第93話 悩ましのプールサイド!水着の3大プリンセス(前編)
異世界72日め。昨日は初対面のジオエーツ連邦女王の婿選びに勝手に参加させられてえらい迷惑だったが、今日は何事もなく業務をこなせている。このまま無事に終業まで過ごせたらいいのだが…そう思っていると事務所のドアが開き、もはや聞き慣れた甲高い声が響いてきた。
フレンダ「ごきげんよう! ミキオはいらっしゃる?」
この中央大陸連合王国の王女、ウィタリアン王家の子女フレンダ・ウィタリアンとその隠密の影騎士である。フレンダは20歳。ヴァイオレットの大きな瞳で翡翠色のストレートロングヘア、スラッとしたスタイルで見た目だけなら清楚な美女だがマウント癖があり性格が良くない。かつて公衆の面前で悔し紛れ?におれにプロポーズしたことがあり、そのせいでおれは一時期パパラッチに追い掛け回されていた。
ミキオ「騒ぐな。ここにいる」
フレンダ「あ、いた! ミキオ、今週末の氷曜日の夜は空いてますの?」
ミキオ「何かあったっけ」
おれは横にいる秘書の永瀬一香に尋ねた。おれのスケジュールは彼女が全部把握している。
永瀬「いえ、特に予定は入ってません」
フレンダ「よかったですの。レストラン予約しとくんで、第6刻半(19時)から空けといてくださいの」
ザザ「今週末氷曜日だと転生者祭だな」
うちの事務員のザザが答えてくれた。ザザはギャルエルフの現地人だ。
フレンダ「しっ! ザザさん、言わなくていいですの!」
ミキオ「? なんだその、テンセイシャサイというのは」
ザザ「何百年前のその日に異世界から聖アンブローズって人が転生してきて、いろんな奇跡を起こしガターニアに祝福をもたらした。その人にちなんだ祭だ」
なんと、おれより前にこの世界に転生していた者がいたのか。しかもアンブローズとは地球人っぽい名前だ。
ザザ「まあルーツはそうなんだけど、今は単に飲んで騒ぐ日になってんだよ。特にカップルは必ずこの日に会ってレストランで赤泡酒を飲むのが定番だぜ」
永瀬「あ~なるほど」
ヒッシー「地球でいうクリスマスみたいなもんだニャ」
事務所のメンバーでおれと同じ地球人の秘書・永瀬と事務所の共同経営者ヒッシーが言った。なるほど、フレンダがおれを誘ってきたのはそういう理由か。ネタが割れたためか、フレンダは顔を赤くしてもじもじしている。
フレンダ「駄目、ですの…?」
ミキオ「いや、まあ…」
飯くらい一緒してもいいがそういう日だと話が違う。またパパラッチに狙われるだろう。答えに躊躇していると、再びドアが勢いよく開いた。やや低めで張りのある威圧的な女の声だ。
エリーザ「召喚士はいるか!」
ドアを開けて飛び込んできた声の主はこのガターニア第2の大国・オーガ=ナーガ帝国の皇太女にして摂政宮、エリーザ・ド・ブルボニアとその配下の皇宮騎士団だ。27歳、美人で高身長のナイスバディだが眼光鋭く射抜くような眼力がある。そしてとにかく居丈高で失礼な女だ。配下の騎士たちはフルアーマー状態で付き従っている。
ミキオ「なんだ、お前! ものものしい!」
エリーザ「皆の衆、久しぶりだな。ヒッシー殿の結婚式以来か。召喚士! 貴様、今週末の氷曜日の夜は空いているか?!」
ミキオ「お前もか…」
永瀬「よっぽど特別な日なのね」
ザザ「転生者祭の日に一人で飲んでると馬鹿にされるレベルだぜ」
エリーザ「伝書鳩では埒があかぬと思い、わざわざ船旅で来たのだ。イエスかノーか、返答や如何に!」
いつも天下を狙うような眼力だが今日はまた異様に力強い。まるで国を盗るような勢いだ。
ミキオ「いやちょっと待て、いまフレンダとその話を…」
おれが言い訳を考えていると、再び事務所のドアが開いた。これも記憶に新しい甘い声だ。
クインシー「ミキオお兄様の事務所はこちらでいいのかな?」
入ってきたのはこのガターニア第3の大国、ジオエーツ連邦の若き女王クインシー・ウェスギウスとそのお目付け役の魔導師の婆さんだ。女王はまだ15歳だが妖しげな色気があり、知謀と胆力で王位を簒奪した魔性の美少女だ。ジオエーツは常夏の国なので肌の露出も多く、胸元はざっくり開いており、目のやり場に困る。
ミキオ「なんだ、なんだ、お前まで! 昨日の今日でどうやってこの連合王国まで来た!?」
レルフィ「限定的だが、アタクシは瞬間移動ができますのじゃ」
お目付け役のレルフィ婆さんが言った。そうだ、女王クインシーには腕のいい魔導師がついているのだった。
ヒッシー「えらいことになってきたニャ〜…」
ザザ「まるでプリンセスのバーゲンセールだな」
永瀬「正確に言うとプリンセスが2人、クイーンが1人だけどね」
狭い事務所のなかに連合王国の王女とオーガ=ナーガ帝国の皇太女、ジオエーツ連邦の女王が勢揃いしている。なんという豪華な3ショットだ。いまここを破滅結社に狙われたらガターニアの3大大国が危機的状況に陥るだろう。
クインシー「ミキオお兄様、今週末の氷曜日空いてる? クインシー、大事な日は大事な人と過ごしたい♡♡」
クインシーの声は脳天を突き抜けるほどの甘いアニメ声だ。
フレンダ「誰ですの、この露出度の高いハレンチな子は!」
クインシー「クインシーこわ〜い」
レルフィ「この方は先日御即位なされたジオエーツ連邦の女王クインシー・ウェスギウス陛下ですぞェ」
エリーザ「召喚士! 貴様、こんな子供に手を出したのか?!」
ミキオ「待て、待て、待て。誤解があるし、この状況はおれの脳の処理能力を超えている。いったんブレイクしよう、永瀬、皆にコーヒーを」
永瀬「はい」
おれが日本から持ってきたカフェラトリーのスティックコーヒー『濃厚クリームブリュレラテ』を皆に出し、やっとやや落ち着いた。温かくて甘い飲み物は脳の処理能力を高めてくれる。狭い事務所のソファーは埋まり、影騎士や皇宮騎士団の連中は立ったままだ。
ミキオ「まあ、お前らみんなリアルにお姫様なんだから光栄だとは言えるが…」
ヒッシー「よくあんな呑気な台詞が出るニャ」
ザザ「余裕ぶっこいてるけど対応に困ってるんだぜ」
フレンダ「ミキオがこんな子供に手を出すロリコン野郎だとは知りませんでしたの」
クインシー「クインシーもミキオお兄様がこんなオバサンたちに付きまとわれてるとは思わなかったな」
エリーザ「オバサンとは誰のことを言っておられる、陛下!」
永瀬「すごい修羅場だわ。ここにパパラッチがいたらとんでもないスキャンダル記事書けそう」
ザザ「あいつの女運の悪さは国宝級だぜ」
ミキオ「おれは誰にも手を出してはいない。みな冷静になれ…」
おれは頭をおさえながら言った。まさか異世界でプリンセスたちに詰め寄られるとは。こんなモテ期は嫌だ。2ヶ月前までは東大の大学院で研究研究の地味な毎日だったのに。
フレンダ「で、どうしますの。今週末の氷曜日」
エリーザ「そう! 転生者祭の聖夜だ、貴様はこの3人のうち誰と過ごす気だ!?」
クインシー「ミキオお兄様、答えて」
フレンダ「ミキオ!」
エリーザ「召喚士!」
クインシー「ミキオお兄様♡」
と、言われても。逃げているわけじゃないが、答えに詰まる。強いて言うなら一番最初に言ってきたフレンダに権利があるとも言えるが、それはそれでそう言ったら波風立ちそうだ。下手したら国同士の戦争になるかもしれないし。いっそ青のアンチサモンカードで日本にでも逃げてやろうかな。サウナに入ったあと冷えたオロポ飲んで全部忘れたい。おれの脳が空転して現実逃避しだしたところで次回に続く。