mission 巨大亀を止めろ!
「どうやらうまくいったようやな〜。さすがワイやな!」
「全てを賭けたんだ!むしろ成功してなかったら何もかもが終わってるところだろ!」
「なんやなんや〜、自分寡黙なキャラに化けとっただけかいな!それとも何か?久しぶりにワイに会うた事でテンション上がってもうたか?」
「は〜、まったく相変わらずで安心したぞ。それよりもわたしがここにきた理由くらいは流石に分かってるんだろ?ピーちゃんとおしゃべりするために命張ってここまで来ねーからな!」
久しぶりの再会と言っているが、“ロイド”としては初めてである。
しかし、彼らは再会するべくしてここで《待ち合わせ》をしていたのだ。
「そりゃ分かってるがな〜。ただワイも500年もきばって待ってたんやで?饒舌なトークに花咲かせてもバチは当たらんやろ?」
「良いから言えよ!フィーリアは今何処にいる?ちゃんと同じ時間軸で転生したんだろ?」
「………ほんま自分気づいてなかったんかい。最近ずっと一緒におったで。」
その一言で思い当たる人物がいた。
フィーリアと同じ黒髪で万能な少女のある事を。
「……アリシア嬢がフィーリアなのか?」
「そうや。しかも記憶が断片的ではあるが戻りつつある。でもダイスやピーちゃんと言った登場人物までは中々思い出せていないようやな。出来事は思い出せていて、それに関わる人物は徐々に思い出してるみたいやけどな。」
「じゃあ、“まだ”ダメなのか?」
「盟約で定めてしもうたからなぁ〜。全てを思い出したときってな。でも500年もこの国を守ってきたんやで?ヴァイス教からな。」
そう。
結論から言えば、ダイスと鳳凰は500年前にヴァイス教にフィーリアを奪われてしまったのだ。
そこで血の盟約を利用してフィーリアがこの世界に転生するときに、ダイスも転生するようにしたのである。
「記憶をうまく引き継げたのが幸いだったよ。まあ10歳のときに思い出したんだがな。」
生まれたときは普通の少年であったが、10歳のときに大聖女の伝記を読んだ事で一気にフラッシュバックしたのであった。
それからは鳳凰と会うために、この山を登頂する計画を立てていたのである。
「それで?ワイに会うたのはええけど、これからどないする気なんや?」
確かに会う事を目標にしていた事もあり、その先を考えてはいなかったのである。
ロイドは少し考えてから、思い切ってある提案をした。
「とりあえず、小さくなってわたしについて来い!もう一度ここに来るのは立場上厳しいからな。」
今世でもジルコニウムの皇子である以上、他国の国境沿いに出入りするのは好ましくない。
かと言って頻繁に許可を取って危険な山に出入りするというのもおかしな話なのである。
「……ここにワイがいたのは墓守みたいなものやし、この亀が起きた今なら確かにいる意味はないわな……。よっしゃ!久しぶりに下界へといって美味いもんでも食わせてもらおか?」
「………サイズ間は頼むぜピーちゃん。」
「そや!ダイスのときに使てた剣もちゃんと守っておいたで!ワイできる鳥やし!」
そういって言われた先に並ぶ2つの石の隣に一本の剣が突き刺さっていた。
「500年経っても錆びひん事を考えると、かなり特殊な剣なんやろ?中々来られへんなら持っていかな!」
そう促されて久しぶりに触るその剣は刀身こそ錆びついていないが、柄はボロボロで鞘はすでに無くなっていた。
「前はヴァイス教徒の血を吸わせすぎたからな。今度はお前の力を守るために使わせてもらうぞ。」
そういってロイドは引き抜いてから上着に包むようにして背中に背負うのだった。
そんなやり取りの後に、鳳凰が肩乗りサイズになったときであった。
「ロイド殿下〜、ご無事ですか〜?」
ミストの騎士たちがロイドを捜索しにきたのである。
「ピーちゃん。彼らは鳳凰を国の象徴として祀っている。バレたらジルコニウムに来られなくなるから絶対にしゃべるなよ。」
「任セロリ!」
忠告してから騎士に合流する。
「ロイド殿下。困りますよ、護衛を振り切って危険な事をされてしまうなんて。何かあったときに国家間の問題に発展してしまうんですよ?ノア殿下も慌てていたんですから。」
「すまない。危険を犯して迷惑をかけてしまったようだな。ノア殿下にも謝罪をしよう。」
そういってその場から立ち去ろうとしたときであった。
「謝罪など結構だ。ロイド殿下はここに一体何を探しにきたのかな?その目的を達成したからここから立ち去ろうとしているのだろう?それと肩の鳥は一体なんだ?納得できるように説明してもらおうか。」
かなりご立腹なノアが立っていたのである。
「この鳥はここにいてたまたま懐かれたのだ。せっかくなので一緒に亀の甲羅から脱出しようとしているだけだ。」
「……ここにきた理由は?」
まるで尋問のように厳しい目を向けられていて言い淀んでしまう。
(尋問される側の気持ちが分かってしまったな。)
ウソで全てを誤魔化そうとしても、きっとノアは信じてはくれない。
ならば鳳凰については真実は話せない代わりに、この場所に何があるかだけは教えなければならないだろう。
「……ミスト王国にある書物には、大聖女の最後についての記述はないんじゃないか?」
「ジルコニウムにはあるというのか?」
「死亡理由については記載されていない。だが、聖女がどこに埋葬されたのかは書かれている書物があった。著者はダイス・ジルコニウム皇帝。当時のオリオンとキリンの2カ国を侵略した《血染めの皇帝》と言われる人物だ。そこに書かれていたのは、大聖女フィーリアを鳳凰がこの地に眠らせてこの山を周囲から守っていると書かれていた。」
「血染めの皇帝!?……って、じゃあつまりここに!?」
ノアの顔つきが変わったのだ。
聖女信仰の強いミスト王国にとってはまさにここが聖地である。
さらに聖女の墓ともなれば、大発見と言えるのだ。
「ノア王子。危険を犯して良かっただろう?そしてこれがその大聖女の墓だ。」
2つ並んだ石があり、左の石の後ろには十字に木が組まれたものが立っていて、ボロボロの白衣が掛かっていた。
「ミストにとってはその組まれた木ですら聖遺物として扱われる物だろう?白い布は『白衣』と言われる大聖女フィーリアが治療時に着用していたと言われている物だ。」
ノアは唖然としている。
それもそうだろう。
自国が生んだ大聖女であるにもかかわらず、どこに埋葬されたかの記述が無いため、今まで研究者たちがいろいろな場所を調べていたのだ。
おおよそこの山のどこかに存在するだろうと言われていたのだが、隣国に答えが存在していたのだから。
しかもその著者があの《血染めの皇帝ダイス》であると言う。
「ミスト王国ではもちろん、ジルコニウム皇帝でさえ血染めの皇帝は愚王として伝わっているからな。『残虐の限りを尽くした皇帝ダイスは、この山を越えてミスト王国に侵略しようとして鳳凰に討ち取られた。』今では子どもでも知っている物語の一節だよ。」
「もちろんそれは知っている。貴国には悪いが、わが国でも子供のしつけとして『悪い子のところには血染めの皇帝がやって来る』と言われているからな。そんな人物がわが国が誇る大聖女についての記述を残すなど信じられない。」
この大陸を恐怖の底に叩き落とした人物こそ、ロイドの前世であるジルコニウム皇帝ダイスなのである。
そのため、大聖女フィーリアとは対照的に伝えられており、物語の創作等では大聖女の敵役として登場したりしているのだ。
「後で気になるならわが国に訪れて研究してみると良い。だが今はここから脱出することに専念しよう。」
ロイドの言葉に、その場にいた騎士を含めて全員が頷いたのである。
「アリシア様、あの亀全く止まりません!どうしますか?」
残った騎士たちとどうにかして亀の進行を止めたかったのだが、もう火や煙にも慣れてしまいどんどんと進んでいってしまう。
このままではモンスターが蔓延ると言われる危険な谷底に行ってしまうだろう。
(…………亀が苦手な物って一体何!?どうすれば止まってくれるわけ??)
スピードこそ遅いが、質量は大きいためにちょっとした動きでもぶつかれば危険なので近づけない。
「かめ、カメ、亀〜!!亀ってこうなれば無敵じゃない!?お願い止まってー!!」
いくら呼びかけても止まるはずもないのだが、もうお願いするしかないのであった。
そんなときである。
亀が返事をしたような気がしたのだ。
「今何か聞こえなかった?」
騎士に聞いてみるが、騎士には聞こえなかったようである。
「空耳かしら?」
そんなふうに思ったのも束の間。
「おーい!アリシアー。聞こえないのかー?」
今度こそちゃんと聞こえたのである。
「ノア殿下の声よ!ほらあそこ!甲羅のふちにいらっしゃるわ。」
アリシアの指差す方向に騎士たちに混ざってロイドの姿も確認できた。
問題はすでに谷底に向かって進んでしまっているためにかなりの高さがあることに加え、動いている状態ではヒモを結えて降りることもままならないのである。
(やっぱり亀が止まってくれないと降りられない。なんとか止まってもらえればいいんだけど……。)
夜になって亀が寝るのを待っていれば、谷底にいるモンスターの餌食になってしまう。
なるべく早く歩みを止めなければならない。
アリシアが悩んでいたときである。
ふと、ある事を思い出したのだ。
「……亀って……爬虫類よね?つまり寒いの苦手なんじゃないかしら?」
いくら堅い甲羅を持っていようが、巨体だろうが気温には勝てない。
それは巨大な爬虫類である恐竜が絶滅した原因なのだから間違いないだろう。
「すみません!誰か魔法で氷とか出せたりしませんかー?」
アリシアにもちろん出せるのだが、化学理論を用いた魔法である以上、奪った熱エネルギーを放出する場所に困ってしまうのである。
ダメ元で聞いたときである。
「私が引き受けよう。」
ロイドが手を挙げたのであった。
実は500年前に存在して各国の王族には、それぞれ得意な魔法が存在していた。
ミスト王国は水、そしてジルコニウム帝国では火なのであった。
では何故火が得意なはずのロイドが立候補したのかと言えば、火魔法の基礎で温度を操る練習をするからなのである。
そしてそこにミスト王国の王子が揃っていれば、氷を出すなど朝飯前と言うわけなのだ。
ロイドとノアがアリシアの指示で亀の進行方向に分厚い氷の壁を作っていく。
もちろん地面も氷、屋根も氷の箱状にしてである。
2人が必死に作成し、約500メートルほどの通路が完成したのだ。
あとはこの氷の通路を通過中に寒さで亀が止まってくれれば良い。
(お願い止まって!そして氷の壁が壊れませんように。)
亀が氷の通路に差し掛かって半分ほど通過した頃である。
動きが鈍くなってきたと思ったら、甲羅の中に手足を引っ込めて完全に止まったのである。
「やったわ!これで安全に降りられるわね。」
亀の動きが止まったならばこっちのものである。
ノアとロイドはついでに氷の階段を作って甲羅から降りてきたのだった。
「まったく!どういうつもりなんですか?危険な場所で単独行動にもほどがあります!反省してください!!」
アリシアはほっぺたを膨らませてぷりぷりと怒っていた。
「本当にすまなかったと思っているよ。だがそれ以上の収穫があったのだから許して欲しい。」
そう言って、一度全員で甲羅の上にある墓に行ってみることにした。
「ここが大聖女が眠る場所なのですか?亀が守る墓など誰も見つけられないわけだ。」
騎士たちの中からも、感動の言葉が出ているのである。
しかしアリシアからすれば自分の墓参りということでもあり、違和感しかない。
この下に自分の遺骨があるかもしれないと考えると背中がむずむずする感覚に陥るのだ。
しかし、フィーリアの白衣を見た時にアリシアの中に記憶が戻ってくる。
それはサザンドラではない別の場所で治療に追われていたときの記憶である。
場所までは思い出せない。
絶え間なくやってくる患者に感謝されつつ、必ず手土産を持ってやってくる人物との休憩時間が好きだった。
だがその人物が思い出せない。
とても大事な人だったような気もする。
なのに顔にモヤがかかったように思い出すことができないのであった。
ノアがロイドに質問する。
「大聖女様の墓ということは分かったが、危険犯してまでジルコニウムの皇子が来るというのも変ではないか?何故ここに来たのだ。聖女研究に精を出しているようにも思えないのだが」
ロイドは困ってしまった。
確かに先ほどの話では、ここにこだわった理由にしては乏しすぎるのである。
困り果ててしまうが、鳳凰に会うためなどと本心を語るわけにはいかないので、仕方なく次の一手を打つことになってしまったのである。
「……この隣にもう一つ墓石が置かれているだろう?私はそこに用があったのだ。」
後付けだが信じてもらうためには致し方ない。
「それこそ愚王、《血染めの皇帝》、ダイス・ジルコニウムの墓なのだ。そこに置かれていたジルコニウムにとっての聖剣であるこの刀を持ち帰りたくここに来たのだ。」
そう言って背負っていた剣を見せる。
これで仮に剣を持ち帰れなかったとしても、鳳凰を守る方が優先のため悔いはない。
しかしノアたちは剣よりもダイスの墓が大聖女フィーリアと並んで存在していることに驚愕していたのであった。
「鳳凰は何故ダイスの遺体も同じようにフィーリアの隣に置いたのだ?ダイスは鳳凰に殺されたのではなかったのか?」
「………。」
それに関してはジルコニウムの文献にも書かれてはいない。
書かれていないことについて答えてしまえば、今度は何故知っているのか?という疑問を残してしまうことになる。
だから知っていても答えるわけにはいかないのであった。
「そこを調べるのが聖女研究者たちの仕事だろう。わたしはここにこの剣があると聞いたので国に持ち帰りたいと思っただけなのだからな。」
この剣は聖剣どころか、多くの血を吸った呪われた剣である。
だが500年前に一緒に戦った相棒でもあるのだ。
今度はアリシアを守り本当の聖剣にしてやりたいと思ってしまう。
「その剣が必要だというならば持ち帰るがいい。この場所に大聖女と血染めの皇帝が並ぶ意味はこちらでも探ることにしよう。」
「何かわかれば是非報告をお願いしたい。」
正直どんな見解をされるのかなど興味はないのだが、ここでどうでも良いとは言えないのである
結局ノアはその場から白衣だけを持ち下山することにしたのであった。
下山して食事をとった後に、2日ぶりの入浴を済ませて部屋に帰ってくる。
「さすがに疲れたわ。でも訓練以外では初めての実戦が上手くできて良かった。」
アリシアは騎士としての手応えを持てたことに何よりの収穫を感じていた。
「それにしてもロイド殿下の肩にいた鳥、なんでも良く食べてビックリしたなぁ。」
みんなで食事をするという場所にも一緒についてきたのまでは良かったのだが、野生の鳥とは思えないほど、出された料理をパクパクと平らげていくのでビックリしたのであった。
「それに名前をピーちゃんって付けるロイド殿下も面白かったわ。まったく、いいセンスしてるわね!」
まさか前世で自分が付けたとは思わないアリシアは、自分のネーミングセンスを絶賛するのであった。
色々あったが、ロイドは明後日早朝にジルコニウムに帰るため、アリシアの任務も後2日となった。
ロイドはあの山に登ることが最優先でミストにやってきたと言っていたため、明日は予定がないのである。
「明日は宮ゆっくりとしているのかもしれないわね。わたしも頑張って残りの紅茶を入れて差し上げなくちゃ!」
そんな意気込みを入れていたときである。
コンコンとノックがしたのだ。
(一体誰かしら?)
扉を開けると、この時間にロイドに付いているはずの侍女が立っていたのである。
「どうしたの?何かトラブルでも起きた?」
「いえ、むしろ殿下はお疲れのようでもうお休みになるとのことで退出して参りました。代わりにアリシア主任にお手紙を渡すようにと仰せつかり、夜分遅くではありましたが優先事項と考えて渡しに参った次第でございます。」
緊急のようならば寝ずに待っているはずである。
だがこの侍女のいい方からすれば、早く手紙を読めという指示なのであろう。
「ありがとう。ご苦労様でした。あなたもゆっくり休んでね。」
そう声をかけてドアを閉める。
(一体どういうことかしら?直接言えないようなクレームとかだったらどうしよう……。)
今回ロイドの接待係を任されているため、侍女たちからは『アリシア主任』と呼ばれていた。
何かあれば責任を取らなければならないのである。
ドキドキしながら手紙を開くと、綺麗な字で書かれていた。
【アリシア嬢へ
今回の訪問に際し、無理を言ってすまなかった。しかし、アリシア嬢が侍女兼護衛として付いてくれたことに感謝している。そこで月並みではあるがミスト王国で過ごす最後の1日を、わたしにもらえないだろうか?一緒に街にでも出て過ごせればと考えている。あなたからの色良い返事を期待している。
ロイド・ジルコニウム】