王城での報告会とジルコニウムの内乱
シルビアとその取り巻き達に襲撃されてから3日後、アリシア達は王城に呼び出されていた。
「楽にしてよい。今日は君たちを労うために呼んだのだ。そうかしこまらず、お茶でも楽しみながら先日の報告をしてくれれば良いのだ。」
呼ばれた場所は謁見の間ではなく、少し広めの会議室のような場所であり、ジュール国王陛下とミレーヌ王妃が並んで座っていた。
急な呼び出しでもあり、緊張して挨拶をする面々にジュール陛下が気遣ってくれているようだ。
「シェリル嬢は災難であったな。アルトがもう少し早く駆け付けていれば良かったのだが、守りきれずに申し訳ないことをした。」
その言葉にシェリルは慌てて返答する。
「いいえ陛下。アルト殿下が駆け付けてくれたことであの場が収まったのです。来て頂けただけでわたくしはとても嬉しく思っております。」
そう言うシェリルの表情は当時を思い出して少し頬が赤いようだった。
「アリシア嬢もすまなかったな。あの後も色々尽力してくれたのだろう?」
状況把握のために事情聴取を受けることになっていたのだが、アリシアが騎士団で訓練していた経緯もあり、細かい事情など聞く際に引っ張りだこだったのだ。
「まぁ………お役に立てて何よりです。」
この3日間を思い出して笑顔が引きつりながらも、国王陛下に文句は言えないのである。
「それにアルト殿下が駆け付けてくださったことでその先がスムーズに進んだことは幸いでした。私たちを守るように立ってくださったお姿はご立派でした。」
少し上から目線なのは一緒に訓練していた盟友だからでありアリシアがアルトをいい騎士だと認めている表れでもあるのだ。
そしてなによりもイタズラ好きな少年だったアルトが、成長した姿を見せたことが嬉しいという親心的な部分が大きいのである。
「ハハハハハ。幼馴染のアリシア嬢があやつを褒めたのは初めて聞いたような気がするわ。立派になったのだなぁ。」
「欲を言えばシェリル様が怪我をする前に駆けつけてくれれば良かったのですがね。」
アリシアは大事なシェリルの顔に傷が付いた事に対してかなりご立腹なのである。
「その件なのだがシェリル嬢。王家としても何かしらのお詫びを考えているのだ。ロゴス公爵には直々にクラフト侯爵家から謝罪とともにかなりのお詫びの品々が届いている事だろうからな。シェリル嬢にはこちらから何かあれば聞いてその願いを叶えてあげようと考えたのだ。」
その言葉にシェリルは一瞬頬を赤らめたように見えたが、直ぐにジュールに向き直すとひと言『不要です。』と告げたのだ。
「わたくしは公爵家の令嬢として行動したまでですわ。それに王族であるアルト王子に助けていただいたのであって、詫びを頂くなどあってはならない事です。」
シェリルに多数の婚約願いが届く理由が分かる発言であり、ミレーヌ王妃はにこりと微笑みながら聞いていたのである。
軽い軽食とお茶を楽しみながら報告会が続いていたときである。
アルトが部屋の前で一礼をしてから入室し、ジュールに何かを耳打ちし始めたのだった。
しばらくその報告を聞いた後にスッと立ち上がって話始めたのだ。
「今報告が来た内容なのだが、君たちには関係がある内容なので伝えておこうと思う。ただし、この場合でのみの情報として聞いてもらいたい。」
ジュールがそう宣言した後にアルトが一歩前に出て説明し始める。
「先日の一件により、シルビア嬢は二月の謹慎をクラフト侯爵から命じられたようです。並びにクラフト侯爵家からはロゴス公爵家へ正式に謝罪文と謝罪の品を送り、ヒューズ公爵家へは婚約辞退を提案したそうです。ですがヒューズ公爵家は婚約の辞退については保留と回答しています。」
その判断は正直に言えば“甘い”と言わざる負えない内容である。
退学ではなく謹慎、婚約も破棄ではなく継続と言っているようなものなのだ。
つまりは全て補償と謝罪でなんとかしようとしている状態なのである。
だがこの状況をむしろ良しと考える部分もある。
それはヒューズ公爵家を抑え込んだようなものだからだ。
「つまりは社交界でも地に落ちたシルビア様をヒューズ公爵家のエドグレン様が面倒を見る形になっているわけで、次期王妃の肩書きを持つ者としては支持を得られにくいですわよね?そんなことをよくヒューズ公爵がお認めになったと思いませんか?」
シェリルがアリシアに囁くように話しかけてくるが、ジュールの耳にはしっかり聞こえたようである。
「さすがは聡明なお嬢様方だな。今回の件でシェリル嬢が怪我をしたことには変わりないので良かったとは言いづらいのだが、王家としては願ってもないことが起こったと言わざる負えない。」
そう言いながら苦笑いを浮かべるジュールが続ける。
「今まではノアに続いて次期国王の支持率が高かったのはヒューズ公爵家のエドグレンだったのだが、今回の件で一気に落ちた。しかもその支持をアルトが引っ張って来た事で、王家は盤石な状態になったとも言える。ひとつ危惧するとすれば、ノアとアルトで真っ二つに派閥が分かれてしまったことなのだがな……。」
その言葉にシェリルは微笑みを浮かべている。
「わたくしの怪我ひとつで王家の皆様のお役に立てたのであればこの上ない喜びにございます。それにわたくしの傷はアリシアが一瞬のうちに治してくださいましたわ。」
シェリルの一言によりミレーヌ王妃の表情に少し焦りのようなものが見えた気がしたが、ジュールは何事もない様子でその言葉を受け止める。
アリシアが大聖女であると言う情報には箝口令が敷かれており、この場で知っているのはジュール国王陛下とミレーヌ王妃だけであり、アルト王子ですら知らない情報なのだ。
最近のアリシアの異常な行動や知識によって、シェリルを含む周囲の認識がバグを起こしているので気がついていないが、聖女であるシアだけはその奇跡のような治療法に気がついていたのである。
だが国王陛下の前で発言するほど、シアには度胸はないのである。
しばらく談笑を交えながらお茶を楽しんでいた時であった。
急にドアが開き、今度はノアが駆け込んできたのである。
「何事だ!客がいるのに先ぶれもなく遮って入るなど、内容によっては処罰ものだぞ!」
珍しくジュール陛下が怒る声が響き渡ったが、ノアは意を返す様子もなくその場で膝をつく。
「その件は後にどんな叱責も受けましょう。ですが緊急の情報が入ってまいりましたのでご報告いたします。」
そういうとチラリとシェリルたちを見る。
これは“出ていけ”という合図だろう。
これに察した面々が席を立とうとしたとき、ジュールから思わぬ言葉が出たのである。
「良い。情報はなんとなく理解しておる。ジルコニウムの情勢についてだろう。遅かれ早かれ貴族の子女であるこの子達にも知れ渡るだろう。そのまま話せ。」
ジュールからそう言われれば、ノアは話すしかないのだ。
そもそもアリシアたちには、ジルコニウムの情勢など全く聞こえて来ていない。
ロイド皇子が帰国してから2ヶ月が経とうとしているが、ノアの慌てぶりからは何かがあったのは間違いないだろう。
アリシアは自分の中の緊張が高まり、鼓動が激しくなってくるのが分かる。
そして衝撃の内容をノアから伝えられるのだ。
それは“ロイド皇子の捕縛・監禁”であった。
遡ること数週間前のジルコニウム帝国。
ミストから帰国したロイドは、ヴァイス教の動向を探るように部下へ指示し、自身も内政においてどの程度ヴァイス教が食い込んできているかを調査していた。
そもそもジルコニウム国が設立したときは“女神信仰を国教”としていたほど女神アスクレピオスを崇めていたのだが、500年前に皇帝ダイスが東側を全て占領したときにキリンとオリオンで信仰されていたヴァイス教も一緒に取り込んでしまった形になったのだ。
ジルコニウムは信仰の自由をあげている上に皇帝ダイスが崩御したこともあり、諸悪の根源とされたはずのヴァイス教の根絶まで手を下せなかったのだ。
そして時が経ち、元キリンの地を発端として徐々に力をつけて来ており、今ではジルコニウム国内に大きな教会が4つもあるのである。
ロイドの側近であるキョーマ・ファインマニウムは部下数名を連れて、ヴァイス教の総本山と言われるジルコニウム国の首都ガリウムにある教会に潜入して調査をしていた。
「キョーマ様。本日の報告書でございます。」
そう言って部屋に入って来たのは部下の1人エリナ・スカンジウムだ。
この教会に潜入している唯一の女性で非常に優秀な成績を収めているのだが、家庭のことよりも仕事優先という考えを持っているため未だに婚約者に恵まれていないのである。
そもそもお見合いなどにも一切参加せず、異性に対して興味すら持っていない様子で、ついには任期が不透明で危険なこの潜入捜査にまで参加してしまったというわけである。
「ご苦労。例の部屋への入室はできそうか?」
キョーマたちが潜入している目的は、布教活動などをしている表向きの帳簿ではなく、貴族からの献金や裏で暗躍して稼いでいる資金の裏帳簿の捜索である。
一体どこの貴族がいくら献金を払っているのかや、他に何を収入源にしているのかなどの国にも報告していないような裏金の存在が明るみになれば、ヴァイス教の勢力を一気に落とすことができるのある。
その帳簿の置き場所として一番怪しいと睨んでいるのが、司教が滞在する部屋なのだ。
「いえ、残念ながら部屋の鍵は肌身離さず司教自身が持っていると思われます。ですが確証がない以上は襲撃して奪うなどは避けた方がよろしいかと………。」
「おいおい物騒だなぁ………。あくまで潜入とは最後までバレないようにして行動するのが一番穏便に進むんだからね?なんか勘違いしていないか?」
キョーマが少し呆れたような顔をエリナに向けるが、エリナはさっぱり理解できていないようである。
「まぁいいや。なるべく早く帳簿を見つけないと。手遅れになってからじゃ遅いからね。」
ここまで数週間潜伏していても、教会の運営自体は真っ当に見えるのだ。
しかし、教会運営の孤児院にボランティアとして潜入しているメンバーからは不穏なことが聴かれて来たのである。
『孤児たちは至って普通で、支給されている服なども使い回しの古着を用いていたり、安く仕入れた豆のスープなどを食べているのだが、孤児院を運営している聖職者は子供達と共に食事をせずに別室で豪勢な食事を毎晩のように食べている。』というのである。
孤児たちがまともに食事を与えられていないなら食事代金を差っ引いて懐に入れているということも考えられるが、至って普通の運営をしているならば一体どこからその資金を得ているのかという疑問が浮かんでくる。
そもそもヴァイス教の現教皇を含め、司教達も元は貴族の次男や次女など家督を継げない者が流れて来ているのだ。
一度知った贅沢を人は忘れられるはずがないため、寄付金も本来ならばあっという間に底をつくはずである。
つまりは『何処かからか送られて来ている寄付金を隠蔽している』ということになり、その寄付金を送っているはずの貴族は皇族に対してその分所得を低く見積もって税を提出している可能性があるのだ。
そのことを知ったキョーマたちは、貴族と組んで不正をはたらいている証拠を掴もうと一層躍起になっているのだ。
「いっそ夜間に侵入するか……。だがバレた上にそこには何もなかった場合はこちらが一方的に悪いことになってしまうしなぁ。」
「それならば司教が不在の時間を狙えば良いかと思います。礼拝時は必ず出席しなければなりませんので不在でしょう。その間に鍵を開けて潜入すれば良いのですよ。」
エリナはさも当たり前のように言っているが、そもそもその鍵がないから部屋への入室が難しいのだ。
そう文句を言うと懐からかちゃかちゃと何本かの細長い金属製の棒を取り出して、ニヤリとした表情で見せつけるのだった。
「はー……………。じゃあ任せた。礼拝時間は約1時間だろう。その間に鍵を開けて帳簿を持ち出すところまでがミッションだな。」
「鍵開けはたいしたことありません。問題はその間に帳簿を見つけられるかです。最悪は怪しいものを全て持ち出して泥棒が入ったように偽装しておきましょう。」
真顔で淡々と話すエリナにキョーマは少し恐怖を覚えて来たが、頼れる仲間には違いないのでとりあえずその計画に乗ることにしたのであった。
決行当日である。
週に一度の大聖堂での礼拝が始まると、急いで司教の個室の前に行き、エリナがピッキングを開始する。
程なくしてカチャリと鍵が開く音が聞こえてドアが開いたのだ。
「……エリナ…恐ろしい子。」
「そんなことはいいから、早く帳簿を探してください。」
急かされるままに中へとはいると、部屋の中には机があり両サイドには書棚がある小綺麗な部屋であった。
「わたしは書棚を探しますのでキョーマ様は机を調べてください。」
どちらが部下なのか分からなくなってくるが、とにかく急いで探していく。
しばらく探していくが、机の引き出しをひっくり返しても特に怪しいものは見つからないのである。
「エリナ、そっちはどうだ?」
「…………芳しくありませんね。正直これも見越して対策をされているのかもしれません。」
そう話しているときである。
微かに風を感じるのに気がついた。
「どこからか風が流れていないか?この部屋には窓がないのに風が流れていると言うことは、どこかに通り道があると言うことだろ?」
キョーマがそう聞くと、エリナがピクッと反応して確認し始める。
エリナが水魔法で微細な蒸気を作ると、ゆっくりと先ほど入って来た入り口へと流れていくのがわかる。
「微かですが風が流れていますね。この風は………この辺りからです。」
エリナが指を刺す場所は左側の書棚の1番下のあたりである。
キョーマが本をどけて覗き込むと、奥に金庫のようなものが見えたのだ。
「ビンゴだ。怪しい物が見えるぞ。………でもどうやってそっち側に行くんだ??」
見えてはいるが、ここが入口って感じではない。
それにここの司教の体格ではこのスペースを通り抜けることはできないだろう。
するとエリナがあることに気が付いた。
「この部屋には孤児院の子どもをよく招き入れていました。もしかして子どもであれば通り抜けてあの金庫を抱えて出てこられるのではないですか?」
そう言われて確認すると、確かに本棚の下の絨毯はこの部分だけが少し黒く汚れているようにも見える。
子どもたちが外で遊んだ後に汚れた膝をついて中に入ったと考えれば理に適った推理だろう。
「なるほどな!…………って、それじゃ俺たちには引っ張ってこられねーじゃねーか!」
「やっぱり壊して入りますか?それともわたしの風魔法で引き摺り出してみますか?」
「いやそれはどー考えても後者だろ!」
本気なのか冗談なのか分からないエリナの発言についついツッコミを入れてしまうせいで、キョーマは徐々に疲れてきているようだった。
結局エリナの風魔法で上手く引き摺り出すことに成功して箱を確かめると、さらに丈夫な鍵と、固定魔法が掛けられていた。
「………さすがのエリナさんもこの鍵と魔法の解除は……………?」
「壊しますか?それとも破壊しますか?」
「いや一緒!?」
「さすがに冗談です。ですが魔法の解除はわたしには容易なことではありません。一度ここで引くのをお勧めします。」
そう言うエリナの言葉で『今までは冗談じゃなかったのか?』とツッコミたかったが、とりあえず撤退することにしたのである。
撤退後、ロイドの元にその箱が届けられたのだが、鍵は破壊できても固定魔法が解除できずにいた。
すでに潜入捜査を終えて帰還しているエリナが意気揚々と鍵を破壊したのは言うまでもない。
しかし固定魔法はかなり頑丈な術式で構成されているようで、信頼できる魔術師に依頼はしているものの、今のところ成果が見られなかった。
「………困ったな……。目の前に証拠があるかもしれないのに、手をこまねいているうちにこの箱の持ち出しに気づかれてしまう。中身が確認できなくては追求することもできない上に、完全に窃盗したと言う事実だけが残ってしまう。どうにかならないものなのか?」
ロイドはジルコニウムの国政にヴァイス教がかなり深いところまで入り込んでいる事実に気がつき、早くヴァイス教の不正の数々を暴いて国を正常化しなければと急いていた。
ダイスとして聖女フィーリアを優先したことで、ヴァイス教が根絶できず、現在このジルコニウム帝国に不正をもたらしている諸悪の根源としてのさばらせてしまった責任を感じているのだ。
「そういえば殿下、従魔の知り合いに力を貸してもらったとおっしゃってましたが、その従魔にもう一度力を借りることはできないものなんすか?」
キョーマの言う『従魔』とは、もちろんピーちゃんのことである。
確かにピーちゃんならこの程度の固定魔法は簡単に解除してくれそうではあるが、現在はアリシアの寮の部屋で悠々生活しているはずであり、他国の皇太子が一学生に連絡を取って助けを求めるなど、アリシアに注目が行き過ぎてしまう。
ピーちゃんをアリシアにつけた理由は護衛であり、それでは本末転倒なのだ。
「無理だな………。他人を当てにするよりも自分たちでなんとかしなければ。」
そう言いながらもすでに八方塞がりの状態で、目の前にある証拠《かもしれない物》すら確認することができないでいるのである。
「とりあえず、ミスト国の友人に近況報告は入れておくとしようか。それとキョーマ。もしわたしに何かあった場合、この手紙とその箱を持ってミスト王国に行って状況を伝えろ。500年前のように戦争を帝国が仕掛ける可能性もある。その場合、非があるのは間違いなくヴァイス教の傀儡に成り下がったジルコニウム帝国だろう。我らが正義のため、ミスト王国に加勢して欲しい。」
そのときはキョーマは『またまた〜そんな冗談キツいっすよ!』とやんわり流していたのだが、その数日後に皇帝陛下に呼ばれたロイドはそのまま幽閉されてしまったのであった。
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