ロイド帰国前夜
「いくぞピーちゃん!」
「任セロリ〜!」
アリシアの風魔法をピーちゃんが切り裂き、その瞬間ロイドが自分の剣がある場所まで走り込む。
チラリと状況を確認すると、アリシアの前で両手に火球を持ったメサイアがにじり寄っているのが見えた。
(時間がない!)
そう感じたロイドは、剣を取るとすぐさま合図を送る。
「アリシア避けろー!!」
そう言いながらロイドはその場で剣を撃ち下ろしたのである。
距離はメサイアまで15メートルはあるだろう。
だが撃ち下ろした瞬間に鋭い切先が何かを切り裂いた感覚があり、こちらに気がついて振り向いたメサイアの左腕を吹き飛ばしたのである。
一瞬のことすぎて撃ち下ろしたロイド本人も驚いているが、メサイアには何が起こったのか理解できていないようである。
ハッと気がついたロイドがアリシアを見ると、元の場所から動けずに、驚いたまま尻もちをついている姿を確認して胸を撫で下ろす。
「無事でよかった……ってピーちゃん危ないじゃないか!!火力あり過ぎだろ!!!!アリシアもろとも切り裂くところだったぞ!」
ロイドが完全に我を忘れてツッコんでしまう。
もう寡黙な皇子はどこかに行ってしまったらしい。
「あちゃー……やり過ぎてしもうたかぁ。まあでも結果オーライやろ?」
「一体何をしたらこんなことになるんだ!?もう少し下に行ってたらアリシアにも当たってるところだぞ!」
そんな2人のやり取りを見たメサイアが、また笑い始めたのだ。
その光景は凄まじく、左腕は綺麗に切断されたがぼたぼたと血が流れて周囲を赤く染め、その中心でメサイア本人が高笑いをしているのである。
しばらく笑った後、今度は急に真顔になりこちらを見ながら話し始めたのであった。
「……今日はわたしの負けね………。依頼失敗なんて正直シャクなんだけど、腕までちぎられちゃったらおねーさんもさすがに反省しなくちゃならないわね。」
そう言うとちぎれた腕を掴むと、切られた左腕に握られていた火球を下に叩きつけたのである。
その瞬間火柱が上がり、一瞬目を離した隙にいなくなってしまった。
キョロキョロと辺りを見渡してもいない。
ピーちゃんを見てみるが、羽を広げて“分からない”ポーズである。
「クソ!逃げられた!」
ここで逃せば今後ロイドがジルコニウムに帰った後にアリシアが狙われる可能性もある。
心配事が増えてしまったのだ。
「まぁしゃーないやろうなぁ。それだけ相手もやり手だった言うことやろう?一瞬でワイの索敵から逃げるなんて普通やあらへん!」
「だが今後のことを考えれば心配事はなくしておきたかった……。」
後悔しても仕方がないのだが、次はまた万全の状態で攻めてくるだろう。
そこに自分がいないことを考えれば不安が募るのだ。
「あの〜、悔しく思っていらっしゃる時に申し訳にくいのですがぁ〜。」
シスターの声にロイドは一瞬で我に帰る。
この声を聞くと不思議と冷静になってしまう。
「あぁ、すみません。必ず元通りにさせて頂きますのでご安心ください!」
教会内部は激しい戦闘の跡で椅子は砕け、ピーちゃんが突き破って入ってきたため天井もぽっかりと穴が空いているのである。
弁償する姿勢を見せなければシスターも不安だろうと考え、慌てて返事を返すのだが、シスターはアワアワしながらロイドの後ろを指さしている。
「いえ〜、そうではなくて〜。いえそうでもあるんですけどぉー……………燃えてますぅ〜。」
そう言われて指差す方向を見ると、メサイアが投げつけた火球のせいでもくもくと煙を出して完全に小火になっている。
火と煙のせいでアリシアがいるであろう場所も見えないほどだ。
「うわー!!!!!アリシア〜!」
そう言いながらロイドは慌てて水球を作り火を消していったのであった。
消火した後にロイドがアリシアに駆け寄ると、びしょびしょに濡れた状態で放心状態のまま座っていた。
「アリシア!ケガはないか?」
その声掛けに、ハッと気がついて謝罪をし始めたのだ。
「護衛騎士なのにも関わらず、殿下を危険な目に遭わせてしまい申し訳ありませんでした。」
言葉と表情は謝罪なのだが、腰が抜けているのか完全に動けないでいる。
その姿を見たロイドは、笑ってしまい小言を言うのは辞めたのだった。
「な、なんで笑うのですか!わたしは真面目にですね……」
「いやすまない。先程までの勇敢な姿から、年相応の少女に戻った君を見たらどうしても笑いが堪えられなかったのだ。」
クククッと肩を揺らして笑うロイドにアリシアは顔を赤くして抗議している。
「そりゃ〜ギャップ萌えちゅーやつやな。まぁ嬢ちゃんの場合は普段の姿の方が無理してるワケやから、今が素の姿ってワケやな。」
「………………ってピーちゃんが喋ってる!?えっ?オウム!?いやオウムは教えた言葉を繰り返すだけだし????」
ロイドの肩に掴まっているピーちゃんが饒舌に喋り出した事でアリシアは混乱している。
「なんや〜?さっきまでロイドとの息のあったコンビネーションプレイで観客をワッと沸かせてたやないかぁ〜。今更ぴーぴー鳴いてても意味ないかと思ったんやけど………やり直した方がええか?」
「しかも関西弁!?いや本場はもう少し違うのかもしれないけど、でもなんで関西弁????」
完全に頭を抱えて混乱している。
見かねたロイドがアリシアの肩を掴んで落ち着かせ様とする。
「コイツはコミュニケーションが取れる鳥なんだ。あんまり気にしないで大丈夫だ。だがコイツが喋っているところを見られると、今のアリシアのように混乱する人が出てくるから他言無用で頼むよ。」
ロイドのその言葉に強く相槌を打って応えている。
だがそんな事を完全にすっ飛ばしてしま人がこの場にいるのであった。
「あらあらおしゃべりが上手なのですね〜。それにおもしろい喋り方も可愛いですぅ〜。」
その言葉を聞くと、なぜか取り乱していた事を忘れたかのように冷静になるのであった。
「事情は理解した。ロイド皇太子殿下に対し王族として謝罪する。」
「いえ、今回の件は誰にも予測できなかった事です。それに狙われたのはわたしではなくアリシア嬢だ。わたしは自ら首を突っ込み自身を危険にさらしたに過ぎない。故に謝罪は不要です。」
その後も、『いやしかし……』とお互いに謝罪問題で言い合っていると、ノアが遮るように入ってくる。
「陛下、いつまでその問答を行なっているつもりですか?外にいる我々をお忘れではありませんよね?」
ノアの言い分も間違ってはいない。
だがミスト王国としては、ジルコニウム帝国に落ち度を持ったままでは外交的にも負けてしまう恐れがある。
次期皇帝相手では尚更なのだ。
だからロイドには無理を言って出発当日の早朝に来てもらったのだ。
もちろん今回の経緯なども絡むため、関係者にも集まってもらっているのだが、いつまでもそのやり取りでは先に進まないので、痺れを切らしたノアが止めに来たというわけである。
「陛下、わたしはこの件をジルコニウムに帰って報告するつもりはありません。また、わたしが皇帝となってからもこの件について何かを要求する事はありません。ご心配であれば誓約書をお書き致します。」
そこまで言われてしまえば引き下がるほかない。
誓約書を書かせるなど、相手を“信用していない”と言っているようなものなのだ。
「分かった。今回はロイド皇太子殿下の方に合わせよう。だが帰国の際にはそれ相応の謝罪の品は持って帰って欲しい。これは国家の威信にも関わるので呑んでもらいたい。」
これにてやっと謝罪問題は終結したのであった。
国王に召集されたメンバーは当事者のロイドとアリシアに加えて教会からシスター、第一騎士団長としてアリシアの父・ドーズ、そしてノア王太子殿下である。
先に今回の経緯等を事前にアリシアやロイド、シスターから聞いており、事実確認から入る。
事件が前日の夕方という事もあり、それぞれの証言は概ね同じであった事が伝えられた。
「アリシア嬢が狙われたのは子爵令嬢だからではなく、ただ髪が黒いから……という事か?」
「そのようです。実はわがジルコニウム帝国内においても、黒髪の少女が殺される事件が続いておりました。まさかミスト王国でも同じ事が起こっているとは知らなかったのです。ですが、この件に置いての黒幕と思われる相手には心当たりがあります。」
ロイドの一言でジュール陛下とノアの顔色が変わる。
「………その心当たりを聞いても?」
「もちろんです。わたしはヴァイス教による犯行だと考えています。この国にも先日教会ができたと伺っておりますが、我が国ではすでに国民の半数がヴァイス教に入信するほど大きな組織となっております。また、我が父ジルコニウム皇帝陛下もヴァイス教へと改宗しております。」
「ではなぜヴァイス教が黒髪の少女を狙うのだ?」
その問い掛けに、ロイドは一瞬アリシアをチラリと見てから『それは後ほど』と言うように、目配せをしたのである。
その目を見た陛下は何かを察してスッと話を変えてくれたのだった。
「では、ロイド皇子の言うようにヴァイス教が絡んでいるとするならば、廃教に追い込む事はできなかったのか?」
ロイドは、初めて黒髪の少女が殺された約10年前に遡って捜査したのだが、一向に手掛かりが掴めないままなのである。
だが全ての事件がヴァイス教に少なからず関係しているため、限りなく黒に近いグレーという状態なのだ。
「なるほど…………黒髪の少女が狙われる事件はミスト王国では初めてのこと。言い換えればヴァイス教の教会ができてから起こったことと考えられるわけか………。だが確かに証拠がなければいくら国王勅命だとしても廃教を命じる事はできないな………。それに貴殿のお父上であるジルコニウム皇帝が入信する宗教を、理由なく追い出したとなれば、両国間の軋轢を生むことにもなる。下手に手出しはできないと言うことだな。」
ジュール陛下は頭を抱えている。
「…とりあえずドーズよ、貴殿の娘が命を狙われているのだ。第一騎士団長を使い、今回の主犯である黒髪狩りのメサイアと言う刺客を追ってくれ。それと近衛を使っても良いからアリシア嬢の護衛に2人付けるようにしなさい。」
「はっ、ありがたき御言葉頂戴いたします。わが娘アリシアのために近衛騎士までご配慮して頂き感謝いたします。」
ドーズが最敬礼をしながら国王の采配に感謝する。
さらにジュール国王は、ドーズの隣でモジモジと何かを言いたげにしているアリシアに気づいて話しかける。
急に振られて少しあたふたするが、姿勢を整えると話し始めたのだ。
「この度のわたしの失態に続き、格別の御配慮痛み入ります。今回の件で自身の不甲斐なさを痛感致しました。あの場にロイド皇子殿下がいなかったら、今頃わたしはこの世にいなかった事でしょう。護衛騎士を仰せつかっていたのにも関わらず、気を抜いたことに対して自責の念しかございません。」
周囲はアリシアの流暢な謝罪に対して聞き入っているが、ジュール国王とロイドだけは顔を合わせているのである。
さらに続けて謝罪の弁を述べるアリシアを制止してジュール国王が質問する。
「待て待てアリシア嬢。昨日のそなたの行動に何も不備は無い。休暇中に襲撃されたのにもかかわらず対処してくれていたのだから、こちらが貴殿に対して謝罪する事はあっても、謝罪される言われはどこにも無いのだ。」
そう、今回のアリシアは休暇中にロイド皇子に誘われて出掛けた、言わば”デート”であり、騎士として動いてくれた功労者の位置付けなのである。
国王からのその言葉を聞き、アリシアは驚きの声を上げるのだった。
「えぇーっ!?わたし休暇中だったのですか??」
ロイドは肩を落としてガクッと崩れ落ちそうになる。
デート中も話が噛み合わない事があったが、そもそもデートと考えていたのは自分だけだったと言う事なのだ。
アリシアは業務だと考えてついてきてくれたに過ぎなかったと言うわけである。
ロイドの様子にオロオロするアリシアだったのだが、この事実に今気がついた男が1人いたのだ。
「……ロイド皇子……?まさか…アリシアを誘ってデートをしていたと言う事ですか?」
ノアが引きつった笑顔で聞いてくる。
その様子にロイドは気がついてしまう。
ノアもアリシアにアプローチを掛けていたのに気が付かれなかったと言う事実に………。
「………お前も…なのか?」
「彼女はわたしの護衛騎士候補だったのですからね。何度もアピールしたつもりでしたよ……。でも一向に気が付いてさえもらえなかったんだ!」
2人で顔を見合わせて慰め合ってはいるが、事実は1人を争っている状態なのである。
「……あのー…、わたくしが悪いのでございましょうか?」
アリシアのひと言に周囲は苦笑いをするしかなかったのであった。
ここまで鈍いとストレートに言うしかない。
そう考えたロイドがアリシアに向かって膝をつくと、右手を差し出した。
「アリシア・ド・ブラッド子爵令嬢。ジルコニウム帝国第一皇子ロイド・ジルコニウムとして、貴殿に婚約を申し込みたい。」
ロイドの急な婚約申し込みにその場にいた全員が驚き、アリシアはフリーズ、ドーズは口を開けたまま固まってしまった。
そして徐々にアリシアは顔が赤くなっていく。
「い、いいいいいいきなりそんな。わた、わたくしに婚約の申込?ですか??」
アリシアはひどく動揺しているが、ロイドは真面目な顔でアリシアを見つめると。
「わたしでは不満ですか?正すべきところはご指摘いただければ、善処して改善いたします。」
イケメンから求婚される経験など想像もしておらず、何故かロイドに向かって手を合わせて拝みたくなってしまう。
完全に2人の空気が流れ始めたときであった。
「アリシア嬢、わたしもいいだろうか?わたくしノア・ド・ミストもアリシア嬢へ求婚させていただきたい。護衛ではなく、伴侶としてわたしの隣にいてはくれないだろうか?」
ロイドに続いて今度はノアが、アリシアに膝をついて求婚し始めたのだ。
周囲は一気に静まり返る。
それもそうである。
次期王位に就く2人から同時に求婚されたのだ。
まさにどちらの手をとっても子爵令嬢から王妃となるシンデレラストーリーの出来上がりである。
その光景を見たシスターは『あらあら〜。』と見守っているのだが、当の本人は完全に固まってしまった。
この状態では自国の王子の手を取らないわけにはいかないだろう。
だがロイドは隣国の皇子。
無下にはできない。
そもそも自分は誰が好きなのだろうか?
そもそも異性に対してこれまで好きだの嫌いだのと、他者と会話したことすらないため、自分の気持ちなど考えたことすらなかったのであった。
その場の誰もこの状況を変えることはできず、時間だけが過ぎていこうとしたときである。
「まあまあ待たれよ2人とも。アリシア嬢が困っているではないか。そもそも求婚とは各家から申し込みを掛けるのが普通だろう。この場で決めることではない。ロイド殿下も自国に帰り、正規の手続きを踏んでブラッド家に申し込めば良いだろう。ノアも同じである。」
陛下からのひと言で、アリシアはホッと胸を撫で下ろすのであった。
一悶着あった報告会は一先ずお開きとなり、アリシアとドーズ、シスターは退出してもらう。
「さて人払も済んだ。ロイド皇子、アリシアの前では言えなかった事を報告してもらおうか。」
ジュールが聞きたいのは、先ほど濁していた『黒髪の少女が狙われる理由』についてである。
「ミスト王国国王陛下であれば、もうお気づきかと存じますが、聖女再降臨に関するものになります。あの場でお話しすれば、自分のせいで何人もの黒髪少女が殺されたと言う事実をアリシアが知ることになるため黙っておりました。」
その言葉に驚きながらも、最悪の事態であることに気がついて肩を落とすしかない。
気付いていたのに認めたくなかっただけなのだ。
「………………やはり……か。」
本日何度目になるか分からない、頭を抱えて悩む事案なのである。
公表するわけにはいかないが、理由もなく説明して不安を煽る事も避けたいのである。
そしてさらに、ジュールには国王としてもう一つ確認しておかなければならない事があった。
「……と言うことはつまり、ロイド殿下も《アリシアが大聖女の生まれ変わりであること》にお気付きである、と言うことなのですな?だからアリシアに求婚を?」
大聖女の再降臨を知っていると言うことは、アリシアを娶りようにとジルコニウム皇帝から言われている可能性もある。
その場合のミストの損失は計り知れない。
「いえ、求婚の理由は『大聖女だから』ではありません。詳しくは話せませんが、自国の利益を考えて求婚しているわけではありませんので。」
ロイドが詳しく話すと言うことは、前世の記憶を持っていることを説明しなければならなくなるのである。
「なるほど…。わが国には鳳凰との盟約で、大聖女様が再降臨されたときに国が全力で守ることになっております。我々はノアの婚約者として王家に迎え入れて庇護下に置こうと考えていたのです。ご存知の通り、鳳凰が守りし王国。それがミストですから。」
その話を聞いてロイドは悩んでしまう。
ロイドは事実を知っているのである。
ジルコニウム帝国の書物にも、当時と違う記述が幾つも見られた事もあり、きっとミスト王国でも500年の間にねじ曲がって伝えられたのだろう。
だがそれをここで訂正することなどできはしない。
ロイドがどうするかを悩んでいると、ノアが間に割って入ってきたのだ。
「陛下、わたしは確かに初めこそアリシアを幼馴染の護衛騎士候補と見ていましたが、今では1人の女性として見ています。可能であれば、わたしの婚約者として認めてもらいたいと考えておりました。国に事情があるなしではない事は知っておいてもらいたいのです。」
ノアもロイドと同じように、“国の利益”ではないことを伝えたいのだろう。
だがなおさらジュールは悩んでしまうことになる。
盟約と息子である王太子の地位向上などを考えれば、今すぐにでもアリシアをノアの婚約者にしたい。
だが隣国の皇太子自ら婚約者として迎え入れたいと申し出がある上に、今ノアの婚約者にしたときに王位を争うヒューズ侯爵家から守り切れるのか分からないのだ。
このままでは一向に話が進まないと思われたときである。
「……しゃーないなぁー…。やっぱり状況を知る等の本人が出るしかあれへんやろ。」
ずっと黙っていたピーちゃんが話し始めたのだった。