第90話 華麗なるクインシー!女王陛下は15歳(第二部)
南方大陸ジオエーツ連邦で新女王が即位し、戴冠式前の友好使節としてなぜかおれとバッカウケス侯爵が指名された。ジオエーツの宮殿に来てみるとアルフォードまで居て、新女王は15歳の美少女。事情もわからぬまま話は勝手に進んでいった。
クロロン「ミキオ、ちょっといい?」
おれにしか見えない空中の妖精が話しかけてきている。他人に聞かれたら受け答えに困るのでおれはその場を外し物陰に隠れた。
ミキオ「何だ」
クロロン「警戒した方がいいよ。あの女王、ああ見えて密かに“ジオエーツの女龍”と呼ばれてるくらいの野心家だよ。先王を追い出して王位を簒奪したという噂まである」
ミキオ「何だと? 実子に相続したんじゃないのか?」
クロロン「猶子(兄弟や親族の子などを自分の子として迎え入れたもの)だよ。先王は子がいなかったからね。去年自分から猶子に名乗り出たみたい」
自分から養子になって1年で王位を継承、それが本当なら確かに恐るべき野心家だ。ならばこれは何かの陰謀ではないか。油断ならない、さっさと切り上げて国王らと対策を練るべきだ。
クインシー「ミキオお兄様、どちらにいらしたの? 今からお兄様たちにジオエーツの名所を御案内しましょうと言ってたところだったのよ?
名所案内って…もしやひと気の無いところに連れていって我々を亡きものにしようというんじゃあるまいな。
ミキオ「すまない、急用を思い出したのでおれはこれで」
アルフォード「ミキオ、それはさすがにダメだろう。子供じゃあるまいしクインシー陛下を困らせるなよ」
バッカウケス「そうだぞ子爵、この純粋無垢なクインシー陛下が我々とよしみを通じたいと仰っているのだから君だけそんな無粋なことを言うな」
こいつらすっかり女王に陥落してやがる。どうしよう、こいつらを放っといて行くわけにもいくまいし…。
クインシー「ミキオお兄様はわたしより大事な用事があるの…?」
女王はおれに近付き両手を組んで潤んだ瞳を上目遣いで向けてくる。なんと整った顔だ。これは耐性の無い者がやられたらイチコロだろう。だがおれは神の子にして最上級召喚士、いかな美少女と言えどそう簡単には落ちやしない。
ミキオ「わかった、使節としての役目を果たす。名所でもどこでも案内してくれ。だが馬車はあまりに時間が勿体無い、おれの召喚魔法で行こう」
クインシー「まあ! ミキオお兄様は素晴らしい魔法を使うのね♡」
アルフォード「ミキオめ、点数を稼いだな」
バッカウケス「く、私も挽回せねば!」
点数とか挽回とか、何の話をしているのやら…
ミキオ「…まあいい、女王、名所とやらはどこに行けばいいんだ」
クインシー「ここジオエーツ連邦には南方大陸最大の水族館、ミーガタル水族館があるの。クインシー、お兄様方との初デートはそこにしたい♡」
アルフォード「初デート!」
バッカウケス「こ、光栄です!」
本当にすっかり言いなりだな、こいつら…呆れながらもおれは青のアンチサモンカードを取り出し、呪文を詠唱した。
ミキオ「ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我ら4人…」
途中まで詠唱したのに御伽衆のばあさんが口を挟んできた。
レルフィ「お待ちあれ。アタクシも行きますぞェ、お目付け役ですゆえ」
ミキオ「…我ら5人、意の侭にそこに顕現せよ、ミーガタル水族館!」
ミーガタル水族館はジオエーツ連邦ナオエーツ国にある巨大水族館だ。魚竜や首長竜など見るべきものが多く、おれも一度は行ってみたかった水族館だが、横に“ジオエーツの女龍”がいる以上油断はできない。おれ、アルフォード、バッカウケス、女龍ことクインシー女王、お目付け役のレルフィ婆さんの5人は水族館に入場した。
クインシー「見てみてお兄様、ステラーカイギュウが泳いでるよ♡」
ステラーカイギュウ! 海牛目ジュゴン科ステラーカイギュウ属に分類される哺乳類だ。7mもの体長を持つおとなしい生物で、地球では1700年代に人類によって滅ぼされたのだが、このガターニアではまだ棲息していてしかも飼育に成功しているとは! なんと雄大な、なんと雄々しい! 正直言って女王なんかほっといてステラーカイギュウを見ていたいが、そうも言っていられない。
アルフォード「侯爵、聞いたか、あの甘い声」
バッカウケス「我々をお兄様だなどと…15歳だというのに、まだまだ子供ですな」
アルフォード「頼りきっているのだろう。可愛いものだ。フフッ」
バッカウケス「こうなれば兄となって見守ってあげなければなりませんな、フフッ」
何がフフッだ。二人ともメロメロを通り越してデレデレじゃないか。兄となってとか言い訳して、単なるロリコンの癖に情けない。アホのアルフォードはともかくバッカウケスは見所のある男だと思ってたが、今回の件でだいぶ評価を下げたぞ。
クインシー「ミキオお兄様はあんまり楽しんでないみたい…」
女王がおれの側に来て潤んだ瞳をこっちに向けている。眼球に小さな宝石でも埋め込んでいるのかってくらいキラキラした瞳だ。これは天性だな、傾城(※城が傾くほどの魔性の美女)というヤツだろう。これで15歳とは、そら恐ろしい。
ミキオ「いや、そんなことはない。ステラーカイギュウなんて見れるとは思わなかった。眼福だ、さすがは南方の雄、ジオエーツ連邦」
おれは必死で取り繕ったが、女王はわたしよりそんな海棲哺乳類の方が大事なのねと言わんばかりに唇を尖らせてプイッと背を向けてしまった。いろんなテクニックを使ってくるなあという感想しかないが、傍らにいるお目付け役のレルフィ婆さんが手持ちのボードに何か書き込んでいるのが気になる。
アルフォード「ミキオ〜、今のは無いんじゃないか? あんな清純な子が貴様のことを慕っているんだから応えてあげないと」
アルフォードがおれの肩に肘を載せてニヤニヤしながら助言?してきたので、イラッとしたおれは言い返してやった。
ミキオ「お前なぁ、帰ったらこのことフレンダに言いつけるぞ? いいんだな?」
アルフォード「あ! いや! それはその、貴様それは違う話だろ! 私は別にそういうつもりは…」
ミキオ「15歳の小娘にデレデレしやがって、情けない」
バッカウケス「子爵、それは違うぞ。私も皇子もデレデレしているのではない、ただ、彼女の笑顔があまりに眩しくてな…」
そう言うバッカウケスは遠い目をしている。
ミキオ「お前もお前だ! ただのロリコンのくせに言い訳ばかりして、見苦しい!」
バッカウケスはおれより高位の侯爵だが頭にきたのでお前呼ばわりしてやった。以後こいつに対してはお前で通すことにする。
レルフィ「まあ、まあ、まあ! ファーストステージはここまでとしましょうぞェ。いかがでしたな、陛下」
??? ファーストステージ? 何を言っているのだこの婆さんは。
クインシー「皆さん、初戦ということでまだ本領発揮とはならなかったようですね。特にミキオお兄様、もっとやる気を出してくれないと困りますわ。ファーストステージは脱落者なし♡」
レルフィ「ファーストステージ、脱落者なし、と」
お目付け役の婆さんがボードに書き込んでいる。
アルフォード「?」
バッカウケス「??」
ミキオ「…そうか、わかったぞ。あんたたちは我々をオーディションしているんだな…それもおそらくは女王の婿選びのために!」
レルフィ「ヌッフッフッ…」
クインシー「気づくのが遅いですわ、お兄様♡」