第96話 聖夜のデスゲーム!3大プリンセス危機一発(前編)
異世界74日め。前日の魔法動画配信で連合王国のフレンダ、オーガ=ナーガ帝国のエリーザ、ジオエーツ連邦のクインシーという3大ロイヤルレディが水着で水泳大会をやったところ、視聴者数はガターニア全土の人口半分ほどにもなり大好評だったが、クインシーの水着の紐が取れるなど明らかに過激な内容だったため三国の政府からクレームが来て番組は配信中止となってしまい、責任者のエリーザとそのスタッフはお叱りを受けたらしい。まあおれは審査員として呼ばれただけなので何の咎もないのだが。善後策を講じるためうちの事務所に再びフレンダとエリーザ、クインシーが集まっていた。
エリーザ「今日の第9刻(地球でいう18時)から私とコンペートでお詫びの動画を配信する。無念だ」
ミキオ「まあ仕方がない、どう見てもやり過ぎだったからな」
と言いつつおれは内心ざまあ見ろ、と思っていた。この異世界ガターニアを代表する大国三国の王族に水着で競泳させてライブ配信するなんてどう考えても悪ノリが過ぎる。司会のコンペート、今日は来てないが彼のオールナイトフジの田代まさしみたいな軽い司会っぷりも良くなかった。一応この3人はそこらのグラビアアイドルではなく高貴な立場なんだから。
フレンダ「それはともかく、明後日の転生者祭はどうしますの」
エリーザ「そうだ! 根本的な問題は何も解決してないぞ!」
ミキオ「もうつまらない争いはやめよう。当日、おれの主催で会場借りて転生者祭パーティーをやる事にした。お前たちも招待するから来てくれ」
フレンダ「がっかりですの」
エリーザ「ふん、日和りおって。根性なしが」
クインシー「クインシーつまんなーい。ミキオお兄様はもっと決断力のある男だと思ってたな」
なんだなんだ、なんでおれがここまで責められなきゃならん。事務員のザザや秘書の永瀬一香まで冷たい目で見てるじゃないか。他に代案があるなら言ってみろ。
ミキオ「文句があるなら来なくて結構。まあ、こないだ忘年会やったばかりだし、内々でひっそりやるつもりだ。目立たない場所でやるからお前らも騎士団とか御伽衆とか連れてくるなよ」
翌々日の氷曜日、ガターニアのカレンダーでは「転生者祭」の日である。この日まで街角には黄色の衣装を着た青ヒゲの壮年“セントアンブローズ”の人形が立ち、竹に装飾を施したクリスマスツリーならぬ“転生者祭竹”なども並び街は一斉に転生者祭カラーに染まる。地球のクリスマスなら街は赤と緑になるところだが、ここガターニアでは青と黄色にする習慣があるようで、まるで街中がTカードの配色だ。
転生者祭当日の今日、おれは王都の隣市ヌッタリアのはずれにある隠れ家的な宿屋を貸し切った。先日のライブ配信でおれがフレンダを心ならずも“お姫様抱っこ”して以来再びパパラッチ勢が活発になってきているため、いつもの“寿司つじむら”にあんな3大プリンセスを招いたらパパラッチどもの格好の餌食になってしまうだろうという判断で王都からやや離れたヌッタリアの宿屋にしたのだ。
ミキオ「で、今日は誰が来るんだっけ」
永瀬「子爵以外はわたし、ザザ、ガーラ、アルフォード皇子、フレンダ王女、エリーザ皇太女、クインシー女王です。菱川クン夫妻は二人で過ごすとのこと。寿司屋のシンノス大将は店が忙しくて来れないそうです」
ヒッシー「おれも行きたいんだけどニャ、奥さんが怖いから…」
ヒッシーはいつの間にか恐妻家キャラになってしまっている。新婚ホヤホヤだがもう尻に敷かれているのか。奥さんも素朴な人でそんなキャラに見えなかったが。
ザザ「まー新婚は無理すんな。うちらもそろそろ切り上げて会場行こうぜ」
永瀬「あ、もうこんな時間。お姫様たちもう来てるかもね」
ザザ「腹減った〜、うちらガターニアの人間は転生者祭の日にはみんなで煮豆を食うんだぜ」
永瀬「地球だとチキンだけど、こっちじゃ煮豆なんだ。盛り上がるかなぁ…」
ミキオ「わかった。じゃヒッシー戸締まりよろしく。ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我ら4人、意の侭にそこに顕現せよ、ヌッタリア市三番街の宿屋ステラ!」
おれは青のアンチサモンカードを取り出し“逆召喚”によって会場の宿屋までおれを含む4人を転移させた。
ミキオ「おかしいな、ヌッタリア三番街6-11宿屋ステラ、確かにこの辺りの筈なんだが…」
永瀬「え、わたし確かに予約しましたよ」
ガーラ「と言っても、建物すら見当たらんぞ」
ザザ「仕方ねえ、近所の人に訊いてみようぜ」
しかし見渡しても辺りには誰もいない。途方に暮れていると、見覚えのある3つのシルエットが近寄ってきた。王女フレンダの警護役・影騎士、オーガ=ナーガ帝国の皇子アルフォードそれにジオエーツ連邦女王クインシーのお側役レルフィ婆さんだ。
アルフォード「おお、ミキオ! やっと来たか!」
ミキオ「何かあったのか」
影騎士「姫様が、いや宿屋の建物ごとが消え失せた」
ミキオ「なんだと?!」
レルフィ「クインシー陛下もですぞェ」
アルフォード「姉上もだ。つまり連合王国、オーガ=ナーガ帝国、ジオエーツ連邦という主要三国の要人が拉致された可能性がある」
ザザ「一大事じゃねえか!」
考えている暇はない。一刻を争う事態だ。おれは魔法陣の描かれたサモンカードを取り出し召喚魔法のための呪文詠唱を行なった。
ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、フレンダ王女! エリーザ皇太女! クインシー女王!」
カードの魔法陣から召喚の炎ならぬ微弱なスパークが飛び散る。これは召喚先に魔法障壁が張られている時に起こる現象だ。
ミキオ「ダメだ、魔法障壁を張られている。つまりここの宿屋は建物ごと強力な魔導師に召喚あるいは転移させられたようだ」
アルフォード「そ、そんな」
ガーラ「破滅結社か」
ミキオ「まだわからん。金銭目当てかもしれない。大変なことになったな…」
その頃、“宿屋ステラ”の建物はフレンダ、エリーザ、クインシーの3人と従業員5名を内包したままザド島国ニーボ地方の荒涼たる山岳地帯に転送されていた。ザド島国は大陸並みの広さがあるザド島という巨大島の全域を領土とする国で、赤道付近にある中央大陸や他の大陸と違って緯度が高く、冬は厳しい寒さに包まれる。未開の地でありザド政府の支配も全域には及んでいない。熱帯の中央大陸連合王国からいきなり寒風吹きすさぶ冬の地に転送された“宿屋ステラ”、そのパーティーフロアの窓を開けてエリーザはため息をついた。
エリーザ「やはり転送されたようだな。外は雪景色だ。中央大陸や西方、南方大陸にこんな気候の土地はあり得ない」
クインシー「となると、ザド島国」
エリーザ「他にないだろうな」
フレンダ「まさかの事態ですわ。護衛の騎士や魔術士たちもいない、こんな状況でザド島国まで転送されるなんて」
クインシー「外に逃げてもすぐに凍死しそうです」
従業員A「いったい何が…」
エリーザ「どうやら我々のせいであなた方を巻き込んでしまったようだ、すまない」
従業員A「そ、そんな! 殿下に頭を下げて頂くなどと…」
フレンダ「安心してくださいの。わたくしたちには最上級召喚士がついてますの。すぐに元の場所に呼び戻してもらえますわ」
シーラー「果たしてそう上手く行くかね…ふふふ」
物陰からふいに現れたその男、青い付けヒゲと黄色の衣装をつけ帽子を被った転生者祭のセントアンブローズそのままの衣装の中年男だが、怪しげな鬼の顔が象られた魔法杖を持っている。
エリーザ「貴様、何者だ!」
シーラー「メリー・セントアンブローズ!! 私のことは封印術師と呼んでくれたまえ。今から始まるデスゲームのマスターだ」
フレンダ「デスゲーム?!」
クインシー「もしかして破滅結社のメンバーですか」
シーラー「さあどうだろうね。君たちをここに呼んだのは私のゲームに参加して貰うためだ。ゲームのルールは簡単、この建物の中で私と会話形式で“しりとり”をして貰頂く。負けた者は私に封印され、哀れこのようなシールとなる」
そう言って“封印術師”は数枚のシールを見せた。1辺48mmの正方形でコミカルな人物の絵とその名前が描かれているが、みな怒ったり泣いたりしている。
エリーザ「貴様、まさか、そのシール…」
シーラー「お察しの通り。私が過去のゲームで封印した方々だ。高貴な方や美しい方、有名人著名人は背景がキラキラの“当たり”シールとなり高値で取引される。こちらの女王陛下や王女様たちのシールはとんでもない高額のレアシールになりそうだな(笑)」
フレンダ「凄い能力だけど、最低ですの」
エリーザ「反吐が出そうだ」
シーラー「なんとでも言いたまえ。ゲーム中の私語はいっさい禁止。しりとりで間違ったり語尾に『ん』が付いたりしたら負け。無意味な言葉や前に使われたワードもNGだ。濁音付きの語尾や『きゃ』や『しょ』などの1音2文字の語尾はそのまま返すこと。誰が答えてもいいが無音が10秒続いたら全員封印するぞ。逆に私が負けたら全員解放してあげよう。質問はないかね? では始めていいかな?」
クインシー「どうせ拒否権無いんでしょ」
シーラー「話が早くて結構(笑)。じゃあ始めるぞ…しりとりの『り』!!」
ついにデスしりとりゲームが開始された。ルール上、誰が答えてもいいことになっているが無音状態が10秒続いたらゲームはその時点で終了してしまう。口火を切ったのはフレンダだ。
フレンダ「り、り…理由もなくこんなことをするなんて、許せませんの!」
シーラー「ノー、ノー。さっきも言ったが君たちみたいな美人王族のキラシールは高値で売れるし、私はこの遊びこそが無上の喜びなのだよ。それにこの聖なる夜に主要三国の要人がいなくなったら世界中が混乱に陥る。この汚れた世界に相応しき混乱だろう」
従業員A「う…う…うぉかしいだろ!」
従業員B「ろ…ろ…ろくでもない!」
従業員C「い…い…胃腸炎!」
シーラー「1.ワード間違い。2.繋がらない会話、3.語尾に『ん』。3人とも失格だ。封・印!!!」
シーラーが魔法杖を振るうと青紫色の雷光がほとばしり、3人の従業員が一瞬で3枚のシールと化した。シールの中の彼らの絵は苦悶や混乱、怒りの表情を浮かべている。
フレンダ「あ、あ、あ…!」
エリーザ「なんてことを…!」
シーラー「残念だが彼らではひと山いくらのハズレシールにしかならん。やはりお姫様たちのシールが欲しいな」
封印術師はそう言いながら3枚のシールを嬉しそうにコレクションアルバムに封入した。プリンセスたちは危機を逃れられるのか、ハイエストサモナーは間に合うのか、波乱を含んだまま次回へ続く。