第97話 聖夜のデスゲーム!3大プリンセス危機一発(後編)
転生者祭、かつてこの異世界ガターニアに現れ多くの祝福をもたらしたとされる最初の転生者セントアンブローズにちなんで行われる年末最大のイベントだ。その聖夜におれは心ならずも3大プリンセスを誘い転生者祭パーティーを行なうことになったのだが、会場として借りた宿屋は3大プリンセスを内包したまま遥か遠方ザド島国に転移され、破滅結社メンバー通称“封印術師”によってデスゲームの会場とされていたのだ。
シーラー「ははははは、最高の転生者祭だね! ということで、デスゲームの再開といこう。しりとりの『り』!」
エリーザ「り…了解だ!」
シーラー「駄目だよエリーザ殿下、せっかくの聖夜なんだからもっとちゃんと意味のある会話をしようよ」
エリーザ「よ…よろしく」
エリーザはやはり武人あるいは政治家で明らかにこの手のゲームには向いておらず、口数少なだ。フレンダのみが気焔を吐いており、クインシーはゲーム開始から押し黙っている。
シーラー「クインシー女王、さっきからだんまりだね。知謀の人と聞いたが、こういうゲームは苦手かね?」
シーラーの語尾が『ね』で終わった。これを文頭に持ってきて意味のある言葉にしなければならない。なかなかの難問だ。フレンダとエリーザが焦って何か言おうとしたが、その前にクインシーが口を開いた。
クインシー「ねえ、ふざけてる?」
クインシーは語尾を『る』で切った。『る』を語頭に持ってくるのは相当に難しい。シーラーの表情が一瞬で曇る。策士クインシーが攻撃に転じたのだ。
シーラー「累々たる屍を超え、私はこの境地に辿り着いたのだ。ふざけてなどはいない。侮って貰っては困る」
『る』返しだ。やはりシーラーは試合巧者だ。シーラーはにやりと笑い、見守っていたフレンダとエリーザが不安げな顔を見せる。だがクインシーは動じず、秒で返答した。
クインシー「涙腺崩壊しそう。せっかくの転生者祭の聖夜にこんなことしてられないよ。早く終わらせて帰りたい。クインシーがんばる」
おおお、思わず周囲から漏れる感嘆の声。この知略こそ“ジオエーツの女龍”と異名を取るクインシー・ウェスギウスの真髄なのだ。
シーラー「類例の無い戦いで、君たちにとっては悪夢だろうな。安心したまえ、君たちのシールは永遠に輝く美しきキラシールとなる」
クインシー「ルールだから仕方ないけど、あんなシールにされるなんてゾッとするわ。悪趣味過ぎて引いてる」
シーラー「ルックスがいいだけじゃなさそうだな、君は…正直侮っていたが、態度を改める」
クインシー「ルッキズムなんて流行らないから。わたしがこの地位にいるのは見た目だけが理由じゃないことはみんな知ってる」
バチバチと火花を散らすシーラーとクインシー、『る』始まり『る』終わりの応酬でまったく互角の戦いを見せる。シーラーの表情にやや焦りが浮かぶ。フレンダ、エリーザと残った従業員5人は唖然としてクインシーを見つめるのみだ。
シーラー「瑠璃色の瞳の少女がここまで奮戦するとはな…素晴らしい、拍手を贈ろう。だが戦いはここからだぞ」
『る』返しが苦しくなってきたのか、シーラーは『ぞ』で語尾を切った。『ぞ』で始まる言葉も相当に少ない。シーラーは「してやったり」の表情となったがクインシーはすーっとひと呼吸したあと早口で一気に語り始めた。
クインシー「造園業やってる知り合いが商工族の族議員と結託して象牙の輸入で増益したけど存外に増長し過ぎて造反されてこの俗物めとか雑言浴びせられて憎悪の対象になって臓器不全で倒れたけど存命して今じゃ俗世から離れて雑煮と雑炊食べて雑巾縫いの内職やってゾンビ並みの生活してるわ。今の貴方、その知り合いみたいな顔色よ。何その顔、破滅結社のくせに女の子相手に青くなっちゃって。それとも貴方って意外とナイーヴ?」
シーラー「『ゔ』?!? …む…ぬぬ…くく…」
『ゔ』から始まる単語はほぼ存在しない。『ヴァリエーション』や『ヴァカンス』でも2文字1音と見做されて反則を取られる。『ヴンダーカマー』なら正解だが、日常会話に差し込める単語ではない。『ゔ』で返す言葉を思いつかないままタイムアウトの10秒が経過しようとしていた。
フレンダ「今ですの!」
うろたえるシーラーにめがけてフレンダが突進しこめかみにハイキックを浴びせる。アイドルダンスで鍛えた体幹と脚力から成る高威力のキックだ。
シーラー「ぬがっ!?」
フレンダ「エリーザ!」
フレンダはすかさずシーラーの持っていた魔法杖を奪ってエリーザに向けて投げ放った。
エリーザ「承知!!」
エリーザは抜刀し、放たれたシーラーの魔法杖の先端を真っ二つに切り裂いた。エリーザはもと皇宮騎士団の団長で剣技では帝国随一と言われた腕前なのだ。切断された杖の先端部、鬼面の部分はシーラーの魔力の源であり、ゲームに負けた者を封印する特殊能力の根源であった。
シーラー「し、“シール工場”が!!?!」
“シール工場”と呼ばれる悪魔の装具、鬼面の魔法杖が斬られたその刹那、シーラーの持っていたシールの封印が解かれ1辺48mmの紙片から封印されていた人たちが現出した。
シーラー「あ、あ、あ…!」
シーラーが狼狽していたが、そのタイミングでパーティーフロアのドアが開かれ、おれこと辻村三樹夫、最上級召喚士ミキオ・ツジムラが従者である人造魔人のガーラを伴って現れた。
シーラー「は、最上級召喚士!?」
フレンダ「ミキオ!」
クインシー「ミキオお兄様!」
エリーザ「待ちかねたぞ!」
ミキオ「魔法障壁が張られてはいたが、近くまでは“逆召喚”で来れた。あとは人家の無いこの地でBBに乗って空からこの宿屋を探すのはそう苦労しなかったな。まあ、おれが来るまでもなかったようだが」
シーラー「く、くそ!」
部屋の転生者祭飾りを薙ぎ払い、なりふり構わず逃げ出そうとするシーラー。
ミキオ「ガーラ、捕らえろ」
ガーラ「心得た」
人造魔人のガーラが足底からジェットを噴出しシーラーの逃げる方向に先回りし、巨大な腕で彼は捕らえられた。“地上最強の魔導師”に捕まってしまえばもう終わりだ。
シーラー「う! ぬ! く、くそ!!」
ミキオ「破滅結社絡みの疑いがある、お前の身柄は魔導十指に引き渡さねばならん。それまでこの無明空間の中でおとなしくしていろ」
おれが人差し指で空中に円を描くとマジックボックスが現出し、ガーラはそこにシーラーを投げ入れた。この内部は時間の停止した特殊空間であり中の生物は一切の生命活動が停止するため、逃げる術は無い。この空間を開けるのはおれだけだ。
フレンダ「これで万事解決ですのね」
エリーザ「恐れ入った。さすがはジオエーツの女龍、クインシー女王」
クインシー「いえいえ、お姉さま方の活躍がなかったら一発逆転とはならなかったですわ」
褒め称え合う3大プリンセス。危険な罠だったが、終わってみれば雨降って地固まるだ。険悪だった3人が談笑している様は見ていて微笑ましい。
ミキオ「さて、おれの召喚魔法でこの宿屋をどうやって現地に戻すか…」
1時間のち、従業員全員と3大プリンセス、魔人ガーラ、それにシーラーのシールに封印されていた方々を5m間隔で宿屋の各部屋に配置することで宿屋の建物は元の場所に召喚できた。おれの召喚魔法は生命のある者にしか効果がないが、その召喚対象が接触している周囲10mは付属物として同時召喚できるのだ。宿屋ステラは元のヌッタリア三番街6-11に戻され、あらためてパーティーが始まった。さっきはそれどころじゃなかったので突っ込まなかったが、アルフォードは青ヒゲと黄色いポンチョのセントアンブローズの衣装を着ている。
全員「メリー・セントアンブローズ!!」
おれたちは全員、赤泡酒で乾杯した。もっとも未成年のクインシーはジュースだし、体内に永久機関を内蔵しエネルギー補給を必要としないガーラは飲んだフリだ。
アルフォード「いやぁ全員無事で良かった、一時はどうなることかと思ったぞ!」
影騎士「拙者がついておればこのような事態にはならなかったろうに…面目次第もござらん」
レルフィ「婆もですじゃ。片時も離れず姫様にお付きしておれば…」
フレンダ「まあ、まあ。その話はもういいですの」
ザザ「今夜はたっぷり煮豆を用意したぜ、腹いっぱい食ってくれ!」
ミキオ「煮豆か…」
煮豆は別に嫌いじゃないが好きでもない。小皿に数個程度でじゅうぶんだ。大皿にうず高く積まれた煮豆の山とそれを嬉しそうに小皿に取り分ける現地人のザザや帝国の姉弟たちを見ながら、こんなことなら“寿司つじむら”でやれば良かったと思うおれだった。