメだ。読めん)


 2人の眉を顰める顔つきはどこからどう見ても、初めて見た案に対応を苦慮しているようにしか思えなかった。


 2人の表情からは「おい、どうするよこれ?」「思ったより厄介な案来ちゃいましたね」と言っているように見えた。


 2人はしばらく話した後、ヴァーノンの方に向き直る。


「ヴァーノン、使者としての務め大儀である。コスモ城主からの書簡は確かにこの手で受け取った。明日までには返事を出すゆえ今日のところは下がられよ」


「は。ありがたきお言葉」


 ヴァーノンはノアの前から下がる。


 その後、ノアは主だった諸将と共に講和条件について話し合った。


 翌日、アークロイ公国はドロシーをコスモ城の講和会議に派遣することを決定した。

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― 新着の感想 ―
ただ、ナイゼル側も、ジーフ側も、飲める提案じゃないだろうなぁ...。 ノアからすれば、ノルンへの攻撃が無くなる事を考えれば、バーボン城は譲ってもいいかもしれないけど、魔法院をルドルフは御せるだろうか…
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