第87話 圧巻!巨大湖の水ぜんぶ抜く(前編)
異世界69日め。おれは事務所に客を迎えていた。その男の名はバッカウケス・クリアンベイカー。中央大陸連合王国君主ミカズ・ウィタリアン8世王妃の甥、つまり王女フレンダの従兄弟に当たる。若くして侯爵位とナガーダ地方という王都にほど近い広大な領地を相続した人物だが、なぜかやたらおれに対抗意識を燃やしてくるのだ。
バッカウケス「…話を整理しようツジムラ子爵、貴君は国王陛下からトアノガト湖畔に出没する淡水性ウミサソリの討伐の相談を受けた、そうだな?」
ミキオ「その通りだ」
ウミサソリは鋏角類に属する化石節足動物の分類群の一つ。和名および英名などの通称にサソリの名が付くが、サソリではない。地球ではオルドビス紀に発生して大繁殖を遂げ、ペルム紀末の大絶滅いわゆるP-T境界で絶滅したが、ここガターニアでは細々と生き残っている。湖の中では頂点捕食者であり大きさは3~4m、つまりワニくらいのサイズだ。
ミキオ「最近、湖畔の人家に出没して家畜を襲うなど結構な被害が出ている。こないだは年寄りが襲われて怪我をしたそうだ」
バッカウケス「だからと言って、なぜトアノガト湖の水をぜんぶ抜くなどという話になる! あそこは我がクリアンベイカー家の領地だぞ!」
ミキオ「まず、湖自体は天領。つまり王の所有物だ。そこは誤解しないで頂こう。湖畔の南側のナガーダは確かに侯爵領だ」
バッカウケス「まあ細かく言えばそうだ!」
ミキオ「トアノガト湖のウミサソリは近年にやってきた侵略性外来生物と考えられる。明らかに増え過ぎているから湖畔まで出てきて餌を求めるのだ。駆除しても問題ないだろう。駆除するには湖の水を抜くしかない。心配するな、駆除が終わったら湖水は元に戻す」
バッカウケス「いや、漁業も行われているし…」
ミキオ「なおのこと、今のうちにウミサソリを駆除しなければサケやマスなどの漁業資源がウミサソリに食い尽くされるぞ。もちろん在来種は後で水ごと湖に戻す」
バッカウケス「どうしても水を抜かなければならんのなら当家が水系魔法使いを用意する、貴君の手は借りん」
ミキオ「あの巨大湖の水を魔法で操るとなれば1万人規模の魔法使いが必要になる。日当ひとり6万ジェン(=3万円)として6億ジェン(3億円)かかることになるが、その予算は侯爵が負担するのか?」
バッカウケス「し、しかしそれを貴君は1人でできるというのか?!」
ミキオ「できる。おれは最上級召喚士だからな」
バッカウケス「ど、どうせ法外な金額を請求するつもりなんだろう!」
ミキオ「今回うちの事務所が出した見積もりは40万ジェン(=20万円)だ。まあ6億ジェンよりは安上がりだと思うが…なんならどこかの魔法使い事務所に合い見積もりを出してもらってもいいぞ」
バッカウケス「ぬっ! がっ! くぬぅう~!!」
バッカウケスは何か反論したげだったが舌が口の中で空転している。しばらく顔を真っ赤にして歯ぎしりしていたがぷりぷりしながら帰っていった。
永瀬「子爵、ああいうタイプに正論で追い詰めるのは良くないと思います」
ミキオ「ん、そうか?」
翌日、トアノガト湖畔にはおれ、王女フレンダ、ハーヴィー・ターン将軍、王宮騎士団、生物学者、水質学者、担当官庁のお役人、近所の野次馬たちが集まっていた。これからこの巨大湖の水を全部抜くのだ。
ミキオ「…なぜお前がここにいる」
フレンダ「わたくし王族の者として視察に来たのですわ。昨夜、従兄弟のバッカウケスから怒りの鳩がありましたの。またどうせいつものように正論で追い詰めたんでしょ」
ミキオ「知らん。勝手に追い詰められていったやつがいただけだ」
フレンダ「あ、噂をすればですの」
フレンダの視線の方向を見るとバッカウケス侯爵がこちらに近づいてきている。気品もありいかにも貴公子然とした男前なのだが最初から怒り顔で目が三角になっている。
バッカウケス「子爵! 我がクリアンベイカー領で下手な真似をされたらいけないので視察に来ましたぞ! 恐れおののいたであろう!」
ミキオ「別に」
バッカウケス「く、くくっ…!」
おれの沢尻エリカ攻撃にいちいち悔しがってる。面倒くさい男だなぁ…初期のフレンダといいエリーザといいこっちの貴族というのはどうしてこうもナチュラルにマウント仕掛けてくるのだろう。ガターニアの人々は陽気で気のいい人ばかりなのに貴族だけは性格にクセがあるように思う。
ミキオ「全員揃ったな、ではこのトアノガト湖の水全部抜く作戦について説明する」
おれは概略図を開いた。
ミキオ「西方大陸のウォヌマー王国にあるオクタダム湖、このトアノガト湖に匹敵する巨大湖だが今は極端に水位が下がっている。そこでおれの召喚魔法を使ってこのトアノガト湖の水をいったんオクタダム湖に移す。湖が干上がったところで騎士団の皆さんにウミサソリを駆除して頂き、終わったら再びオクタダム湖から水を戻す。こういう作戦だ。もちろんウォヌマー王国とは話がつけてある」
フレンダ「質問」
ミキオ「どうぞ」
フレンダ「ミキオの…ツジムラ子爵の召喚魔法って確か生命のある者しか召喚できないんじゃなかったでしたの? 水には生命は無いと思いますのにどうやって水を他の湖に移しますの?」
ミキオ「いい質問だ。おれの召喚魔法についてはその通りだが、召喚対象に接触しているものは半径5m以内は装着物として一緒に召喚することもできる。トアノガト湖の魚類全部とその周囲10mの湖水、という風に条件付けすればほとんど全ての湖水を魚類と同時に召喚できると思う」
バッカウケス「魚類以外の生物はどうするのだ!」
ミキオ「魚類以外の生物は亀や貝類、カニ、エビなどだが、どれも水がなくてもしばらく生きている」
騎士A「あのー、もし我々の手に負えないウミサソリが出てきた場合は」
ミキオ「無理せずおれを呼んでくれ。万物分断剣でぶった斬る」
騎士団「おおお」
騎士団の騎士たちがどよめいた。彼らの間にも既に万物分断剣の名は知れ渡っているらしい。
ミキオ「あと質問はないか? ないな? では始めよう」
バッカウケス「本当にこの巨大湖の水をぜんぶ抜くのか…!」
フレンダ「ミキオの召喚魔法は絶対ですわ」
ミキオ「ここで待っていてくれ。すぐに戻る」
おれは青のアンチサモンカードを取り出し、地面に配置した。
ミキオ「ベーア・ゼア・ガレマ・ザルド・レウ・ベアタム、我、意の侭にそこに顕現せよ、ウォヌマー王国オクタダム湖畔!」
青のアンチサモンカードは“逆召喚”つまり転移を行うカードだ。裏面には複雑な魔法陣が描かれておりこれを利用することで召喚魔法をスムーズに使用できる。これによっておれは西方大陸ウォヌマー王国のオクタダム湖畔に一瞬で転移した。元のトアノガト湖ではおれが急に消えたように見えている筈だ。続いておれは赤のサモンカードを取り出した。これは普通の召喚魔法を行なうためのカードだ。おれは再び呪文詠唱を行なった。
ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、トアノガト湖に棲む魚類すべてとその周囲の湖水半径5m!」