丁寧な雑記:ページ「夜の海辺」
背中を壁にもたれていた。楽にのばしていた裸足に波がかかって濡れた。まとわりついた泡が細かく弾ける。空のてっぺんで貼り付いて動かない月が、青い光を放って、それと打ち消し合うように海が、夜の闇ととけて深い緑色をうねっている。水面のように反射した砂浜があたり一面に柔らかい白を帯びて夜も少し明るい。そして壁は月の光を受け、もとのリビング向きなホワイトカラーのうえ、ぼやけた青白さを浮かべている。夜目がかすんで、あらゆるものの輪郭が膨らんでいるようにみえた。夜の海辺には、光さえ停滞してしまうような気怠さが大きく横たわっていた。
あるいは深夜三時に喉が渇いて、水を飲みに布団から抜け出したときに窓からみえた遠くの家の2階部屋の明かりだった。その部屋の明かりはまるで燃えているみたいなオレンジ色をしていて、他のどの家も明かりがついておらずその一軒だけが目立っていた。あの部屋にはタンス大に縮んだ太陽がとじこめられている。これは深夜の夢みがちな妄想だった。太陽の近くで寝そべって天井をみあげる、幼少のころの自分を妄想するのは、脳みその手つきが、大切な思い出を取り出すときと似ていてそっと優しいものだった。
あと、ラクダの水死体が、夜の海辺に打ち上げられていた。水死体と分かったのは、体に外傷があるでも病気で腐敗した部位があるでもなかったためだった。眺めているとラクダのふくらんだ腹が、卵の殻みたいにひび割れ、割れ目を押し広げるようにカラー写真と、洗顔料でできた泡が大量になだれてきた。ざっと見てそれらの写真にはすべて、太陽光パネルの群設地が映っていた。一枚一枚、おのおのの角度から撮影されてはいるが、色彩に関しては人の手の入っていないナチュラルなものばかりである。洗顔料の、爽快な脂みたいな匂いが立ち込めた。ためしに写真を手に取ると、指の触れた部分から土くれになって砕け落ちていった。砕けた写真が泡に落ちるがそれでも何が起きるわけでもなく、青い月の光がラクダの死んだニヤケ顔を照らしてさらに寄せた波をかぶった。夜の海辺では、まるで記憶の中を生きるような感覚で過ごすことになる。また座礁音がした。