第89話 華麗なるクインシー!女王陛下は15歳(第一部)
異世界71日め。王国議会へ出席したおれが事務所に戻ろうとすると侍従長さんに呼び止められた。この人には王女フレンダをイセカイ☆ベリーキュートの限定メンバーとしてアイドルデビューさせてしまった件で今でもぐちぐち言われており、苦手な相手だ。
侍従長「ツジムラ子爵、ちょっとよろしいですかな。国王陛下が謁見されるようにと仰っております」
ミキオ「おれに? 何だろう」
侍従長「陛下にお聞きなされ。では私はこれで」
取り付くしまもないなこのジジイ。そんなに恨まなくてもいいだろうに。おれが不承不承謁見の間に行くと、そこには先にバッカウケス侯爵が来ていた。バッカウケス侯爵は昨日のトアノガト湖の水ぜんぶ抜く作戦で口を挟んできた男で、年齢はおれと同じくらいだが若くして侯爵位と広大な領地を相続した熱血漢だ。
バッカウケス「む」
ミキオ「侯爵もか。何か聞いているか?」
バッカウケス「知らん。私も侍従長に言いつけられて来たのだ」
バッカウケスはなかなかの男前だがなぜかおれと相対する時はいつも眉間に皺が寄っている。一方的にライバル視されているようだが、もう少しラフに生きた方が人生楽しいと思うのだが。
少し待っていると国王が現れた。すぐにバッカウケスが跪いて敬意を示したが、おれは例によって無礼を許されているので立ったままだ。
国王「ああ、楽に楽に。二人ともよう来てくれた」
バッカウケス「叔父上、いや陛下、いったい何用で」
バッカウケスは王妃の甥に当たる。
国王「南方大陸ジオエーツ連邦、その国王ウェスギウス9世が病気療養のため退位の意向を示した。王位は弱冠15歳のクインシー王女に継承されるそうな」
バッカウケス「ほう」
ジオエーツ連邦は南方大陸の半分を支配する大国だ。確かこのガターニアでも連合王国、オーガ=ナーガ帝国に次ぐ第三の大国だったと思う。
国王「その新女王が戴冠式前におぬしら二人を表敬使節として遣わすよう指名してきた」
ミキオ「おれたち二人を?」
バッカウケス「陛下、どういうことです? 2ヶ月前にこの世界に来たばかりのツジムラ子爵はもとより、私とてその15歳の少女とは一切面識がありませぬが」
国王「わからんが、まあわしら年寄りではなく新進気鋭の若手議員と好誼を結んでおきたいのであろうよ。そなたら、行ってくれるか。はるか南方大陸へは船では3日もかかるがツジムラ子爵の召喚魔法を使えば一瞬であろう?」
バッカウケス「は、王命とあらば」
ミキオ「どうも話が見えんな。どうせ戴冠式には正規の使節が行くんだから用があるならその時で良かろうに」
国王「正式の外交ルートでの申し出ゆえ、行ってくれるとわしの面目が立つでな。頼むわい」
午後、おれは逆召喚魔法を使い、バッカウケス侯爵を伴って南方大陸ジオエーツ連邦の王宮“カスガーマ城”に来ていた。連合王国のケンチオン宮殿、オーガ=ナーガ帝国のアオーラ宮に勝るとも劣らない立派な王城である。正門が開かれ、今から入城しようという時に背後から意外な人物に声をかけられた。
アルフォード「おお、ミキオじゃないか! こんな所で何をしている」
ガターニア第2の大国オーガ=ナーガ帝国の御曹子にしておれの友人、アルフォード皇子だ。長身で碧髪銀眼の二枚目だが天然いじられキャラでもある。
ミキオ「なんでと言われても、先方からの指名で連合王国の表敬使節として来たんだが。お前こそどうして」
アルフォード「いや私も同じだ。新女王が是非とも私にと言うことで帝国を代表する表敬使節としてな」
ミキオ「ああ、こちらは連合王国の地方領主でバッカウケス・クリアンベイカー侯爵だ。こっちは友人でオーガ=ナーガ帝国の皇位継承順位第4位のアルフォード皇子」
アルフォード「第3位だ! 以後お見知りおきを」
バッカウケス「ご丁寧にいたみいります。ツジムラ子爵! また君はこんな貴人を『お前』などと!」
面倒くさい二人が揃ったな。しかしなんだろうこの組み合わせは。おれを含めみな同年代でそれなり以上の貴族ばかり。しかも全員独身で見た目もいい。この3人を指名してきたということは…思案する間もなく門は開き、中でメイドさんが20人くらい頭を下げて迎えてくれていた。その奥にいるのはいかにも魔法使い然としたお婆さんだ。
レルフィ「ようこそこのカスガーマ城においで下されましたぞェ。アタクシは魔導師で御伽衆頭のレルフィにござります。中へお入り下され。クインシー女王陛下がお待ちしておられますぞェ」
御伽衆というのは王侯の側にいて話し相手を務め文化などを教える役職だ。豊臣秀吉は800人もの御伽衆を抱えていたという。余談だが日本では御伽衆の講釈話が庶民に広がって江戸時代以降の講談や落語の源流となったと言われており、御伽衆は落語家の祖でもある。
我々は玉座の間に通され、一同みな唖然とした。玉座も調度品も壁紙も徹底してピンクに彩られている。ぬいぐるみなども山ほど配置され、まるで林家ペーパー夫妻がコーディネートしたような部屋だ。女性がピンク色を好むのは赤ん坊の肌の色ゆえ母性本能を刺激されるためとも言われるが、それにしてもこれはやり過ぎだ。
アルフォード「こっこれは…」
ミキオ「女王の趣味なのだろうが、いい趣味とは言えんな」
バッカウケス「しっ、聞こえるぞ」
などと言っていると御簾が開き、女王が現れた。
クインシー「ようこそおいでくださいました。わたくし、このたび即位いたしましたジオエーツ連邦ウェスギウス王朝第38代君主、クインシー・ウェスギウスにございます」
これは…アッシュピンクの長いストレートヘアに水色の潤んだ瞳、紅潮した頬に八の字眉、絵に描いたようなド直球の美少女キャラだ。ドレスもピンク、装飾品もピンクゴールド(※純金に銅・銀・パラジウムなどを混ぜた合金)で実にこの部屋に馴染む。うちのイセカイ☆ベリーキュートの第二期メンバーに欲しいくらいだ。
アルフォード「おお…可憐な…」
バッカウケス「陛下には謁見賜わりましてまこと恐悦至極に存じます」
バッカウケスは跪いて敬意を示しているが、別におれはこの少女の家臣でも何でもないので立ったままだ。というかよくこんなピンクモンスターに敬意を示せるものだ。アルフォードも帝国の皇子という自負のためか、やはり立ったままでいる…いや、もしかしてこいつ女王の色香に惑わされて我を忘れているのか?
クインシー「顔を上げて、バッカウケス様」
ミキオ「まずは我々をここに呼んだ理由をお聞かせ願いたい」
バッカウケス「子爵! 無礼だぞっ!」
クインシー「まあそんなに肩肘張らないで。わたしも王位に就いたばかりで何事も不勉強な身、お国で大活躍なされているお兄様たちとよしみを通じたいだけなの」
横のアルフォードは女王のフェロモンにやられすっかり鼻の下を伸ばしている。こいつも安い男だ。10歳も下の女に籠絡されてんなよ。きっと日本にいたらいい歳をしてアイドルの握手会に並んでいるタイプだろう。
アルフォード「いやぁ、えへへ、我々で良ければ、なあ?」
ミキオ「なあじゃないだろ、お前は帝国の使節として来てるんだからもっと威厳を保て」
バッカウケス「アルフォード殿下の言うとおり。ジオエーツ連邦と連合王国、オーガ=ナーガ帝国の三国の平和のためにも我々3人、陛下には協力を惜しみません」
なぜお前が仕切る! しかしえらいことになったな、協力と簡単にいうが、アルフォードもバッカウケスもすっかりこの美少女女王にメロメロじゃないか。この3人で今から何をやらされるというのか…不安は募るばかりだが次回へと続く。