ジルコニウム帝国VS独立軍②
「ロイド殿下へ伝令!ミスト王国アルト殿下より、単騎で突撃していく騎士を確認。約3分後には本陣へ到着します。」
通信のスクロールによりアルトから報告が上がってくる。
「どうしますか?迎撃するならば近衛を向けますが。」
ダルトンが確認すると、ロイドは首を振る。
「いや…………。和平の使者の可能性もある。兵をそのまま進軍させつつ、その単騎の御仁がここに来たら客として招こう。」
そう告げると、ダルトンは近衛騎士たちにドミニクへの非戦闘を伝える。
独立軍のドミニクは一切の攻撃を受けぬまま、予定通り3分後にロイドがいる本陣にまで到達したのだ。
「お待ちしていた。まさか貴殿だったとはな、ドミニク伯爵。」
ロイドがすべてを知って尚、自分を招いたことに緊張してしまうが、すぐに平常心を取り戻して馬から降りる。
「ジルコニウム帝国皇子・ロイド殿下。先ずは私を受け入れてくださり感謝いたします。」
「伯爵……いや、ドミニク。今はお互い敵対中の身だ。丁寧な挨拶などは省こう。貴殿がここに単騎で来た理由を問おう。」
ロイドのその言葉から、“和平交渉”に来たと考えてくれている事に気がついた。
本来ならば、このまま信用させて寝首をかく作戦も考えなければならない立場なのだが、それはドミニクの騎士としての矜持が許さなかった。
「………現状のままでは我が将・ショバンニに勝ち目はありますまい。殿下とは器が違います。この突撃に関しても、完全に頃合いを図った作戦である事は、誰もがすぐに気づきます。これ以上戦死者を出す事はお互い望まないはず。どうかこのドミニクとショバンニの首で収めてはいただけませんか。」
ドミニクは初めから全責任を取るつもりでここに来ていたのである。
途中に通ってきた部隊に対しても、『中央に向かって撤退戦』とは伝えずに、『武器を捨てて投降しろ』と伝えていた。
「自分の首は嘆願しないのか?」
ドミニクはその答えに、腰に刺していた刀を抜く。
一瞬にして周囲に緊張感が走る。
「自分の首は自分で守ります。もちろん然るべきタイミングで差し出しますが、私は騎士です。騎士団長として本陣であぐらをかいたまま首を差し出すなど、自分が自分を許せません。是非私に騎士としての本懐を遂げさせてはくださいませんか?」
その言葉を聞いたダルトンが前に出ようとしたときである。
ロイドが制止したのだ。
「わたしが出よう。ここまで単騎で来たその度胸、将として応えねばなるまい。」
「殿下!それはいけません!殿下にもしもがあれば、ここにいる全員の首が飛ぶことになります。ミスト王国に対しても申し訳が立ちません!」
ダルトンが慌てて止めようとするが、ロイドは自分の腰にある刀を抜いた。
「お前らはわたしの近衛だろう。ならばここでわたしが討たれるようなことがあれば、共に死ぬ覚悟があるはずだ。」
そう言われてしまうと、ダルトンでは止められない。
こうなってしまったロイドを止められる者はこの場にはいないのである。
「………仰せのままに。」
ダルトンは念の為に治療班を傍に控えさせたのであった。
「さて、待たせたなドミニク。その前に一つ聞いておきたい。貴殿は我がジルコニウム帝国の第三軍団長にまで登り詰めておきながら、何故独立軍側へと下ったのだ?」
独立軍側に寝返った貴族はショバンニ侯爵派が中心であり、貴族としては“落ち目”と言われる家ばかりである。
そんな中ドミニクは、地位や家格は申し分ない上に、“ショバンニ派”と言うわけでもなかったのである。
しかしドミニクは、ロイドのその問い掛けに答えない代わりに剣を構えたのだ。
「殿下が私に勝てた際にはお教えしましょう。その前に私からも一つ。その剣はもしや、かの英雄・ダイス皇帝のものではありませんか?私も騎士を志した者。こう見えて私は500年前の英雄、ダイス皇帝に心酔し騎士を志したのです。文献で読んだ通りの形と輝き…………良いものが見れましたわ。」
ドミニクの言葉に周囲の騎士たちもざわついている。
ジルコニウム帝国の騎士達は、たとえフィクションが盛り込まれた話だったとしても、誰よりも先陣を切って戦い、誰よりも返り血を浴びたと伝えられる皇帝ダイスに憧れているのだ。
ドミニクのその言葉を聞いたロイドは周囲に命令を下す。
「ドミニク以外、この場にいる全員に通達する!耳を塞ぎ、これから話す私の言葉が聞こえぬようにしろ!」
初めは意味が分からなかった騎士達だったが、徐々に耳を手で塞ぎながら『あーあー』と声を上げ始めたのである。
「さて、よく気がついたなドミニク。この剣はそこのカカン山脈で鳳凰が500年守り抜いてくれていた物を返してもらっ《・》のだ。」
その言葉にドミニクも困惑しつつも、平静を保とうとする。
「それは………すいぶんと傲慢ですね………。それではまるでその剣は貴方のものだと言っているようではありません……………か!?」
そうドミニクが言い終える前にロイドが剣に魔力を込め始めると、刀身から眩いほどのオレンジ色の光を発し始めたのだ。
「そ……………、それは………。まさか皇帝ダイスが持つと発すると言われている……」
驚くドミニクに対し、ロイドは剣を構えこう言ったのである。
「今、お前の前にいるのは間違いなくお前の憧れた男だ!我が名は【ダイス・フィー・ジルコニウム】。貴殿の願いを聞き入れて、全力で相手をしてやろう。(全力を出すのは)500年振りだからな。一瞬で終わらせてくれるなよ?」
尻込みしそうな程の剣圧を前に、ドミニクは目の前の男がホンモノの憧れた人物である事を確信したのであった。
「………その事実をもっと早く知りたかったですね。貴方(皇帝ダイス)のもとに仕えるチャンスがあったと言うのに……………。だがそれでは、こうして真剣を突きつけ合う事は叶わなかったでしょう。その胸、お借りいたします!」
ドミニクは興奮していた。
“血染めの皇帝”相手に、自分はどれ程までやり合えるか、………分からない。
本で読んだ憧れた人物は、正に一騎当千を自で行く人であったと書かれていた。
正直その話も皇帝を神格化させようと脚色されたものだと考えていた。
国の歴史書ではよくある話だからだ。
だがどうだ?
目の前の皇帝ダイスを名乗ったこの皇太子殿の立ち姿、構え、何よりも剣圧に至るまでの全てが、文献に書かれていた物と酷似している。
この光景こそ、自分が本を読み込んで想像していたそのものだった。
この500年、戦争がなくなり平和な時代となった事で、魔法技術が劣化してきていると言われていたが、当時を知る者など誰もいないために憶測でしかなかったのだ。
しかし今、目の前で起こっている物はどうだ?
ロストマジックと言われた物なのではないか?
これでようやくすべてが繋がった。
何故独立軍側へヴァイス教が手助けをしてきたのか。
北と南側に分かれて統治を進言してきた理由。
そしてなにより、あの独立を賭けて戦っていたときのネーベル以外のヴァイス教徒達の行動も………………。
「………所詮は使い捨て……手のひらで踊らされていただけか………………」
「…………………?」
ロイドは、ドミニクが何かを考えながらブツブツと独り言を呟いているのに気が付いていたが、魔法詠唱などでは無さそうだったためにあまり気にしていなかったのである。
「いざ!」
「来い。」
ドミニクは上段から剣を構えて一気にロイドのそばまで間合いを詰める。
うかつに飛び込むと身体を真っ二つにされてしまうような恐怖はあったが、自分の間合いにまで近づかなければ攻撃はできないからだ。
だがロイドは表情を変えずに質問をしてくる。
「何故そこで止まった?ドミニク、貴殿の間合いでは届かないだろう?」
「ここからなら一足飛びで斬り込めます。殿下と私ではリーチの長さが違いますからね。」
ドミニクは高身長であるロイドよりも背が高い。
体型もダルトンのようで、体重も相当ありそうな優れた体格を持っていた。
だからこそ自分の間合いギリキリから様子を見つつ、牽制をかけようと考えたのである。
だが………………ロイドが不穏な一言を放ったことで、ドミニクの背筋が凍りついたのである。
「……………………お前にはさっきまで立っていた場所にいても、剣圧を感じなかったのか?」
「……………………………………………………っは!?」
言われてみれば十分にその剣圧を浴びていた。
だがそこは、ロイドから10メートルは離れている場所である。
そこまで自分の間合いだと言いたいのだろうか?
「殿下は、ご自身の間合いがそんな長距離だと言いたいのですか?見たところ、魔法術式は身体強化程度にしか見えませんが…………?」
「………お前も不勉強な男なのか?そんな小さい間合いじゃ、単騎で小隊ひとつも潰せないだろう?それくらい造作も無い。」
ドミニクは驚愕してしまう。
「…………………一騎当千……」
「なんだ、知っているじゃないか。だが、それはちなみにウソだ。」
その言葉を聞いてドミニクは、少しだけホッとする。
流石に1人で千騎撃破など、当時の魔法が廃れる前の出来事であったとしても出来過ぎだろう。
小隊を1人で撃破したと言っても、10名程度の規模だろうと考えていたのだ。
しかし、ロイドは不満そうな顔でこう言い放ったのだ。
「オレもな?当時の自分のことがどんなふうに書かれているのか気になって調べたわけよ。そしたらそう書かれていたわけだ。著者を観たらコイツ、内政担当だった奴じゃねーか!ってなったわけよ。まぁ、“一騎当千”以上の言葉なんて、アイツは思いつかなかったのかもしれないけどな!」
ケタケタと笑いながら話すロイドはリラックスしているが、ドミニクはだらだらと全身から汗が噴き出ていた。
「今なら…………………ダルトンならばその状況どう表す?」
するとすかさずダルトンが答える。
「今ならそうですね…………千軍万馬と讃えるか、一騎無双などでしょうか?」
「良いな!一騎無双!!ダルトン、今度はお前がオレの伝記執筆を受けろ!」
「勘弁して下さいよ殿下ぁ〜。文官になるのが嫌で軍に志願してきたんですから。」
そんなやり取りをしている2人だが、そんな化け物を相手にしている側は笑えない。
だが、ドミニクは引くわけにはいかないのだ。
「……………胸をお借りします。」
そう言うと、ドミニクは踏み込んで上段から振り下ろす。
「いいねぇ。どんどん打ってこい!」
ドミニクの打ち込みは速く、重い。
普通の人間ならば剣で受け止めることもできないだろう。
だが、ロイドはそれを片手で受けている。
いや、実際は受け流しているのだ。
何度ドミニクが剣を振っても、ロイドには届かない。
「クッ………クソ!」
「そんな単調な攻撃が通るわけがないだろう?それに踏み込みが甘い……ぞ!」
ドミニクが踏み込んだ足をロイドが左足で蹴り飛ばすと、ドミニクの身体は地面に倒れてしまう。
「踏み込みが甘いと攻撃も弱くなるし、そこに隙が生まれる。それに魔力を練る事に集中しすぎて体術が疎かになっているのも原因だな。」
ロイドはまるで子ども相手に稽古をつけているような余裕を見せている。
だがそんなやり取りが、ドミニクは楽しく感じていた。
「次はこうはいきません!もう一度お願いします!」
ドミニクは第三軍団長にまで登り詰めた猛者である。
だが年齢はすでに40を過ぎて、徐々に衰えを感じていた。
ダルトンとは一緒に訓練をした仲でもある。
昇進を競い合っていた頃もあったが、いつしか軍団長としての責任に追われ、自分の技術を磨くことを疎かにするようになっていた。
「……………これが……ツケと言うものか。」
自分のやりたかった事を忘れ、年下の騎士達を前線に送る側になってしまったが、このロイドとの時間が全てを思い出させてくれているようで嬉しいのだ。
衰えを感じ、訛った体が悲鳴を上げても、憧れた英雄と剣を交えられた喜びが体を突き動かしていた。
「ドミニク。そんな剣ではオレには届かないぞ!もっと踏み込んでこい!」
ロイドはドミニクの甘いところを指摘しつつも、隙を指摘するかのように斬りつけていく。
腕や脇からはドクドクと出血が見られ、見ている方は目を覆いたくなるような光景である。
だが、ドミニクはイキイキとした表情で楽しそうなのだ。
周囲の騎士はその様子を見て恐怖を感じている様子で、ダルトンへと質問してくる。
「ドミニク伯爵は………何故あんなに笑っておられるのでしょうか?もはや立っているのもやっとの状態で勝ち目は無いはずなのに、死ぬことへの恐怖は無いのでしょうか。」
ダルトンも、自分のライバルだった男の、こんな姿を見る事になるとは思ってもいなかった。
だが、分かってしまうのだ。
ドミニクのこの昂る気持ちを……。
「アイツには今、10代の頃に気持ちが戻っているのさ。もちろん死への恐怖もあるだろう。だが、死を覚悟した者は強い。今も恐ろしい速度で強くなっているよ。」
願わくば、この光景が戦場という場所ではなく、訓練の場であれば…………。
ダルトンはそう考えずにはいられなかった。
「そろそろ限界か?寄る年波には勝てないものだな………。だが、楽しかったぞ!」
「ガッ………ハァハァ……。わ…私もです。殿下…………ありがとうございました。」
お互いに恨みや愚痴など一つもない。……………。
これまで剣を交えていた2人には、讃えあう言葉以外必要なかった。
ドミニクはもう動けなかった。
限界まで身体を酷使しても、ロイドには触れることも叶わなかった。
だが満足した顔を見せている。
「ドミニク。約束通りオレの質問に答えてもらおう。お前が何故ジルコニウム帝国を裏切ってこちら側についたのかを。」
「…………単純な話ですよ。ここで将来活躍しようと頑張っていた騎士見習い達を見捨てられなかった………。彼らは巻き込まれた被害者なのです。本来こんないざこざで命を散らす必要もない。先達の者としては最後まで面倒を見てやりたかったのですよ。」
どこか満足そうな顔をしているドミニクを見ると、その言葉は決して嘘ではないことがわかる。
「だが、妻子はジルコニウム帝国にいるのだろう。それを捨ててでも為さねばならなかった事なのか?」
「捨ててなどいませんよ。しっかりと手紙は届けてもらっていました。妻も一定の理解を示してくれています。息子には悪い事をしたとは思っております。理解してほしいとは言えませんが、優しい子です。いずれその真意に気づくでしょう。」
ロイドは頭を抱えてしまう。
ドミニクは『ジルコニウム帝国のため』行動してくれていたのだ。
それが裏切りだと思われようとも…………。
「若い優秀な者が多くいます。殿下はこれからも戦うのでしょう。どうかその者達を使ってやってください。もう直ぐここに貴方の信頼を得られる男が来ます。その………」
ドミニクが顔をしかめる。
流れた血が多く、残された時間はないのだろう。
「…………もう良いドミニク、それ以上話すな。」
ロイドがドミニクを労わろうとするが、首を横に振りながら最後の嘆願をする。
「殿……下!この戦いは、若い騎……士…達にに、………選ぶ権利はありませんでした!彼らに…………罪…はない。どう……か………………より………良き……判……断……………」
言い終える前にドミニクは力尽きる。
「………ダルトン、……ドミニク伯爵を丁重に扱ってやれ。」
「御意………。」
複数の騎士達により、ドミニクはたんかで運ばれて行く。
「……………不器用な騎士は、いつの時代にもいるのだな。オレがそんなに冷たい男に見えるのか?」
ロイドは誰に話すでもなく、空を見てつぶやくのであった。
ロイドは運ばれて行くドミニクを見送ると、ある騎士の前まで歩み寄る。
「さて…………、すべてを見ていたな?貴殿の名を聞こう。」
「…………私はビスマルク・ロック・ランフォード。ランフォード男爵家が長子にございます。」
この男こそ、ドミニクと共にこの本陣を目指して単騎で戦場を駆け抜けてきた若い騎士であった。
ついに決着。
血染めの皇帝の降臨会でした。
若い騎士を想って命を散らしたドミニクは、自分の命と引き換えに多くの命を守ったという満足な人生だったのかもしれませんね。
ロイドの戦いはこれでは終わりません。
今度は領内の平定という仕事が降りかかります。
皇太子としての腕の見せ所ですね。
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そしていつも誤字報告もありがとうございます。
見直してみると、実際かなりの誤字が見つかって頭を抱えているところです。
是非次回もよろしくお願いします♪




