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サザンドラ再び①

「おはようございます。ロイド殿下。」

昨日のパーティーから帰って来た時間が日を跨ぐほど遅かったため、アリシアはあくびを噛み殺しながらロイドの世話係をしていた。

「昨日はありがとう。楽しかったよ。ヒューズ公爵が何か仕掛けて来たとしても、キミを守れるように準備しておこう。」

ロイドは朝食を取りながら、脅されて帰って来たアリシアにフォローを入れてくる。

ロイドはアリシアを巻き込んだ事に申し訳なさを持っているようだった。

実際は王家がアリシアを守るために巻き込んだのであって、ロイドがしたことといえば直接矢面に立たせたくらいである。

だがどちらにせよ、アリシアは気にしていないのだった。


「殿下、滞在中に行ってみたい場所などはありますでしょうか?殿下の滞在中にわたくしがご案内いたします。」

ロイドが来る前から国内全てを予習済みであるため、今のアリシアは行った事がない場所であっても、ある程度案内する事ができるのである。

するとロイドはアリシアにある場所を告げるのだった。

「わたしが行きたい場所はサザンドラだ。それ以外は特にない。今回の訪問の理由もサザンドラに行くことが大半を占めている。」

「……えーっと、わたくし丁度この間サザンドラにノア殿下と訪問したばかりでしたので少し驚いていまして。しかし何故サザンドラへ行きたいのか理由をうかがってもよろしいでしょうか?」

サザンドラはミスト王国では聖女信仰の象徴となっているが、この世界で一番信者が多いのはヴァイス教なのである。

ジルコニウム帝国もヴァイス教信者が大半であり、国教と呼んでも差し支えないのだ。

そんな帝国の皇子が大聖女を神格化した宗教的な場所に興味を持つ事に違和感があったのだった。

「別に特に理由はない。わたしは信心深いタイプではないから、ヴァイス教を強く信仰している事もなければ大聖女を女神信じているわけでもない。お前が行きたくないのならわたしが1人でも行くというだけだ。」

強い口調で返されてしまい、アリシアはすぐさま訂正する。

アリシアとて別に行きたくないわけではないのだ。

(でもあの街のどこに行きたいのだろう。時計塔の話がジルコニウムまで聞こえて来たのかしら?)

ロイドが何に興味を持ってサザンドラへ行きたがっているのか分からなかったが侍女兼護衛として準備万端で案内するまでと意気込むアリシアなのであった。




サザンドラへは約1週間ほどの滞在を予定して計画を立てた。

道中の護衛はもちろん宿泊先に至るまでアリシアが手配し王宮に申請したのだが、その際何故かノアまで付いてくることになったのである。

それを聞いてまた宿や馬車、護衛の数を変更するなど忙しい毎日を過ごすことになったのだが、ノアが付いてくる理由までは言われていないため、『きっと旧知の中と聞いているし、一緒に観光でもしたいのかも』くらいの認識でアリシアは考えていたのであった。


「本日はこちらに宿を取っておりますので湯に浸かりゆっくりと疲れを取ってください。」

アリシアが両殿下に宿を案内してパタパタと忙しそうにしているのを横目に、ロイドがノアに話しかける。

「何故わざわざお前がついて来た。先日アリシアと訪問したばかりだと聞いたんだが?」

「………王妃からの勅命だよ。アリシアはうちの両親のお気に入りだからな。心配性なんだよ。」

「お前が付いて来てもその心配は無くならないんじゃないか?お前に剣で負けた記憶がないんだが。」

「うるせーよ。」

こんな砕けた会話ができるほどには仲が良いのである。

2人の親交は10年前に遡る。

ノアの父ジュールが、ミスト王国の国王に就任したとき、就任式にジルコニウム帝国皇帝夫妻とその子供たちを招待したのである。

ジルコニウム帝国の子息子女は多く、ロイドには姉と妹、弟も2人いるのだが、まだ幼かった弟や妹は乳母が面倒を見ていたため、庭に案内されても1人で散策しているだけのつまらないものだった。

そこに同じく散策中のノアと出会い、意気投合した事から現在まで続く友人関係を築いているのだ。

「ロイド、お前は未だに『初恋の女性』を追ってるのか?その女性だって結婚しているかもしれないだろ。いい加減諦めて婚約者を作れとか言われないのか?」

ノアは自分のことを棚に上げてロイドに婚約者がいないことをネタにする。

もちろんロイドも黙ってはいない。

「そういうお前だっていないじゃないか。それにわたしはその捜索も兼ねてサザンドラに行くんだ。お前と違って行動はしている。」

「なんだやっぱりまだ追いかけているのか。お前から容姿を聞いて以来なんとなく探してはいるが、似ている人物なんて見たこと無いぞ?………いや、アリシアは該当するが、年齢的にあり得ないだろ。」

ロイドが追いかける女性は黒髪黒目で低身長という特徴を持っているらしく、以来ノアもそのような女性をなんとなく探してしまうようになったのだ。

しかしそんな女性はなかなかおらず、ブラッド子爵家のドーズが家系的に黒髪で珍しいのだが、アリシア以外は皆身長が高いのである。

「お前に話した特徴は……あくまでも目安だ。今もそんな容姿をしているかなんて分からないからな。」

「いや、でしょうね。じゃあ尚更探しても意味はないんじゃ無いか?」

ノアは呆れ気味で話しているが、ロイドはお構いなしだ。

「………そのために努力をして来た。この度で決着をつける。」

その言葉から、ロイドには何か確信めいたものがあるようだった。




次の日早朝に宿を出発し、お昼に無事サザンドラに到着して時計塔を見学する。

先日発見した観光客用の通路は安全確認と研究者の調査終了後に解放されていて、安全なルートで展望台まで行けるようになっていた。

「時計もしっかり動いているし、時間で鐘も鳴る。この街の人たちも喜んでいますよ。」

そう話すのはロゴス公爵である。

ロイドのサザンドラ訪問が決まった際に日時と時間を先ぶれを出して伝えておいたのだ。

(なによりここに詳しいのは領主様だし適任でしょ!)

アリシアはあくまでも接待役兼護衛なので、でしゃばるようなことはしないようにしているのである。


昼食は時計塔のある丘を降りたところのレストランに入って取る。

ここもアリシアがすでに貸し切っていて、メニューもアリシアのオススメを用意していた。

「これは……煮込みハンバーグか?」

「ロイド殿下は博識ですね。その通りです。先日ここにお邪魔させていただいた際にわたくし自身が食して非常に美味しかったので選ばせていただきました。食後にはコーヒーも付いています。どうぞお召し上がりください。」

たっぷりのトマトソースで柔らかく煮込まれたハンバーグは、サザンドラ料理の一つである。

フィーリアが考えて広めた(莉愛時代に地球で食べていたメニューなだけ)、サザンドラで広まった料理は『サザンドラ料理』(別名聖女料理)として親しまれている。

この世界の肉料理といえば基本ステーキとして焼くだけだったのだが、養殖場など無かった500年前のステーキなど硬くて美味しく無かったのである。

そこでミンチにしてハンバーグを作って煮込んだ料理を出したところ、大好評だったというわけである。

(確かあのときこの煮込みハンバーグを出したのは誰かお客様が来たときだったのよね……。誰だっけ?思い出せないけど喜んで食べてくれたことだけは思い出せるわ。)

その記憶もあり、お客様に出すメニューとして煮込みハンバーグをチョイスしたのであった。

「………美味いな。昔食べた味とそっくりだ。」

ロイドが感動してくれているようでアリシアは満足だった。

「ロイド、お前この料理食べたことあったのか?わたしも初めてなんだが?」

「だいぶ昔の話だよ。それにこれはお前の国の料理だろ?もっと勉強しておいた方がいいんじゃ無いか?」

にやりといじわるそうな顔でノアを見る。

本当に仲が良い2人なのだ。


食後のコーヒーを飲みながら談笑していると、ロゴス公爵が今後の予定を聞いてくる。

「ロイド殿下は我が領地に興味がおありだとは聞き及んでおりましたが、滞在中の1週間何をされるご予定なのですか?」

確かにアリシアもそこに関しては聞いてはいなかった。

ロイドはサザンドラに訪問したいとしか言わなかったため、その用意だけ完璧にして来たのである。

だが次の言葉を聞いて、その場にいた人全員が驚いたのだ。

「わたしはあそこに見える鳳凰が住むと言われる山、カカン山脈の探索をしたくて来たのですよ。」

「カ、カカン山脈ですか!?あそこはモンスターの巣窟と言われ、王国と帝国の間にそびえる城壁みたいな状態になっているのですよ?危険すぎます。それに鳳凰は伝説上の生き物ではなく実在するのです。」

「わたしはそのために自身を鍛えここに来たのだ。もちろん付いてくる必要はない。誰が来なくともわたしはあの山に行かなければならないのだ。」

ロイドは鋭い目つきで山の方角を見ている。

するとノアがため息をつく。

「まったく……。お前は無鉄砲というかことなんというか。普段はそんなにやる気を見せないのに、()()()()についてだけは周りが見えなくなるのは本当に変わらないな。」

ノアは控えていた護衛に何かを告げると、護衛は走って何処かへと向かっていったのである。

「だが安全面を考慮して、せめて2日待ってもらうぞ!ザコモンスターを騎士団に狩ってもらうからそれまでは待て。」

ノアがそういうとロイドはふっ、と笑いながら礼を言うのだった。


「ノア殿下!いくら近衛騎士団にザコ狩りを命じても、鳳凰が森を荒らされたと激怒すれば終わりですぞ!?ここはロイド殿下を説得して引いてもらうのが良いのではないですか?」

ロゴス公爵邸に寄宿することになっており、各自部屋に戻ってくつろいでいると、公爵がノアの部屋に訪れて進言して来たのである。

ロゴス公爵が言うのも無理はない。

それだけ危険な山なのだ。

文献には500年前に帝国が王国を攻め滅ぼせなかったのは、カカン山脈が険しい上に鳳凰によって邪魔をされたからと言い伝えが残されている。

それ以来ミスト王国では山脈全部を神聖視しているのだ。

「ロゴス公爵が言うのも無理はない。あの山脈の調査自体最後に行ってからもう50年以上は経つだろう。モンスターが溢れかえっているかもしれないからな。だがその調査の時にも鳳凰は確認できなかったと聞いている。500年も経って鳳凰がいくら最強のモンスターだとしても死んでいるんじゃないのか?それにアリシアが聖女なのであれば、アリシアに従う従魔ということになるだろう。むしろ安全なんじゃないか?」

「いえ殿下。鳳凰は不死鳥。死ぬことなどあり得ません。今もどこかでこの国の動向を見ていることでしょう。それに盟約では『聖女が記憶を取り戻したときに現れる』と言われています。アリシア嬢はまだ全ての記憶が戻っている訳ではありません。ならば鳳凰もアリシア嬢に従う理由がないとも考えられます。」

確かに一理ある。

だがああなったロイドは止まらないこともノアは知っているのであった。

「残念だが公爵。もうロイドは止まらない。我々ができることはロイドが満足するまで安全を確保することだけなのだ。」

ロイドが自分で無謀なことをして死んだとしても、外交的な部分では王国に非難が向けられるのは間違いない。

なんとしても無事に帝国に帰す必要があるのだ。

ロゴス公爵も諦めたのか、頭を抱えながら部屋を後にしていった。

「あいつの想い人があんな山脈にいるとは思えないんだが………。何か理由があるんだろうなぁ。」

友人の為そうとしていることは分からないが、できる限りサポートしていこうと誓うのであった。



近衛騎士団から報告を受けて入山許可が取れたのは予定通り2日後であった。

「周囲は近衛騎士団で囲ませていただきます。両殿下は中央を歩くようにしてください。アリシア嬢はすぐ後ろに控え、万が一我々が取り逃したモンスターがいれば対応よろしくお願いします。」

そう言って先頭の騎士たちが山へと入っていく。

騎士たちは6グループに分かれて囲むように護衛につく。

ロイドの目的は分からない以上、目的地もなくただひたすらに突き進むしかない。


入山から1時間ほど経った頃、前を歩く騎士達が戦闘をすることが多くなって来た。

「やはり中腹にいくまでにかなり時間が掛かりそうですね。ちなみにロイド殿下の目的地はどちらになるのでしょうか?」

責任感の強いアリシアとしては、正確なルートを確保して安全に進む方法を選択したいのだが、何度同じ質問をしても分からないの一点張りで目的地も、目的すらも分からない状態なのである。

「歩いていればそのうち向こうからやってくるはずだ。()()()()()()()()()()()()からな。」

一体誰と約束をしているのだろうか。

こんな危険な山奥に住んでいる知り合いがいるとも思えない。

しかし1人でも行くと言われて放置できる人物ではないのである。

(何かあってもノア殿下はわたしの事情を知ってくれているから良いけど、ロイド殿下には知られるわけにはいかない。ケガとかしないでくれると良いのだけど。)

そう思っていたときだった。

左翼を警備する担当から伝令が来る。

「お伝えします。左前方からオークの群れが現れて戦闘中です。数が多く、現在後退しながら対応しております。両殿下方もお下がりください!」

本来大半のオークは群など作らずに単独で行動している。

肉は食用としても取引されるのだが、一頭でも数人で狩るほど厄介で、パワーがあり攻撃を受ければ骨折で済めば御の字と言える相手なのだ。

それが群れとなればいくら近衛騎士団でもさばききれなくなるだろう。

「仕方ない。進行方向四時の方向に後退する。慌てずに進め!」

ノアの一言で、周囲にいた数人の騎士とともに後退していく。

周辺にはアリシアを含めて名の騎士が控えているため、伝令役が先頭に立ちノアとロイドを誘導していき、アリシアたちは後ろから警戒しながら着いていく隊列を組んだ。

しかし山の中にピーっと笛の音が鳴り響いたのだ。

この笛の意味は『突破された』という意味に他ならない。

「戦闘準備!」

この音を聞き、アリシアは騎士達に警戒を促す。

数十秒後、地鳴りのような音とともに、数十頭のオークが突撃して来たのだ。

「まっず!!敵襲!騎士は殿下をお守りして!」

アリシアは突撃して来た一頭の額にレイピアを突き刺した。

同じく周辺の騎士達もオークに斬り込んでいく。

だが数が多すぎて全てに対応することができない。

「で、殿下無事ですか!?」

ノアとロイドの方を見ると、2人はすでに剣を抜いてオークを斬り結んでいたのであった。


「さすがだな。腕は鈍っていないようだ。」

「鈍るわけがないだろう。このために鍛えて来ているんだからな。お前もさっさと片付けろ。こんなところで足を止めるわけにはいかない。」

そう言いながらもどんどんとオークを倒していく。

(ノア殿下の実力よりも、ロイド殿下の方が圧倒的に強い。しかもなんて美しいのかしら。)

アリシアもレイピアを使い、オークを次々に倒していく。

数分でオークを倒しきり、一息つくことにしたのだ。

「ロイド殿下はお強いのですね。剣筋が美しく見事でした。」

アリシアはお湯を沸かして紅茶を用意しながら、ロイドの剣について褒めちぎっている。

「……そこでわたしの話が出ないということは美しくなかったということなのかな?」

ノアは少し面白くなさそうに拗ねているようだ。

「そんなことはありません。あの大群を相手に全員無傷で戦闘を終えるなんて素晴らしいですわ!」

そう言われたノアは少し照れながらも満更ではない様子である。

「そういうアリシア嬢もいい動きだった。それにレイピアとはまた珍しいものを使っているんだな。重くはないか?」

「実はいくらレイピアでも重かったので、これは特注で作っていただいた物なのです。鉄だけだと重すぎて片手で扱えなかったもので。」

「正直、アリシア嬢がわたしの護衛騎士に就いたと初日に聞いた時は驚いたものだが、その実力を見た今ならば納得だな。可愛いだけのマスコット役じゃなかったということだな。」

ふふっと少しいじわるそうに笑いながらも褒めているのがわかる。

まったくいよいよどこが寡黙な皇子なのか分からなくなってきた。

「わがままを言ってすまないが、わたしはあの麓までは進みたい。もう少し付き合ってもらえないか?」

ロイドは今の出来事で気を遣ってくれているのだろう。

今までのような言い方からは少し柔らかくお願いされた形である。

アリシアとノアは顔を見合わせてしまったが、すぐに笑いながら『もちろん!』と声を合わせて返事をするのであった。

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