わたしの前世は大聖女!?
「……ま、……様!大丈夫ですか!?」
(うーん…うるさいなぁ。頭がガンガンする…。…って、あれ?わたしどうしたんだっけ?)
そっと目を開くと狼狽えているメイド服を着た40代くらいの女性が見えた。目を開けたことでホッとした顔をしながら近くにいた初老の男性を呼んでいるようだ。
(誰だっけ…?)
思い出そうとすると何かのフィルターがかかったようにぼんやりとしか出てこない。
「アリシア様!…大変だ、意識が朦朧としている。急いで聖女様を呼ぶんだ!!」
(……アリシア?それがわたしの名前…?)
初老の男性から言われた名前を聞いても、自分のことすら思い出せない。だが、しばらくしてやってきた白いローブを着た女性が頭に手をかざしたときだった。さまざまな記憶が一気に流れてきたのであった。
今世のわたしはアリシア・フォン・ブラッド。ブラッド子爵家の五女として生まれた、現在8歳。ブラッド子爵家は騎士の家系なのに男に恵まれず姉妹五人のため、両親は跡取りとして婿を取れと言うようになった。でもすでに長女と次女は結婚して家から出てるし、三女と四女にも婚約者がいる。そのため末娘のわたしが騎士になって家督を継ぐことになっていたんだけど。……先日わたしの下に弟が生まれた事で事態が一転する。待ちに待った男児の誕生に両親は大いに喜び、その時点でわたしは御役御免となったってわけ。別に家を継ぎたいとか思っていたわけじゃないからそれはどうでもいい、弟も可愛いし文句なんてひとつもない!……ワケでもなかった。跡取りとができたことで、今まで剣の稽古をしていたのにそれを辞めて見合いをしろと言い始めたわけ。剣は好き!辞めたくない!!そう駄々をこね、練習用の剣を持って庭にある大きな木に登って訴えていたところ……落ちたのである。そんな何とも情けない話ってのが、今思い出した今世の記憶。そう、今世は。
一緒に頭に流れてきたのはアリシアとして生を受ける前……、つまり前世の記憶だった。
前世のわたしはフィーリア・ド・サザンドラ。聖女としての功績を讃えられてサザンドラの姓を国王から賜った。ケガや病気、さらには部位欠損すらも治す大聖女として国に仕えていた。フィーリアの行った奇跡は伝記や絵本として伝えられているほどだ。だけどその伝記にも書かれていない秘匿された事実がある。それはわたしが異世界に迷い込んだ転移者だったという事。本当の名前は柿崎莉愛という日本人で、転移したのはわたしが20歳のときだった。そのときわたしは医学生で、自分で言うのもなんだけど非常に優秀ですでに国家試験を受験すれば確実に合格すると教授からも言われ、研究室で論文を書いていたりしたものである。だけどある日いきなりこの世界に迷い込んでしまった。途方に暮れていたところを師匠に拾われた事が縁で、聖女としての教育を受ることになったのだ。師匠はその町の聖女として小さな神殿を経営していて、医学生だったわたしも見習いとして携わりはじめたというわけ。この世界に魔法がある事にも驚いたけど、その使い方がとてもわたしに合っていた事もあってぐんぐんと力を付けていき、一年を過ぎる頃には師匠を超える存在になっていた。
力をの使い方は至って簡単だ。例えば火を起こそうとするなら空気中から助燃性ガスである酸素を集め、メタンや水素などの可燃性ガスと混ぜて燃やすイメージをする事で容易く使う事ができる。つまり全て科学的な知識をもとにしてイメージする事で魔法が使えるようになる。しかもイメージがより明確であれば使う魔力量は少なくて済むというわけ。医学生として一定量の知識を保有しているわたしには造作もない事だったのだ。この世界は魔法が使えるせいで一般的な科学の発達が乏しくなっていて、周囲の人たちは火を起こすのにもかなりの魔力量を消費しているようだった。だから得意な魔法を『属性魔法』なんて言われていたんだけど、結局知識さえあれば誰でも使えちゃうって事。おかげでわたしは全属性適応者として認定されていた。
端的に言えば、医学的知識を保有しているわたしに治せないケガや病気は皆無に等しいということなのである。ある日その噂を聞きつけた国が国王様の治療を依頼してきた。国王様の容体は非常に悪くどの聖女も匙を投げた後で、藁をも掴む状態でやってきたのだ。国王様を診察して魔法で治療した事でいつのまにか大聖女と崇められるようになってしまった。誰からも羨ましがられる存在になったわたしだったけど、正直そんな地位や名誉なんかどうでも良かった。何故ならそんな大聖女様にもやりたいことがあったからだ。それこそが騎士職!だってカッコいいじゃん!聖女として騎士の遠征について行くことが何度もあり、その度に戦う姿に憧れを抱いていた。聖女がやれるのはケガや病気の治療、騎士との遠征ではプロテクトなどの支援魔法がメインで最前線で戦うことはもちろんない。役割分担なんだから当たり前なんだけど、剣を握って戦ってみたいと思ってしまったのよ。
そんな前世の記憶を思い出してしまっては、なおさら騎士の夢を諦めるわけにはいかなかった。
「うう〜ん…。」
外は暗くなっているようで、枕元には呼び出し用のベルと水が置かれていた。
ベルは使用人を呼ぶためのものだろう。
(流石に喉が渇いたな。)
水を入れて喉を潤していたところに気を失う前に見たメイド服の女性、メルが入って来た。
「お嬢様!目が覚められたのですか!?」
急いで近寄って来て状態を確認してくる。
かなり心配をかけたようだ。
「さっきは無茶をしてごめんね。流石にあの格好で木に登るのは無理があったわ。」
「ドレスであってもなくても登ってはいけません!私は心の臓が止まるかと思いましたよ。」
「ごめんって!でもいきなり剣術辞めろとか言われたら、わたしだって怒っちゃうわよ。」
正直まだ頭はズキズキ痛いが、今すぐにでも父親に抗議に行きたい気分だった。
「まだ頭のキズが塞がっておりません。今日はご無理をなさらず、安静にしていてくださいね!」
頭に包帯がぐるぐると巻かれているのに気がついて違和感を感じる。
確か聖女が治療に来てくれたような気がするのだが、まだキズが塞がっていないのだろうか……?
メルが部屋から出たところでベットから飛び降りて鏡のところまで走っていく。
映されたのは黒髪ロングのかわいらしい少女がおでこから後頭部にかけて包帯が巻かれている姿であった。
(仰々しいけどそんなに酷いケガだったのかな…?)
記憶が戻った事で自分の怪我でも治したくなってしまう。
包帯を解いて傷口を確認すると、左の眉から5㎝位上がパックリと開いている状態だった。
「いやいや全然治療なんてされてないじゃん!痛いわけだよ。」
血は止まっていて、傷口もうっすらと膜が張ったような感じにはなっているがしっかりと塞がっているわけではなかった。
(もしかしてここは前の世界と違った!?…でもわたしの物語が絵本にもあったような……?)
兎にも角にも痛いところは治すしかない!っと今世で初めて聖女の力を使う事になったわけである。
治療が終われば気になるのは前世からいったい何年が経過した世界なのか?という事である。
正直文明レベルは大差なさそうなところから考えて数百年経っているということはなさそうにも思うが、ブラッド子爵家なんて聞いたことは無かった。
(今まで剣術以外の教養を強いられた事がなかったし、自らやろうともしなかったからなぁ。)
情報収集をするためにも本が必要だろう。
(本棚とかないのかしら?)
部屋の中を探すと、大きな窓の隅っこに申し訳ない程度に小さな本棚が置かれていた。
いくら勉強を強要されていなかったと言っても、読み書きと簡単な計算、さらに貴族教育は受けている。
また、12歳になればどんな貴族も学校に通う事が義務化されているのだ。
(えーっと、王国史。これかな?)
両親はどうやらアリシアの事を脳筋娘とでも思っているらしい。
ほとんどが筋トレや剣術の本ばかりで、真面目な教育本は、挿絵が多めの『オークでも分かる王国史』と書かれた幼児物だけだった。
(後で図書室にでも行けば流石にしっかりしたものがあるでしょ。今はこれで我慢するしかないわね。)
図説が多いのはむしろ探しやすくて助かる。
そう思って本をめくって最初に安心した事がある。
(わたしがいた頃の王国が続いていて良かった。)
ここは前世と変わらずミスト王国が続いているようだった。
ミストはどちらかと言えば弱小国家であり、周囲が魔物の棲む森に隣接している事もあって危険と隣り合わせの場所である。
そのため前世では騎士団と共に森に入り、定期的に魔物を狩っていた。
それは現在も変わらないようで、ブラッド子爵家はこの討伐任務で名を上げたようである。
この本によれば、ブラッド子爵家は祖父の代で貴族に叙勲されたようである。
(お祖父様が男爵へ、そして父上の代になってから子爵位へと昇格している。ああ見えてお父様は優秀なのね。)
短期間に成り上がったところを考えれば、確かに跡取りを欲する気持ちもわかるというものである。
だが歴史を遡っていっても、一向に前世のときに即位していた国王陛下であるルーセント陛下の名前が出てこない。
嫌な予感がして10ページ程しかない本の後ろの方を開いて愕然としてしまった。
「……わたしが死んでから500年も経っている……。ウソでしょ!?」
全く発展していない状況から500年も経っているなど誰が想像できただろうか?
日本でも戦国時代から500年後はスマホ片手に電車通学をしているのに、この世界は未だに牛車に乗っているようなものなのだ。
「なんて事なの……王国がここまで繁栄してくれているのは嬉しいけど、文明レベルが全く進んでいないわ!」
アリシアとしての記憶を辿っても、食事は前世の記憶のまま。
車どころか今でもサスペンションすら用いられていない馬車を使っている。
「いくら魔法に頼っていると言っても、非効率な部分とか発展するものなんじゃないの!?誰も不便だとか思わないわけー!!」
ついあまりの現状に1人で部屋で叫んでしまった。
うな垂れてしまったが、500年前の聖女の話などよく残っていたものだと感心してしまう。
(絵本にもなっているし、歴史の登場人物程度の認識なんだろうけど…。)
そんな事を考えていたときであった。
急に部屋の扉が大きな音を立てて開いたかと思えば大きなクマのような巨体が飛びついて来たのだ。
「ぎゃー!!!!」
思わず叫んでしまったが、よくみると父親が泣きながら抱きついている。
「アリシア〜無事で良かったな〜。報告を聞いたときは生きた心地がしなかったぞ〜。」
「…全く。父上はわたしがあんな木から落ちたくらいで死んでしまうような鍛え方をしているとでも思っているのですか?」
正直頭を打ったらどんなに鍛えていようと死んでしまうが、脳筋の父親を安心させるためには効果テキメンだ。
「確かにそうかもしれないけど、頭から血を出して意識がないと言われれば心配もするだろう?」
正直こうなったのは剣を取り上げようとした父親への抗議のはずだったのだが、泣きながら心配されてしまっては流石に申し訳なくなってくる。
だが譲れないモノがある以上、ここでビシッと言っておかなければならないだろう。
「……父上。わたしは父上に対してお話ししておかなければならない事があります。わたしが家督を継がないとしても剣術を辞めるつもりはありません!わたしは騎士団を目指したいと考えています。学校も貴族科ではなく騎士科へ進みたいのです。」
娘の真剣な眼差しに、泣きつくことをやめて向き合ってくれる。
「アリシアには正直申し訳ないと思っていたんだよ。今まで家督を継げとやりたくもない剣術の稽古をやらされていたんじゃないかと思っていたし、周囲のご令嬢や姉たちのように社交の場から離れてオシャレなども遠のいていた生活だっただろ?だからこれを機に、アリシアのやりたいようにさせてやろうと母さんと話したんだよ。」
「わたしは剣術の稽古を嫌だなどと考えたことは一度もありません!社交の場にも特に興味はなかったという事もあったので、気にもしていなかったのです。」
話してみればなんという事もない。
両親の優しさがうまく伝わっていなかっただけなのだ。
後で聞いた話だが、ブラッド子爵家家族会議において姉たちが剣術ばかりの生活に可哀想だと抗議してくれていたらしい。
そんな事情もあり、父親としてアリシアが剣術を嫌いなのだと思っていたようなのである。
「…こうやって直接話してみないと分からないものだな。アリシアがやりたい事をこれからはどんどん話してみなさい。今まで苦労をかけた分、なるべく協力はしようと思うからな。」
普段の厳格な(のように見える)父親の姿に感動すら覚えてしまう。
(もっと早くこんなふうに話をしておけば良かった。そうすればこんな痛みを覚える事もなかったのに。)
そう思っていたとき、ふと目の前の父親が思い出したように告げてきた。
「ああそうそう、来週なんだが王宮で皇太子殿下の12歳のお祝いパーティーが行われる。そこにアリシアも参加することになっているからドレスを母さんと決めておきなさい。」
「…パ、パーティですか?今までは一度も参加しろなんて言われた事がないのですけど…。」
「今回は皇太子殿下の誕生日を祝うだけでなく婚約者探しも兼ねているから、貴族で婚約者がいない適齢期の女子は参加が義務になっているんだ。すまないがこれは流石に断れない。」
そう言われてしまえばなにも言い返せない。
子爵家程度に皇太子の婚約者など分不相応だと思うが、義務と言われて断れるほど家格も高くないのである。
(め、めんどくさ〜い!)
剣術を捨てずに済んだ安堵から一転して面倒ごとが舞い込んだ事で大きな溜息をつくのであった。
至らないところも多々あると思いますが、広い目と心でお付き合いください!
是非評価やコメント等もいただければ幸いです。