仲良し5人組結成
アリシアとマリエルを乗せた馬車が王立学院の寮の前で停まる。
「ふわぁぁ〜………さすがは王立学院の寮ですね。門構えから違いますねー。」
マリエルは馬車を降りた瞬間に感嘆の声をあげた。
アリシアはそれを微笑ましく見守りながらパキパキと背筋を伸ばす。
「やっぱりこの馬車のサスペンションを先に考えた方が良さそうね……。このままじゃ腰や背中を痛めるのが先か、ケツや腰が鍛えられるのが先かって感じだわ。」
アリシアが誰も聞いていない事を良いことにお嬢様らしく無い発言をしてしまうが、マリエルには聴こえていないようで助かった。
最近ロイドやノアといった人物と行動を共にし過ぎていたため、ついついお嬢様がお留守になってしまうのだ。
「マリエル嬢ちゃんが言わんでも、ワイが注意してやる事もできるんやで?」
馬車の屋根からピョンっと、ピーちゃんがアリシアの肩に飛び乗ってくる。
それを見たアリシアが慌ててピーちゃんをひざ掛けで包んで隠すのだった。
「ちょーっとピーちゃん!寮はペット禁止なんだから急に出てきちゃダメでしょ!?いきなりバレたら庭の木に自分で巣を作って住んでもらうからね!」
忘れてはいけないもう一…人?の同居人がこのピーちゃんである。
「そんな殺生な〜。これから来るあっつ〜ってなる日も外に放置とか虐待って言われてまうぞ!?こんな可愛いワイが陽射しで弱ってる姿なんて見とーないやろ?」
こんなに饒舌に話す鳥は他にはいないだろう。
このペット枠としてアリシアに飼われている鳥こそ、このミスト王国の守神とされている鳳凰なのである。
付き合いはアリシアの前世である大聖女フィーリアの頃からであり、フィーリアと使い魔契約をしているのである。
その記憶をまだアリシアは取り戻していないため、今はピーちゃんの事を”ロイドから預かった鳥”として認識しているのであった。
「だったら不用意に外で話しちゃダメです。使い魔じゃない以上は寮に入れないんだから!」
アリシアの使い魔なのだが、今は諸事情で話せないのが辛い。
肩身が狭くなるのだが、今は借りてきたネコならぬ”鳥”として大人しくしているしかないのである。
「お嬢様!お荷物の方はこれだけのようで、それ以外のお荷物はすでにお部屋に運んでいただいたようです。」
荷物の管理から入寮の手続きまで完璧にこなしてくれるマリエルは優秀な侍女である。
姉妹が多い女傑家族のブラッド家をしっかり支えてくれている侍女頭メルの娘でもあり、幼少期からの言わば幼馴染でもあるのだ。
「じゃあ残りは運んでしまいましょう♪」
そう言いながら自分が入れそうな程大きいトランクを2つ持とうとしている。
「ちょ、ちょちょちょー!お待ちくださいお嬢様!か弱いご令嬢は自分が入りそうな程の荷物を持ったり致しません!ここは誰かにお手伝いをお願いするところですわ。今、寮に残っている他家の侍女の方々にお声をかけて参りましたので少々お待ちください。」
お嬢様って色々と面倒だなーと考えて待つ事数分、ワラワラと集まってきてくれたのだ。
「皆様初めまして。わたくしはブラッド子爵家が五女、アリシアです。お集まり頂き感謝申し上げます。」
アリシアは駆け付けてくれた侍女たちにカーテシーをしてお礼を告げると、集まった侍女たちから驚きの声が上がった。
アリシアはキョトンッとして周囲を見てからマリエルを見ると、何故か誇らしげにしている。
すると1人の侍女がオズオズと前に出てくると、申し訳なさそうに話し始めたのである。
「恐れながら、カーテシーは目上の方などに敬意を表す挨拶です。私どものような侍女に対しては不要です。」
「あら?でもわたしの侍女であるマリエルのお願いを聞いて集まってくれた訳ですよね?であるならば“敬意”を表すのは間違えてなどいないと思いますわ。」
にこりと微笑みながら答えるアリシアに、集まった侍女達は驚かされてばかりなのであった。
荷物を運んでもらい、手伝ってくれた侍女たちにお心ずけとしてお菓子を渡して労っておく。
お菓子をもらってうれしそうに帰って行ったのを見送ってから荷解きを始めたのだが、正直疲れもありやる気になれない。
「お洋服などはわたくしがやりますから、お嬢様は少し休んでから明日のご準備だけ行なっていただければよろしいかと思いますが………。」
「いいえマリエル。正直いって確かに今やる気がまったく起きないのだけれど、だからと言ってマリエルに任せてその前で座っている方が落ち着かないわ。休むときは一緒よ!」
そう言って腕まくりをして次々に荷物を解いていく姿を見て、マリエルは大笑いするのであった。
荷物がひと通り片付いた時にはすでに日も沈み、寮生も授業が終わって帰ってきて食事をしている時間になっていた。
「お腹も空いてきたし、食堂に行ってみましょう。食事も評判が良いと聞いていて楽しみだったのよ!」
アリシアはウキウキで部屋から出ようとしたときであった。
コンコンと部屋がノックされたのである。
今日入寮することは誰にも伝えていない。
むしろ伝える人物すらいないのである。
マリエルが対応すると、1人の少女が微笑みながら入ってきたのである。
「初めましてアリシア様。わたくしはロゴス公爵家が次女、シェリルと申します。以前からお祖父様よりアリシア様のお話を聞いておりまして、勝手に親近感を持っておりました。本日から寮に入られるとお聞きいたしましたので、是非とも食事を共にして親睦を深めたいと考えてお誘いに参りました。」
ロゴス公爵とは、前世であるフィーリア時代の領地、サザンドラの現在の領主である。
ノア王子からは、ロゴス公爵の孫娘がアリシアと同じ年齢で王立学院にも通うことになるはずだと聞いてはいたが、初日から声を掛けてもらえるとは思わず、ずいぶんと気を遣わせてしまったようである。
「ありがとう存じますシェリル様。わたくしもちょうど荷解きが終わり、これから食堂へと行こうと考えていたところです。ですが宜しいのですか?いつもご一緒の方々もいらっしゃるのでは………。」
アリシアとしてはその気遣いは嬉しいが、いつも一緒にいる友人を蔑ろにしてはいないか心配になってしまうのである。
その意図に気が付いたシェリルがふふふと笑いながら答えるのだ。
「お噂通りの方のようで安心しておりますわ。実はわたくしの友人たちもアリシア様に興味津々でして、ご一緒したいと申しておりますの。ご迷惑でしたでしょうか?」
友人関係を構築しにきたアリシアにとっては初日から願ってもない申し出である。
「そう言う事でしたら、是非ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか。わたくしまだ学友と呼べる方もいませんし、少しでも交友を広げておきたのです。」
そのやり取りでお互いふふふと笑いながら食堂に向かうのであった。
食堂には3人の令嬢が座って待っていた。
ロゴス公爵家のシェリルに付いてくると言うことは、家柄もきっと良い方々なのではないだろうかとドキドキしていたのだが、自己紹介を聞いて拍子抜けすることになるのである。
「ようこそおいでくださいましたアリシア様!来ていただけて光栄です!」
そう言う金髪でポニーテールを結っている長身の少女はミモザ・サーセンタ伯爵令嬢である。
「わたくし2年ほど前に騎士団にお邪魔させていただいた事があって、そのときにアリシア様のお姿を拝見して是非お話ししたいと思っておりましたの!」
「ミモザはアリシア様の大ファンですのよ。『白銀のレイピア姫』と言われるアリシア様が来るのを待ち望んでいたのですから。」
シェリルが笑いながら教えてくれるが、ミモザは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。
「ミモザはアリシア様に憧れて騎士科に入ったんですもの。わたくしは魔導騎士科ですけど、騎士科の訓練があんなにハードだとは思いませんでしたわ。」
そう言う茶髪のふんわりボブな少女がため息混じりに話しかけてくる。
彼女はリサベル・ローダンセ侯爵令嬢である。
彼女が魔導騎士科に入ったのは魔法の才能があったからで、特にミストでは珍しい火属性の魔法を得意としているらしい。
「でもリサだってアリシア様に魔法を教えてもらえるか気にしていたじゃない!先日の教会襲撃事件でのアリシア様の活躍を聞いて会えるのを楽しみにしてたくせに。」
ミモザからそう言われて少し赤くなってしまうが、『べ、別にそこまでじゃないし?』とぷいっとしてしまう。
どうやらリサベルはツンデレタイプのようである。
「そういえばシアも、話を聞いて珍しく興味を持っていたじゃない。同年代のスーパースターに会ってみてどう?」
リサベルからそう言われた、白銀髪のスラリとした小柄な少女はシア・ブバルディア男爵令嬢である。
彼女は聖女科の生徒であり、実はアリシアと面識があるのだ。
「シア様とは教会で何度かお会いした事がありましたよね?シスターカンナから神聖魔法を教えてもらっていたシア様ですよね?」
カンナと言うシスターは、あの襲撃事件に巻き込まれたおっとりシスターのことである。
彼女はああ見えてかなりの実力者なのだが、性格がおっとりし過ぎているため戦場などの現場には不向きであり、魔物討伐に一度だけ帯同したもののすぐに戦力外となってしまったのだ。
今は丘の上の女神信仰の教会のシスターをしながら孤児院を手伝い、週に3日程この学院で神聖魔法の講師をしているのである。
アリシアが話しかけて、シアはようやく気がついたのである。
「………もしかしてアリシアちゃん?つまりアリシアちゃんがアリシア様?………。」
シアはシスターと違い、おっとりと言うよりはボーッとしている事が多いタイプであり、どこか抜けているところがある。
アリシアがどう反応して良いかと困っていると、シアがアリシアに向かってにっこり微笑みながら、『……よろしく。』と言ってくれて相変わらずだなぁーっと思うのであった。
その後は食事をしながらみんなが学校について教えてくれたりと話も弾み、楽しい時間となったのである。
そもそも学園の方針は《身分にとらわれない対等な関係の構築》を掲げており、気さくな公爵令嬢のシェリルを中心に、男爵令嬢のシアに至るまで愛称で呼び合うほど仲良く接することができているのである。
そこにアリシアが入れてもらえたのはまさに僥倖であった。
たった一度の会食でここまで仲良くなれたのも、シェリルの気遣いやミモザ達の社交的な性格があってのことだろう。
解散するときには、もうアリシアにも『様』などは付いていなかったのである。
「楽しい会食を過ごされたようで良かったですね。」
マリエルは嬉しそうにニコニコとしている。
マリエルもあの4人の侍女達と食事を共にして情報交換をしてきたようであった。
「本当にいい人たちばかりで仲良くなれたのは良かったわ。身分とか気にしない友人なんて、まさに思い描いていた関係だもの!」
アリシアの嬉しそうにしている姿は12歳の少女そのものであり、マリエルは安心するのであった。
令嬢達の朝は早い。
日が昇る頃には起きて準備を始める。
制服のため衣服には悩まない上に校則で化粧は禁止されているものの、自由である髪を整えたりするのには時間がかかる。
その後朝食の時間となり、食べ終わると鞄を持って学院まで約5分ほどを歩いて行くのでだ。
「おはようございます。アリシア!」
準備を終えて門の前で待っていると、リサベルが声を掛けてくる。
昨日の夕食時に一緒に登校しようと約束していたのだ。
「おはようございますリサ。お早いのですね!」
アリシアもニコニコであいさつを返す。
「わたしは朝結構強い方なのよ。でも他の方々はあまり得意ではないようで……特にシェリルとシアは壊滅的よ。」
シアはともかく、シェリルが朝に弱いとは以外である。
「シェリルってしっかりしていそうなのに………シアはなんとなく分かる気がするけど。」
ついついポロリと本音が出てしまう。
それを聞いてリサは大笑いしているのである。
「あははは、まあリサはどう考えても朝強そうには見えないわよね。でもそれって裏を返せば『二人ともしっかりしていない』って言っているようなものじゃない?」
「……………………………あっ!?違うの違う〜!!今のはなしなしー!」
アリシアは慌てて訂正するのであった。
そんなやり取りをしていると、眠そうなシアを引っ張りながらミモザとシェリルがやってきたのである。
ミモザは面倒見がいいタイプらしい。
「これが毎朝の光景よ。多分これから見慣れるから大丈夫!」
そう言うリサベルを先頭に学校まで歩いて行くのであった。
学院のクラスは一学年に8クラスあり、すべてのクラスで貴族科、聖女科、騎士科と魔導騎士科が混在している。
5人のうちリサベルとシア、アリシアは同じ2組に在籍しているようで、シェリルとミモザは1組に在籍している。
クラスというよりも講義堂のようで座席は決められていない。
アリシアはリサベルに手招きされるように3人並んで真ん中ほどに座ることになったのだ。
「基本的に実技のとき以外はみんなで同じ授業を受けるのよ。実技のときだけはクラス関係なく貴族科、聖女科、騎士科・魔道科の3つに分かれて学ぶことになるわ。」
アリシアは細かい説明をリサベルから教えてもらっていると、教員が入室してきたのである。
「あれが担任のアドニス先生よ。魔導騎士科の先生でもあるの。」
アドニス先生はアリシアをチラリとみた気がしたが、特に何もなくHRを開始したのである。
(あえて何も言わないようにしてくれたのかしら?)
その後も特に何もなくHRは終わり、そのまま一つ目の授業に入って行くのであった。
「相変わらずアドニス先生の授業難しかった〜!!術式とかの作りとか知らなくちゃダメなものなの!?」
リサベルは頭を抱えながら唸っている。
その横ではシアが授業で分解した術式を読み解きながらも、やはり唸っていた。
「……分かる。難し過ぎて不安。アリシアはいきなりこの授業をされて大丈夫?」
唸りながらも人の心配ができるあたり、シアの優しさが滲み出ている。
アリシアは2人の様子を微笑ましく見ながらも、困っている友人は助けずにはいられないのである。
「どこがわからなかったかを説明してみてくれる?」
アリシアは自分で魔法のスクロールを作成できるほど、術式には前世から詳しく学んでいるのである。
アリシアからすれば術式の組み上げ方は、まるで数学を解くように面白く感じているのであった。
「アリシアはあの授業が分かったの!?術式を解くのも組むのもできないんだよぉぉ〜!」
「…………わたしも教えてほしい。アリシア先生。お願い。」
2人から泣きつかれるように頼まれてしまったので、軽く説明をしながら例題を出してあげる。
ただし、アリシアのオリジナルがどうしても入ってしまうのだ。
もともとの術式は“火を出す”ために魔力を集めて、それを《燃やす物質へと変換》して着火するのだが、アリシアの術式は空気中からメタンなどの燃焼物質や酸素を集めて空気中で燃焼させるので、化学変化に使う莫大なエネルギーが必要ないのである。
元素の概念がないこの世界の人にはかなり説明が難しいのだが、アリシアは丁寧に空気中の組成物質などについて説明しながら、実験を通して見て学んでもらうようにしたのだ。
初めはチンプンカンプンと言った様子の2人であったが、空気の性質などを学ぶうちに徐々に元素についても理解していったのであった。
その甲斐もあり、1週間後には授業で学んだ術式を上回る性能の術式を完成させるほどになったのであった。
「この“分子”中から水素だけを取り出せればもっと効率が良くなると思わない?」
「それは難しい………。その結合のエネルギーを切るためには消費魔力が大きくなっちゃう。」
アリシアの英才教育があったにせよ、消費魔力と効率化をテーマに研究をし始めるほどにまで成長しているのは、この2人が素直でかつ理解度が高かったためなのである。
術式こそ授業の内容から逸脱する物ではないのだが、組んだ魔法式は最先端と言える物なのであった。
最先端と言えど、500年前に大聖女が使っていた術式なのだが…………。
リサベルとシアの変化に気がついたシェリルとミモザも気になって質問してくる。
寮でも2人で術式について、あーでも無いこーでも無いと話し合っているのにミモザが違和感を感じたからである。
「アリシア?あのお二人は一体何について一生懸命に学んでらっしゃるのかしら?」
シェリルが代表してアリシアに聞いてくる。
「この間アドニス先生の魔法術式の授業で分からないと言っていたので、わたしの術式の組み方を少々お教えしたのです。そしたら面白そうにオリジナルで術式を組み始めたってところかしら。今行っているのは消費魔力を抑えての広範囲爆裂魔法のようね。」
にこりとしながらとんでもない事を言っているアリシアに、頭を抱えながらもさらに質問してみる。
「………リサは…ともかく、シアは聖女ですわよ?神聖魔法は治癒系能力に特化しているはずではなくて?」
「確かにリサに比べれば攻撃魔法の適性は低いでしょうが、それでも使えないわけでは無いですよ?術式を効率化してあげれば、シアでも十分戦えるほどの威力が出せると思う!」
それを聞いてシェリルはさらに頭を抱えてしまう。
どこの世界に爆裂魔法を携えた聖女がいるのだろうか…………。
本来生活魔法程度は使うだろうが、攻撃魔法は修得する意味がないため聖女科では学びすらしない。
アドニス先生が行う術式理論の授業は、どのように魔法が構築されているかの授業であって、効率化を図ったり、新しい魔法を作る授業ではないのである。
「規格外過ぎてどこから突っ込んだらいいのか分からないのですが、………………是非わたくしにも教えてくださいませ!」
シェリルも目の前で行われている最先端の魔法理論や技術に興味が無いわけがなかった。
貴族科でも同じように魔法理論を学ぶが、楽しそうに魔法を組み立てているリサベルやシアを見ていれば、授業ではただ覚えるだけの術式の授業よりもはるかに役に立つだろう。
それを聞いたアリシアは、やっぱり優しく笑いかけ、『じゃあミモザも強制参加させなくちゃね!』と言って無理矢理引っ張ってくるのであった。