護衛騎士候補アリシア
毒殺騒ぎのあったティータイムは少し気まずい雰囲気のまま解散となった。
所作の美しいメイドは王城内の自室に戻る。
「おかえりなさいませ、ミレーヌ様。」
「この後陛下に会うので着替えます。ドレスはあれでいいわ。髪はこのままで結構よ。」
そう言ってテキパキと着替えを済まして王の執務室へと向かった。
執務室には宰相や大臣が忙しなく出入りして仕事をしていた。
これは特別な事ではなく、いつもの光景である。
「ただいま戻りましたわ。申し訳ないのだけれど、陛下と話があるので皆様方は席を外して下さいませんか?」
ミレーヌの一言で、ものの数秒で全員が部屋から出て行ったのである。
「……茶菓子のケーキに毒を入れられたとは聞いている。大事には至らず良かったな。被害に遭ったメイドには申し訳ないと思うが、子どもたちが無事で安心したぞ。」
今回の事件の黒幕は王位を狙った貴族家の仕業であることは明白であった。
いつ命を狙われてもおかしくない為、母である王妃自らがメイドとして監視していたのだ。
「そのためにわたくしが参ったのです。ですがそれよりももっと興味深いものが見られましたわ。」
そしてミレーヌは先ほどの事件の詳細とアリシアの振る舞いを全て話したのだ。
「……それは本当に8歳の令嬢がやったのか?信じられん。」
「木に登るなど活発な少女であるとは存じていたのですが、ナイフを突きつけるまでの身のこなしは並の騎士よりも上でしたわ。それともう一つ。…さらに信じがたいのですが、あの娘は聖女の力が使えます。それも強力な力が……です。」
「毒味役のメイドが一命を取り留めたと聞いていたが、まさかそのアリシア嬢が助けたと言うのか?」
「ええ、しかも毒物の特定まで完璧でした。それにいくら高名な聖女であっても、病気や毒物の除去などは不可能です。太古の昔には部位の欠損をも治すことのできる聖女様がおられたと言う話が残っていますが、御伽話のような話だと思っておりましたわ。ですがあの令嬢は解毒をやってみせたのです。しかも犯人を追い詰めるかたわらで行ったのですわ。」
2人の中ではすでに共通の認識があった。
それは『大聖女の再降臨』についてである。
「鳳凰との盟約……か。アリシア嬢を王家として保護しなければならんな。ミレーヌ、差し当たって何か案はあるか?」
鳳凰との盟約、それは500年前に実在した大聖女フィーリアの相棒であった不死鳥・鳳凰と王国との間に交わされた約束を指す。
それはいつか生まれ変わって戻ってくるフィーリアを王国が見つけ出して保護をする代わりに、鳳凰が魔物や周辺国家の脅威から王国を守護するとしたものであった。
500年の歳月が経過しても脈々と王家に受け継がれてきており、王家の紋章が鳳凰になっている由縁でもある。
「アリシア嬢が大聖女様の再来であるなら間違いなく王家の一員として向かえ入れるべきですわ。わたくとしましては大聖女様でなかったとしても、アリシア嬢を味方につけておくことは今後の王家にとってプラスになると考えています。むしろヒューズ公爵家よりも先に保護できたのは大きいと考えています!」
「お前がそこまで言うほどのご令嬢だと言うことは分かった。だが彼女は子爵令嬢だろう?家格が違いすぎてノアと婚約した場合、周囲からの反発が出るのではないかと思うのだが?」
王の心配はもっともである。
仮に伯爵家から選ばれたとしても、上位貴族である公爵や侯爵からは不満が出るのは間違いない。
それがさらに子爵、それも成り上がりの家から王太子妃を出すなど、叩いてくれと言っているようなものなのである。
継承権第三位のヒューズ公爵家のエドグレンは、侯爵家との婚約を発表したばかりであり、どちらが次期王妃に相応しいかなど議論をする余地もないほどに圧倒的なのであった。
もし仮に王太子の婚約者ではなくアルト王子の婚約者とした場合は、王家から親戚降格される第二王子である以上王家の庇護下から外れてしまい、鳳凰との盟約から外れてしまう。
「ではこうされてはどうでしょうか?ノアとアリシア嬢がお互いを気に入ってどうしても婚約したいと思うようになれば良いのです。愛し合う二人を引き裂いて他のご令嬢が入る隙間を無くして仕舞えば良いのですわ!その間に次期王位を確実にしておけば、子爵家から王妃を取ったとして不満はあれど、ふれ回って周囲を煽動する者などはいなくなっていることでしょう。」
「なるほど。ではそこはミレーヌに任せようじゃないか。内々で王妃教育もおこなわなければならないからな。私のほうでもアリシア嬢が12歳になるまでに外堀を埋めておくように頑張ってみようじゃないか。」
こうして国王夫妻のミッションがスタートしたのである。
この二人は政略婚であるものの、互いに惹かれあっての婚約であったため非常に仲が良く、現王の派閥は皆、家柄度外視の恋愛についても寛容な部分があるのだ。
後日ブラッド子爵家に王家の家紋入りの手紙が一通届いた。
そこには次のように書かれていたのだった。
【第一騎士団長ドーズ・フォン・ブラッドの娘、アリシア嬢をノア・ド・ミスト第一王子の専属護衛騎士候補に任命する。12歳になるまでの間、ノア王太子殿下に仕えよ。】
アリシアはその実情を察することもなく、騎士になれると小躍りして喜ぶのであった。
アリシアが護衛騎士候補として過ごして3年の月日が経った。
その間に騎士の訓練はもちろんだが、ミレーヌ王妃直々の教育も受けている。
前世の記憶を持つアリシアにとってみれば、淑女教育や一般教養などは習得済みである為、どんどんとハードルを上げられていき、次から次へと様々な教育を施されている。
騎士としての腕もぐんぐんと上げ、護衛騎士候補であるのにも関わらず、すでに一般の近衛騎士に勝ってしまうほどに強くなっていた。
そんなアリシアも11歳になり、来年はいよいよ3年間の就学時期となる。
しかし周囲は、王妃から高い教養を身に付けさせられているアリシアが学ぶことなどあるのか?と噂されているのだ。
「アリシア、お前去年よりも3センチしか伸びてないじゃないか。ちゃんと食ってるのか?」
今日は年に一度の健康診断の日である。
騎士は身体が資本のため、健康維持は必要不可欠なのだ。
そんな健康診断をアリシアは毎年憂鬱な気分で迎えている。
アルトに指摘された通り、アリシアは同年代の令嬢よりも明らかに小さいのだ。
「……まだ11歳だし。これから伸びるし。」
アリシアは指摘されて不貞腐れている。
第二王子であるアルトは、アリシアの二つ上で今年から王立学院に在籍している。
兄であるノアが王位を継ぐ事を見据え、自身はアリシアと共に騎士候補として騎士団にも在籍しながら、学院では臣籍降下後の領地経営を考えて『領地経営科』で学んでいる。
この3年間で身長はみるみる伸びていき、すでに180を超えていた。
それなのに2歳しか違わないアリシアは、いまだに140を超えたところなのである。
「去年もそう言っていたような……。まあ気にすんなよ!アリシアは小さな巨人って言われてるし、身長なんか関係ないだろ?」
フォローになっていないフォローを受ける。
もちろん全く嬉しくない。
身体が小さいせいで力が弱く、鉄製の剣が持てないと判断されて細くて軽いレイピアを帯刀させられている。
アリシア本人は剣を持ちたいのだが、身体強化の魔法で力を補っても、重い剣を振ると遠心力で軽い身体が持っていかれてしまうため、泣く泣く諦めたのである。
「もういい!アルト嫌い!!」
そう言うとぷりぷりと怒りながら次の検査場まで行ってしまうのだった。
この3年の間でノアやアルトとの距離が近くなり、幼馴染のような関係ができつつあった。
アリスにいたっては休日に一緒に出かけるなど親友と呼べるほどに仲が良いのである。
ノア専属の護衛騎士として国内の様々な地域への公務に帯同していたこともあり、今ではノアの右腕として認知されるまでになっているのだ。
それゆえに残念だが、現状では王や王妃が望んでいた恋愛的な感情はアリシアには芽生えてはいないのであった。
「おおっ!足指姫じゃん!この間は助かったぜ!」
検査場に入るとさまざまな騎士から『足指姫』と声を掛けられる。
アリシアはこのあだ名についても嫌いであった。
なぜこんなあだ名が騎士たちの間でつけられたのかと言うと、3年前の事件のときに解毒したと言う噂が広まったのが原因である。
そのとき苦し紛れの言い訳として、聖女の力ではなく『毒素を分解する力がある』と言うことにしたのだ。
500年前なら当たり前であった毒素の分解を、この時代の聖女はできなかったからだ。
そのため、毒素を分解せきたのは聖女の力ではなく、特別な能力として身についたものであると言うことにしたのだ。
その認識が世間に広まる決定的な出来事が起こる。
それは騎士としての訓練を積んでいたある日のことであった。
騎士は常にブーツを履いているため、水虫に悩まされていたのを知り、アリシアが『解毒』と称して治療を行ったのだ。
一瞬で痒みから解放された騎士からどんどん噂が広がり、足指の毒(水虫)を消してくれる姫、『足指姫』と言われるようになったのだった。
(間接的に言えば水虫姫ってことでしょ!?そんなの嬉しいわけないじゃない!!)
アリシアは納得できなかったが、これでも周囲はリスペクしているつもりなのである。
だがその甲斐もあり、今では聖女と言う噂は無くなったのだった。
アリシアがあと一年で就学するのに対して、護衛対象であるノア第一王子はもうすぐ卒業となる。
王立学院では悩んだ末に貴族科に進学し、周囲の貴族の子息たちと交流をして派閥を拡げていた。
ノアは成績優秀な上、アルトと共に騎士団で一緒に汗を流していたこともあり、剣術の腕前でも比類なき素質を見せつけていた。
そんなノアだがひとつだけ欠点として挙げられる事があった。
それこそが婚約者不在であったのだ。
15歳から成人になるこの世界では、貴族の嫡男、しかも王家の王太子が婚約していないことは異例なこととして受け取られていた。
それを逆手に取るようにして王位継承権第三位であるヒューズ公爵家のエドグレンはクラフト侯爵令嬢との婚約が順調であることをアピールしていたのである。
エドグレンは王位継承権を放棄せず、逆にアピールしてやる気を見せているのである。
そのため貴族内では現王家筋のノアではなく、公爵家のエドグレンを次期王位に推す派閥の勢力が強くなってきていたのだった。
それに焦るのはノアではなく国王のヒューズである。
「アリシアとの進展はないのか?毎日のように顔を合わせていながら、ノアは一体何をしているのやら。」
王家の血筋を守るものとして、また一人の父としても息子ノアの婚約者不在を心配しているのだ。
王位継承権で争う事になれば、暗殺を警戒したりして疑心暗鬼になり、最悪は戦果に見舞われてしまう。
それを回避しようと無理矢理アリシアとの婚姻を結ぶことは王家としては簡単なことだ。
だがそれでは内紛を回避できたとしても、果たして鳳凰との盟約を守ったと言えるのだろうか。
全てを解決するためには、2人がお互い惹かれあって婚約してくれれば良いのだが、そううまくはいかないために焦ってしまうのである。
ミレーヌからも、
「焦らせるのが一番よろしく無い事ですわ。お互いが交流を深めていけば、良い方向へと進むと思います。」
と静観したほうがいいと釘を刺されている状態で八方塞がりな状態なのだ。
そんな事情を知らない多くの貴族からノアに対してお見合いの売り込みが殺到している。
顔も良く背も高いノアを一目見た令嬢は心を奪われてしまうらしい。
同じく高身長のアルトと共にイケメン兄弟として社交会では注目の的なのである。
しかしなかなか婚約者を選ばないため、いつしか男色なのではと噂され始めていた。
どの世界にも腐女子はいるらしい。
アルトとノアのどちらが責めでどちらが受けかと、一部では妄想がはかどっている状態なのだ。
そんな事を考えていると、タイミングよくノアが執務室を訪れたのである。
「市政から徴収した税金使用についての案を持ってきたのですが……どうされたのです?」
国王の頭を悩ませている内容が、まさか自身の婚約についてだとは思いもしていないノアなのである。
何をやらせても優秀な王子なのだが、どうも色恋に対してはそうでは無い様子なのだ。
「……ノア、最近はアリシア嬢と公務に出掛けることが多いが、旅先で一緒に買い物などに行くことはあるのか?」
今まで二人に任せるスタンスを貫いてきたのだが、我慢できずに聞いてしまった。
だがノアは何故そんな話を聞くのだろうと言いたげな表情である。
「公務は仕事ですから、旅先とはいえ外出は致しません。アリシアは護衛騎士としてついてはきていますが、あくまで現在は『候補』ですから宿泊先では別行動になっています。」
それを聞いてまたしても頭を抱えてしまうのである。
これでは何のためにアリシアを無理矢理ノアの護衛騎士にしたか分からない。
何かもうひとつ背中を押す何かが必要に思われたのだ。
「ノア。お前に休暇を言い渡す。ついでに就学前にアリシア嬢をエスコートして遊ばせてやれ!彼女は3年間お前の護衛騎士候補として使えてきた。労ってやれ。これは国王としての命令だ。わかったか!」
「それは休暇とは言わない……いや、分かりました。王命であれば従います。全力でアリシアを楽しませて見せましょう。」
『違う。息子よ、そうじゃない!!』っと心の中で絶叫しそうな気持ちを抑える国王なのであった。
次回はサザンドラ旅行へ出発です!
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