教会での攻防戦
教会内でロイドとアリシアが話していたときである。
「あらあらあら〜?アリシア様ではございませんか〜。」
物音に気がついて、奥からシスターがやってきたのだ。
おっとりとした雰囲気で、一気に緊張感が抜けていくような気がする。
「すみませんシスター。街を散策中に誰かに付けられていたので逃げ込ませてもらいました。ご迷惑でしたでしょうか?」
アリシアが慌てて挨拶をして謝罪する。
教会は貴族や王族から寄付をもらって運営しているが、立場はあくまでも同格とされ、貴族からの一方的な要求を断ることができる立場なのである。
「いえいえ〜。この教会はブラッド子爵様の援助があって運営ができております。むしろ訪問していただけるのは喜ばしいことですよ〜。」
「いえ、こちらも夕食のお時間にお騒がせしてしまい本当に申し訳ありません。子供たちがお腹を空かせているのでは無いですか?私たちの対応などお気になさらず、食事に行って頂いて大丈夫ですわ。」
そんなやり取りをしていたときであった。
入口のドアが、けたたましい炸裂音と共に吹き飛んだのである。
もくもくと白煙が立ち上る中から長身の女性が歩いて来る。
ハイヒールを履き、体の曲線が見えるロングドレスでスカートには長いスリットが入っている。
「チャイナドレス!?」
思わずアリシアはつぶやいてしまう。
「あらら〜?今回の獲物ちゃんはずいぶんと博識なのね。私の国では確かにそう呼ばれているわ。」
『獲物』という言葉に反応し、ロイドがアリシアの前に一歩出る。
「貴様の目的はなんだ?我々を狙う目的を教えてもらおうか?」
警戒しつつも情報は欲しい。
だが基本この手の人物は、情報を漏らしたりなどしない。
だが殺し屋の割に派手に登場した位である。
会話はしてくれるらしい。
「あら?まぁ確かに?殺される理由も分からずに狩られるのも可哀想ねぇ。目的までは教えてあげられないけれど、自己紹介はしてあげる。わたしは【黒髪狩り】のメサイアよ。お嬢ちゃん。大丈夫よぉ。おねいさんにかかれば苦しまずに葬送ってあげるから。」
「……黒髪狩りって事は、帝国内で若い黒髪の少女ばかりが惨殺されているのは貴様の仕業だと言うことか?」
「あららあぁぁ〜?本当に詳しいわねぇ。………まぁその通りよ。依頼がある以上は年齢性別関係なく遂行する。今回は若い黒髪の少女って依頼なだけ……。それがわたしのやり方なの。悪く思わないでね。」
そういうと、手に持っていた鞭をアリシア目掛けて振り込んできたのだ。
すんでのところで回避したが、バチィィンと激しい音とともに礼拝堂の椅子が折れてしまう。
「……なんて威力だ。頭に当たったら中身が飛び出るぞ!?アリシア、シスターと後ろに下がれ!」
言い終える前にアリシアはシスターを守るように演台の後ろに隠れる。
「ごめんなさいシスター。椅子は必ず直すから!」
アリシアは教会に逃げ込んだ自分の選択が間違っていたと反省しているのだが、シスターは相変わらずおっとりしていて。
「いえいえ〜。壊したのはアリシア様ではありませんから謝らなくとも大丈夫ですぅ〜。」
なんとも緊張感に欠けるのだ。
とりあえずパニックになられるよりはいい。
「アリシア無事か!?」
ロイドが声をかけて来る。
「こっちは大丈夫です!でん……ロイド様は大丈夫ですか?」
さすがにここで“殿下”と呼ぶわけにはいかない。
「アリシア、そのままそこに隠れていろ!大丈夫だ。こっちはなんとかする!」
ロイドはそう気丈に振る舞って話してはいるが、正直相手がかなりの手練なのは分かる。
しかも使っているのがムチという、今までに相対したことがない武器を使っているのにも苦戦が予想されるのだ。
「正直あなたと遊んでいる場合じゃないのだけどぉ……、イケメンに免じて少しだけ相手してあげるわぁ。」
メサイアはそう言うと、右手に持つムチで次々とロイドを攻め始めたのである。
「いつまで避け続けているのかしらぁ?当たれば一瞬で腕や足が吹っ飛ぶわよ?」
一撃一撃が重く、教会の椅子が当たるたびに砕けていく。
確かに当たればただでは済まないだろう。
だが、その威力を出すためかムチが非常に長いため、ロイドは隙をついて近接に持ち込もうと考えていたのだ。
(どこかに勝機があるとすれば懐に飛び込むのが一番だろう。長いムチは近距離では難しくなる。)
ロイドは教会の椅子の間を屈みながら進み、ムチが目の前の椅子を砕いた瞬間に、戻るムチに合わせて突っ込んでいったのだ。
一足飛びでメサイアの眼前約3メートルまで近づいて剣を振り下ろそうとした時であった。
「あっはは〜、ざ〜んねん。」
メサイアがそう言った瞬間であった。
右足にゴキッという鈍い音とともに激痛が襲ったのである。
「グゥッ、なんだ!?」
ロイドは左足で着地するとともに踵を返して間合いを取る。
激しい痛みを感じる右足は骨が砕けているようであった。
「長いムチを見て接近戦に持ち込もうと考えたのは正解だけどぉ〜、逆に言えばわたしがそれを対策していないわけないと思わない〜??」
そう言うとメサイアの左手には、短めのムチが握られていた。
「魔力を通しているから威力は保障済みよぉぉ〜!その足じゃもう次は避けられないでしょ?次はどこを飛ばして欲しいかしら?」
メサイアはそう言いながら、完全に目が血走っていて人を傷付ける行為に依っているようである。。
「お前がだいぶヤバいやつだってことは分かったよ。だがこんなところで無様に這いつくばっている場合じゃないんでね。」
「やせ我慢はやめておきなさいな。痛みのせいで脂汗ダラダラじゃない。」
右足はどんどんと腫れて鈍い痛みに変わる。
次はかわせない、そう思ったときであった。
強烈な風が巻き起こったのだ。
「今度は何をしたのよ!!あなた往生際が悪すぎるわよー!」
メサイアの怒りに満ちた声が暴風の中教会内に響きわたる。
この風を起こしたのはメサイアではない。
じゃあ誰が!?っとロイドが考えていると、アリシアがそっと近づいて来たのだった。
遡る事5分ほど前のことである。
「あのムチは危ないですわねぇ〜。おっかないですぅ。」
相変わらずおっとりしているシスターだが、その10メートルも離れない地点はまさに戦場なのである。
「あのムチのリーチじゃさすがにこの短剣じゃ届かない。せめてレイピアを持って来ていれば。」
アリシアは太ももに忍ばせていた護身用ナイフ2本しか持ち合わせていない。
どうにかフォローだけでもできないかと周りを探していると、教会奥のステンドグラスの前に女神像があり、その腰には剣が帯刀されていた。
「シスター!!あの女神像が腰につけているのは本物の剣ですか?」
「あれはですね〜とっても不思議な剣でして〜、作られたのはとっても古いのです。そのまま置かれていたのですが、剣を納める皮の袋や金属製の持ち手の部分だけはどんどん劣化してしまうので変えているんですけど、頭身の部分はまったく錆びずに精霊か女神様の加護が与えられた剣なんじゃないか?って言われているのですぅ。」
「じゃああれは普通に使えるんですね?」
そう言いながらもすでに像目掛けて走り込み、腰にあった剣を取ってもといた場所まで戻ってきたのである。
「狙われているのはアリシア様なんですから危ないですよぅ。」
シスターはアリシアの行動に驚きながらも注意してくる。
だがアリシアはそれどころではない。
女神像から戻ってくるときに、ロイドが負傷して追い込まれている姿が見えてしまったからだ。
「シスター。この剣を無断で使用する無礼をお許しください。今のわたしはあの方の護衛です。お守りするために女神様のお力をお借りいたします。」
「女神様はそんな事では怒りませんよ〜。アリシア様もご自身をお大事になさってくださいませ。」
シスターの許可が降り、剣を抜いてみるとレイピアが姿を現したのである。
「……レイピア!?女神の剣はレイピアなの??」
「それはたまたまですよー。女神像に付けてあっても、言い伝えなどないですから、由縁があるわけではありませんから〜。」
シスターはそう言うが、アリシアは何か因縁めいたものを感じているのである。
「剣はあっても〜、あのムチの中に突入するのは難しくないですかー?」
そこなのである。
短剣からレイピアになったとしてもリーチの長さは向こうが上。
二刀流ならぬ、『ニムチ流』をどうやって掻い潜るかが問題なのだ。
しかし考えている時間はあまりない。
今まさにロイドの前にメサイアが向かっているのだ。
「あぁ〜!!あのムチをどうにか飛ばせれば良いのにー!!!」
歯痒く地団駄を踏んでいて気がついた。
「………飛ばす…。そっか!飛ばして仕舞えば良いんだ!」
そしてアリシアは空気中から熱を奪い、その熱で空気の塊を作り温度差を付けたのであった。
強風吹き荒れる中ロイドに駆け寄ると、その風をコントロールしてロイドをシスターのところまで運んだのである
「アリシアすまない。だが助かった。とりあえず今のうちに逃げよう。」
「殿下。ここで逃げても彼女からは逃げ切れません。街中であのムチはを使われるくらいならここでなんとか対応したほうが得策だと思います。」
アリシアはそう言いながら風を竜巻のように周囲に張り巡らせた。
まるで風の城壁とでも言う状態である。
「……殿下。わたしでは勝てないかもしれませんが、話振りからも狙われているのはわたしです。護衛対象の殿下を前線に立たせるわけにはいきません。ご理解ください。」
そう言うとアリシアは飛び出していってしまった。
「アリシアー!!」
ロイドの声が無情に響き渡るのであった。
「あららぁ〜?まさか獲物の方から寄ってきてくれるだなんてオネーさん嬉しいわ〜。そのまま狩られるつもりはないって表情を歪ませるのが大好きなのよ♡サービスしたくなっちゃうじゃない。」
「あら〜?わたくしだってあなたを狩る側だって思っているんですけどね?あなたが今から狩ろうとしている相手は、ミスト王国第一騎士団団長ドーズの娘だって事を教えてあげる。」
お互い対面しているその距離は、約7メートルほどでムチの間合いギリギリのところである。
アリシアはレイピアを構え、メサイアから目を離さない。
一瞬の沈黙のあと、メサイアの右手が動く。
アリシアもそれを見逃さずに回避するのである。
バチンバチンとムチが連続で周囲を叩きつけても、アリシアは少ない動きでそれを避け続ける。
まるで曲芸のような攻防が続くが、お互いに決め手がない状態でもあるのだ。
「アリシアちゃん〜、いつまで避け続けるつもりなのかしら〜??オネーさんあんまり辛抱強くないのよねぇ〜。」
そう言うと、左手も動かしてさらに速度を上げて攻撃をしてくる。
さらに激しさを増す攻撃を紙一重でかわし続けるアリシアの技術の高さに感心しながらも、メサイアは楽しそうに笑っている。
だが完全に防戦一方なのだ。
アリシアはまだ一度も攻め込んでいない。
しかしメサイアは油断しないのである。
それはアリシアが何かを狙うようにメサイアの両手をジッと見続けているからであった。
(あの娘は一体何を狙っているのかしら〜?)
そうメサイアが神経を尖らせていたときである。
「……見つけた。」
アリシアがポツリと話したかと思うと、今度は回避する動きを前後に変えてきたのである。
もちろん前に出ればロイドと同じように左ムチの餌食になるはずである。
しかし左が出るとアリシアは背後へと回避する。
それを今度は続け始めたのである。
「一体何を見つけちゃったのかしらねー?その割にはこっちにまったく踏み込めていないようだけど?」
メサイアが徐々に苛立ちを隠さないようになってきたのである。
かわし続けるアリシアを追うようにムチを速くしていくが、一向に当たらないのだから苛立ちもするだろう。
メサイアが一番警戒しているのは先ほどの風を起こした魔法なのだが、アリシアはまったくそのそぶりを見せない。
むしろただ挑発するかのようにムチを避けているのである。
初めにメサイアが仕掛けてから約5分。
ついに局面が動いたのだった。
アリシアがいきなり大きい声を発したのである。
「……よし!見えた!」
そう言うとサッと太ももに隠してあったナイフ2本を出して投げたのだ。
「そんなもの当たるわけがないでしょぉぉ〜!」
メサイアが2本のナイフを撃ち落とそうとムチをしならせたときであった。
「……ってまさか狙いは!?」
アリシアの狙いに気づいたときにはもう遅かったのである。
一本めにナイフを弾いて軌道が変わったムチと、2本めを弾いて軌道が変わったムチ同士がぶつかって絡まったのだ。
もちろんその瞬間を逃すはずはない。
アリシアは一足飛びでメサイアに突っ込んで、レイピアを打ちつけたのだ。
「グッ、くそ!」
体をひねりかわそうとするが、アリシアの突きがメサイアの左腕を貫いたのである。
形勢逆転。
今度はメサイアがたまらず間合いを空ける。
「その腕ではもう2本もムチは使えないわね。」
一気に緊張の糸が切れたのか、アリシアの頬を汗が伝う。
激しく5分以上も命をかけた攻防をして見せたのだ。
正直足もガクガクなのであった。
「う、うふふ、ふふふふふはははははははっ!良いわぁあなた最高よ!わたしがここまでしてやられたのはいつ振りかしら?」
メサイアは左腕を押さえながらもゆっくりと立ち上がる。
それを見たアリシアは、もう一度緊張の糸を張る。
「わたしからこのムチを奪ったのは今までに2人だけ。あなたは3人目よ。誇りに思うと良いわ!でもわたしは生きている。これがどう言う意味かわかるかしら?」
メサイアの両手から炎の玉が現れる。
「魔法……。あなた魔法も使えたのね。」
アリシアは術式ではなく自然現象を元に魔法現象を引き起こすため”魔法戦“となれば、発動が遅い分勝ち目がほぼなくなってしまうのである。
さらにこれまでの攻防で激しく動かした足は、ほぼ動かない状態になっているのである。
(完全に詰んだわ……。)
アリシアは完全に攻め手を失い、逃げる足も残っていないのであった。
「やっとアリシアの風がおさまってきたか………。」
「アリシア様はとんでもないことができちゃうんですね〜。」
ロイド達を守るために作った風の防壁の効果が薄れてきた事で、やっと外の状況が見えるようになってきたのである。
『防壁』と言うだけあり確かに外からも侵入ができないだろうが、逆に中からも外に出られなくなっていたのだ。
「やっと見つけたのに、結局守れないなどあってはならないのだ。ケガでもしててみろ、説教だけでは済まさんぞ!」
「そういえばロイド様は足を怪我されていたのにもう治ったのですか〜?回復早いのですねぇ。」
ロイドの右足は、アリシアが風の防壁を作る直前に治していったのだ。
痛みもなくあっという間に骨がカチカチとくっ付いていく様子は、気持ちがいいほどであった。
腫れを治す時間だけは無かったようだが、それも原因が無くなれば自然と収まるのである。
「…………助けるはずが、助けられてばかりだ……。」
ロイドは力なくうなだれる。
一緒にやり場のない怒りが襲ってくるのだ。
自分が弱いから………。
自分の頭が回らないから……。
彼女を守れない。
「……自分おひとりで成せないのであれば、誰かのお力をお借りすれば良いのです〜。誰であれ、完璧に1人で全てを上手くやりたいと考えるでしょう。そのために一生懸命努力もされると思います。ですが、それでも届かないならば、誰かに助力をお願いしていいのです。その“誰か”も、あなたが努力した結果で助力してくれるのですから。」
「……………………誰かの…力。」
ロイドはシスターの言葉を聞いて顔を上げる。
スッと立ち上がるとシスターにお礼を述べるのであった。
「どこか頼りなさそうなシスターだと思っていましたが、さすが女神アスクレピオスに使えるだけありますね!」
「た、頼りないは余計ですよぅ〜。」
シスターは可愛らしくぷりぷりと怒っている。
だがロイドの腹は決まった。
風がおさまるタイミングで突撃する。
アリシアを守るために!
「ピーちゃん!!わたしに力を貸せ!」
ロイドが天に向けて手を突き上げながら叫ぶと、教会の天井を突き破って黒い小型の鳥が現れたのだった。
「きゃあぁぁ〜!なんですかなんなんですかぁぁ〜?」
シスターは上から降ってくる破片を気にして頭を手で覆いながらパニックになっている。
「安心してください、シスター。彼はわたしの協力者で優秀な鳥です。少し口が悪いですが、アリシアのために協力してくれる頼もしいヤツですよ!」
そう紹介されたピーちゃんは文句を言っていた。
「ってかこないな小娘に説教されなぁ自分気づかへんのかいな!!ここに優秀なパートナーがおるんやで?ワイはこの件に関して自分から手出しできん!おかげでお前が呼び出してくれるまで上空でステイや!ワイはご主人がやられそうなときにも言われたまんま“おすわり”決め込むバカな犬ちゃうぞ!?」
もう剣幕で怒られてしまった。
だがおかげで戦力は揃った。
「ピーちゃん、わたしの剣はどこにあった?」
「この方角、大体10メートルほど先に転がってるで。木の破片とかで見えんようになってるから気ぃ付けてな。」
「目標を取ってから斬り込む。ピーちゃんには補助を頼みたい。
約30秒程だが、息の合ったやり取りで段取りを決めていく。
シスターにはそれがまるで老夫婦のようにも見えたのだった。