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金色の大聖女

アリシアが放った光がその周辺にいたすべての者を照らした数分後、美しかった光の柱が収束していくと、洗脳されていた者達がザワザワとし始めた。

洗脳が解けたことにより、現状の理解が追いつかない騎士が多いのだろう。

だが、洗脳中に起こった記憶も騎士達の脳には記憶されているため、徐々に《今にも殺す》と言っているような目でネーベルを見始めたのだ。

「さて、ネーベル。私がこの剣を後数センチ奥に押すだけで貴公の首が胴体から切り離されることになるんだが……。皇帝陛下、この男をどうされましょうか?」

ロイドがネーベルの処遇を皇帝に委ねると、洗脳中に傀儡となっていたときには観られなかった鋭い視線をネーベルへと向けたのだ。

「ネーベル・クライン。貴様はヴァイス教大司教という立場で近づき、洗脳という卑劣極まりない手段を用いてジルコニウム帝国の転覆を目論んだと結論付けられる。裁判の必要性もなく、この場にて斬首を行う。ロンバリー・フィー・ジルコニウムが命じる。その者の首を落とせ!」

そう皇帝が命じた瞬間、ロイドが剣を突き刺してネーベルの首がその場から下に落ちたのである。

首が落ちたことにより、頭が付いていた場所からはまるで噴水のように血が噴き出し、そのまま身体は力なく倒れていった。

それを観た騎士達は勝ち鬨を上げる声を上げ、アリシアを含めた全員が安堵し、フーッと息を吐いて張り詰めた緊張を解いたのだった。


ロイドが剣についた血を拭い、アリシアが駆け寄ろうとしたとき、ピーちゃんが上空から叫び警告したのである。

「まだや!一旦引くんや!!」

ピーちゃんが叫んだ直後、その声に反応する間もなく、再度周囲に毒の霧が充満したのである。

「なるべく離れて!」

「逃げろぉー!!」

騎士達は皇帝を守るように下がり毒霧から逃げようとするのだが、先ほどロイドに向けた毒の量よりも数倍の範囲が毒霧に覆われたのである。

毒の霧に呑み込まれた騎士達がもがき苦しみ始めたのだのだが、アリシアが広範囲に解毒魔法をかけると一瞬で周囲が晴れ渡った。

「大丈夫ですか!?」

アリシアが周囲の体調を心配して聞いていたとき、風に乗って《鉄の錆びたような匂い》が漂ってきたのである。

それの意味するものはすぐに分かった。

「やれやれ、何度も言いますが痛いのは変わりないのですよぉ?それなのに首を切り落とすだなんて、死ぬかと思いましたよぉ?」

そう言いながら落ちた首を拾って身体にコキコキと戻しはじめる。

問題はその首を落とした側のロイドがうずくまり膝をついており、その背中からネーベルの腕が生えていることだった。

「………ロイド……殿下?」

アリシアが呼びかけると、ひたいに脂汗を浮かべながら気にするなと手をひらひらさせてアピールしてみせる。

「まったくぅ。痩せ我慢もほどほどにしないとぉ、死んだことにも気がついてもらえなくなりますよぉ?喋る事もできないほどなくせにぃーー、ね!」

そう言いながら腕を引き抜いたのだ。

腕を抜かれたロイドの身体は、まるでマネキンのように崩れ落ちたのである。

「ロイド殿下ー!」

アリシアはロイドに駆け寄ると、すぐに状態を確認する。

だがそのあまりの状態に手が震え、思考が停止してしまう。

「どうしようどうしようどうしようどうしよう…………。」

顔が真っ青になり、手足が急に冷えていく感覚を覚える。

呼吸は荒くなり、体全体が震えてくるのだ。

(このままじゃロイド殿下が死んじゃう!どうすればいいの!?)

アリシアの目の前には、誰が見ても致死量の出血をしているロイドがピクリともせずに倒れている。

医者としての知識が“手遅れ”であることを告げているのだ。

そんなうなだれているアリシアの目の前に、ニヤニヤしたネーベルが近づいてきたのである。

「残念だったなぁ()()()()()()。目の前で血染めの皇帝と大聖女が揃っているのに気がついたときには肝を冷やしたがぁ、こうしてみると呆気ないものですねぇ。」

そう声をかけてもブツブツと何かを呟きながら、アリシアは反応せずにいたのである。

「…………チッ、壊れやがったかぁ?絶望に抗おうと必死になって抵抗する女が良いのに、これじゃつまらないですねぇ。まぁ、あの大聖女をと考えればそれでも価値はありますかねぇ?」

そう言って手を伸ばしたときであった。

「アリシア!!何をしているのよ!目を覚ましなさい!」

茂みからシェリルが顔を出して大声で声をかけたのだ。

その様子にネーベルは新しい獲物を見つけたと、にやけが止まらない様子である。

だがシェリルは気にもせずに走り、ネーベルの前にいるアリシアに駆け寄ると、両肩を持って再度声を掛けたのだ。

「何してるのよ!呆けている場合じゃないでしょ!ここまであなたは何をしにきたのよ!」

シェリルが必死に声を掛け続けるが、アリシアが反応することはない。

「っこの、バカ!!目を覚ましなさいよ!」

するとシェリルがパンッと、思いっ切り平手打ちをしたのである。

「アンタいつまで腑抜けてんのよ!何もせずに全てを投げ出してんじゃないわよ!!」

シェリルがそう叫んだときであった。

「……顔はマズいですねぇ…。可愛い顔が台無しになっちゃうじゃないですかぁ。せっかく目の前に大聖女が落ちてるのに、ボロボロじゃあ拾えなくなっちゃうからねぇ。」

ネーベルがシェリルの腕を掴んで持ち上げると、シェリルは足をバタバタしながら抵抗してみせるが、無意味に等しい。

「それにしても嬉しいですねぇ。青い果実が自分から転がり込んで来てくれたのですから。反応しない大聖女も悪くはありませんがぁ、やはりこうじゃなければねぇ……楽しめませんよねぇ?」

「ヒィぃー………気持ち悪い!」

シェリルは目の前で浅黒い顔で舌舐めずりをするガマガエルのような男を前に、背筋がゾクゾクとするのだが、両腕を掴まれて身動きが取れないのだ。

しかし、アリシアの元に駆けつけたときにはシェリルの覚悟は決まっていた。

自分がこの場で死ぬ事になろうとも、友人を助けるために動きたい、そのために自分はここまで来たのだと固く決意したのだ。

「だれが………だれがアンタなんかに!そうなるくらいなら、この場で自分の舌でも噛み切ってやるわよぉぉ!!!!!」

シェリルの悲痛な叫びが響いたそのときであった。

シェリルの目の前で舌舐めずりをしていたネーベルの体が、一瞬のうちに後方へと離れていく。

正確には飛んでいくのが見えたのである。

何が起こったのか理解が追いつかなかったシェリルだが、自分の身体を抱き止めてくれた人物の顔を見て、ポロポロと涙が出てきたのだった。

「遅いよ、アリシアァァ………。」



まさに一瞬の出来事であった。

アルト達が駆けつけて目に飛び込んできた最初の光景が、アリシアのレイピアによってネーベルの巨体が飛んでいく光景だったのである。

それを観たミモザは興奮していた。

「あれよあれ!あれこそが私が見惚れた【白銀のレイピア姫】そのものよ!」

「あの閃光は……雷か!?」

アルトもアリシアの剣捌きを改めて美しいと感じつつ、訓練では見せなかった魔法との融合技に驚きを隠せないのだ。

しかしただ1人、その場で頭を抱える人物がいた。

アリシアの専属騎士にされているのに、今回は何故か別行動を取らされているマロンである。

「…………やりすぎだ……。アイツもう隠すのをやめたのか?やめたんだったら真っ先に俺に知らせて欲しぃ………。このままじゃ俺の胃が何個あっても足りん!」

騎士に任命されたのは王家から勅書を受けて命じられたのである。

もちろんアリシアが大聖女の生まれ変わりである事も知っての依頼であった。

周囲に対しては守秘義務があると言いつつ、アリシアの正体を隠すつもりがあるのかないのか甚だ疑問である。

チート級の知識スクロール披露など常々頭を悩ませてきたのだが、今回の行動はもはやバレない方がおかしい程なのだ。

(鳳凰様も完全にキレちゃってるでしょアレ……。自分の正体バレちゃダメって忘れてないか??)

アリシアの後ろで神々しく羽ばたく姿は只者ではないのが丸分かりである。

むしろ鳥の姿で神々しくあり、尚且つチート級のスキル持ちの少女が現れたら、大聖女と結びつけない方がどうかしているレベルなのだ。

「まったく……勘弁してくれよぉ〜……。」

従兄妹アリシアの行動のせいで胃に穴が開くと感じたマロンは、労災が下りるのか問い合わせることを決心したのであった。



「遅いよ、アリシアァァ……。」

「……ごめんね。ありがとう、シェリル。おかげで()()()()()よ………。」

アリシアがシェリルを抱きしめる。

アリシアの方が身長が小さいせいで格好がつかないが、そのときのアリシアはまるで子どもをあやす母親のように見えた。

「それより早くロイド殿下の治療を!アリシア、急いで運びましょう!」

シェリルが我に返り、聖女の元へと騎士に運ばせようとしたときである。

「大丈夫。私がここで処置をするわ。」

先ほどまでとは違い、何処か吹っ切れたような頼もしい表情でアリシアが言い放つ。

だが、アリシアは聖女ではない。

「……ごめんね。さっきあのキモガエルがアリシアのことを“大聖女”って呼んでいたのを聞いてしまったの………。でも前世まえはどうだったかは分からないけど、今のあなたは聖女ではないわ!」

シェリルが言う“聖女ではない”と言うのは《選定の儀》においての結果であり、この世界の子ども達であれば6歳のときに必ず教会でその診断を受けるのである。

この選定の儀は自身の能力の質を指し示すものであり、生まれながらに持っている能力を知る儀式のことで、術式が刻まれた水晶球に手をかざすと現れる色によって判別されるのだ。

聖女とはその儀式において水晶球が白色に輝く白魔導士に認定され、さらにその中でも回復魔法に強い適性を持ち合わせた者を指すのだ。

シアがそれに該当する稀有けうな存在なのだが、当の本人は聖女科から魔導騎士科へと転科しようと考えているようで、周囲からかなり説得されているのであった。

しかし当のアリシアはその儀式においてそもそも白魔導士ですらなかったため、聖属性魔法は使えないはずなのだ。

この情報はシェリルがロゴス公爵から学園で仲良くして欲しいと言われたときに気になって調べた情報であり、授業中の様子からも間違いはないはずである。

しかしアリシアはにこりと微笑みながら親指を立てて『任せろ!』とアピールする。

そしてロイドの方を向きながら話始めたのだ。

「私はね、お父様の後を継いでブラッド子爵になる予定だったの。だから選定の儀では“そう願った”のよ。」

シェリルはアリシアの言っている意味がよく分からないようだが、アリシアは続ける。

「あの儀式において、検査で用いられる水晶球は属性を示す一色にしか光を示さないでしょ。私はお父様と同じ水属性の青をねだったわ。そしたら見事に青い色を示したのよ。……でもね。この話には続きがあるの。」

アリシアが少し寂しそうな表情でシェリルに向き直した。

「実は前世まえに同じ儀式を受けたとき、全属性の色を出すことができたわ。自分が出したい色を……。シェリルは知ってる?【光の三原色】って言う性質があるの。赤と緑と青の色が混じると何色になると思う?」

赤は火、緑は樹、青は水を示すそれぞれの色なのだが、混じったところを見たことがないのでシェリルには分からない。

シェリルが首を横に振ると、アリシアはふふっと笑いロイドの様子を確認しながら、答えを告げたのである。

「………白よ、白!これが私が前世まえに聖女と呼ばれた最初の理由なの!」

アリシアがそう言うと、金色こんじきに輝く羽をなびかせたピーちゃんがいつもよりも大きなサイズになり、その羽でロイドの身体を覆ったのである。

「ピーちゃん、サポートをよろしくお願いします。」

そう言ってアリシアはピーちゃんの背中に手を添えると、力を込めていく。

日が沈み暗くなった周囲がまるで昼間のように明るくなり、ピーちゃんから発しられる金色の光が辺りを包み込み、その美しく輝く姿に周囲も見惚れてしまったのであった。


時間にして数分の出来事だったはずなのだが、見ていた者全員がとても長い間の出来事だったような錯覚にしていたのであった。

光が収束していくと、何処からともなく声が聞こえてくる。

「……奇跡だ。」

「女神様じゃないか?」

「いや、あれこそが大聖女様だ!」

一気にワッと騎士達の中から声が響いてくるほどに盛り上がっていったのであった。

マシューが遅れて駆け寄ってくるが、ロイドの姿を見てすぐさまアリシアに膝を突いたのだ。

「これまでの数々の御無礼、大変失礼致しました。我が主人をお救いしていただき感謝申し上げます。」

アリシアはふーッと息を吐き、ひたいの汗を拭うとマシューに指示を出す。

「お腹や内臓のキズの修復と神経の接続など外科治療は施しました。ピーちゃんのお陰もありすでに峠は脱しています。しかし私の力は万能ではありません。今までの監禁生活も相まって造血するエネルギーが足りず、現在貧血を起こしています。このまま治療室へと運び、目覚めたら肉を中心に食事を摂らせてください。」

そう言うと、シェリルに話しかけた。

「シェリルのお陰よ。ありがとう。危なく()()死に別れてしまうところだったみたい。まぁ……実際はよく覚えていないんだけどね!」

テヘヘッと舌を出しておどけてみせるアリシアの肩に、金色の鳥が止まったのだ。

「わいもすべて思い出したんかなぁ思うたんやけど、断片的な記憶やったようやな。」

「ピーちゃんとダイス殿下の事はちゃんと思い出したわよ?それよりも良かったわけ?さっき治療中に脳内にダイス殿下とピーちゃんのやりとりが見えたんだけど、《全てを思い出したら》って制限付きで力を抑えていたんじゃないの?」

アリシアは先ほどの治療の際に、ロイドとピーちゃんに繋がった事で盟約の一端が見てしまったのであった。

「そりゃ大丈夫や!すべてっちゅーんは、わいとダイスに関する記憶って事に限定してしまえばええわけや。そら文句も言われるかもしれんけどな?考え方の問題って事で堪忍してもらおうってことやね!つまりわいらのことを思い出した時点で盟約は完遂してるっちゅーわけや!」

「……それなら良いんだけど……。ちなみに盟約を結ぶダイス殿下とピーちゃんの姿が見えた意外には、ジルコニウム帝国にダイス殿下のお父様を治療するために訪問したあたりまでの記憶が戻ってきたわ!」

「そら上々やな!やっぱりキッカケがあると思い出すみたいやなぁ。この国に来たことで思い出せたんやろーな!って悠長に話してる場合ちゃいそうやで!?」

ネーベルが誰かと戦闘している様子がこちらにも伝わってきているのだ。

今まで黙って2人の会話を聞いていたシェリルだったが、ドキドキしながら状況を見守っていたのである。

それに気がついたアリシアは、シェリルの肩をポンと叩くと、またしても親指をグッと立ててる。

「今度はシェリルの大切な人を救ってくるわ!」

そう言ってピーちゃんと共に駆け出したのであった。




アリシアがピーちゃんと一緒に金色の光を放つ場面を見ていたアルト達は、呆気にとられていたのであった。

「……アリシアって、何者!?」

ミモザの言葉でマロンの胃がキリキリと痛む。

チラリとアルトを見るのだが、アルトも首を横に振るだけで、何のフォローもしてくれないのである。

《マロン、諦めろ。》

そう言われたような気がしたのであった。

《仕方ない、自分でどうにかするしかないな》っと覚悟を決め、痛む胃を押さえながら誤魔化してみる。

「アイツは昔から変わってるやつなんで、きっと何か特殊な術でも試しているんじゃないですかね?」

言い訳としては苦しいマロンの説明だったが、ミモザはウンウンと呆気なく信じたのである。

これも今までのアリシアの行いのせいなのだが、今回はむしろそのおかげで助かったのだ。

「でもピーちゃんがとっても神々しいですね。何だか見惚れてしまいます。」

「グゥッハァ!?」

マロンの胃が限界を迎えた事を悟ったアルトは、静かに手を合わせるのであった。

ミモザがとても感動しているが、まだ怨敵であるネーベル本人は討伐できていない。

「とりあえず、アリシアが吹っ飛ばしたヤツを追うぞ!治療中に来られると面倒だ。」

アルトが指示を出し、ネーベルが飛んで行った先を確認してみることにする。

一体どんな力を込めたら人間がこんなに飛ぶのかと疑問に思うが、先ほどの一撃を思い出すと妙に納得できてしまったのである。

「さっきの一撃、雷が発生していましたよね。死んでるんじゃないですか?むしろこんな衝撃に耐えられる人間がいますかね?」

マロンはロイドが首を落としても死ななかったと言う事実を知らないため、ネーベルの死を確信していたのだが、アルトは違った。

「さっき市場で聞いたヤツが言っていた言葉が気になるんだよ。信者の中でも邪神と契約できたヤツらはヴァイス教の中でも“大司教”と呼ばれ、何百年も生きているなんて噂があると言っていただろ?」

それを聞いたミモザが驚いている。

「アルト殿下って意外とそういう噂とか気にされるんですね。失礼かもしれませんが、私はてっきり現実的な思考の方かと思っていました。」

「いや、基本的にその考え方であっているよ。だが相手が邪神となれば話は違うだろう?さっきのアイツは腕の長さが異常だった。もしかすると何か魔法とはことわりが違う能力があるんじゃないかと考えても不思議じゃないだろう?」

そう言われると納得できてしまう。

それに先ほどもアリシアの力でピーちゃんが黄金色に光り輝いた姿を見たばかりなのだ。

友人が自分の知らない魔法を使っているのだから、誰とも知らぬ相手が不死身の力を持っていても不思議ではないのである。

「……って、じゃあそんな相手に勝つこととか不可能じゃないですか!?」

「“かもしれない”と言う話だよ。それに色々と情報を得てしまっただろうし、どちらにしろこのまま取り逃す訳にはいかないのさ。」

アリシアが大聖女の生まれ変わりであるとヴァイス教にバレると、確実にヴァイス教との全面戦争が待っているだろう。

今回の件によって今後の戦況がどう変わるかは分からないが、準備する時間は欲しいのだ。

そう話して歩いていたときであった。

隣で会話していたミモザが急に悲鳴をあげたのだ。

「ミモザ嬢!?」

アルトは周囲を見渡すが、ミモザの姿が見当たらない。

すると上の方から『殿下……』と呼ぶ声が聞こえ、アルトとマロンが上を見上げると、木の枝に引っ掛かり逆さまで宙吊りになっているミモザが見えたのだ。

よくみると、ミモザの足首を掴む手のようなものが見える。

「出て来い大司教!」

アルトが叫ぶと、木の裏側からゲスい笑いと共にネーベルが姿を現したのである。

「キヒヒ、今度はミストの2番目ですかぁ?まったく今日は驚かされてばかりですよぉ。ですが私もねぇ、手土産ができたので報告に行きたいのですよぉ。そのついでに自分へのご褒美が欲しかったのですがねぇ?まさか自分から歩いて来てくれるだなんて嬉しい限りですよぉ。キヒヒヒィィ〜。」

そう言いながら木の上からミモザを下ろすと、目の前に持って来てクンクンと匂いを嗅ぎ始めたのである。

「あぁ〜この香りですよぉぉ、たまらないですねぇ。」

溢れるよだれをじゅるると吸いながら話す顔を見て、ミモザは泣きそうになっている。

「残念だが、その情報とやらを持ち出される訳にはいかないのでな。お前にはこの国で無理ならば、ミスト王国に連れ帰ってでも裁きを受けてもらう。」

「それはいやですねぇ。どうせ裁きと言っても首をまた落とされるだけですからねぇ。痛みはあるのですよぉ?首を切り落とされる痛みなんて知らないでしょう?」

ネーベルのその言葉からアルトは確信する。

この男に“死”と言う概念があるのかは分からないが、少なくとも首を落とされたくらいでは死なないと言うことを。

「じゃあとりあえずどこまで切り刻めば復活できないのかを調べてみようじゃないか。」

アルトはそう言うと剣を構える。

「ずいぶんと急ぎますねぇ。私としてはその方がありがたいのですがぁ、どちらにしても私を倒す事はもう不可能なのですよぉ。」

「なるほど?つまりはあなたを倒す切り札になるのがロイド殿下というわけですね?もしかしてあの剣が特別なのでしょうか?それともロイド殿下だけが使える魔法があるとか?」

ネーベルが“剣”と聞いた瞬間に、僅かだが体がピクリと反応したのをアルトは見逃さなかったのだ。

「マロン。ロイド殿下の剣を借りてこい!最優先だ。」

その命にマロンは一目散に来た道を戻っていく。

アルトはそれを確認すると、ネーベルに剣を向けるのであった。

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