アリシアのカミングアウト
アリスを国王の名代としてエルフへの謁見に行く前に、アリシアはブラッド領へと里帰りしていた。
徐々に立派になりつつあるブラッド邸だが、まだ伯爵位を賜ったようには見えない。
アリシアは伯爵令嬢となったわけだが、同時に男爵としての地位もあるため、意外と扱いは難しい。
と言うのも、実家で父親のドーズ伯爵の次に地位が高いのがアリシアという事になり、他家扱いのため先触れを出してから帰宅するのが本来の礼儀となる。
しかし父ドーズから『そんなかしこまらずに行ってくればいいだろ』と言われたため、現在ブラッド領を馬車で通過している。
いつも通り領民達が手を振ってくれているのが見えて、アリシアも手を振り返す。
いつも通りの実家の様子に、アリシアは束の間の休暇気分だったのである。
だが…………、何故か馬車にはロイドが一緒に乗っているのだ。
アリシアがブラッド領に自身の過去(前世)をカミングアウトしに行くために身支度を整えていた際、王宮付きの侍女がやってきてロイドが訪問したいと事付けがあったのである。
アリシアは特に予定もなく、断る理由がなかったためそのままOKを出したのだが、その後待っていてもロイドは来なかったため、忘れてしまったのかと思っていたのだ。
しかしブラッド領へ発つ日の朝、何故かロイドが馬車に乗っていたのである。
「ロイド殿下!?何故馬車に乗っているのですか!わたしは今からブラッド領へと里帰りをするんですよ?」
アリシアが訴えると、ロイドはニヤニヤしながらこう言い放ったのである。
「先に『訪問したい』と事付けをしてOKしていたじゃないか。わたしは事前に許可をもらっているぞ?」
「……………………あれか!?あれはその日にわたしに会いたいって話だったのでは!?実家について行くってって話じゃないでしょう??」
「こう見えてブラッド領は気に入ってしまってね。アリシアが帰るなら、わたしももう一度訪問させてもらおうと考えたのさ。」
そのときアリシアは“してやられた!”と気がついたのであった。
「……母にまた怒られますよぉぉぉ……………。」
そううなだれると、ロイドは笑いながら続けるのである。
「大丈夫!アリシアから許可をもらったときに先触れは出しておいたからな!」
もはや完全に計画的犯行であったわけである。
先触れもあるとなれば、逆に連れて行かなければ怒られてしまう。
アリシアは頭を抱えながら、ロイドの手を取って馬車へと乗り込んだのであった。
見慣れた屋敷の前で馬車は止まり、ロイドのエスコートを受けて馬車から降りると、やはり母サーシャだけでなく姉達までもが勢揃いでお出迎えをしてくれたのである。
「ようこそおいでくださいました、ロイド殿下。何もない我が家に御足労いただきありがとうございます。」
女主人として母が挨拶をすると、ロイドもニコリと笑顔で返す。
「いえいえ、いつも急な訪問に応えてくださり感謝しているのはこちらですよ。」
完全に娘が帰ってきたというよりも、ロイドが再訪するためのお出迎えである。
姉達もにこにこと笑顔で迎えているのが、その目線はアリシアを完全にロックオンしていて、この後のいつもの質問責めが怖い。
客間に通されると、セバスがティーセットを持って現れる。
姉達は母が部屋の外へと追い出してしまったため、食器のカチャカチャという音が非常に響いて来るほど静かであった。
アリシアは、これから話す内容を母が受け入れてくれるのかと考えるほどに緊張してしまう。
紅茶を一口飲んだところで、サーシャから話し始めたのである。
「さてアリシア。忙しい中わざわざ帰ってきたのには理由があるのでしょう?ロイド殿下は付き添いかしら?」
アリシアは紅茶を飲んでいるのにも関わらず、喉がカラカラになるほど緊張がピークに達していた。
意を決して話そうとした時である。
ロイドがにこりと微笑みながら話し始めたのだ。
「伯爵夫人。私は付き添いでここまでわざわざ来ませんよ。ただアリシア嬢と少しでも交流する時間が欲しいから無理を言って付いてきただけです。アリシア嬢がここまで緊張する理由は、夫人であればすでに知っているんではありませんか?」
そう言われ、サーシャがため息をつく。
「…………すでに主人から手紙にて内容は伺っていますわ。だからこそいつも通り振る舞うつもりでいましたのに。」
その言葉を聞いたアリシアは驚きつつも緊張が一気に解き放たれていく。
「お母様、ご存知だったのですか!?」
「娘が急に大人びた事、勉強してもいない知識を持っている事を考えれば何も不思議ではないでしょう?あなたが成人するまでは何も聞かずにいようとお父様とも話していたのです。」
どうやら薄々何かしらの事情がある事は気がついていたが、黙って見守ってくれていたらしい。
「お母様…………。」
「だいたい、途中から婚約者を探せとか言わなくなったでしょう!あなたが何も言わないなら、私たちはあなたを尊重して守る事にしたのよ。」
そこまで考えてくれていた親心に感動してしまう。
アリシアは自身の過去はどうあれ、今はブラッド家の末娘で良かったと改めて思うのだった。
「そこまで気が付かれていたとは思ってなかった。今まで黙って黙っててごめんなさい。本当はもっと早くうち開ければ良かった。お母様にとってはわたしは娘だもんね。ありがとう。」
アリシアがお礼を告げるが、母から思わぬ質問をされるのである。
「で!?結局何を隠していたのかしら?」
「……………………………わたしの感動返してくれる?」
その後、結局一から説明する事になったのであった。
夕食後、アリシアが姉達に“連行”されて行くと、ロイドは一人部屋で読書タイムを楽しんでいた。
するとドアがノックされ、アリシアの母サーシャが訪問してきたのである。
「ロイド殿下。突然の訪問失礼致します。」
「いえ、わたしもあまりに居心地が良く寛がせていただいていたところですのでお気になさらず。」
向き合うようにソファーに座ると、侍女頭のメルが紅茶とともにクッキーを出してくれる。
「ロイド殿下は甘いものはお好きかしら?」
「あまり酒は飲まない方ですので、代わりに意外と甘味は好きなんですよ。」
そんなたわいのない話をしているが、わざわざ一人になったタイミングで訪問してくる理由があるはずである。
ロイドは少し緊張してしまうが、単刀直入に聞いてみる事にしたのだ。
「わざわざこの時間、このタイミングでここへいらっしゃったのには理由がお有りですよね?」
ロイドの言葉にクスリと笑いながら紅茶をすすっている。
「ロイド殿下には前回の訪問時にもお伝えしているかと思いますが、もちろんアリシアについての事ですわ。この話はアリシアにも告げてはいません。どうか御内密に。」
そう言って一呼吸置くと、ゆっくりと話し始めたのである。
「あの娘が誰とも婚約していないのには理由があるのです。あれはアリシアが8歳のときに参加した社交界の後に、王宮に呼ばれたことがあったのです。そのとき毒味役が盛られた毒で倒れたところをアリシアが処置をして一命を取り留めたのですが、そのときに王家はアリシアの事を、『再降臨した大聖女』と疑い始めたのです。もちろんブラッド家にもその話はきました。それと同時にノア殿下の婚約者候補にもあがったのです。ですがミスト王国は貴族内の上下関係が厳しいため、子爵令嬢であるアリシアでは国母としての地位が低すぎると判断されたのです。ですが国王陛下は諦められず、アリシアが大聖女だと分かる確実な実績を示した暁には迎え入れたいと言われておりましたわ。」
どうやらミスト国王は早くからアリシアに目を付けていたということだろう。
そしてこの話をしてくるということは、『ジルコニウムの皇太子といえどアリシアは渡せない』という表れなのかもしれないと考えていたときであった。
「まぁ、お断りしたんですけどね。」
思わぬ回答が出てきたのである。
「国王からの要請を蹴ったのですか!?失礼ですが、自国の国王陛下からの依頼を子爵家が断れるものなんですか???」
ロイドは牽制されていると考えていたのだが、ノアですら断られていた事に驚愕してしまう。
だが笑いながら答えるサーシャの表情は楽しそうなのだ。
「わたしはこう見えて恋愛結婚なのですよ。だから相手が王子だろうが平民だろうが、アリシアが望む相手と結ばれれば良いと思っているんです。アリシアは現時点でもノア殿下を気にするそぶりはありませんよね?陛下には、アリシアが殿下を望めばどうぞと伝えているんですよ。」
まさかサーシャの口からピーちゃんと同じセリフが出てくるとは思わず、ロイドも苦笑いしてしまうのである。
「それでも子爵家が王命を拒否する事はできませんよね………。何故そんな強気に出たんですか?」
その話の時期はまだピーちゃんは山にいたはずであり、『鳳凰との盟約』がある王家がピーちゃんに言われて断念するならば兎も角、ブラッド家側から断っていた事になる。
なんの後ろ盾も無いままそんな事ができるわけがないのだ。
「まぁ不思議ですよね。では何故そんな事ができたのでしょう?」
サーシャはロイドの驚く様子をみて、少し意地悪そうに投げ掛けてくる。
ロイドも少し考えてから、自分の私見を口にし始めた。
「…………夫人が上流貴族の出、…………ってだけでは王命に従わない理由にはならないし………。まさか、夫人が元王族の出なのですか!?」
ロイドが答えると、サーシャはにこりと笑いながら肯定したのである。
「その通りよ。旧名はサーシャ・ド・ミスト。わたくしは現国王、ジュール・ド・ミストの妹に当たるわ。」
「王女が子爵家に嫁ぐとかこの国では異例なんじゃないですか?」
「もちろん認められないわ。だから駆け落ち同然で転がり込んだのよ。早くに王位に就いた兄が手を回してくれて何とかなったっというワケです。つまり、アリシアには王族の血が流れているのです。でももちろん公表はできないわ。」
思わぬ実情にロイドは考え込んでしまう。
その様子にサーシャにこやかに聞いてくる。
「殿下は何を考え込んでいるのですか?」
「…………いえ、アリシアや夫人が王家の血を引くという話をわざわざわたしにしてくださった意味を考えておりました。」
ロイドはサーシャがここに訪問した理由を判断しかねていた。
アリシア本人も知らないサーシャの秘密を、わざわざ他国の皇太子に打ち明けた理由が分からないのだ。
するとサーシャは真顔になり、急に頭を下げたのである。
「…………婦人!?何を……」
「ロイド殿下。この話をした理由はこの国の情勢にも関わります。あの社交界での事件によって徐々に力を失いつつあった王家は、さらに立場が微妙になっております。この状況でアリシアに王家の血が流れていると知られれば、再降臨した大聖女を王位にと考える貴族も出てくることでしょう。そうなればアリシアは完全に自由を失ってしまう…………。アリシアは気が付いていないようですが、ノア殿下やアルト殿下に対する接し方よりも、ロイド殿下に接するときはリラックスしているように感じるのです。わたしにはそれが異性に対する感情なのか友人に対する物なのかはわかりませんが、ジルコニウム帝国皇太子であるあなたに娘を守ってもらいたいのです。お願いされては頂けませんでしょうか。」
サーシャにとってアリシアが大聖女の生まれ変わりだろうがどうでも良かったのだ。
ただ娘の幸せを願う一人の母として、ロイドにアリシアを守って欲しいと頭を下げたのである。
「…………アリシア嬢は幸せ者ですね。大聖女の生まれ変わりと知られれば、今までの関係ではいられなくなる事を危惧していたのに、むしろ夫人はそんな事を気にするそぶりを見せないどころか娘の心配をする。」
「そんなのは当たり前です。あの娘はわたしがお腹を痛めて産んだ最愛の人との娘。自分の生い立ちが足を引っ張るなどあってはならないのです。今のわたしにはアリシアを守る力がない。ですから失礼を承知でお願いするしかないのです。」
サーシャの訴えに、ロイドは快く応える。
「ご安心ください。アリシアはわたしにとっても元々守るべき対象であり、最愛の女性です。どんな困難があろうとも、必ずや守り抜くと誓いましょう。」
ロイドはサーシャの母の愛に触れて羨ましいと思う一方で、今世での大聖女の幸せを守ろうと強く誓うのであった。
今回は書ききれなかったサブエピソードになります。
ミスト王国内の情勢が徐々に怪しくなりつつなり、アリシアの母サーシャの過去からアリシアも巻き込まれそうな様子があります。
今回はここまでです。
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