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聖女信仰

「今日は疲れたなぁ…。」

夕ご飯を食べて湯浴みをして部屋のベットでくつろぎながらも、ある事を考えていた。

前世は一体なぜ死んでしまったのだろうか?についてである。

アリシアの思い出したフィーリアの記憶からすれば、ここサザンドラで過ごした日々は5年ほどだと思われる。

様々な記憶を総じても、この時計塔が完成したのはフィーリアが30歳くらいであろう。

30歳でなんて若すぎる……。

「病気ならそもそも自分で治せそうだし、事故とか?でもそれなら歴史書に記載されていても良いはず。つまり記載できない何かがあったということ?」

フィーリアには状態異常完全耐性が備わっていたため、毒殺などはあり得ないのだ。

「わたしが持っている記憶の中で一番新しい記憶はどれになるのかしら……。」

残念ながら何かキッカケでもなければ思い出す事は不可能だろうと結論付けるしかない。

時計塔についても、実際に時計塔をみた後に思い出したほどなのである。

「でも何があるか分からないし、やっぱり前世の記憶を持っている事は誰にも知られないようにする必要がありそうだわ!」

前世で何があったか思い出せない以上、取り越し苦労だったとしても警戒するに越した事はないのである。




「アリシアおはよう。今日も可愛らしいね。」

まさに王子様スマイルに朝の日差しが重なり、まるでキラキラとエフェクトが掛かり眩しいほどの状態からの殺し文句が飛んでくる。

(……私じゃなかったら死んでたぞ!?)

普通の御令嬢なら卒倒ものだろう破壊力のある演出が目の前に広がっているのだ。

「おはようございます殿下。殿下こそ朝から眩しいほどの笑顔、とても素敵でございますわ。」

世辞に対しての返答であるのは知ってはいるが、ノアは少し頬が緩んでしまいそうになる。

こほんっと小さい咳払いをして場をリセットしてから、今日の予定を確認する。

「本当は休暇という位置付けでお忍びという面もあったため、ロゴス公爵への訪問は考えていなかったのだが、時計塔の一件でバレてしまったようなんだ。自領に王太子が来ているのにおもてなしもしないという事は流石にできないと言われてしまい、晩餐に招待されてしまったんだよ。」

ノアは申し訳なさそうにアリシアに説明する。

だがことの発端を作ったのはアリシア本人である。

むしろ謝るのはノアではなくアリシア側だろう。

「そ、そんな!むしろ私の責任です!せっかくの殿下の休暇を仕事で埋めてしまい申し訳ありません。」

アリシアが頭を下げると、ノアは慌てて頭を上げさせる。

「いやいや、謝る必要なんてないよ。むしろアリシアは歴史的発見をしたんだから、本当はもっと褒め称えられていなければならないはずなんだ。」

時計塔の発見はすでに王都でも号外が出されるほどに世間に知られている。

だがアリシアが事前にこの発見を辞退する旨を伝えているため、表向きはノアが発見者とされているのである。

ノアとしても、アリシアの手柄を横取りしたようで申し訳ない気持ちなのだ。

しかしアリシアは事、《聖女案件》で表舞台に立つつもりはない。

将来的に立ったとしても、それは自分が騎士として力を付けたときであり、また前世での記憶が全て思い出されたときだと考えているので、今回の一件でのノアの対応には頭が下がりっぱなしなのであった。

「いいえ、殿下がわたくしのわがままを聞いてくださり、今回肩代わりをしてくださったと思っております。お忙しいご身分であるにも関わらず、面倒ごとを引き受けてくださりありがとうございます。」

アリシアは心の底から感謝をするのであった。

「じゃあこれはお互い様という事だね。わたしもアリシアの役に立てるなら、この程度の事などいつでも手を貸すよ。実は今回わたしの手柄のように扱われてしまい、アリシアに申し訳ない気持ちがあったのだ。しかし気にしないようにする。だからその分、アリシアは今後も気にせずにわたしを頼って欲しい。」

今まで見た事もない優しい笑顔を向けられて、アリシアはノアの内面に初めて触れたような気がしたのであった。




「ようこそおいでくださいましたノア王子。今日は是非楽しんで行ってください。」

ロゴス公爵邸に着くと、家族総出で出迎えてくれたのであった。

「アリシア子爵令嬢も久しぶりですね。ブラッド子爵の活躍も聞こえてきていますよ。彼にもっと出世意欲があれば良かったのですがね……。おっと、御令嬢にそのような話は無粋でしたね。どうぞアリシア嬢も今晩はゆっくりとお楽しみ頂ければと思います。」

ロゴス公爵は身分で人を見る人ではないため、アリシアの父ドーズとも仲が良く、学院時代からの友人とも呼べる関係なのである。

「お招きいただき光栄でございます。今回の訪問についても父には手紙を送りました。今頃受け取って驚いている頃だと思いますわ。」

アリシアも子どもの頃から会っている親戚のおじさん家を訪問するような感覚なのである。

「ロゴス公爵とアリシアは旧知の中であったのか。その話を知っていたらもっと早く訪れていたのに。」

ノアは公爵と子爵令嬢のアリシアが知り合いである事に驚いているようであった。



ロゴス公爵家は王家に忠誠を誓う長い歴史を持つ貴族であり、500年前に大聖女の領地であったサザンドラを引き継いでから、領民とともにこの地を守ってきたのである。

当時のルーセント王の弟がロゴス公爵となり、厚い聖女信仰のもとで運営してきている。

つまり大聖女を神に崇めている領地でもあるのだ。

「公爵。時計塔は今後この地で朝昼晩と美しい鐘の音を響かせる事だろう。聖女フィーリアの残した時計塔がこの領地にさらなる活気をもたらしてくれたら嬉しい。」

「領民も大聖女様の時計塔が再び動くようになり喜んでいることと思います。これも殿下のおかげです。」

ロゴス公爵領の発展してきた経緯などから、聖女信仰の象徴として時計塔を大事にしてきたのである。

時計が動かなくなってからも領民で周辺を整備したり、塔の清掃を行うなど自主的に行なってきたのだ。

「時計塔のメイン通路にはわたしだけでは到底辿り着けなかっただろう。アリシアがいてくれた事が大きい。領民たちには伝えられないが、公爵にはアリシアの功績も知っておいて欲しい。」

「わかりました。しかし友人の娘が殿下とともに我が領地で歴史的な発見をしてくれるなど、幼子のときから見ていたわたしにとっては考え深い思いがあります。きっとブラッド子爵も誇らしいでしょう。」

そんな談笑に花を咲かせていると、次々に料理が運ばれてきたのであった。



「公爵様、聖女様について色々伺ってみたい事があるのですが。」

食後に紅茶を飲みながら会話をする中で、アリシアは聖女について聞いてみることにした。

「わたしに答えられる事なら何なりと。この地は聖女様の言い伝えが多数残っていますから。まあ信憑性はどうかわかりませんがね。」

はははと笑いながらも、聖女に対する敬意が見受けられる。

「いえ。わたくしは聖女様について図書館等でも調べているのです。だからこそ、公爵様が知る言い伝えを聞いてみたいと思ったのですわ。なので是非ともよろしくお願い致します。」

アリシアが聖女の記憶を思い出す”キッカケ“になれば良い。

その程度の軽い気持ちでの質問であった。

「そうですね。では先ずは大聖女様が起こした奇跡について話しましょうか。500年前にこのミスト王国を揺るがす程の疫病が蔓延したんですよ。それは知っていますね?」

それについては王妃の王国史の授業でも聞いているし、記憶にも残っている。

(あのときは王都の下水処理施設がまだしっかりと整備されていなかった事が原因でペストが流行したのよね。ペスト菌のみを除去できるスクロールを作って街医者に渡して沈静化したのだけれど……奇跡という程だったかしら?)

当時の聖女であれば風邪程度なら完治とまでは言わずとも、症状の緩和は可能であったのだ。

さらに莉愛の知識をフルに活かせば、大体の病は治療可能なのである。

つまりペスト菌であると分かってしまえば治療という手段が取れるし、感染経路を断つこともできる。

アリシアからすれば、奇跡でもなんでもないのである。

そんな考えが顔から伝わったのであろう。

ロゴス公爵はにこりと笑い続けて話し始めた。

「確かに大聖女様であれば、病の治療でできないものはないと言われていたからそこまで奇跡とは思えないかもしれませんが、他国と比較したときはそうとは言えないんですよ。ペストで死者が数百名程度で済んだのはミストだけだったんですから。今では当たり前になっていますが、“ウイルス”という見えない病原菌について教えてくれたのは大聖女様です。その膨大な知識量から、大聖女フィーリア様は別の世界から来たと言われているんですよ。」

「…えっ!?」

アリシアは驚きのあまり飲んでいたカップを落としそうになってしまった。

500年前に迷い込むようにこの世界に突然呼ばれ、名前こそ変えたが、それすらも周囲に馴染むためであって素性を隠すためではなかったのだ。

つまり当時はフィーリアが異世界から紛れ込んだことは『周知の事実』だったのである。

(むしろ大聖女以外にも、『異世界の迷子』って揶揄されたりもしていたのに。なんでそのことは伝えられていないの?)

思い返してみれば読んだ書物にはそのことは一切記載されていなかった。

アリシアとしては特段気にしてはいなかったのだが、言われて初めて気がついたのだ。

(…………隠蔽されている?)

そのことが改ざんされた経緯などは分からないが、フィーリアの死後に何かしらの理由から隠されたのだろう。

「アリシア嬢?どうかしましたか?」

ロゴス公爵がアリシアの様子がおかしかったため、心配して声をかけてくれる。

「いいえ!特に何も。お気になさらず続きを教えて下さいませ。」

アリシアは手をブンブン振って誤魔化してはいるが、動揺がなかなか隠せないでいる。

「…もし具合が悪いなら遠慮なく言って下さいね。」

「具合は絶好調ですわ!異世界から来たという点に驚いてしまっただけです。むしろ公爵様のお話をもっと教えて下さい。」

そう言うと安心したのか続きを話し始めたのだ。

「本来聖女が持つ力については知っているかい?いわゆる聖属性と言われていて、怪我や軽い病気の治療を行えるものなんですよ。むしろそれ()()なんです。」

アリシアの頭の中には『????????』とクエスチョンマークが多数並んでいた。

それはみんなが知っている内容であり、幼い頃に絵本でも読み聞かされる内容だからだ。

「もちろんそれは存じています。ですが今までの話で何かおかしな点がありましたでしょうか?」

ロゴス公爵は一瞬鋭い目線をアリシアに向けたかと思うと、優しく微笑んで教えてくれた。

「つまりはね、聖女に魔法のスクロールなんて作れないんですよ。いくら病気に詳しい知識を持っていても、スクロール作成は聖女ではできないんです。」

(……なんですと!?)

アリシアは前世で当たり前に行っていたことが、普通ではない事を今更知らされたのである。

「そのことから考えられるのは、実は大聖女フィーリア様は聖女ではなく魔法使いなのではないかという結論に至っています。」

その一言で今度はノアが食いついたのだ。

「ですが治療ができているということは聖女の持つ聖属性魔法によるものなのではないのですか?」

ノアはサザンドラに来てから聖女研究に興味を持ち始めていた。

その理由は500年前の時計塔であるのにも関わらず今の時代にもないような技術が詰め込まれていることに魅せられたこともそうなのだが、アリシアが聖女に興味を持って調べていることを知ってからはさらに強い関心が生まれていた。

しかしまだ知識の浅いノアには、聖女以外に病気や怪我が治せるなど今までに聞いたことがなかったのだ。

「いえいえ、殿下はお忘れですか?ここにいるアリシア嬢は解毒を行なっています。“聖女ではないのに”です。」

アリシアはドキッとしてしまう。

その言い方と流れは、『アリシアが聖女と同じ力を持っている』と言っているのと同義であるためだ。

「アリシア嬢が解毒を行えたのは、単に毒に対する知識があったことに起因します。知識があり、どのように治療すれば良いかが分かれば、聖属性魔法でなくとも治療が可能であるということです。」

「ロゴス公爵、それは言い得て妙ではないか?その言い分であれば、知識があれば聖女よりも通常の魔法使いの方が病気の治療ができるということではないか。それでは聖女の価値とはなんなのかという疑問が出てしまうぞ?」

ミスト王国は500年前から聖女信仰が強い国になっている。

つまり聖女を特別扱いして重宝しているのである。

それなのに実は大聖女は聖女ですらなかったとなれば、聖女信仰そのものが根本から間違えていたということになってしまう。

「殿下、信仰や思想は自由でなければなりません。それを史実に基づいて変えてしまうのは違います。過去に神格化された英雄も所詮は人間ですから、間違うし失敗もします。だからと言って神の座を降ろすなんてことはしません。それはあくまで史実と信仰は違うからです。」

(…そういえば、別にフィーリアは病気は治していたけど自分を聖女とはひと言も言っていないわね。周囲がそう判断したにしか過ぎないというわけね。)

アリシアは納得してしまう。

ノアも納得した顔をしている。

現状、大聖女フィーリアは“癒しの女神”として神格化されて信仰の対象となっている。

例えるならば莉愛時代のイエス・キリストと同じような立場であり、ここ聖地サザンドラの神殿に祀られている。

そんな聖女信仰の代名詞とも言えるフィーリアが聖女ではなかったとしても、起こした奇跡が変わることはないから、信仰されないとはならないというわけである。

「今は我が領地の一部である聖地サザンドラでは、歴史研究家がフィーリア様について研究しているんですよ。その中の『聖遺物』の1つとして【聖女のスクロール】があるのです。しかし最近になって、そのスクロールが世に出回っているというではないですか。もちろんフィーリア様が作成したスクロールではないのですが性能は同じであると伺っています。」

アリシアはドッと汗が噴き出てきていた。

なぜなら3年前の毒殺未遂事件の後に、【解毒のスクロール】を行商を介して王宮に売らせたのは他でもない、アリシアだったからである。

もちろん儲けを考えてではなく、いつ同様の事件が起こっても対処できるようにだったのであるが、まさか現代にスクロールが流通していないなどとは当時知りもしなかったのだ。

「現代にスクロールを作って流通させている人物がいて、どうやらその行商が話すには身なりの良い初老の男性が大量に持ってきたというじゃないですか。場所を聞いたらブラッド子爵領で仕入れたと言っていたんだですよ。アリシア嬢は何か知っていたりはしないかい?」

「解毒のスクロールって、最近王宮中の至る所に設置してあるの巻物のことか?そんな貴重なものだとは知りもしなかったぞ。でも大聖女が残した聖遺物ではないなら、高価なものではないんだよな?」

「いえいえ殿下。現代には魔法のスクロールを作れる人物はいない。いわばロストテクノロジーと言うものなのですよ。現存している物だけどと考えてもらえれば、如何に貴重なものかがご理解いただけるのではないでしょうか?」

当時のアリシアは領内から出たことがなかったため、世の中に疎かったのである。

もしそんな事を初めから知っていたら、自分の領内では売らなかったし、値段も上げていただろう。

無知なまま、当時の記憶で行動したツケがここにきてきているのである。

2人から見つめられ、汗をダラダラとかきながらなんと言おうかと考えていたが、すっとぼける以外に思いつかない。

「わたしは何も存じませんわ。我が領地でもしかしたら掘り起こされた人がいて、無知のあまりに譲るように行商に捌いてしまったのかもしれませんね。」

自分で言っていて苦しい言い訳である。

掘り起こしたのであればかなり古いものになるはずであり、先ほどの話とは矛盾する。

だが知らぬ存ぜぬで通すのが一番良いと考えたのだから、ここは矛盾があろうが黙って置くのが良いだろう。

「なるほど、アリシア嬢は知りませんか。まあご領地の中での出来事を、令嬢が全て把握しているなどは流石に無理ですよね。」

ロゴス公爵は残念そうな顔をしている。

アリシアはその瞬間『勝った』と確信して気を抜いたのだ。

「せっかくなのでここの名産にもなっている温泉を楽しんでいって下さい。我が家自慢の大浴場がありますので。」

「わたし温泉にとても興味があったんです!サザンドラが温泉地と聞いて楽しみにしていたのです。」

ワクワクしているアリシアに、ノアがいつものように優しく見守る。

「ああ、せっかくですので浴衣も用意しましょう。温泉地といえば500年前から浴衣ですからね。()()()()()()のサイズがあるか確認してもらいましょう。」

「浴衣ですか!?まさに至れり尽くせりです!温泉に入った後に浴衣が着れるなん………て…。」

そう、その後ろには『日本の温泉以来です。』と続くことになるのである。

『しまった!?』と思ったときにはすでに遅かった。

振り返ると、にこにこと笑顔を見せるロゴス公爵と、理解が追いついていないノアが見えたのである。

「御事情をお話しして頂けますか?大聖女様。」

「………………はい。」

アリシアは覚悟を決めるのであった。

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