血の盟約
今から遡ること500年前のことである。
ミスト王国で大聖女が降臨したという噂が流れてきたのだ。
ジルコニウム帝国では女神アスクレピオスを崇める女神信仰が強い国であり、ミスト王国も女神信仰なのだが、聖女は女神アスクレピオスの使いであるという考えを持っていた。
アスクレピオスは癒しの女神であり、癒しの力を持つ聖女は女神アスクレピオスが力を分け与えた存在であると考えていたのである。
つまり大聖女というのは女神アスクレピオスが天から降りてきたと言っているに等しいのだ。
そんな女神信仰を持つ2国の間挟まれるようにオリオン王国とキリン王国と言う隣接した国があり、この大陸は4カ国で成り立っていたのである。
ミストとジルコニウムが女神アスクレピオスを崇めているのとは逆に、オリオンとキリンはヴァイス神という別の神を崇める新興宗教に傾倒していた。
元々は女神アスクレピオスを信仰する女神信仰と英雄神ヘルクレスを崇める英雄信仰が2分していたのだが、他大陸から入ってきたヴァイス教がオリオンとキリンに教会を建ててから、たった数十年で英雄信仰をほぼ壊滅させてしまったのである。
このままでは女神信仰も危ぶまれるというときに大聖女が降臨したのだ。
ジルコニウムの皇太子であったダイスは、ジルコニウムの皇帝の名代としてミスト王国に行くことになったのだった。
当時のミストとジルコニウムは隣接国でこそなかったが、お互いに留学生を出すなど親交を深めていた。
「大聖女様と言う人物がどんな者か見定めなくてはならないだろう。ヴァイス教がアスクレピオス様を追い出してヴァイス神なる神を立てようとしている今、その聖女様には旗印役となっていただかなくてはならないからな。」
ジルコニウム皇帝は病弱だった。
本当は自分がミスト王国に行きたかったはずだ。
だがミストまではここから2週間ほどかかってしまう。
それだけの体力はもう残されてはいなかったのだった。
「陛下。わたしが必ず陛下の名代として立派に務め上げてきますので、お身体を労ってください。」
『陛下』と呼んではいるが、自身の父親を心配する1人の子どもでもあるのだ。
ダイスはジルコニウム皇帝のひとり息子であり、母親である皇妃は自分を産むのと引き換えに命を落としていた。
男でひとつでと言うほどではなかったが、皇帝という忙しい毎日にも関わらず毎日欠かさずダイスに会いにきて一緒に遊んでくれていたのである。
だが5年前、15歳の成人を祝う晩餐会の後に体調を崩してから床に伏せることが多くなった。
そんな人生を歩んできたダイスにとって、『信仰』など持っているはずがなかったのだ。
(もし本当に癒しの女神アスクレピオスがいるならば、母は死んではいないし父も病で苦しんでいないはずだろう。敬虔な信者で民を愛する立派な皇帝なのに、こんなに無慈悲な試練を与えるような女神なら最初からいらないだろう。)
そう考えていたのだった。
長い旅を終え、ミスト王国に着いたダイスを待っていたのは歓迎パーティーであった。
成人して早5年。いまだに婚約者の1人もいない皇太子には、挨拶して顔を売りたい年頃の娘を持った貴族で長蛇の列ができてしまった。
(……クッソ疲れたぞ。こんなことなら婚約者のダミーでも用意しておけばよかった。)
挨拶を終えて一息つくにも、なかなか1人にしてはもらえず、仕方がないので誰もいないだろうと中庭にまで降りてきたのだ。
綺麗な月が浮かぶ中、噴水に映る月を観てグラスを口につけていたときであった。
1人の少女が中庭にまで降りてきたのが見えたのだ。
(こんな時間に一人でパーティーを抜け出すなんて……ってまさか見つかって挨拶に来たんじゃないだろうな!?)
ダイスは愛想笑いをし過ぎて顔が引き攣っているのだ。
これ以上は勘弁して欲しい。
そう考えていたときであった。
「ポチ〜、ポチ〜?何処にいるの〜?」
その少女は自分ではない何かを呼んでいるようだった。
拍子抜けてしまい、ふーっと胸を撫でおろしていると、その少女がこちらに気がついた。
「きゃっ、………ってごめんなさい!誰もいないと思っていたので驚いてしまって。こっ、こちらで何をされていたのですか?」
見付かって何処か気まずそうにしている少女が何かを誤魔化すように話しかけてきたのだ。
(はーん、さては婚約者でもない男と相引きしようとしていた所に居合わせてしまったってところかな?)
宮中ではよくあることなのだ。
身分の違いによって結ばれない二人がパーティーを抜け出して相引き……。
こんな内容の小説が、淑女を名乗る貴族女子の愛読書の内容なのだから世も末である。
「安心しろ。ここで見たことは誰にも言わない。わたしもそろそろ向こうに戻るとしよう。」
あの会場に戻るのは心底イヤだったが、ここで誰かの相引きを邪魔する事はもっとイヤであった。
しかし回り込まれてしまった。
「黙ってくれるなら最後まで付き合いなさいよ!共犯者っているだけで安心するものなのよ?」
ちゃめっ気たっぷりでウィンクしてくるのだ。
「いやいや、そもそも共犯者はポチって言おうと………?」
言いかけたときである。
雲ひとつない綺麗な夜空に輝いていたはずの月が消えたのだった。
そしてバサバサッと音を立てて巨大な鳥が姿を現したのである。
「………………………………………………は!?いやいやポチ〜とか言ってたの男じゃないなら、こっそり飼ってる犬か猫かって思うだろう????なんだよこの巨大な鳥は!!!」
「ポチよ!」
「おまえ絶対ネーミングセンスおかしいだろ!ポチに謝れ!ポチって付けてごめんなさいしろよ!」
ついつい捲し立てて喋ってしまった。
(ヤバい、言い過ぎたか?)
そう思って黙り込む少女の顔を覗き込むと何やら悩んでいるようだった。
「うーん……………確かに鳥にポチは変よね。ってかこの名前で犬猫って話が出てくるなら地球と同じセンスなんじゃ無い!?」
ダイスはブツブツと独り言が続いていた少女の隣で仕方なく待っていたのだ。
「しかしデカい鳥だな……まさか伝説の鳳凰…なわけないよなぁ。こんなちんちくりんな少女に従うような伝説の生き物とか聞いたことないしな〜。」
そんなことを思いながらも暇だったので巨大な鳥にちょっかいを出して遊んでいたときであった。
「ピーちゃんよ、ピーちゃん!鳥と言ったらピーちゃんじゃない。なーんで忘れていたのかしら?あれっ!?でも黒い子豚もPちゃんとか言われていたような………?」
「………やっと戻ってきたか?黒い子豚がPちゃんってのは訳がわからんが、巨大な鳥にピーちゃんはおかしくないか?ピーちゃんって聞いたら普通ひなどりを思い浮かべるだろ!」
「えっ、でもヒナも成長すれば大人の鳥になるし、大人になったからって名前を変えたりしないでしょ?」
確かにそうだが納得もできない。
「ってかそんなにコロコロと名前を変えても大丈夫なのか?ポチって呼んだら飛んできたんだぞ?」
「大丈夫よ!ねーピーちゃん。」
「クエー!」
まあポチよりは喜んでいそうだと思うようにしようと、現実から逃げ始めたときだった。
「フィーリア様!どちらにおいでなのですか?フィーリア様ー!」
どこからともなく誰かを呼ぶ声が聞こえてきたのだった。
「やっば。バレちゃった。そういえば挨拶してくれって言われていたんだったわ。」
パーティーで挨拶するほどの人物なのか?と疑問に思ったダイスは、自己紹介をする。
「せっかくなのでお名前を。わたしはダイス・ジルコニウム。ジルコニウム帝国から皇帝の名代としてきた皇太子です。……お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
その一言でハッとした少女も、慣れないカーテシーで挨拶してくれる。
「わたくしはフィーリア・ド・サザンドラと申します。ご挨拶が遅れましたことをお詫びいたします、ダイス殿下。」
サザンドラとは聞いたことがなかったため、そのときはあまり気にも留めなかったのである。
「殿下。失礼を承知でお願いしてもよろしいでしょうか?ピーちゃんを連れて会場でこっそり食事をさせていただいてもよろしいでしょうか。」
「………はっ?いや毎度ツッコミをいれている気がするが、このサイズがどうやったらあの会場にいれて大丈夫って判断になるんだ?それこそヒヨコサイズなら分かるが背丈が天井よりも高いんだぞ!?」
「大丈夫です殿下。ピーちゃんは凄いんですから!じゃあよろしくお願いしますね。ピーちゃんも迷惑をかけちゃダメだよ〜。」
そう言いながら会場の方にかけていってしまった。
「お前のご主人様は一体どうなっているんだ?お前を手乗りブンチョウか何かだと勘違いしてるんじゃないか?」
そう鳥にボヤいてしまう。
「あれがワイのご主人様なんやからしゃーないやろ?リアはええ娘やで?それに頭も良いときたもんや。あないな娘他にいーひんぞ。惚れんなや?」
「なんだその奇妙な喋り方は………って鳥が喋った!?お前中に人でも入ってんじゃねーのか?」
「おお〜!ええノリツッコミやなー。ワイ自分のこと気に入ったで!まあリアの次にではあるけどなー。」
ずいぶん饒舌に喋る鳥である。
この鳥とおしゃべりしている時間はなく、そろそろ会場に戻らなくてはならないのである。
皇帝の名代とで来ているのに、仕事もせずに少女のペットと会話して終わっていたら何しているのかと怒られてしまうだろう。
「……わたしは会場に戻るが、お前はどうするんだ?」
奇妙な鳥にそう話しかける。
「リアの晴れ舞台や!行くに決まってるやろ!」
と元気満々アピールしてくるのだが、どうやってあの会場に入るというのだろうか。
すると急にうっすら光ったかと思ったとき、みるみる小さくなっていったのである。
そしてダイスの肩にちょこんと乗って自慢げであった。
「ふふ〜ん。どや?これなら会場にも入れるやろ?」
「………もうツッコまないぞ。ピーちゃん。」
そう言って2人で会場へと戻っていくのであった。
会場に戻るとチラチラとこちらを見ている令嬢がいたのだが、肩に乗るグレー一色の鳥を怖がってか寄って来れないようである。
「ピーちゃんなかなか役に立つじゃないか。」
「………お前、ワイを魔除けか何かだと勘違いしてるやろ。」
そうぶつくさ文句を言いながらも、パクパクと美味しそうに料理をついばんでいる。
鳥って肉や野菜も食べるんだなーとぼんやり眺めていたときであった。
ドラムロールが会場に鳴り響き始めた。
「これより大聖女様がいらっしゃいます。我が国の国王陛下の病を治し疫病を防いだ奇跡の聖女、フィーリア・ド・サザンドラ様のご入場です。」
「………ん!?フィーリア?」
ダイスは『まさか!?』と目の前の鳥を見ると、まるで自分のことのようにドヤ顔である。
入場してきた人物を見ると、先ほどのおてんばな少女からドレスアップされたフィーリアが現れたのであった。
「皆様お初にお目にかかります。わたくしがフィーリア・ド・サザンドラでございます。ルーセント陛下にこのような場を提供していただき恐縮しております。今宵は是非楽しんでいってください。」
あの美しい女性は誰だ?
さっきポチだのピーちゃんだのと騒いでいた人物と本当に同一人物なのか?
そう思っていると、フィーリアはこちらに気付いて手を振ってくれたのだ。
「……勘違いすんなや?あれはワイに向けて手を振ってくれたんやぞ?」
「お前は黙って共食いしてろ。」
そんなやりとりをしながらも、ダイスはフィーリアから目が離せなかったのだった。
パーティーが終わり、翌日のことである。
ダイスの滞在中の部屋に使いがやってきた。
「フィーリア様がジルコニウム帝国皇太子殿下にお会いしたいと申しております。いかがなさいますか?」
ダイスの目の前にはまだピーちゃんが居座っている。
多分引き取りに来たいのだろうと考えてすぐさまOKを出す。
それから数刻後に昼食を兼ねてと返信を受け、時間通りに待ち合わせの場所へ案内されるた。
「殿下!こっちこっち!こちらですよ〜!」
フィーリアが笑顔で手を振っているのが見えて笑ってしまった。
人払いを済ませると、ピーちゃんが話し始めたのである。
「リアはワイの事忘れてたんちゃうやろなー?」
「そんな事ないよ?でもなんか昨日見たら2人とも仲良さげだったし、ゆっくり話して親交を深めてくれたらいいなって思っただけだよ。」
そんな話をしていると、料理が運ばれてきた。
何故か3人分である。
(侍女も不思議に思わないのだろうか?)
完全にピーちゃんは“大聖女フィーリアの友人”としての立場を確立しているようだった。
「ダイス殿下。昨日は大変失礼いたしました。お詫びと言ってはなんですが、わたくしにできる事なら何でもおっしゃってください!」
少しドキッとしてしまうが、直ぐにある事を思い付く。
「ではフィーリア様。無理はご承知でお願いいたします。そもそもここに皇太子であるわたしが来たのは父である皇帝が5年ほど前から病に倒れている事が要因です。遠いジルコニウムという国から出ることができなかったのです。可能であれば、ジルコニウムに来ていただき、我が父の病を癒してはくださいませんか。」
断られるだろうと思いながらも、一縷の望みに賭けてお願いしてみる。
これまでにも聖女に治癒魔法をかけてもらったことがあったのだが、結局良くなる事はなかったのだ。
大聖女だからと言っても一緒だろうと思いながら、自国で帰りを待つ父親を想うと自然と頭を下げていたのだ。
「殿下。頭を上げてください。」
ああやっぱりダメか。そう思ったときである。
「お父君の症状はどのようなものですか?」
フィーリアを見ると、今まで見た事もない真剣な表情でダイスの応えを待っているのである。
「……あのー…。フィーリア様が治療してくださる、のですか?」
半信半疑で聞いてみる。
するとキョトンとした表情になり、直ぐに怒ったような表情になったのだ。
「当たり前です!助けを待つ患者がいるのに、何もしないなど医者として恥ずべき行為です。それがたとえ皇帝陛下でなくとも、お願いされれば伺ってわたしにできる限り治療にあたらせていただきます。」
そう話すフィーリアは昨日の夜に月明かりの元でみた天真爛漫な少女でも、パーティーで挨拶をしていた淑女な女性でもなく、本気で人を助けたいと願う女神のようだったのである。
「ハハハ、今まで神など信じてはこなかったが、初めてあなたを女神だと思いました。間違いなくあなたはこの世界に降臨された女神アスクレピオスの使いであると信じます。どうか父をお助けください。」
ダイスはその場で膝をつけてフィーリアを認めたのである。
もちろんそんなことより早く症状を教えろとフィーリアに突っつかれたのは言うまでもない。
ダイスが帰国する際にフィーリアは一緒に同行することになったのだった。
ミスト国王も自分の苦しんだ経験からジルコニウム皇帝をひどく心配し、聖女の派遣を全面的に支援してくれることになったのだ。
「ルーセント王。この度の申し出、深く感謝申し上げます。貴国には必ず御礼と共に大聖女様を無事にお連れいたします。」
「ダイス殿下。良いのです。わたしもフィーリア嬢に救われた1人です。彼女の癒しの力は他のどの治癒とも比較できない技術を持っています。彼女がやると言う以上、ミスト国で反対はしないと彼女には伝えていますから。途中キリンとオリオンの二国を通過する際はお気を付けなさい。あの地のヴァイス教の人々は過激だと聞いていますから。」
「そのことについては我が父のも懸念しておりました。臣民が信仰の自由を主張できるような世界が作られるようになることをわが国も望んでおります。」
互いの意見をすり合わせるように挨拶をしてからジルコニウムへと出発したのであった。
来る時は2週間の旅程だったが、安全面の管理や大聖女に野宿させるわけにはいかないと、行く先々で宿を取りつつ移動した事もあり、到着が1週間ほど伸びたのであった。
その対応についてもフィーリアは、『こう見えてもキャンプとか好きだし野宿も気にしませんよ?』と言ってくれてはいたのだが、年頃の少女に野宿はさせられない。
預かったのネコを扱うように対応してきたのであった。
「では早速お父君の様子を伺ってもよろしいでしょうか?」
ジルコニウムに着いた瞬間、間髪入れずに治療をすると言い始めたのである。
本来来賓を呼んだ場合は、まずは夕食まで用意した部屋でゆっくりと過ごしてもらい、その後ホストと共に夕食、次の日の晩には他の貴族へのお披露目などで忙しいのである。
しかしフィーリアは、『体調が悪い患者を1日でも早く治療して差し上げるのが仕事ですから。』と言って譲らなかったのである。
しょうがないため急いで皇帝に使いを送って謁見の許可をもらったのである。
ただし使い方の返答は、謁見の間ではなく陛下の自室でと言う事であった。
自室に通されたときにダイスは驚いてしまう。
しばらくみないうちに、病状はさらに悪化したのか顔色もすぐれない様子だったからだ。
「お初にお目にかかります大聖女様。お噂はかねがね聞いておりました。このような形でのご挨拶になり申し訳ありません。お会いできて光栄です。」
「こちらこそお招きいただきありがとうございます。早速ですが、症状をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
フィーリアはあいさつもそこそこに聞き取りをしたり腕を掴んで何かをしたりしていた。
「少し脈が早い感じですね。それと息苦しさ……。心臓に何か負担がかかっているのかしら」
初めて会った時と同じように、フィーリアはぶつぶつと何かを言いながら考えているようだ。
(聖女に治療依頼したときには症状など聞かれていなかったし、あんなにペタペタ触りながら身体を見たりしていなかったぞ?)
しばらく見た後に両手をかざして何か力を使ったかと思うと、スッと辞めてからこちらを向いて説明し始めたのだ。
「結節性多発動脈炎だと考えられます。それが更に進行して動脈瘤ができているようでかなり危険な状態です。」
「け、けつせ…つ?とは何の事だ?」
いきなり言われてもわからない。
「結節性多発動脈炎とは動脈と呼ばれる大事な血管に炎症が起こる病気です。初期は発熱や倦怠感といった症状が出るのです。それが続くと今度は血管にコブ状の物ができてきます。それが動脈瘤となり非常に危険です。」
丁寧な説明でも分からないが、危険な状態だと言う事はわかった。
「父上は治るのか?」
原因が分かっても、治せないのでは意味がない。
これまでもどんな医師や聖女でも治せなかったのだ。
「そうですね。時間はかかりますが治ります。投薬治療をしていきましょう。」
そう話してにこりと笑ったのである。
それからフィーリアは一月ほど滞在して治療を続けてくれたのだった。
その間皇帝だけでなく、ジルコニウム国内にいる貴族から平民まで幅広く診断し治療を行ってくれたのだった。
噂の大聖女にフィーリアの力とその人柄に触れた国民からは、女神アスクレピオスの使徒として崇められ始めたのである。
「……なんか最近街を歩いてると手を合わせて来る人が多くなったんだけど?」
ある日休憩中にジルコニウム名物の菓子を差し入れしたところ、周囲の反応に戸惑っているフィーリアがいた。
「長く白い服を羽織って歩いている人物が大聖女様だと言うことが民衆に浸透したからだろうな。ミスト王国もそうだが、ここジルコニウムも女神アスクレピオスを信仰する人が多い土地柄だから、フィーリアを女神だと信じる人が増えてきたんだよ。」
「いやいや?わたしは人ですが?もし女神なら自分の身長からどうにかしたいわよ。」
この頃にはダイスとフィーリアは非常に仲良くなっていた。
一緒についてきたピーちゃんもしっかり大聖女の従魔として丁重に扱っている。
しかしミストへの帰国の日が近づいていたのだ。
「なんやなんや〜?辛気臭い顔しよって。リアがいなくなるんがそんなに寂しいんか〜?」
「寂しくない!っとは言えないな。もうこの休憩時間が楽しみの一つだったのだから。それに約2週間の旅程をしなければミスト王国に行ってフィーリアに会えないと考えると、次にいつ会えるか分からないからな。」
同じ気持ちをフィーリアも持っていてくれたら嬉しいと思っていた。
するとフィーリアがふふっと笑ってある事を教えてくれる。
「ここに来る途中に大きな山があったでしょ?あの山向こうはミスト王国でね、他大陸との貿易拠点でもあるの。今度そこを拝領してサザンドラと言う街を作ることになったのよ。街が整備し終えたら、トンネルを掘れば近くなるわ。」
キリン国との国境沿いの街にフィーリアが住む。確かに山を迂回すると時間はかかるが、山を越えれば1週間掛からずに着けるだろう。
「絶対に会いに行く!サザンドラの発展を手伝うよ。」
その夜のことである。
「まだ起きてるんやろ?」
この喋り方は一匹しかいない。
「ピーちゃんか。どうしたんだ?」
こんな時間に来るのは珍しいなぁと思っていながら対応する。
「お前にリアが救えるか?」
急に何を言い始めたんだ?と思いながらも、普段のふざけた様子ではない事は伝わって来る。
「…それは何から守る話なんだ?帰る途中の野盗とかを心配してか?それともヴァイス教徒からか?」
「全てだ。」
その質問に正確な答えなど一つしかない。
「この命に変えても。」
フィーリアは父親の恩人であり、自分の生活を明るく楽しいものにしてくれた人物である。
何よりも離れたくないと思うこの気持ちのせいで、叶わぬ想いに気づいてしまった。
「可能な限りはわたしが守ろう。だが、わたしの個として対応できないときもあるだろう。そのときには力を貸して欲しい。約束をしてくれるなら、貴殿と血の盟約を結んでも良いと考えている。」
【血の盟約】とは絶対に破ることができない契約を指す。
破ればその対価を払わなくてはならないため、まさに命を賭けて行う契約なのである。
「なるほど。だが今はまだ遠く離れた地であることに変わりはない。その条件次第だな。わたしはもちろんフィーリアとその民、国に対して危害は加えない。そしてフィーリアが何者かに不当に扱われたり命を狙われた場合は必ず駆けつける事を約束しよう。お前は何を契るのだ?鳳凰よ。」
「わたしはまず必ずフィーリアがいる国を守る。そしてフィーリアの幸せを後押しする事を約束しよう。もし貴殿にフィーリアが心惹かれることがあれば、どんな事をしても叶えるとも誓おう。」
互いにフィーリアのための誓いである。
「では鳳凰、対価は何だ?私が賭けられるのはこの命しかない。盟約がなされなかった場合は刈り取って行くがいい。」
「ふん、貴様の命など要らんがな。だがそうだな、もしお互いにフィーリアを守れなかった場合、危害を加えた者たち全てを協力して消し去ると言うのはどうだ?」
声のトーンは変わらなかったが、冗談では無いようだ。
そもそも血の盟約に冗談など持ち出すはずがないのである。
「分かった。その約束を誓おう。」
そうしてダイスと鳳凰の間で盟約が交わされたのであった。
ドスンドスンと言う振動で目が覚める。
どうやら無理に亀の背中に飛び移ったときに、頭を打って気を失っていたらしい。
「イッツツー!!ったく、ほんと厄介なところに“約束の地”を用意してくれたなぁ……ピーちゃん。」
「なんやなんや?生まれ変わっておもろない性格になったんとちゃうか?」
その声と同時に、大きな木の上にいた鳥がロイドのところまで近づいてきたのだった。
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追記
2025,2,11
誤字指摘ありがとうございます。
訂正させていただきました。