第92話 華麗なるクインシー!女王陛下は15歳(第四部・完結編)
南方大陸ジオエーツ連邦で新女王が即位し、戴冠式前の友好使節としてなぜかおれとバッカウケス侯爵が指名された。ジオエーツの宮殿に来てみるとアルフォードまで居て、新女王は15歳の美少女。事情もわからぬまま話は勝手に進んでいったが、なんとおれたちは女王の婚約者候補として勝手にオーディションされていたのだった。
レルフィ「さて、セカンドステージはいよいよ脱落者が出ますぞェ。これより女王陛下から参加者おひとりに薔薇が渡されまする。渡された者こそセカンドステージの脱落者ですぞェ」
なんかどっかで見たようなシチュエーションだが、クインシーがしずしずとおれたちの方に歩み寄り、おれに渡すかと思いきやクルッと回ってバッカウケスにピンクの薔薇を渡した。
クインシー「ごめんなさい」
バッカウケス「うおおおっ!!」
バッカウケス、男泣き。小さくガッツポーズを取るアルフォード。おれはどうでもいいのでさっさと指をパチンと鳴らし、服装変更の魔法を使って相撲まわしからいつもの白い召喚士衣装に着替えた。こういう初歩的な魔法を『簡易魔法』といい、おれに限らず魔導師は指パッチンやウインクなどのアクションでいくつかのショートカットを作成し登録しておく。こうしておくと時間短縮になって便利なのだ。
バッカウケスはまわし姿のままメイドに導かれ別室に退陣していった。めそめそ泣いてるがまったく同情できない。このロリコン野郎が。
レルフィ「次はいよいよファイナルステージですぞェ」
クインシー「ファイナルステージはさっきの玉座の間よ。ミキオお兄様、移動お願いします♡」
面倒くさがっていても話が進まないのでおれは無表情な顔で青のアンチサモンカードを取り出し、呪文を詠唱した。
レルフィ「ファイナルステージは告白タイム! 告白ルームでクインシー陛下と二人きりになって頂き、そこで思いのたけを語って頂きますぞェ。ここで優勝者が決定しますゆえ、心してかかってくだされ!」
アルフォード「絶対負けんぞ、ミキオ!」
ミキオ「あーおれはまったく勝つ気がないから安心しろ」
レルフィ「では、隣の告白室にお入りくだされ。1番手はミキオ子爵!」
いきなりおれか。まあこれはこれまでの勝負と違ってこっちの気持ち次第だ。おれはこんな危険な女に告白する気はさらさらないのだからそう言ってやればいいだけだ。アルフォードの馬鹿はクインシーと婚約となれば大国の王朝同士の成婚だから大騒ぎになるだろうが、身から出た錆だ。
おれとクインシーが入った告白ルームは狭く、二人が座ってやっとのソファーひとつしか無い。座ればお互いが必然的に近距離に来ることになる。相手の心臓音が聴こえるほどの距離だ。しかしこの激しい鼓動、緊張しているのか?
ミキオ「ジオエーツの女龍と言われたお前が、何を緊張することがある」
クインシー「お、男の人とこんな近距離で話すの、初めてだから…」
そう言うクインシーの顔は赤らんでいる。ヤバい、ちょっとキュンとしてしまった。このおれたちにこんな大罠を仕掛けたほどの女狐のわりには意外に純真なところがあるんだな。しかしこの女は…星屑を散りばめたように輝く瞳、天然の長い睫毛、半透明のすべらかな肌、濡れた鮮紅色の唇、心は小悪魔なのに外見は天使のようだ。おれのタイプではないが。おれのタイプではないが!
クインシー「ミキオお兄様、わたしに告白してくれる…?」
出た、上目遣い。やめろ、もはや小悪魔を通り越して悪魔の誘惑だ。15歳と言えば中3か高1の年齢だろう、こんなのに手を出したら犯罪じゃないか。
ミキオ「い、いや、おれは…」
なぜ声がうわずっている、おれ!
クインシー「いくじなし」
馬鹿な、おれは8歳も年下の小娘にこんなことを言わせておくようなキャラではなかった筈だ。おかしい、こっちの心臓までバクバクしてきた。クインシーの体の熱が伝わる。熱い。こいつ、いつの間にかおれの手を握っている。
クインシー「ファーストキスなんだからね…」
クインシーがそう言って目を瞑り、唇を閉じた。強がってはいるが細い肩がちょっと震えているのがわかる。心臓の鼓動音がどんどん早くなり、もはや彼女の鼓動かおれの鼓動かわからない。いかん! これはハイエストサモナー最大の危機だ! 腕が勝手に動く、おれはこの娘を抱きしめようとしているのか? 何をしてるんだ辻村三樹夫、日本なら淫行条例に引っかかるぞ! しかし抗えない、なんという魔力…。
魔力?! そうか、魔力だ! なぜ気付かなかったのか、クインシーが着けているピンクゴールドのネックレスに着いた怪しげな紫色の宝石がにぶく明滅している。おれは即座にクインシーを引き離し、人差し指で空中に円を描いた。
ミキオ「マジックボックスオープン! 来い、BB!」
万物分断剣「応!」
空中の無明空間からひと振りの剣が飛び出し、おれの手元に納まった。その名も万物分断剣。物質のみならず光や音、魔力までも切り裂く神剣だ。
クインシー「な、何を??」
ミキオ「万物分断剣、オール・シングス・ディバイダー。放つ妖気ごとそのネックレスを断つ。動くな!」
おれは神の子の膂力で万物分断剣を振るい、クインシーには傷ひとつ付けずそのネックレスを両断した。刹那、怪しげな妖気はかき消え、狭い告白部屋の空気が変わった。
レルフィ「陛下!!」
お目付け役のレルフィ婆さんが慌てて部屋に入ってきた。クインシーは脱力してソファーにへたり込んでいる。
レルフィ「おお、なんということ、サキュバスの首飾りが…」
サキュバスというのは美女の姿で男性を魅了しその精を吸い取る夢魔のことである。おそらくこのネックレスはサキュバスの能力を宿す魔界の装具なのだろう。
アルフォード「あ、あれ? ここはどこだ? 私は一体何を…」
ミキオ「そのネックレスでおれたちを惑わしていたな。おかしいと思った。アルフォードにしろバッカウケスにしろいくらなんでもここまでダメな男たちではない」
レルフィ「…すべてこの魔女の独断でやったことにござります。どうぞお斬りくだされ」
お目付け役のレルフィ婆さんはそう言って自らの衿を下げ、青白い首を見せてきた。
クインシー「ばあや!」
ミキオ「いや、そこまでじゃない。それにおれは人を斬らない。勝手にゲームに参加させられたのは腹が立ったが、終わってみれば別に何も実害は無いしな」
そう言いながらおれは万物分断剣を振り払い、マジックボックスに納めた。
クインシー「さすがお兄様ね、クインシーの完敗。こんな小娘の浅知恵じゃミキオお兄様みたいな極上の男は落とせないってことね」
ミキオ「? お前、そのネックレスに操られてたんじゃないのか?」
クインシー「このサキュバスの首飾りは周囲の男性を落とす魔魅の魔法を放つだけ。婚約者オーディションを企画立案したのは全部わたしなの。ごめんなさい」
クインシーは深々と頭を下げた。末恐ろしい。やはりジオエーツの女龍の異名は伊達ではなかったな。恥ずかしながらこのハイエストサモナーがもう少しで陥落するところだった。
クインシー「でも決めた。クインシーの結婚相手はミキオお兄様しかいないわ。サキュバスの魔力をも耐え切ったミキオお兄様はまぎれもなくガターニア最高の男。今度はあらためてミキオお兄様に告白させてね♡」
ミキオ「いや、その…」
アルフォード「なんだ貴様、詳細は知らんがなぜこんな可愛い子にモテている!」
その時、隣の部屋からフンドシ一丁のバッカウケスが正気に返って飛び出してきた。
バッカウケス「なんだなんだ、なぜ私は閉じ込められているのだ!」
クインシー「うふふふ、バッカウケスお兄様のふんどし姿、素敵よ♡」
バッカウケス「え? あ、う?!」
こうしておれとこの恐るべき15歳の女王との対決は終わった。いや、始まったというべきか。ジオエーツ連邦女王クインシー・ウェスギウス、おれがこの異世界ガターニアに転生してから今までで最強の敵だったかもしれない。




