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婚約者探しのパーティー参加

「アリシア、この色なんてどうかしら?黒い髪にも映えるわよ!」

「お、お母様、わたしは着せ替え人形ではないのですよ!そろそろ休憩させていただけませんか?」

朝から仕立て屋を呼び出し、宮殿で行われるパーティーのためのドレスを試着しているがなかなか決まらない。

仕立てる時間を考えるとギリギリだという事もあり今日中に決めなくてはならないのだが、ドレスを着慣れないアリシアにとっては苦痛な時間でしかなかった。

(前世でも聖女服くらいしか着なかったし、ドレスを着るなんてほとんどなかったのよね。)

そもそも転移前の日本ではドレスを着る機会なんて結婚式でもなければなかなかないだろう。

さらに転移後も聖女服ばかりを着ていたほど、そもそも衣服に頓着が無いのだ。

(もっと楽なドレスとか無いものかしら…。)

コルセットを巻くのも大変なのだが、そのままではお手洗いにも行きずらい。

むしろ座って食事とか息が苦しくて何も入ってなどいかない程だ。

(スカートの形が崩れるのが美しく無いというのは難しいけど、コルセットはなんとかできそうなものだけどなぁ…。)

正直8歳のアリシアがコルセットをつける必要などないのだが、今回は婚約者選抜の面が強いため正装ということなのだ。


「仕方がないわね。少し休みましょ。お茶を持ってきてちょうだい!」

子爵夫人である母のひと言でメイドたちがササっとテーブルとお茶を持って来る。

「アリシア、あなたは淑女教育を受けていないから仕方がないのだけど、美しさを求めるためには苦労は付きものなのよ。美しさを求めたいなら我慢なさい。」

怒られてしまった。正直にいうと、姿勢が辛いとかそういうわけではない。

ただただこの時間が苦痛なのだ。

「ですが奥様。アリシアお嬢様はまだ身長は年相応…よりは低いですが、姿勢がものすごく良いため着こなす姿は美しいです。殿下の目に留まらずとも、男性の目は引きますわ。」

アリシアとしてもそう言われて悪い気はしない。

姿勢が良くないと剣は振れない。体幹はしっかり鍛えてきたつもりなので報われた気分だ。

そんなアリシアの気持ちを察した母はため息をつきながらお茶をすする。

「…どうせ美しさを褒められた事が嬉しいんじゃなくて姿勢がいいと言われた事自体が嬉しいって顔をしているのよ。父親と同じで剣術バカなんだから…。」

そう言いながらもう一つ大きなため息をつくのであった。




準備に奔走していた事もあり、あっという間に時間が過ぎてパーティー当日になった。

ブラット子爵家の家紋が入った馬車に乗り、約2日かけて王都までやってきたのだ。

(何度乗っても腰が痛くなる。まずはこの馬車から改良しないと腰痛で歩けなくなりそうだわ。)

地面が舗装されているわけではないだけでなく、木でできたタイヤということでガタガタと大きな揺れが起こる。

それだけでも吐きそうになるのだが、何よりもお尻へのダメージが大きい。

申し訳程度の座席のクッションにも腹が立つレベルなのだ。


王都のにある子爵家の屋敷に到着した瞬間に馬車から飛び降りた。

「んん〜ん…!長かったぁ〜。」

大きく背伸びをして軽くストレッチをするとパキパキと音が鳴る。

「淑女がそのような事をしてはいけません!ほら、早く着替えますよ!」

母に促されて急いで着替えをする。

今日は髪も編み込んでもらい、黒髪に大きなリボンをつけてもらったことで久しぶりにオシャレをしていることに気がつく。

(こんなにおめかしをしたのはいつぶりだろう?とりあえず前世ぶりなのは間違い無いわ。)

「アリシア。少し辛いかもしれないけどこれを履きなさい。」

そう母から差し出されたのはピンヒールだった。

確かに普通の8歳児からすれば歩き辛いし下手をすれば転んでしまうだろうが、普段から鍛えている上に履く事が初めてでは無いアリシアにとっては容易いことである。

(前世の学生時代に一応持ってたのよね。まあほとんど履かなかったんだけどさ。)

実は前世の莉愛りあ時代から身長にはコンプレックスがあった。

身長が150㎝に満たなかったため、よく厚底の靴を好んで履いていたのだ。

その1つとしてピンヒールも持っていたのである。

(それにしても高いヒールだわ。8歳のわたしが完全につま先立ちよ。)

なぜにそんなに高いハイヒールを履かされたのかといえば、今王都では高いて細いヒールがトレンドなのだ。

ちなみにこの世界にハイヒールを持ち込んだのは前世の莉愛である。

大聖女がもたらした流行が流行らないわけもなく、500年経った今、何度目かもわからないブームが到来しているわけである。

「さあここからは女の戦場よ!アリシア!覚悟はできている?」

「が、がんばるぞー…!」

娘の晴れ舞台(社交界デビュー)という事でかなり気合を入れている母を見て、とりあえず目立たないように努めようと考えるアリシアであった。


「うっ、王宮の社交場はずいぶんと大きいのですね。」

入り口からあまりの大きさにめまいがする。

普段むさ苦しい修練場くらいしか見ていないアリシアにとって、煌びやかな社交場は自分が活躍できない戦場だと再認識する。

「まあこの国一の大きさを誇る社交場ですからね。しかも今日は皇太子殿下のお披露目でもあるから出席しない貴族はいないわ。あなたも婚約者の1人や2人連れて来られるように頑張りなさい!」

もう婿を取る必要もないので連れてくる必要もないでしょ!と思わずにはいられない。

だが上の姉たちを上手く結婚や婚約まで導いた実績は間違いないため、どこか家格が合う婚約者を見つけるときは母に頼るのが一番だろう。

(まあ当分は剣がわたしの恋人って事で婚約者とか不要だけどね。)

だからこそ家柄が自分よりも上の男性から婚約を申し込まれるわけにはいかない。

断れない状況に追い込まれてしまえば、結局剣を置くしかなくなってしまうからだ。

(ま、心配なんかせずともこんな女の子を嫁にしたいと考える人はいないと思うけど。)

手は剣を握っているためマメが潰れて硬くなっているところもある。

社交の場ではロングスカートで引きずる様に歩くのが基本とされているのだが、アリシアは動きやすい様にと膝下丈のスカートでパニエも未装着の物にした。

この国のスカートは必ずパニエが入っている。

つまり今のアリシアの格好は『奇抜』と言わざる負えない。

だからそんな女の子にわざわざ声をかけてくる男子はいないと思ったわけである。

これに関しては母親からかなり言われたのだが、代わりに腰のところに長いリボンを付けて優雅さを持たせるという事で渋々許可をもらったのだ。

(かなり説得に時間はかかったけど、この長いパーティーの時間を過ごす格好としては最適なのよ。途中で倒れたりしたら元も子もないわけだし。とにかくこのスカートが楽で、着心地も良いことに気がついてもらえれば流行ると思うのよね。有名な人に来てもらえればいい宣伝になると思うのだけど…。)

もちろんそんな友達はいないので今は諦めるしかないのである。


会場入り口から中をのぞくとテーブルがいくつも並んでいて、立食式なのだろうことがうかがえた。

クラッカーなどの軽食がすでに用意されていて、ウェルカムドリンクを飲みながらつまんでいる参加者が見えてくる。

「どうぞ。」

ウェイターから差し出されたのはワイングラスを受け取り中へと通される。

もちろんアリシアはアルコールが入っていないものを受け取った。

「まずは王太子殿下がこちらにお越しになるまでは参加者同士で挨拶をしておくものよ。その際は家格が上の人に対して下の人が挨拶に行くの。」

母に説明を受けながらとりあえず両親の後ろをついて歩く。

ブラット家の様な歴史の浅い成り上がり貴族は同じ子爵家の中でも家格が低いため、挨拶をする列から列へと並んで待ち時間ばかりであった。

(…正直夢の国のアトラクションに並んでいる気分だわ。)

アトラクションはないが、周囲の煌びやかな雰囲気を見て楽しめるところは某テーマパークの様で並んでいても飽きることは無い。

手に持つグラスが空になればウェイターが直ぐに持ってきてくれるため至れり尽くせりの様にも感じられる。

しかしブラット家は子爵家でも底辺のためにいつまで経っても挨拶が終わる気配がない。

挨拶といっても顔を合わせてアリシアを紹介して直ぐに終了という簡素なものである。

(…これってやる意味があるのかしら?知り合いを作るためなら分かるけど、こういうところってさまざまな派閥とかあるんだろうし、仲良くもない人のところに挨拶して歩く意味がわからないのよね。)

前世の頃から貴族のこういうやり方は変わっていない。

大聖女フィーリアだった頃は挨拶を受ける側だったのだが、いつまでも終わらない列に毎回嫌気がさしていたのである。

(地位も名誉もあったときにこういう事をやめさせておけば良かったかしら…。)

そう思いながらも何人目かの挨拶を終えたときである。

会場内にオーケストラの生演奏が始まり、終わると同時に二階席の扉から王冠を被った国王陛下と王妃が登場してきたのだ。

(遠くてよく見えないけど、かなり若そうだなぁ。)

自分が五女という事もあるためイメージが湧かなかったが基本的に婚姻は早く、その分世代交代も早くなる。

国王夫妻の上の王子が12歳であるなら若くても何らおかしくは無い。

現国王夫妻には今日の主役となる王太子殿下の他に2歳下の弟王子と5歳下の妹王女がいる。

貴族の派閥というのは王位継承権を持つ5名の候補者のうち、誰が次期国王に相応しいかという物である。

しかしおおやけに第一王子を皇太子と呼んでいるため、すでに王宮内では王位継承の話は決まっているというわけなのだ。


アリシア達ブラット家は中央から離れた窓際で国王の挨拶を拝謁していた。

国王からの挨拶が終わり、いよいよ皇太子の挨拶に移るタイミングでバルコニーから誰かが騒いでいる声が聞こえてきたのだ。

何を言っているのかまでは聞こえなかったが、アリシアには助けを求めるような悲痛な叫びに聞こえたのだ。

「……ちょっとゴメン!少し出てくる!」

そう両親に告げてからアリシアは周囲には気づかれない様にそっとバルコニーに抜け出したのだ。

もちろん後ろからは両親の必死に留めようとする声が聞こえてきたのはいうまでも無い。

外に出てみると、少し年上に見える身なりの良い少年が庭の木の方を見て騒いでいる様だった。

(このタイミングで騒ぐなんて怒られちゃうわよ…。一体何をそんなに必死になっているのかしら?)

近づいて行くと、向こうもこちらに気がついて話しかけてきたのだ。

「あそこの木にネコが登って降りられなくなってしまったのだ。誰か助けを呼んで来てはもらえないだろうか?」

ひどく慌てた様子から、大事なネコなのだろうことが伝わってくる。

だが今は皇太子のスピーチ中のため、ここにいる2人以外はもちろん会場の中にいる。

「……流石に大人達はみんな皇太子殿下のお言葉を聞いている最中だから無理だと思うけど…。下に降ろせばいいってことよね?」

「…そうなのだが…?何か策があるとでもいうのか?」

アリシアのその話を聞き、不安そうではあるが頼む以外に方法はないと思ったのだろう。

アリシアの『任せなさい!』の言葉を信じてネコ救出を依頼してしまったのだ。

ならばアリシアが取る行動はひとつしか無い。

おもむろに履いていたヒールを脱いだかと思えば、勢いをつけてバルコニーから隣の木に飛びついたのだ。

「ち、ちょ!?ちょっと待てー!」

救助を依頼したのは誰か大人を連れてこいという意味である。

まさか自分よりも年下の令嬢が幅3メートルは離れていそうな木まで飛んでしがみつくなど誰が考えるだろうか。

ネコ以外にも心配が増えたと言わんばかりの慌てようである。

「大丈夫だよ!そんなやわな鍛え方もしていないし、そこでネコちゃんを受け止める準備だけしておいてくれれば直ぐに連れてくるから。」

そういうとスルスルと木を登り始め直ぐにネコのところまで到着してしまったのだ。

「お前は何者なんだ!?普通の令嬢はドレスで木登りなんてしないだろ?ってかドレスじゃなかったとしても普通の令嬢は木登りはしないだろ!」

感心しているのか呆れているのかわからない声が聞こえてくるが、アリシアは目の前にいる怯えきったネコを助けることに集中していて聞こえていない。

これは前世からの悪い癖である。

目の前に助けを求める人がいれば、助ける事以外の情報が入ってこないのだ。

それにより何度も護衛騎士から苦言を言われたか分からないのである。

「ほらほーら、怖く無いよ〜!こっちにおいで。」

にっこりと笑顔で話しかけるとネコはアリシアには怖がっていない様だが、高さに対する恐怖で動けない様だ。

(仕方ない。もう少し近づいて抱き上げるしかないわね。)

驚いて動かない様にゆっくりと近づいてそっと抱き抱える。

ネコは大人しくアリシアの腕の中に収まった。

「もう大丈夫だよ〜。」

ネコに優しく話しかけてから、ふと先ほどの男の子の方を見てみる。

するとそこには何が起こっているのかと見にきたパーティーの参加者が多数バルコニーに出てきており、アリシアのネコ救出作戦を見守っていたのだった。

もちろんその中央には鬼の形相をした母親と、その母親の様子にハラハラする父の姿が見えたのは言うまでもない。

(や、やばい。抜け出したのがバレたどころの騒ぎじゃないわ。)

嫌な汗が止まらないが、とにかく無事にネコを木から下ろすまでは安心できないので慎重に木を降りる事にする。

先ほどはバルコニーから飛びついたが、さすがのアリシアでも助走なしにバルコニーへは戻れない。

ネコを抱えたまま木の幹を目指して降りて行ったのだが、途中バルコニーの高さを通過するときに見えた母の顔をみて引き返したくなってしまう。

(ごめんって!ほんとごめんなさい〜!!)

心の中では全力謝罪を行いながらも、無事に下に辿り着いた。

庭には先ほどの男の子と一緒に同い年くらいの女の子もネコの到着を待っていた。

「マリー!無事でよかったぁぁ〜!!」

女の子にそう呼ばれたネコは、アリシアの腕からするりと抜け出して女の子の胸に飛びついた。

「……本当に驚いたぞ。だがネコを助けてくれてありがとう。」

先ほどの男の子からも苦笑いをしながらもお礼を言われる。

久しぶりの人…、いやネコ助けができて気分は上々のアリシアだったが、後ろからドスドスと足音が聞こえてきそうなほど怒り心頭な母の気配で現実へと引き戻される。

母に対しすぐにでも土下座に移行しようとしたときであった。

「ご令嬢。貴殿の名前はなんと言うのだ?」

そう言われた方をみると、胸に大きな鳥の刺繍が入った白い軍服のような服装に身を包んだ少年が立っていた。

少年と言っても、今のアリシアよりは年上だろう。

(確かこの刺繍はこの王国の家紋だった様な……。ってことはこの方が皇太子殿下!?まさか主役よりも目立っちゃったわたしにクレームを言いにきたとか!?)

不敬罪にでも罰せられるんじゃないかとダラダラと汗をかき始めたのだが、王族に名前を聞かれて答えないわけにもいかない。

アリシアは観念して服装を正してから皇太子に挨拶をする。

「ブラッド子爵家の五女、アリシア・フォン・ブラッドでございます。この度は殿下の晴れの舞台であるにもかかわらず、私ごときが場をかき乱してしまったことを深く謝罪いたします。」

所作の美しいカーテシーからの見事な謝罪姿勢を披露する。

いっそ土下座でもしようかと考えていたときであった。

「アリシア嬢。頭を上げてください。謝罪は不要です。むしろ我が家の愛猫を救っていただき感謝しかありません。弟の期待に応えていただきありがとう。」

「………ふぇ?」

アリシアは驚きのあまりに令嬢がしてはいけないであろうポカンとした顔で固まってしまう。

まさかの救ったネコちゃんは王家の愛猫だったのだ。

「ハハッ。わたしの弟妹はまだ社交会にデビューしていないから顔もわからなかった様だな。そんな顔をしないでくれ。笑ってしまう。」

ハッと気がついて淑女の顔に戻そうとしたが時すでに遅かったようだ。

恥ずかしくて赤面してしまう。

「挨拶が遅れた。存じているとは思うが、わたしはノア・ド・ミスト。ミスト王国国王ジュール・ド・ミストが長子である。今後ともよろしく頼む。」

「こ、こちらこそよろしくお願いいたします。」

アリシアは皇太子のノアが怒っていないことに安心したのだが、この後にある母からの説教タイムを考えると憂鬱になるのであった。

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