危険なティータイム
先日のパーティーの後に膝が無くなるのではないかと思うほど長時間正座で説教を受けたアリシアだったが、参加者からは好評だったようで様々な貴族から大量の手紙が届くようになる。
大方は面白半分の冷やかしが入ったお茶会へのお誘いなのだが、中には婚約者候補にという物も含まれていた。
「物好きがいたものね。あの醜態をみてあなたに婚約を申し込もうとする人がいるだなんて。」
母からチクリと言われてしまう。
どうせその婚約を申し出ているのも男爵家の次男、三男とかだろう。
どうせ騎士の家系であるブラッド家の娘と婚姻を結べば、軍人になった後も恩恵を受けられると考えているのだ。
(わたし自身に興味を持つ人がいない事くらい分かるわよ。まだ8歳の女の子に魅力を感じる男の方が危ないわ!)
大量に届く手紙達も、精査されて残るのは一枚あるかどうかだろうとタカを括っていたのだ。
しかし数日後、状況は一変する。
父親の部屋に呼ばると、テーブルに置かれた一通の手紙の前で頭を抱える父親が座っていたのだ。
「…ねえセバス。お父様はお腹でも痛いの?」
隣にいる執事のセバスに小声で話しかける。
「お嬢様。せめてお腹ではなく頭の間違いじゃないかと思いますが……。」
そんな話をしていると、ようやく顔を上げた父はため息をつきながら机の上の手紙を無言で指差す。
よくみると封蝋には鳳凰がいるではないか。
「お父様。わたしはあのパーティーでの行いは許されたのではなかったのですか……?」
王家からの手紙があり、そしてアリシアが呼ばれたことを考えれば、先日のパーティーでのこと以外考えられない。
あの場では許すと言っていたのだが、やはり不敬罪で罰せられるというのだろうか。
父親の様子を固唾を呑んで見守っていると、ようやく口を開いたのである。
「ノア殿下とその弟王子であるアルト殿下、さらにはアリス王女殿下の連名でお茶会への招待状が入っている。先日の件でお礼をしたいそうだ。」
わざわざネコを救ったお礼をするほど愛猫家だったのかと感心してしまうが、呼ばれたということはもちろん断れるわけがない。
またしてもドレスを着て王城まで行かなければならないわけである。
幸いにも子爵領に戻っていなかったので王都の子爵邸から向かえば良いので距離的な問題はない。
あるとすればアリシアはお茶会などしたことがないのに、いきなり王族のお茶会に参加することになってしまった事くらいだろう。
「確かに厄介ですね…。ちなみにこの話はまだお母様には?」
「できるわけないだろう!!あの事件はつい先日の話で、傷も癒えていないというのに。」
事件と言われて傷とも言われるのかとうなだれてしまうが、あれだけやらかしていれば事件と言われても仕方がないだろう。
しかし母にバレていないのは幸いだ。
バレた日には寝ずの特訓が待ち受けているからだ。
「お父様。ドレスを支度する必要がありますのでわたしが自らお店の方に赴いて支度して参ります。」
「うむ。決して悟られてはならないぞ。平穏を取り戻しつつある我が家がまたしても荒れてしまうからな。」
「では明日アリシアを連れてお店に行って参ります。セバスは今からお茶の用意をしておくように。」
……………!?
アリシアと父のグビがグギギと声のした方を向くと、顔が引きつった母が立っているのであった。
(ひーーーーーー!!地獄耳すぎるってーー!!)
心の中で号泣しながらお茶の指導を受けるために連行されるアリシアを、同じく同情の眼差しで見つめて見送る父がセバスの目には映っているのであった。
地獄の特訓を受けてお茶会当日を迎えたアリシアは、敵地に赴く戦士のような顔つきになっていた。
「お母様。わたくし行って参ります。」
いざ待たせてある家の馬車に乗って王城へ!っと外に出ると、いつもの馬車から一回りはデカい馬車が停まっていた。
あまりの豪華な馬車に尻込みをしていたアリシアを手招きする人物がいる。
よく見ればネコ救出を依頼したアルト殿下であった。
「アリシア!待ちきれずに迎えに来たぞ。兄上とアリスが首を長くして待っているから急いでくれ!」
10歳らしい、満面の笑顔で手を振る姿は前世の記憶が戻ったアリシアにすれば可愛らしいと感じてしまう。
(顔もものすごく整っているし、本来の8歳女子からすればトキメク所なのかしら?)
一度大人の記憶が戻ってしまえば、子どもとしても振る舞いはできなくなってしまう。
同じように子どもの感覚ではなく大人の感覚を身に付けてしまったため、同年代は『子ども』としか認識できなくなっているのだ。
(ふっ、わたしは大人の女性の色気も出せてしまう8歳女児というレアなキャラクターになってしまったのね……。罪深いわ。)
アリシアは前世の莉愛の頃から子どもぽいと周囲に言われていたため、大人の色気など大人のときですら出してはいなかったのだ。
そもそも大人の女性はスカートで木登りなどしないのである。
王城に着いて案内されるまま庭へと通される。
「色とりどりのバラ……綺麗ですね。」
「ここは私たちの母である王妃が庭師に造らせた庭園なんですよ。母は公務先で珍しいバラがあると株を分けて貰って植えているんです。」
確かに見たことがない種類のバラが咲き誇っている。
実はアリシアも花が好きで子爵邸の庭に色々な花を植えているのだ。
アリシアの場合はアジサイや桜など、日本で見られるものが多い。
前世の記憶が戻る前から何か惹かれるものがあったのだろう。
そんな事を考えながら庭を進んでいくと、ひらけた場所に東屋が見えてきた。
(何だか王城にあるにしては……日本風…?)
瓦が敷かれている三角屋根であり、木を組んで造られた土台が見られる。
中央ではノア王子とアリス王女がティーセットの前に座っていて、こちらに手を振っていた。
「アリシア、よく来てくれました。本日は楽しい時間が過ごせると良いと思い用意しましたので、緊張など不要ですよ。」
緊張のあまりに身体が強張っていたのだろうか。
初めから気を遣われてしまった。
「ごきげんよう。お招き頂き光栄でございます。ブラッド子爵家が五女n……て、ご挨拶がまだ〜!!」
「堅苦しい挨拶など不要ですわ!アリシア、さあさぁ、こちらに座ってくださいな!」
母と挨拶から特訓をしてきたのに、アリスに腕を掴まれて遮られたしまった。
さっそく出鼻を挫かれてしまったが、王女であるアリスから言われてしまえば従わざるを得ない。
「ここにいるのは私たち以外は王城付きのメイド達だけ。私たちにも敬称はいりません。是非ノアとお呼びください。」
「そっそそ、そんなわけには参りません。王子殿下や王女殿下を呼び捨てにできるほどの家格は持ち合わせていませんので〜!」
全力で首をぶんぶん振りながらお断りを入れて置く。
「そう言わないでくれ。妹はキミと友になれると喜んで今日を迎えたのだ。私たちを友として接してはくれないだろうか?」
そこまで言われてしまえばい断ることもできないだろう。
立場が関係しない場でのみということで了承することにしたのだった。
テーブルに座ると所作の美しいメイドがお茶を運んできてくれた。
「ありがとうございます。」
にこりとお礼を言ってから入れられたお茶を見ると、薄い赤い色がついていた。
「これはローズヒップティーですね。美しいバラを見ながらローズヒップを楽しむなんて風情がありますね。」
「ふふふ、喜んでくれたようで良かったよ。母がこの間の公務で西部に行ったときに買ってきたものなんだそうだよ。」
確かにこの王都では見かけない。
アリシア自身も前世で飲んだ以来だった。
隣でぽちゃぽちゃと砂糖を入れているアリスを見てアリシアは話しかける。
「アリスおうj……、じゃなかった。アリス。ローズヒップは甘味は確かにあまりないのですが、代わりに酸味があり、バラの香りがフワッと香るのを楽しむのも魅力の一つなんです。是非一度そのまま飲んでから鼻腔を通すようにしてみてください。」
7歳の女児には無糖は辛いのかもしれないが、せっかくのお茶である。
ありのままを味わって欲しいと思っての発言だった。
「……わ、分かりました。ではもう一杯頂けるかしら。」
「わたくしのを一口先にどうですか?新しい物がお気に召されなかったときに、王妃さまがわざわざ西部まで行って購入した茶が無駄になってしまいますわ。」
にこりとアリスに笑顔を向けて差し出そうとしたときである。
目の前に座っていた2人の王子やその周辺のメイドがこちらを警戒し、止めようかとしていたのが見てとれたのだ。
(さては毒の混入を疑っているのね…。無理もないわね。それだけ過酷な生活を強いられているのでしょう。)
そう察したアリシアは、スクッと立ち上がると腰に手を当てて一口飲んで見せたのだ。
「うん、目眩もないし痺れもない!安心安全なローズヒップティーですわ!」
そう言ってからまたしてもやってしまったことに気がつく。
「…ってお風呂上がりの牛乳のように飲むなんてはしたないことを!?しかも結局口をつけた物を勧めるだなんてええええええええ!!!!」
その場で頭を抱えて悶絶してしまう。
すると周囲は笑い声で溢れたのだ。
「さすがだねアリシア。やっぱりキミはとても面白いよ。」
ノアが笑いを堪えられずに机に伏して笑っている。
それだけでもアリシアはみるみる顔が赤くなってしまうのだった。
「……美味しい…。アリシア。わたくしお砂糖を入れずにお茶を飲んだのは初めて飲んだとき以来でしたが、このお茶はとても美味しくてそのままでも飲めますわ!」
「ひと言で紅茶と言っても様々な物がありますから。わたしはミルクティーにはお砂糖も少し入れたりしますよ。」
「ミルクティー?紅茶にミルクを入れるのですか?」
「そうですね。茶葉にもよりますけど、特に苦味が苦手な人にはいいと思いますよ。」
アリスと紅茶談義に華を咲かせていたときであった。
後ろでバタンと大きな音が聞こえメイドの悲鳴が聞こえてきた。
(何事かしら!?)
気になって東屋の後ろ側に向かってみる。
ノア王子に止められた気もするが、すでにアリシアの耳には届いていなかった。
向かった先には若いメイドが口から泡を出して痙攣して倒れていたのだ。
状況からして毒見役が出す予定のケーキを食べて倒れたというところだろう。
「聖女さまと薬師を連れて参ります。」
1人のメイドが走って向かおうとしたときである。
「動かないで!」
アリシアの声にビクッとしてその場の全員が足を止めたのだ。
「これは明らかに毒の症状です。しかも呼吸の状態、痙攣などからトリカブトによる中毒症状だと思います。」
周囲はアリシアのひと声で動けないでいる。
たった8歳の少女の言葉で慌てふためいていた場が静まり返ったのだ。
アリシアは目の前の少女を診察鑑定しつつ、薬師を呼びに行こうとしたメイドに話しかけ始める。
「こちらにはノア王子に加え、アルト王子とアリス王女もおられました。この状況から王族を狙った犯行だと考えられます。王族を狙った犯行は重罪ですよね?」
「な、何故わたしにそのような確認をされるのですか?わたしは初めからこの場にいて毒物を混入する事などできませんでした。もし毒をわたしがこのケーキに加えたとするなら、毒を持ち込んだ入れ物を何処かに持っているはずでしょう。どうぞご確認くださっても構いません。」
慌てた口調ではあったが、自信があるのだろう。
この場での身の潔白を証明してみせると言い始めのだ。
「そうですか……。ではあなたを調べさせていただいてもよろしいですか?」
「もちろんです。わたしが小瓶のひとつも持たないことを証明すれば良いのでしょう?」
一瞬ではあったが、メイドの口元が緩んだのをアリシアは見逃さなかった。
これでアリシアは確信を得たのである。
「ではわたくしが確認をさせていただきます。」
初めにお茶を出してくれた所作の美しいメイドが容疑者のメイドに近づいていく。
周囲は固唾を呑んで見守っているが、ポケット全てを確認しても何も出てこなかった。
「ほ〜ら、わたしは無実でしょう?アリシア様がわたくしを止めたせいで、毒見役が死んでしまわれたのではありませんか?」
勝ち誇った様に話し始めたのである。
しかしアリシアは動じない。
「わたしは初めから毒物が入った小瓶を持ち込んでいるなど一度も行ってはいませんよ?では皆様、テーブルの上をご覧下さい。」
その瞬間、メイドの顔が一瞬引きつった。
「ケーキを切るときにアルコールランプでナイフを加熱してから切るのが一般的ですよね?でもそれができなかったために断面が美しくないケーキが並んでいます。なぜならこの毒は熱に弱く、加熱するわけにはいかなかったためだと思います。では一体誰がこのケーキを切り分けたのでしょう?」
その一言にメイド達の視線が容疑者に集中したのだ。
「だ、だったらそのナイフをわたしが舐めてみせるわ!それなら文句ないでしょう?」
苦し紛れの一言にアリスはテーブルの上のナイフを取ると、一足飛びで容疑者の喉に突きつけたのだ。
慌てたメイドはその場で尻もちをつく。
「このナイフは初めの一刀のみしか使われていない毒物が付着していないナイフです。毒物の付着したナイフはあなたが今腰の帯に隠していますでしょ?」
その一言により観念したのかその場で項垂れてしまったのだった。
その後護衛騎士により連行されて行ったのである。
アリシアの指摘通り、腰の帯の中に小型のナイフが入っていたのが決定的な証拠となったのだ。
医療班も一緒に駆けつけて、倒れているメイドを診察する。
駆けつけた医者は、どうせすでに亡くなっているだろうと考えていたようである。
だがすでにアリシアが解毒して体内の毒素の分解まで行っていたため、ただ気を失っているだけであった。
「……信じられん、まだ生きているぞ!早く解毒薬を飲ませるんだ!」
生存を確認した医療班が急いで薬師に伝令を出し、医務室へと運ばれて行った。
「これで一件落着ね。久しぶりにお仕事をした気分だわ!」
清々しい気持ちで医療班を見送ったアリシアの元に、所作が美しいメイドがやってきた。
「僭越ながら、アリシア様は何故彼女が犯人だと思われたのですか?」
この場にはメイドが10人はいる。
毒を混入できる人物は他にもいると考えてもおかしくはないのだ。
だがアリシアはケロッとして話し始めたのだ。
「初めは確定で疑った訳ではありません。ですが、ケーキを作った人物やここまで運んできた人物は真っ先に疑われるリスクがあるのでやらないのではないでしょうか?この場で混入したと考えれば、その人物は毒を隠し持っていて早くこの場を立ち去りたいと考えるのではないかと考えただけです。」
それを聞いたメイドはふふっと笑いながら。
「アリシア様は頭も切れるのですね。」
と納得した様子であった。